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俺のクラスの出し物は

 季節は梅雨。

 外は大雨、地面を叩く大量の雨は土を柔らかく緩やかにしていく中、外がダメなら教室で、と言わんばかりの賑わいを見せている我が教室。

 時間ギリギリで登校して肩で息をしている生徒、はたまた早めに来たもの同士で会話をする者たちなど、教室を見渡せばそれはそれで面白い場所の中心あたりで頬杖をついています。


「梅雨かあ」


 この時期となるともうあれの時期だな、去年は散々だった記憶しかなかったりするから、今年はどうしようかなどと考えたりする中、教室の前方のドアがガラガラと音を立てながら開かれ、そこから先生が出席簿を片手に入ってきた。


「ほーれ座れー、今から出席とって、そこから開校祭の出し物を決めるぞー」


 この言葉を聞いてクラス中が騒めき出した。

 開校祭というのは丁度二週間後に開催されるイベントだ。

 6月25日に始まったこの学校を祝うイベントで、外部の人間も入場でき、毎年凄い賑わいを見せているのだがいかんせんこれが酷い。

 まず時期、梅雨ということもあり多少とはいえ生徒達もどよーんとした雰囲気で暮らす時期、次いであと3ヶ月後には学園祭、更にここが一番重要。

 飛鳥の機嫌がとことん悪くなるのだ。

 唯一の救いとしては、売り上げは全部持っていかれるがその額によってはとても凄い褒美がもらえる事だ。

  費用などはほとんど学校が負担してくれるし、生徒側にデメリットはほとんどないと言ってもいいが飛鳥がいると一気に逆転する。

 飛鳥がいると当然ながら人が集まり、当然ながらそのせいで客の数が思いっきり減るのだ。

 2年前、それのせいで見事売り上げは過去最大の低価を叩き出し、全員にジュース一本で終わった。

 飛鳥はそれで不機嫌になり、3日かけてやっとの事で機嫌回復する羽目になったのは少し辛かった記憶である。

 だから去年から飛鳥は開校祭と学園祭に限り登校しないで欲しいと学校側から頼まれ、やむおえず承諾しているわけだが、ここでまた不機嫌になるわけで。


 正直に言おう、辛い。


 過去の記憶を思い出して肩を下ろしていると、いつの間にか黒板の前に委員長が立っていた。

 1人はあの白兎、もう1人は真面目な女の子だ。

 何故白兎が委員長になったかというとよくある押し付け合いが発生したことから始まる。

 当然というべきか、こんな仕事進んでやろうというものがいなかったものだから、犠牲者代表として彼が手を挙げ、皆面倒くさくてそれで終わったのだが、こいつ、言われない限り何にもしない。


  言われればちゃんとやってくれるのはまだいい、だが進んでしないものだから負担はほぼ女子委員長に回っており、今は男子全員の悩みの一つである。

 

「案があるやつは手を上げろ! 挙手!」


 白兎が声を上げた瞬間、真っ先に俺から2つ前の席の男が手を挙げた。


「OK、内容は?」


「メイド喫茶!」


「いやなんでだよ」


 最初に出た案件が酷すぎる。

 メイド喫茶の場合、確かに男の集客率は上がるかもしれないがホールが女子だけになってしまう。

 キッチンが男だけというのもかなり辛いものがあるだろうし、まずまともに料理できる男子がいるかも不明なため、余計女子に負担がかかる。

 できるのなら避けたい出し物の一つではあるな、多分。


「いい案だ! 次、そこの女子!」


「何それ!? まあベタにお化け屋敷とか?」


 お化け屋敷となると完成度によっては集客率がぐんと伸びると思う。

 どれもそうではあるが内容が濃いものほど人気度が上昇し、これに関してはそれの影響が高い。

 他と被る可能性があるにしろ、手段としてとっていてもいいだろう。


「お化け屋敷、と……他はある?」


「女子があるのに男子がないなんてひどいということで執事喫茶!」


「だからなんでさ」


 執事喫茶もほぼ男子になるだろ、でもこっちの場合キッチンを女子に任せられる分メイド喫茶よりはマシになるのか?

 でもこのクラスの男子は基本しっかりしてないタイプの男子の方が多い気がするし、一応女子が男装するってもあるがそれでもなあ……


「それじゃあメイド&執事喫茶っていうのは?」


「あ」


 こうして、我がクラスの出し物は割とすぐに、約10分で決まったのだ。



「メイド服やら何やらの準備は女子になるとして、男子はなにするの?」


「そりゃお前……何するんだ?」


「しっかりしてくれ委員長……」


 女子は女子で盛り上がりを見せる中、男子は全員で白兎が座る席を中心に集まっていた。

 といっても何か相談するわけでもなく、既に何人かは他の雑談を始めている始末だ。

 このクラスの男子、団結力全然無いな、なんか悲しくなってくるくらいに。


「まずは俺達にできることを探さないと……何かあるか?」


「何かって言ってもよ委員長、ほとんど女子がやってるじゃないか」


 料理のメニューも衣装作りも、部屋の構造をどうするのかもほとんど女子がやっている。

 これはつまり殆どの仕事を女子に持って行かれており、男子に何もやることがないことを示していた。

 こうして今の状態が出来上がってしまい、今こうして試行錯誤しているわけだが、何か浮かんでくるわけではなかった。


「だから女子がやってないような事をだな!?」


「でもやることが無いのも事実じゃないか」


「……このクラスの女子は優秀すぎか」


 まあこういうようなイベントで一番盛り上がりを見せるのは大概が女子だからしょうがないな。

 だがその波にのまれて何もしないでいる男子もそろそろどうにかしないといけないのも事実だしなあ。


「なあ快、なんか案は?」


「俺に振るな俺に」


「だよなあ」


 悩ましげなところだ。

 今から準備するものなんてないし、そもそも準備期間にも突入してないからやれることは少ないのだ。

 机に肘をついて手の甲の上に頭を置いてうーんと声を出しながら考えていた彼は、不意に「あ!」と声を上げた。


「そうだよ、あるじゃないかやれる事!」


「何が?」


「発声練習!」


「発声練習?」


「俺達だって執事として客を迎えるんだ、いらっしゃいませだとか、客にはっきりと聞こえるように、あと噛まないように練習するぐらいなら出来る!」


「まあ確かに」


 納得はするものの、今は授業中である。

 そんな時に発声練習って、実に迷惑極まりない気がするのは果たして俺だけだろうか?


「まずは基本中の基本。『いらっしゃいませ』だ!」


 一応やる気が出たのか男共は一斉に口を開き。


「「いらっしゃいませえ」」


 やる気が全然見受けられない声を上げた。

 いやいやいや、これはさすがによろしくないでしょ。

 語尾伸びてるし何よりも先ほどまで見受けられていた元気な声はどこ行った。

 行事とはいえこれれっきとした接客業だ、こんな声は客に不快感を与え、このクラスが出す店の評価は一気に落ちるし、それと同じく学校の評価も落ちる事間違いなしだ。


「お前たち元気なさすぎるぞ!? ほらもう一回、『いらっしゃいませ!』」


「いらっしゃいませえ」


「だからそれがダメなんだって!」


 果たしてこんな感じで大丈夫なのだろうか、不安になってきている俺を置いて、白兎は必死に声を上げていた。


「次はあれだ! 『ご注文はいかがなさいますか?』だ! 快、客役頼む! メニューは昨日の晩御飯の奴でな!」


「は、はあ」


 そう言われて彼の席に無理やり座らされ、全員が俺の前に立った。

 なんか滑稽だなこれ、普通の店だと絶対ない光景だ。


「「ご注文はいかがなさいますか」」


「え、えーっと、に、肉じゃがで」


「「肉じゃがでございますねえ」」


「だがら語尾が伸びてるんだって!」


 本当にやる気が見られない、でもやる気を出させるようないいアイディアは無いものか……ん?

 一応思いついたが、なんか使うのも嫌だぞこれ、そもそも食いつくか? 使うんだったら食いついてもらわないと困るんだけども。

 はあ、しょうがない。


「もしかしたら渦宮さんが来るかもしれないのにそんな面倒くさそうに……」


「「いらっしゃいませ! ご注文は肉じゃがでよろしかったでしょうか!? ライスかパンどちらになさいますか!?お飲み物はいかがなさいましょう!?」」


「次はテンパりすぎだ!」


 飛鳥凄いなあ、彼女の名前だけでやる気満々でメーター振り切れそうだ。

 というかこんな反応見ると素直にムカついてくるな、人の彼女の名前聞いて張り切る男子を見るのって割と辛い。


「もうちょいテンション下げてクールに行こうぜ。ほれ、もう一回」


「「いらっしゃいませ、ご注文は如何さないますか」」


「おお、その調子だ」


「じゃあ肉じゃがを、あと飲み物は麦茶をもらえますか?」


「「肉じゃがに麦茶でよろしいでしょうか? 」」


 こうまともになってくると全員が声を合わせて言っているととても変だ。

 2人ペアとかでやったほうが普通に効率が良さそうだが、白兎的にも全員が見れて良いのだろうか。

 そんな頭いい系のキャラじゃないし、どうせ面倒くさいとかだろうから直ぐ頭の中の内容を変えて、俺は返事をした。


「はい、よろしくお願いします」


 それから少ししてトレイ代わりのノートに肉じゃが代わりの筆箱を置いて手のひらに置いた男子が目の前に出てきた。


「こちら肉じゃがと麦茶でございます」


 麦茶の方は代用になるようなものが見当たらなかったため何も持たずに置くフリだけ、肉じゃがに見立てた肉じゃがを置き、作り笑顔を俺に向ける。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「はい」


「失礼します」


 男子が一歩引き、俺の前から立ち去った後、白兎がため息をついた。

 しょうがないといえばしょうがない、正直言ってレベルがかなり低い。

 見よう見まね、記憶の中にあった物を頼りにしたとはいえ、まだまだ練習が必要なのは事実だ。

 学校の行事だしそこまでやる必要もないとは思うがやる以上はきっちりしたいのだろう。


「あと2週間あるし大丈夫だとは思うんだけどなあ」


「この歳だし、接客業のバイトしてる人も少なからずいると思うからその人に教われば?」


 俺の目の前の男子達はやってないが、この学校は許可さえ貰えれば基本バイトOKな場所である。

 このクラスにも1人か2人はレストランなどでバイトしている人がいるはずだ、きっと。

 ならばバイトをしている子に教わったほうがいいだろう。確実だし、上達するのが早いはずだ。


「確かにその方が良さそうだな」


「まだ俺達初心者だし教わった方がぜってー早いぜ」


「おう」


 クラスの皆も賛同し、うんうんと頭を縦に振っている。

 となると問題はそのバイトしている子を探す事だが、はたしているだろうか。

 言った通りこのクラスの男子は勿論、バイトできるとはいえ確率的にはしている子なんて全校生徒で見ても10%にも満たないだろう。

 その中からバイトの王道とはいえレストランなどの接客業を長い間やっている子はいるだろうか。


「ということで女子側、サイゼリヤとかガストとかでバイトしてる奴ー」


 白兎が今も尚こちらよりも賑わいを見せる女子に大声で叫べば、中から1人出てきた。

 おお、よかったあ、ちゃんといたことに感謝しつつ、後は頼むだけかと心の中で安堵する。

 確かあの子は、坂本彩乃だったか? 女子の間でもかなり人気のある女の子だった記憶がある。


「なーにー? 私になんかよう?」


「いや接客するだろ? だから教えて欲しいんだよ」


「接客? ああそうか、あんたらもやるんだっけ」


 素っ気ない態度を取りながら横にあった椅子を引いて、堂々と座り、男子のうち1人を指差した。


「見てあげるからさっさとするし」


「は、はい」


 なんか緊張してそうだけど大丈夫かな。

 皆が見守る中、先ずは男子が彼女に近づいた。


「いらっしゃいませ、ご注文はいかが……」


「ダメだし!」


 最後まで言わせずに、いきなりのダメだしが帰ってきた。


「まず態度! そんなだるそうにしているとお客様に愛想疲れるし! あと姿勢! 気を張ってまでは言わないけどお客様の前だかんね! できるのなら不快にならないように! 声も小さくて聞きづらいしはっきりしてない!」


「うわ、なんかすごい的確な感じ」


 余りにも気迫がすごくてついつい一歩引いてしまいそうになってしまった。

 でもこの子を師事するのであればきっと二週間のうちに上手くなれる、はずだ。


「私がビシビシ鍛えてあげる! まずは挨拶から!」


「「いらっしゃいませ!」」


「違う! もっと元気に行かないと!『いらっしゃいませ!!』」


「「いらっしゃいませ!!!」」」


 こうして、彼女のスパルタ接客術の伝授が始まったのだ。



「そこ違うし!」


「もっとはっきり!」


「声が小さい!」


 あれから10分ほど経過しているのだろうか、男子は今彼女に支配されていた。

 それはもう鞭を振るっているかのように的確にダメなところを叩いて修正しようとして、ついていけてない男子にまた鞭を振い、それをうけて「はいぃ!?」とか言っている姿はまさに主人と奴隷である。

 こんなのを3ヶ月後再び見ないといけないのだろうか? いやいや3ヶ月後の学園祭は接客以外かもしれないじゃないか、まさか次も同じのなんて考えたくもない。


「ほら、また違ってる!」


「はいぃ!」


 また怒られてる。

 凄いな、このクラス男子全員で15人のはずなんだけどそれのほとんど牛耳ってるよ、怖くなってきた。


「なあ白兎、彼女と渦宮さんならどっちに行く?」


「飛鳥ちゃん一筋、純粋に俺苦手だ」


「俺は何も言えない、うん」


 さっきの質問を返されたのならまず俺は飛鳥と答えざるおえないのだけれど。

 それが無かったとしても何も言えないだろう、ほら、人それぞれって言うし。


「あんた達何してるし!」


「はい!?」


 ついに矛先がこちらに向けられてしまった。

 他の子に命令がいってて俺達には何も言ってこなかったのに、なんで今更、さすがにやばい気が……


「ほらまずはいらっしゃいませから!」


「「いらっしゃいませ!」」


結局逆らえず、俺達も他の男子同様に彼女の指示の下、大声で叫んだ。


「ああ疲れた」


「お疲れ様」


 何時もは飛鳥と一緒にご飯を食べているテーブルに体を任せ、愚痴のように言い捨てた言葉に飛鳥は笑いながら返事をしてくれた。


「お疲れ様って言っちゃったけど、何が疲れたの?」


 皿を洗う手を一旦止め、こちらに振り向いて聞いてくる。

 喋るべきだろうか、開校祭の事を彼女に喋るのもどうかと思うし、かといって喋らないのもダメだと思うし、相談がてら喋ってもいいだろう。


「実は俺のクラスの出し物が決まってその練習をしてたんだけど、俺を含む皆まだまだで」


「何が?」


「接客が」


「接客ということは快のクラスは喫茶店か何かするのかしら?」


「メイド&執事喫茶」


 それを聞いた時、彼女の顔が一瞬変わったのは気のせいだろうか。

 こう、妙に期待しているような表情を一瞬だけ表に出した気がする、気のせいならいいのだけれど。


「そう、快は?」


「男のほとんどはホールだから、普通に接客するかな」


「なるほどね」


 洗い終えた皿を食器置きにすべて置いて、濡れた手を拭い使っていない食器、コップ、トレイをそれぞれ1つずつ用意し、コップと食器をトレイに乗せ手のひらの上に置きこちらまで接近してくる。

 とても綺麗なフォームだ、店の人と同じくらいに綺麗な姿だった。仕事柄こういうこともすることがあるのだろう。

 内心で納得しつつ、彼女を見ていると笑顔で俺の前にそれらを置いて、飛鳥は口を開いた。


「私が貴方に教えてあげるわ。1時間くらいで出来るはずよ」


「……あのー、飛鳥さん? 仕事の方はいかがなさったんでしょう……?」


「問題ないわ、今日は休みだから。ついでに泊まっていくから、時間はたっぷりあるわよ?」


「流石にもう思い出したくないんだけど、坂本さんとはまた明日もやらないといけないし……」


「坂本さん?」


「……あ」


 反射的に口を手で覆ってしまったのが裏目に出てしまい、彼女は怪しげな目線を俺に向けた。

 やっば、やっちゃった。


「坂本さんって、誰かしら?」


「く、クラスメート」


「さっきの言い方だと今日その坂本さんって人に教えてもらってたようだけど」


「いやあれだから、少しだけだから、うん」


「なんで少しだけで嫌がるのかしら?」


 椅子から立ち上がり俺の方にどんどん近づいてくるものだからどんどんと後ろに下がっていく。

 だが、ここは室内、何処であろうが後ろに下がっていれば必ず行き止まりに辿り着く。

 壁に背中が当たった途端俺は悟る、終わった。

 このあと俺、どうなるんだろう? 必死に逃口を探すが全く見つからない。

けれど止まらず、彼女が怖いほど綺麗な笑顔を俺に向け、俺の頬に手を当てた。


「丁度いいわ、接客の練習ついでに教えてあげる。貴方が誰の人で、今貴方の目の前にいる女が誰の人か」


 だからね、快、覚悟しなさい?


 彼女のその言葉が、まるで悪魔の囁きに聞こえたのは決して俺の耳が悪いからというわけではないと思う。

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