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独立飛行隊戦記3

 新大和基地でまともな建物はこのレンガ造りの本舎しかない。

 わたしたちはまるで裁判所を眼前にした犯罪者のような気分でこの建物に入った。

 玄関で例の永井大尉が出迎えてくれた。

 眼鏡の奥の瞳に険しいものはない。

 わたしは意外な気分になった。

「軍曹、ご苦労だった。下がってよろしい」

 彼は再び完璧な敬礼をすると、わたしたちには一瞥もくれずにその場を立ち去る。

「悪く思わないでね」

 彼女は一言そう言うと踵をかえした。

 ついて来いということらしい。

 茶褐色の詰襟の制服に肩にかかる黒色の髪。

 なんというべきか、ある種の性癖の持ち主ならばたまらなく魅力的な風景なんだろうな

 そんなことをぼんやりと考えながら廊下を歩いた。

 着いた先はこの前の司令官の部屋ではない。

 扉はすでに開け放たれている。

「例の二名をお連れしました」

 永井大尉が入り口で脱帽の敬礼をしてから言った。

 何なんだ?例の2人って・・・

 中に入ると長机が四角く並べられた会議室だった。

 軍服に混じって背広姿の民間人も混じっている。

 一体、なんなの?


 永井大尉に促されわたしたち2人は席につく。

 上座には陸軍少将の階級章をつけた禿げ上がった頭部を持つ男が座っている。

 その後ろには地図。

 わたしが受けた陸軍士官の即席教育の成果によれば、それは新大和市を中心に防御陣地が構築されていることを示している。

「よし、役者は揃ったな。それでは最初で最後の会議を実施しようじゃないか」

 冗談めかした少将の言葉に対する反応はさまざまだった。

 豪胆に笑い声を上げるもの、青白い顔に引きつったような笑みを貼り付けているもの、土気色の顔色に疲れきった表情を張り付かせているもの。


 最初に挙手したのは、グレイの背広を着た、田舎の中学校の校長のような風貌な男だった。

「大陸鉄道調査部の手塚です。不足していた石炭については、偶然新大和駅に停車していた亜大陸の貨物列車が石炭を満載していたので、それを抑えました。お陰で会社の金庫は空になりましたが」 

 会場にどよめきがおきる。

「これで市民の大半を輸送する列車を動かせます」

 彼は若干得意げな表情を浮かべて着席した。

 次に手に挙手したのは内地の警察幹部の制服を着た、立派な口ひげをたくわえた初老の男性だった。

「避難に際して提案があります」

 上座の少将が頷き、続きを促す。

「市民に対し、この避難は一時的なものだと告知するべきです」

 先ほどとは違う、非難の色を含んだどよめき

「以前、わたしは四戸浜で帝都大震災の非難指示をしたことがありますが、家財道具を積んだ大八車の所為で道交通が麻痺し、大混乱になりました。もし、市民に二度とこの地に戻ってこれないと告げれば同じ惨禍が繰り返されるでしょう。しかも、今回の相手は自然災害ではなく大陸連合軍です」

 確かに、この地に永住を決めた者ならば、ありったけの家財道具を運ぼうとするだろう。

「一人でも多くの市民を無事にナツビンにまで避難させるのなら、家財道具一切は諦めさせるべきです」

 つまり、ナツビンまで何万人いるか知らないけれど、市民を逃がそうとしているの?

「河原崎重工総務部の高津です。私も市警本部長の意見に同感です。すでに本社から帰国しても関連企業の社員も含め路頭に迷わす気はない、と確約を得ています」

 この新大和市はいわゆる河原崎重工の企業城下町だ。街の建設段階から重工が関与している。

「新大和市役所の麻生です。避難の順序についてですが、万が一の災害に備えた集団疎開という名目で市内の有線電話を引いている商店を中心とした隣組をすでに編成を完了しています」

 いかにも役場の職員、といった感じの七三分けにロイド眼鏡の男は手元の資料をめくることなく、しっかりとした顔つきで言った。

 なんだろう、この無駄のない会議は?

 わたしが知っている会議はわかりきっている事実を報告し、何の足しにもならない意見を言い合って無為に時間を潰すためのものだった。

「最後に陸軍からの報告です」

 永井大尉の声が会場に響く。

「大陸連合との停戦命令、大本営からの武装解除命令に伴い帝国陸軍が臣民を見捨てて神州に逃げ帰るのではないか、という流言飛語がとびかっているそうですが」

 彼女は会場を一瞥する。

「我が帝国陸軍にそのような臆病者は一人もいないと断言します。陛下の赤子たる臣民には、停戦命令を無視して既成事実を作り上げようとする卑劣な大陸連合軍に指一本触れさせません。全将兵は決死の覚悟で無辜の民を守る醜の御盾として奮戦致します」

 整った顔立ちよりも怜悧さが際立つ彼女だったが、この場では完璧な煽動者だった。

 妙な熱気が会場を支配する。

 醜の御盾なんて何年ぶりに聞いただろう。

 すると、末席の老人がすかさず挙手をした。

「在郷軍人会の川崎です。我々一同、いつでも戦場で敵兵に一矢報いる覚悟はできております。

何故、閣下は総動員令を発令されないのですか」

 少将の表情に一瞬ではあるが侮蔑的な表情が浮かぶが、老人はそれに気づくことはなかったようだ。

「在郷軍人会の皆様の心意気については大変に感銘を受けておりますが、我々の後顧の憂いを絶つ為にも銃後の支援に全力を尽くして頂きたいのです」

 永井大尉の懇願とも言える口調は老人の自尊心をひどく満足させたようだ。

「そういうことならば、仕方ないでしょう」

 彼は笑みを浮かべながら答えた。

 つまり、こういうことだろう。

 撤退戦はかなり高度な指揮統制を必要とする。

 しかも、今回は多数の民間人を護衛しながら大陸連合軍の進撃を遅滞させなければならない。

 塹壕戦程度しか経験していない元軍人など足手まといにしかならないのだ。

「それから、本作戦に強力な援軍が到着しました」

 永井大尉がいきなりわたしたちの方向に振り返る。

「最新鋭の戦闘爆撃機部隊が1隊、本土から派遣されています」

 ・・・1隊?わたしたちが到着してから基地には1機の航空機も着陸していないハズだけれど・・・

「独立飛行隊の代表者お二方です」

 会場に拍手が響く。

 わたしたちは思わず起立し、会釈をした。

 先ほどの永井大尉の言葉がわたしの脳内で鳴り響く。

 これで完全に共犯者だ。

「以降は関係各所で連絡を密に取り合い、折衝を行ってください。なお、作戦決行日は2日後、5月22日、本作戦の秘匿名称はE号とします。それでは、解散」


 会議室に残されたのはわたしたち2人と永井大尉だった。

「独立飛行隊、気に入ってくれたかしら」

 彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。

「・・・納得できる説明をして頂けるのでしょうか」

「貴女たち、婦人補助飛行隊に入隊する時に誓約はしたわよね?」

 彼女はおどけた様子で小首を傾げながら言った。

「停戦協定発布後の私戦に参加しろとは書いていなかったと記憶していますが」

「けれど、帝国陸軍に所属する者は帝国の資産、臣民の生命を保護するために自らの危険を顧みずに義務を果たすとも書いてある」

 わたしは詐欺に遭った被害者の気分だった。

「二週間前、大本営の命令に従った南部の部隊と周辺の都市がどうなったのか、命からがらここまで逃げてきた避難民が教えてくれたの」

 その声は初めて会った時とおなじように冷静だった。

「奴らは停戦協定なんてさらさら守る気もなく、労働に耐える男は全て貨物車の乗せられ北に消えた。若い女は兵隊の慰みものにされ、金目の物は全て没収された。老人や子供については言うまでもないでしょうね」

 なんとなく予想はついていた。大陸連合は今回の戦争前にもたびたび国境を侵犯して略奪や破壊工作を行っていたからだ。更に帝国に反旗を翻す現地住民による武装集団もいる。

「戦闘爆撃機が2機、それって私たちにとっては宝石よりも貴重なのよ」

「・・・まともな整備が受けられなければ2、3回出撃しただけで動けなくなりますよ?しかもたった2機で何ができるんですか?」

 わたしは最後の抵抗を試みる。

「あなたたちの5式戦は金星発動機を積んでるんでしょ?それなら零式輸送機の発動機と同じだから予備の部品もあるし、整備兵も手馴れたものよ。あと、北蒙地区に敵の戦闘機は確認されていない。これからどうなるか分らないけれど、少なくとも現時点では制空権は我々にある」

 神様でも仏様でもこの際悪魔でも鬼でもいい。

 わたしたちを救ってください。



 











 


 

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