私の身はこんなにも満たされて
時間というものは案外早く経つものなんだと今回改めて知る。彼が関わっていれば、だが。
残り時間実に三分、残り三分もすれば私は最速で教科書をしまい、食べ物を買ってから彼との集合場所へと足を運んでいることだろう。
これまでに比べれば三分なんてあっという間に過ぎていくことだろうと思うのだがその最後が妙に長く感じてしまうのは待ちすぎたからかもしれない。
遅すぎるのよ、恋人の気にもなってほしいわ。なんて愚痴ってはみるけどもうかなったことだから気にしないでおこうと改めて時計を見る。
ペンはページの上を走っている、というわけではなくずっと同じあたりに叩かれる。
早く、早く。
聞きなれた終わりの鐘の音、本物にないにしろきれいな鐘の音が鳴った。
「今日はここまで、次も大体同じようなもんやるからちゃんと予習しとけよー」
先生の声によってほぼ全員が同じような行動をとる中、私の行動はワンテンポ早く行われていた。
教科書をしまい込み、ケータイと財布をポケットに突っ込んで教室を去る、目指すは食堂だ。
ここの食堂は昔どこかでプロのシェフとして働いていた人らしく、ここにそれ目当てで来る生徒もいるくらいにおいしいものぞろいだ。
私もよくお世話になっているからわかるが本当においしい。特にイタリアンは本人曰く修行で一番なじみのある味らしく絶品である。どう作ってるか参考に教えてほしいのだが残念ながら企業秘密らしい。
ぐぬぬ、と唸っていたのは二年前の話だったり、ついでに言うなら快にそれで笑われたりもしている。
「今回は⋯⋯」
さすがに早すぎたか、流石に階が同じ一年生には敵わないかったが普通に先頭までつけたので何を買うかを決める。
無難にカツサンドとかでいいかしら、と案外早く決まったものでお金を出してそれを購入、彼との待ち合わせ場所までまっすぐ進む。
向かう先は校外にあるベンチ、まあ別に昼休み中抜けてはいけないという決まりがあるわけでもなく抜け出して外の定食屋などでご飯を食べることもできるがほかのところに行くぐらいなら食堂で十分という生徒の声のほうが多いため外出する生徒は全体でみると少ない。そこを見計らっての外出である。つけられれば元も子もないのだがさすがにそこまでにしないだろうし、邪魔なんてさせてなるものか。
できる限り人気の少ない道を選びつつ外に出ていつも彼と帰るときに通る道を歩いていく。
校舎の裏側に存在するこの道はまっすぐ行けば山道、途中で曲がっても慣れていなければ迷いやすい道、何より買えるなら正門を通ってまっすぐけったほうが確実に早いためめったに人が通らない。
いやあ、この道に何度助けられたことか。ここがなければ快との時間はさらに少なくなっていた事だろう。ありがたいことである。
「快は先についてるかしら」
いや、こんなにも早く出たのだ、流石に負けている訳がない。
こんなにも楽しみにしているのだ、きっと彼よりもずっと、ずっとずっとだ。
何を張り合ってるのかわからないが、今回はなぜか負けたくない、そう思ってたのに。
「割と早い、まさか授業終わるちょっと前から片付ける準備してたわけじゃ⋯⋯俺じゃあるまいしないか」
目的地のベンチそこに腰かけて自分の膝上にビニール袋を置いてこちらを見ている彼の姿がある。
「快は、してたの?」
「少し授業が早く終わった。というか4時限目、俺のクラスの担任だったからね、半分くらいはちゃんとやってたんだけど、もう半分は開校祭の話し合いだったから」
全く、少し張り切りすぎなんじゃないだろうか、と言いながら袋から私と全く同じサンドイッチともう一つ他のを取り出した彼を見る。
やられた、快のほうが早かった。今日は特に敗北感を感じてしょうがない。
「どうしたの? 座らないの?」
誰のせいだ、といってやりたいがせっかくの進展日だから言うのはやめて彼の隣に座って彼同様にサンドイッチを取り出す。
その時、私はあることに気づいた。
「なんで私、お弁当をこれまで作ろうと思わなかったのかしら」
彼と恋人になって今年四年目、なのにこれまで彼の学校でのお昼ご飯としてお弁当を作ったことがないことに気づく。
なんて失態だ、恋人としてこれはだめなんじゃないだろうか。自分の手作り料理を夕飯に食べてもらってるだけで満たされていた私は何だったのか⋯⋯!
「いや、流石に教室で食べてたらばれるかもしんないし別によかったんじゃない? 白兎は俺が少しできること知ってるけど飛鳥みたいに凝ったものを作れないのは知ってるし、何より俺早起きとか苦手だから円筒とか作ってる余裕ないの知ってるから、別によかったんじゃない?」
「これからは作るわ、むしろ作らせて」
「いやだって、君仕事の日はどうするの」
「前日に仕込みとかしとけば大丈夫よ。あとは次の日の朝に完成までもっていけばいいだけだわ。朝が早くたってこれぐらいできなきゃ恋人失格よ」
「そこまでいかないでしょ」
私のことを笑いながらサンドイッチの片割れを食べ終え、次のほうに手を付けようとしている彼の口元を見るとソースがついている。
⋯⋯やり返ししてやる。
「だらしないわよ、口元にソースついてる」
ポケットからハンカチを取り出して彼の口元を吹く。これで快も少しは笑い者の気持ちがわかったか、と心の中で聞いてみる。
「ありがと、なんか少し恥ずかしいかも」
「今更なことよ。もう慣れたことだし、これ私以外にやらせてないわよね?」
「ない、そもそも昼は白兎と一緒に食べてるから女子とかかわることもないし」
「⋯⋯本当よね」
「ほんと」
もう食べ終えた彼の手元に残っているのは残りのごみだけ、私まだカツサンドの半分しか食べてないはずなのだが、男の子と私とじゃ比べてはいけないか、早々にあきらめる。
「それだけで足りる? 少し食べる?」
「いやいい、結構腹に来る気がする」
「あら、それで健全な男の子を名乗れるのかしら」
「君に嫌われてないならそうじゃなくていいし、君以外の評価は特にこれと言って興味がないので」
「⋯⋯そういうのは反則よ、バカ」
なんだろうか、今日の私の目の前にいる人は快本人なのだろうか。
いつも以上に妙に積極的すぎる、こんなこと言い始めるし、正直心配になってきた、主に自分の心の問題で。
「なんだか、貴方が貴方じゃない感じ。積極的すぎて私の身が持ちそうにないわ」
「⋯⋯まあ、正直なこと言うなら、ちょっとしたストッパーが外れたからかな。なんだが歯止めがききそうにない感じ」
「それを今されても困るの私よ? これがずっと続くと思うと本当に身が持ちそうにないわ」
「⋯⋯面目ない、です」
そっぽむいて頬を搔く彼にそっと身を任せてみる。
幸せ、としかいいようがない。温かいなあと思うほかない。
それほどに、私は今満たされている。
「これからもっと満たしてくれないと嫌よ」
「善処する。んで提案があるんだけど」
「あら、なにかしら」
「膝を借りたい」
と率直に内容を言われた。
「別にいいけど、体に悪いわよ?」
「今日くらいなら。なんだか少し眠たくて」
ふぁ~とあくびをしながら私の膝を枕に彼は目を閉じる。
その彼の頭を少し撫でれば私とは違って固めの髪の毛の感触がじかに伝わってきてなんだかくすぐったい。
直、小さな寝息を立てながら眠りに入った彼に私は呟いた。
「ありがとう」
この後、彼の寝顔があまりにも可愛かったもので頭をなでながら満喫してたら授業が始まりそうになって急いで二人で走ったのは誰にも秘密だ