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私の世界は充実に

 まだ時計の短針が二を示した時刻。快のクラスを抜け開校祭も抜け彼女を駅まで送るべくその方面に歩を進めていた。

 さっきまでとは違い髪を結ってバックの中にあった第二の変装帽子として用意されていたベレー帽をかぶった彼女はまた違う雰囲気を醸し出していた。やはり今回はそこまでの変装は用意していないらしい。本気なら二、三パターンは用意しているような彼女にしては珍しい。というか言ってて気持ち悪くなってきた、私の師はすごいのがわかる。


「随分とデレデレだったじゃないか」


 口に手を当ててにやにやとする沙耶。それについ顔を背けてしまうが、そのまま口を開きありのままを話す。


「当然じゃない。私の唯一、演技する必要も偽る必要もない、ただまっすぐに私を受け止めてくれる。あれが素よ」


「うわあ、デレ度が限界突破してるよ……。周りに隠している分更に強い思いになってるんだね。我らがプリンセスは独占欲が強い質だね?」


「限界突破ね」


「自分でいうか」


「私も彼も。互いに依存しているわ。ああいう性格でも私を理解して依存してくれてるの。すごいでしょう?」


「……依存? 彼がか?」


「私の彼はそういう人よ」


 本当に独占欲が高い。

 私《《だけをを見てくれて私以外の女性に興味を示さない》》。彼がそういう人間だと私は知っている。

 彼の人生、特に私と出会った時期から考えるに彼の主柱として自分がたってしまったことが原因だ。だが決して嫌じゃない、寧ろ嬉しみを覚えるのだ。その柱に《《私がなれた》》。その事実が私をアイドルとしてさらに高みに上らせたのだ。


「わからないでしょう?」


「ああ、わからない。彼は比較的平凡な性格だと思う、飛鳥と話している時ですらあれだぞ。独占欲も依存性も全く感じなかった。それでもいいはるのかい?」


 なんて言ってくるからついつい論破したくなった。

 この際だから話そう、初めて快自慢できるのだから、初めて自分の彼氏を。


 誰かに、言えるのだから。


「貴方、今日何人に話しかけられたのかしら?」


「両指で数えられないな、視線に関しては学校に入って十分くらいで数えるのをやめた」


「そんな貴方を快はそんな目で見ていたかしら?」


「……確かに。彼は私に向けてそんな視線を送っていない」


「でしょう? 正体を明かした後ですら彼は貴方にそんな視線を送っていなかった。私はこれだけ着込んでいたのに見破られた。慣れてるせいで私が胸を無理やり押し付けているのにノーモーションだったけれど」


 それだけはちょっと解せないけれど。うーん、少し努力してみようかしら。


「でもそれだけだと彼が君に依存して独占欲が強い証明にはならない。君のはわかるけどな」


「彼、独占欲を表に出さないのよね、というか出さなさすぎる。私も悲しいくらいに。内にため込んじゃうの」


「うちにため込む?」


「そう。相当なことないと爆発してくれない。時々出してはくれるけど強くは出ないの。あるのはわかるんだけどね」


「愛の力?」


「愛の力」


「言い切る? それ」


「言い切る」


「言い切るかあ」


「言い切っちゃう」


 何度と彼女の問いに肯定で答える。

 こんな質問にこんな返答をできる仲、それが特に沙耶ともなればなぜかすんなり言えるのだ。

 なんというか、とても嬉しい。私が今まで彼との関係を打ち明けられたのは誰一人としていない。私の親にすら言ってないのだ。それがとうとう破られた。これを嬉しいといわずなんというか。


「私が欲しかったのは私個人に向けられる純粋な思い。他人とは違う、まして『アイドル』の渦宮飛鳥としてでもない、一個人としての渦宮飛鳥だけをみて、私を知って、私を受け止めてくれる人」


  彼が過去、私に言った言葉がある。


『渦宮さんは渦宮さんだ! 誰とも変わらないただの女の子なんだぞ!?』


  木刀を杖代わりにしてやっと立っているような少年の声は確かに弱弱しかったのかもしれない。けれど私には違って聞こえたのだ。私の世界にだけは違う響きを持って流れてきたのだ。

  強く、優しく、そしてその想いの量。私しか知らないけれど、でもそれは、確実に私の人生を変えた。

  アイドルとしての視界が変わった。私個人としての世界が変わった。

  ただ一人の存在だけが、私のすべてになった言葉。


「彼がいなかったら、ここまでなれなかったと思うから。重いかしら」


「重いな、漫画やラノベ辺りだといずれヤンデレになるタイプだ」


「そう、なのかしら……?」


「例えるならそうだな、君が作った曲『永遠に』のラスト《貴方だけを想い、貴方だけに焦がれて、貴方にだけ向ける愛情、何一つ朽ちない永遠へ》これみたいだ……ん? 待て、これみたいじゃないぞ」


「当たり前じゃない、私が作詞したものはすべて彼へ向けたものよ」


  驚愕、彼女からその表情を見れる機会はそうない。

  自分がアイドルになると私と穂香と一緒に言われた時も自分たちが事実上日本のアイドルたちのトップにたったと言われたときも彼女は柔らかな笑みで返答していた。そんな彼女からこの顔を引き出せたのはしてやったりな感じがして嬉しい。いつもはされている側だから余計に嬉しいのかもしれない。


「君が作詞した曲数それなりにあるぞ!? あの数全部か!?」


「あの数全部よ。永遠にもそうだけど彼のことを思って書くと意外にすらすら書けるのよね」


「あれか、飛鳥とフェリアスの成長に少なからず彼は関わっていた、と?」


「貴女に言われるとそうなるのね、彼の意見も時々聞いたりして書いたりしてるの。ほら、『Fortune coin』の《貴女の心をコインに弾きましょう、safe or guilty?》は彼と一緒に考えたの。セーフとギルティ、それを連想させるものをどうしようかしらって考えてたら裏表でコインはどう?って聞いてきたの。曲名が決まったのもこの時ね」


「おお、なるほどな。その部分の歌詞飛鳥が考えた割には飛鳥らしさがなかったなと思ってたんだ。Fortune coin全体に言える話だけどまさか快君が関わっていたとはな。それなら納得できるものもある」


「そうかしら?」


「飛鳥の作る曲は大半は女々しい女の子のイメージがある。一途に男の子を追うようなイメージだ。それがこれだ、男の子を材料とすることで世界が広がったとでもいうのかな、僕はこの曲好きだよ」


「知ってるわ」


 伊達に彼女の親友兼仕事仲間をやっているわけではない。

 最初に歌詞を見せた時はそれはまあ素晴らしい点を挙げられたものだ。この曲を作者の私よりも先に丸暗記したと言ってくるくらいには気に入ってくれたらしい。実際丸一日どころか半日ぐらいだったのは今でも覚えている。


「伊達に僕の親友やってないね」


「そうでしょう」


 言い合った後、数秒おいて二人して笑う。

 今日はなんていい日なのだろうか。快の燕尾服を観れただけでなく自分の恋人を仲間に紹介できて自慢もできた。これほどまでに充実した日を私はそう感じたことはない。こう言うのを普通の恋愛事情というのだろうか。付き合い始めて長いのに今やっと普通を味わうのはなんだか変な感じだが新鮮味を感じる。


「君の彼氏の話、穂花にもしたいな」


「いいわね、今から行きましょう」


 本来の目的地である駅はすぐそこにまで迫っている。

 穂花の家までここからだとそうは遠くない、三つ駅を跨げば彼女が住んでいる場所に辿り着くぐらい案外近い。

 今から行って穂花の家でそれなりに駄弁っても快が開校祭を終えて帰ってくるまでには十分間に合う筈だ。


「大丈夫かい? 多分僕たちがあっちについた時も穂花は映画を見ていると思うけど」


「大丈夫よ、そうであっても早急にテレビの電源を落とすから」


「それはそれでひどいな」


「そうでないことを祈りましょう」


「穂花も気の毒だね、ホラーから一転してただただ甘い自慢話を聞かされるなんて」


「沙耶のせいでもあるんだから、諦めて一緒に犠牲になりなさい」


「その言い方だともう一人いるっぽいけど、誰なのかな?」


 なんてわかっているような顔で質問してくるからとびっきりの笑顔で言ってやった。


「それは勿論、私の大切な恋人」




「ねえ沙耶ちゃん、いつ終わるの?」


「開校祭の終わりまで後ちょっとだ、我慢してくれ」


「二人とも、聞いてる?」


「勿論!」


「ばっちり、一言一句見逃さない私の優秀さ!」


「なんか返事があんまりよろしくないような?」


「そんなわけないよ! もっと飛鳥ちゃんの恋人の話聞きたいなあ!?」


「今それは地雷だ穂花!」


「じゃあ」


『やっちゃったあああああ!?』

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