独立飛行隊戦記4
高度3000メートル。
眼下には大陸特有の大草原が広がっている。
飛行機で飛ぶことが好きだ。
いや、その表現は正確ではない。
地上が嫌いなのだ。
ありとあらゆるモノが複雑に絡み合いわたしを包囲してくる。
貴族院議員の娘
爵位を持つ家系の娘
兄と弟が戦死した結果、宮ノ原家の家督を継ぐことになる女。
陸軍婦人補助飛行隊を志願したのも現実から逃げる為だ。
自分の人生は自分で決めたい。
父や祖父の思い通りにはなりたくなかった。
空の世界はとても簡単だ。
唯一神ともいえるものは物理学、運動エネルギーと位置エネルギー。
それに逆らった者の運命はただ一つ惨めな敗北と死。
新大和市から西に50キロメートルに位置する防御陣地を目視で確認する。
塹壕が地面に幾何学的な模様を刻む。
ちょっとした悪戯心が芽生えた。
陣地目掛けて操縦を倒す。
すかさず追随してくるあずさ。
基地の上空200メートルくらいまで降下すると、2回ほど旋回する。
最初は陣地内から恐る恐る覗いていた兵たちが、味方の機体だと認め、外に出てくる。
観客は揃った。
わたしはすぐ隣を飛んでいる梓に手信号で合図を送った。
彼女は大きく頷く。
一度東に大きく旋回しつつ基地上空に差し掛かる。
燃料ポンプを押し込み発動機を最大出力までもっていく。
操縦かんを一気に胸元にひきつける。
安全帯が体にめり込み、天地がひっくり返る。
わたちたちは2機揃って基地の上空で宙返りを行い、それを終えると方向舵ペダルを蹴っ飛ばし左に散開する。
梓は右側に機体を大きく傾けて機体を流した。
少し遊びすぎたかな。
わたしたちの任務は敵の偵察だった。
大陸連合の北蒙攻略部隊は南部をあっという間に制圧した部隊と違って不気味な沈黙を保っている。
大本営の停戦・武装解除命令に従わず陣地に立てこもっている新大和市守備隊を警戒しているのだろう。
永井大尉から、大陸連合軍に向けて今まで数回軍使を送っているが、誰も生きて帰ってきていないことを知らされている。
防御陣地を離れ、間もなく国境という地点で梓が翼を左右に振った。
操縦席に注目すると、彼女が地面を指差した。
わたしが目を凝らすと、何かが移動しているのが見える。
敵の斥候だろうか。
わたしは了解の合図を送ると、燃料ポンプを絞り、緩やかに降下を始めた。
黒い点が徐々に輪郭を持ち始める。
それは、馬車とそれを追う複数の馬賊の姿だった。
馬賊とは、伝統的な言い方に則れば馬に乗った山賊だ。
ただし、タチが悪いことに歩兵銃や拳銃で武装している。
帝国軍が大陸で優勢だった頃は活動が封じ込めれれていたが、相次ぐ敗北と撤退で再び息を吹き返している。
さらに、大陸連合の尖兵として奴らから武器や物資を与えられ、好き放題に振舞っているという。
追われている馬車は、状況から考えて同胞か帝国に協力的な北方住民だろう。
やれやれ、山賊に追われる馬車なんて合衆国の西部劇みたい。
5式戦闘機は機首に13ミリ機関銃2門、主翼に20ミリ機関砲2門、その他に350kgの爆装をすることが可能だ。
今回は偵察ということで、機銃弾のみ携行している。
わたしは13ミリ機関銃の安全装置を解除した。
無抵抗な相手を追い回す気分はさぞかし気分がいいのでしょうね。
その気持ちはわたしも同じ。
口元が歪むのがわかる。
発射釦を軽く押し込む。
13ミリ機関銃弾は亜大陸戦争で当時の戦車の装甲を撃ち抜く為に開発された弾薬だ。15ミリの鋼鉄版を撃ち抜く。
それを人間と馬に使えば効果は絶大だ。
一連射で3人と3匹を始末した。
それは死神の鎌に似ている。
一薙ぎであっという間に生命をこの世から消し去ることができる。
慈悲というものは存在しない。
続いて梓が射撃を始める。位置取りが悪かったのか、一人と一匹を屠るにとどまった。
しかし、それだけで充分だ。
あっという間に仲間の半数を殺された馬賊たちは泡を食って散り散りに逃走を開始する。
反転上昇したわたしは、水平飛行に移る。
梓がぴたりと横に着き、指示を待っている。
追撃の指示を待っているのだろう。
わたしは、その指示を出さない。
彼女の飛行帽と酸素マスクに覆われた顔に不満な表情が浮かぶことは想像に難くはなかったので、わたしは思わず笑ってしまう。
けれど、これでいい。
生き残った彼らは、仲間に語るだろう。
空からふりかかる恐怖を。