俺たちの開校祭は幕をあける
「いやほんと、やろうと思えばやれるもんだなあ」
「これまで二回経験してきたけど一番頑張った気がする」
「だよなあ、三年の教室でけえからある程度ならできてしまうとことか罪だなあ」
「……そろそろ現実逃避するのはやめよう。このままだと暗い気持ちで客を迎えることになる」
「いやだってさ……なんでアイコンタクト? じゃないわカラーコンタクトなるものを買っていることを今日発表されて挙句早速つけられてる俺の気持ちわかるか!?」
「わかりたくないんだよなあそれ、知りたくないんだよなあ」
「こんなの完全にうさぎじゃん! 俺確かに白兎って名前だけどうさぎじゃないんだぜ!?」
白兎の目は今はいつもとは違う真紅に彩られていた。
事の始まりは今日の朝、普通に登校して更衣室で執事服に着替えて教室に戻ったときである。
「教室に見えねえよなあ」なんて言って入ったいつもは勉強する為に机や椅子などが配置されている教室は、今日のこの日のためだけの内装に変わっていた。
倉庫から引っ張り出した白いテーブルにはテーブルクロスが敷かれており、雰囲気だけでもということで木造に見えないこともない壁紙が教室の壁を埋め尽くしている。教室を四分割した一つをテーブルで囲って来客にも見えるようにしたキッチンなど、一日半ほどかけてできたこの部屋にはクラス全員がその出来に『自分たちだけでやった割にはすごい出来』と称賛したほどである。
まあそんなのもつかの間、着替えてあとは開校祭開催時間まであと少しといったときである。
女委員長こと矢吹さんが白兎に近づいてきた。口雲って言いづらそうにしていたのだが、後ろに回していた手を前に出して
「今日だけ、ね? 折角だし」
と赤いカラコンを渡したのだ。
その時の白兎の反応たるやそれはもう苦虫を噛んだとまでは言わなくても絶対嫌っていう気持ちは直に感じるくらいだったのだがクラスメイトの痛い視線に逆らえずに結局つけたのは数分前だ。
「そ、その、ついでにうさ耳なんかも……あってね?」
「絶対つけねえ! つけないからな俺! 執事は許容範囲としてそこまでは絶対やんねえ!」
「そんなに?」
「絶対やんねえ! 一人だけうさ耳つけていらっしゃいませとか目立ちすぎだから! 目立ちたがりじゃねえからな俺!」
まだ始まってもいないのに息を上げている姿にはさすがに同情である。周りと自分だけ違うと以外と恥ずかしいという気持ちがとても強くなるのはまあ大体の人は経験があることだろう。
「俺もう休んでいい?」
「いやダメだから、あと数分で始まるから」
「まあそうだよな。ほらみんな並べー。もうそろそろ音楽流れるぞー」
白兎の掛け声で生徒たちが入り口付近に集まってくる。
楽しそうに、だるそうに、緊張していたり、人それぞれ表女を浮かべている。俺は緊張しているけれど、それでいてどこか楽しい気がしないでもない、そんな感じだ。
「いいか、今日で俺らは最後の開校祭だ。まあ三ヶ月後には普通の学園祭あるんだけど、それはそれだ。最後だし全力で楽しもうぜ! いくぞ!」
「「「おー!!!」」」
パンパカパーン! 開校祭開催の音が高らかに上がる。
全員が今か今かと待ち続ける。横の人とヒソヒソと喋ったり、手を組んでつま先で何度も地面を叩いたりして、客を待ち、程なくしてドアが静かに開かれる。少し動いたあたりからスタンバイ。
『『『せーの』』』
「「「いらっしゃいませ!!!」」」
「ほら、各自持ち場について! 改めていらっしゃいませお客様、席までご案内いたしますね」
矢吹さんの丁寧な接客に招かれた客が彼女のあとについていく。
こうして、俺たちの開校祭は幕を開けたのだ。
「いらっしゃいませ!」
「ご注文は紅茶でよろしいでしょうか? 此方など紅茶と合わせていただけるとより美味しいと思うのですが……」
「おーい、ヘルプ頼む!」
「これ持ってって! 三番テーブル!」
始まってから約一時間が経過しようとしている頃、教室の隅で皿洗いなどに励んでいる白兎がホールを見るなり呟いた。
「以外と繁盛してんなあ。この調子なら普通に三年のMVP狙えるんじゃね?」
「ほかのとこ見てないからわからないけど、二年の頃よりは盛り上がってる気がする」
考えるに、たぶん一番盛り上がりを見せないのは二年生である。
一年生の場合、初めてだし開校祭が高校に入って初めての大行事ということもあってそれなりの働きをしていた気がする。三年は俺たちのように最後だからと張り切ってしまうのだが、真ん中はまあ特に何もないというか、なんでさせられてんだろう的な考えを持つ人も少なからずいる。去年の俺と白兎は特にそういうことはなかったのだが、周りにはそういう考えを持つ人は割と多かった記憶がある。結果として二年は毎年の結果を見てもそこそこなのだ。それと見比べれば今年はいいスタートだと言ってもいい。
「ま、俺たちの一年はすげえくらい大惨事だったけどな。飛鳥ちゃんのライブ最高だった」
「悲惨って言いながら渦宮さんのライブ見に行ったのか」
「むしろ見なかったらファン名乗れねえよ。いややばかったぜ、特に最後らへんの永遠にとかな! いや苦労したぜあの曲を手に入れるのにな! どれだけ探したか」
「は、はは。それは良かったすね」
それが自分に向けて作られたものなんて口が裂けても言えない。
言ったらやられるどころか殺られる。彼女の身も危険になる可能性もある。だから言えない。てか普通に恨み持たれそう。
「なんでそんな乾いた笑み浮かべてんだお前? まあいいや、それより次の客来た、案内よろしく」
「はいはい」
横に置いていたタオルで濡れた手を拭き、白兎の言う通りに案内するべく入り口まで向かう。彼女に叩き込まれたスキルはそれなりに発揮できているだろう。周りにも少し驚かれている。いかに彼女が教え上手でかつこういうスキルを持っているかがよくわかった瞬間である。アイドルはすごい。
「いらっしゃいませ、ただいま席にご案内させて、もらい……ます、ね?」
知っている、この感覚。
綺麗な茶髪、背中の中あたりまで伸びた髪には黒いリボン。目は青い、どこまでも透き通って飲まれそうな青。薄いシャツの上に青いカーディガンを着て白いロングスカートで身を包んだその姿。
見た目は違う。俺の知っている姿じゃない。でも俺は知っている。
「バレちゃダメよ?」
その言葉でほぼ確信する。
なんでここにいるの、飛鳥!?
「会いにきちゃいました、先輩」
彼女の少しばかり大きめな声に白兎が皿を落としそうになるのが横目で見えた。
それはもう凄い顔して俺と飛鳥のとこまで来て真っ先に俺の肩を手で掴んで。
「お、お前、彼女いたのか!?」
「い、いやいやいや、落ち着いて白兎、これには深い事情が……」
「いつも先輩がお世話になってます。他校の者ですけど、名前は雨宮雪って言います。よろしくお願いしますね?」
ばっちり声まで変えてしまって、彼女の声とは似ても似つかない。
というかなぜ先輩。何があって同い年から年下になったの飛鳥、色々おかしいから、え、まじで今何が起きてんの。
「先輩が執事していると聞いて、恋人の私じゃない人だけ見るなんて不公平だなと思ってきちゃいました。あ、ちゃんと客としてきていますので何か食べていきますよ?」
「ふ、不公平って」
「実際不公平じゃないですか。先輩に聞かされた時少しばかり遠いので一瞬迷いましたけどもうすぐ決めました」
「まさかの遠距離恋愛!?」
いやいやいや、同じ学校だから。どこも遠くないから。
「こうしてる場合じゃねえぞ快! 遠路はるばる来てくれた彼女さんに校内案内してこいって! まだ昼時っていうには早いし一時間半ぐらいなら大丈夫か!? 行ってこい!」
「あ、いや、だって今始まって一時間ぐらいしか」
「いいからいいから! 話は俺がつけとくから!」
「いや、ちょっとま、ええ!?」
結局押し出されるまま教室を出てしまった俺と飛鳥。その飛鳥はというと手を口に当ててクスクスと笑ってる。
「ごめんなさい。私としては貴方を見れればそれでよかったのだけど」
「謝らなくてもいいのはいいんだけど、君今日用事あるって言ってなかったっけ?」
「ええ、快の燕尾服、執事としての姿を見にくることが私の大行事。貴方がこういう服着ることないから見にこないと損じゃない。まさに眼福ね」
「それは何よりで」
まさか俺を見るためだけに変装してまで来るとはさすがにびっくりだ。そういえばやることが決まったって言った時期待しているような感じだったのはそういう事か。なるほど納得だ。
「なんで納得みたいな顔してるのかしら。まあいいわ、白兎君のご厚意に甘えて案内を頼めるかしら、私の執事様?」
「……はいはい、ご案内させていただきますよ、私のお嬢様」
「ふふふ、楽しみね。少しだけ待ってくれるかしら? やりたいことがあるの」
「いいけど、何を?」
「さすがに企業秘密ね」
彼女が駆け足で走っていくのを見送って、言う通りにここで待つ。
まさかこんなことをしてくるなんて予想外だ。これで驚かない人はそうそういないと思う、うん。
彼女を待つこと数分、ぼーっとしていたら右肩あたりから痛みを感じた。突然のことだったからびっくりしてつい反応して体を動かしてしまう。
「ああ、すまない。友人を探していてね、違う方向を見ていた」
銀だ。飛鳥の金色とはまた違い、けれど他の人とは違う髪を揺らす。腰に手を当てて此方を見る姿はどことなくモデルのように完成された様。どこかで見たことある気がしないでもない姿は妙に馴染みのあるというか、よく聞かされていたような……。
「一応聞いておくべきか。多分茶髪かな、背中半ぐらいまでの髪で青い目。それでいて、うーん、敬語?、を使う少女を見なかったかい?」
「……え?」
なんで変装した飛鳥の特徴を全部知っているんだ? 素直に疑問が浮かぶ。仮に飛鳥を探しているとして目的はなんだ? 友人? 飛鳥の友人となれば……誰だ。全然思い浮かばない。
「知らないならいいんだ。時間をもらってすまない、また何処かで会うことがあったらその時はよろしくお願いするよ」
彼女が踵を返して来た道を戻ろうと再び歩き始めた。
「快?」
それとほぼ同時、どうやら飛鳥が帰ってきたらしい。
声はいつもと同じ、変わらず柔らかな声は去ろうとしていた彼女の足を止めた。
「どうしたの快、まるで時間が止まったみたいに……嘘」
再び踵を返す。今度は俺と飛鳥をその目で捉えて。
「初めまして飛鳥の恋人さん、僕の名前は春房沙耶。よろしく頼むよ」
俺の顔を覗き込むようにして微笑んだ。




