10.ヒーローとは
ちょっとこの子大丈夫かな。
自分で聞いといてなんだが、とても悪いことをしている気がする。
人のことを聞きすぎというか、危機感どころか注意力も、集中力もなさそうだ。
「ねぇ、好きな食べ物はなんだい?」
「そうですね。私は苦いお野菜以外なら、なんでも食べれます」
予想を遥かに上回るおバカ回答だった。そして好きな食べ物を聞いたのに、食べれるかどうかを答えてきた。どうしようもなく心配になる。
それと同時に、面白くもなってきた。
「あ、あれ見て」
「ん?」
俺が指差した方向に、彼女は当たり前のように振り向いた。すかさず頬の前に人差し指を構える。
「何もありゅ・・・」
「マジかよ・・・。本当に引っ掛かりやがった」
俺の人差し指は、彼女の右頬に突き刺さる。肉付き薄いのに柔らかいな。
いや俺何言ってんの? いや。言ってないけど。
これ普通にかくれんぼとか言えば逃げれるんじゃね? そうだよ。逃げれるじゃん。俺今逃げている途中だったし。・・・。
あれ、なんでのんびりしてんだ。今は逃走の途中だったんじゃ―――――
「見つけたよ」
追跡者は、背後から現れた。
黒いスーツが不釣り合いなその男は、ゆっくりこちらに歩いてくる。表情は前髪で鼻頭まで隠れている為に、よくわはからないが、うっすら笑っているように見える。
「うわっ。間谷さん・・・」
少女はその男を見ると、明らかに顔をしかめた。どうやらこのアホの子が嫌がるくらいには悪い人らしい。もしくは、単にいつも怒られているか。
男は落ち着いたようすで前進してくる。
「み、見てみて間谷さん。私ターゲット捕まえたよ」
「そうだな。彼が、君のとんちんかんな言動に呑まれている間に、僕も追いついたよ。でもね・・・」
急に辺りが静かになった気がした。と、思ったら、周囲の電気がいっせいに消える。停電とかではなさそうだ。月明かりだけが今のこの場所を照らす。
「組織の情報は、簡単に話していいものじゃあ、ないんだよ。特に、僕らのことを知りたい、そこのハッカーとかには」
いい終えた瞬間、消えていた街灯が爆発した。雷が落ちたのかと錯覚するくらいの勢いで。まるで、流せる電流の許容範囲を越えたようだ。本当にこの男はそんな力を持っているのか?
電子機器を操るなんてレベルじゃなくないか? こんなの。
「きゃあ!!」
その爆音に、少女は驚いて叫ぶ。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。すみませんでした以後気を付けますからゆるしてくださいごめんなさい」
急に怯えだす少女。まさか今から殺される訳じゃあるまいし。・・・・・・違うよな。
いくら情報を話したと言っても、そこまでする必要はない。俺を殺したらすむ話だ。
そんな簡単に仲間を殺していいのか?
戸惑う扇状を蚊帳の外に、粛清は続く。
「ああ、ハッカーの捕獲ついでに、騒ぎを起こしたお前を始末に来たのに、僕も大きい音を出してしまったよ。でもいいか。もう騒ぎになってるし」
近くでヘリの飛ぶ音がする。最初からこちらに飛んできていたのか。それとも爆音に呼び寄せられたのか。どちらにせよ、危険なことに変わりはない。
そしてもう逃げれる状況じゃない。
「ちょうどいいなあ。あのヘリを落として、証拠隠滅しよう。事故を起こした車両にヘリが墜落。お前を車両の方の被害者にしようか」
言うが早いか、男はヘリの方を向く。
「三人か、尊い犠牲だな。さよなら」
「あああ。死にたくないよう・・・」
彼女の虫の羽音のような小さい叫びが、あの日の光景を思い出させる。
目の前で焼ける故郷。誰かもわからない焼死体。友達にあげたはずのボールの近くで、あいつとよく似た背丈の死体を見た。
全てが黒赤色に染まるあの世界で、知ってしまった恐怖。
皆も、こうして死んでいったんだろうか。
苦しかったんだろうか。
「いやぁ、死にたくないよぉ・・・」
こんな悲痛な叫びをあげていたのだろうか。こんなに苦しそうなのに、相手は手を止めようと思わなかったのか。
それは――――――――。馬鹿げてる。
「あんまりだ!!」
少年の、心が動いた。