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独立飛行隊戦記2

「もし、戦争が終わったら」

 この時期にの帝国臣民ならこの言葉を使わない者はいないだろう。

「もし、戦争が終わったら結婚しよう」

「もし、戦争が終わったら旅行に行こう」

「もし、戦争が終わったらきれいな服を買おう」

「もし、戦争が終わったら肉を腹いっぱい食べよう」

 初期の快進撃による熱狂と遅滞する戦況による白け、そして負け始めたことで実感する重圧。

 連日本土が爆撃され、大陸派遣軍は撤退に次ぐ撤退。

 戦争が終われば、すべては良くなる。

 それが帝国の世論だった。

 もちろん、憲兵隊や特別高等警察が目を光らせる内地ではそのようなことを堂々と公言することは命取りだが、大陸の辺境とされる内蒙ではそのようなことはない。

「あーあ、戦争なんて早く終わっちゃえばいいのに」

 梓が二段ベッドの下に寝転がりながら言った。

「そういう不穏当な意見を言わないでくれるかしら」

 私は粗末な木の机に座り、もう何度読み直したか判らない亜大陸の小説を読んでいた。

 粗筋も登場人物にセリフもほど全て覚えてしまっていたが、同じ作者の新作を手に取ることは当分の間はない。

「お姉さま、もうすぐ戦争が終わるって噂、本当なのでしょうか」

 私は思わずため息をつく。

 その手の噂は聞き飽きていた。

「どんな戦争もいつかは終わると思うけど」

「意地悪ですね」

 梓はすねるように毛布を頭からかぶってしまった。

 わたしたちは一応、士官の身分なので2人部屋をあてがわれたが、外出許可は下りず実質的に軟禁されているようなものだった。

 奇妙な点はまだある。

 基地の航空機が目に見えて減っているのだ。

 新大和基地は主に陸軍の輸送隊が駐屯しているはずだが、どこかに飛び立った輸送機が戻ってくる形跡はない。

 大陸西部の激戦地ならまだしも、辺境のこの周辺でそんなに頻繁に輸送機が落とされるものだろうか。

 まるで、どこかに逃げ出しているような・・・ 

 その時、梓がいきなり後ろから抱きついてきた。

「お姉さま、梓ちょっと退屈です」

 さらり、と彼女の髪の揺れる音が耳にこそばゆい。

 婦人補助飛行隊は女所帯のせいか、こういう妙な悪ふざけが流行る。

 もちろん、彼女が本気で言っているならば私もそれなりに危機感をかんじざるを得ないが、1年ほど一緒に飛んでいるので彼女が冗談で言っているのは知っている。

「あら、ならばどうして欲しいのかしら?」

 私は胸の前にある彼女の両手を左手で強く握った。

 今度は梓が動揺する番だ。

「え、いえ、冗談ですよ、冗談」

 引っ込めようとする彼女の手を更に強く握り、彼女を見上げた。

 顔を真っ赤にしている様子が愛らしい。

「ここまでやってて冗談はないでしょう」

 さて、どんなオチをつけようか、そんな下らないことを考えていると、いきなり爆発音が聞こえた。

 

 私も梓も爆発音で騒ぐほどウブではなかった。

 今まで何回も敵の砲弾が降り注ぐ中離着陸を繰り返してきたし、空戦の経験もある。

 とっさに床に伏せる。

 爆発音は数回続き、さらに散発的な銃撃音。

 わたしは床を這いずってトランクにたどり着くと、中から拳銃を取り出す。

 粗悪品で有名な94式拳銃ではなく、亜大陸のワルター製の小型拳銃だ。

 叔父が出征する記念に買ってくれたものだった。

 遊底を引き、初弾を装填する。

 とはいえ、陸戦の経験はなかった。

 拳銃を握った手に汗がにじむ。

 戦闘音は唐突に止んだ。

 しばらくして、私は恐る恐る窓から周囲の状況を観察することにした。

 遠くの建物から黒い煙が上がっているが、それ以外に特段の変化はないようだった。

 私たちが運んできた五式戦闘機は無事だろうか?

「お姉さま?」

 梓が心配そうにこちらを見ている。

「もう大丈夫みたい。それにしても、こんな奥地まで敵の便衣兵がまぎれてくるなんて・・・」

 便衣兵とは制服を着用せず、民衆にまぎれて敵地で戦闘行為を行う兵のことを言う。

 卑劣な行為で国際法でも明確な違反だが、大陸での帝国軍劣勢が知れ渡ると、今まで従順なフリをしていた現地人たちが次々と便衣兵に鞍替えして深刻な問題になっていた。

「大陸派遣軍もそんなに長くは持たないということですね」

 梓が起き上がると膝のほこりを払いながら冷静な声で言った。

 私は手に握られている鉄の塊を思い出した。

 安全装置がかけられたままになっていた。

 ため息をつき、弾倉を抜き出すと遊底を引いて薬室に装填された状態の弾を抜き出す。

 やれやれ、これを使わずに本土に戻りたいものだけれど。

 

 扉を叩く音が響く。

 私が扉を開けると、陸軍の制服を着たいかにも古参といった感じの男が立っていた。

 階級章は軍曹。

 効果音が聞こえてきそうな完璧な敬礼だったが、先ほどの戦闘のせいだろうか、制服が少し汚れている。

「失礼いたします。宮之原中尉相当官でいらっしゃいますか?」

 ギョロリとした目がこちらを見ている。遠くを眺めているような、近くを凝視しているような、兵士特有の目だ。

「はい、そうですが」

「永井大尉殿が会議に出席なさるようにと」

 一瞬、誰のことだか分らなかったが、あの女性士官の顔が浮かぶ。

 それにしても、会議ってどういうことだろう。

「2人とも?」

 私は部屋の中を見る素振りを見せて言った。

「そうであります」

 今になって彼の背後に小銃を持った兵士が3人いることに気づく。

「すぐに支度するので、待って頂けますか?」

 一瞬、軍曹の顔に侮蔑的な表情が浮かぶ。まったく女ってやつは、といったところだろう。

「ここでお待ちしております」

 次の瞬間には無表情に戻っていた。

 

 結局のところ、私たちは私服で出かけることにした。

 そもそも、飛行服以外はナツビンの市街を観光する目的だったので正式な場に着て行くような服は持っていない。

 私は今年の流行である濃緑色の詰襟の上着に紺の乗馬袴、梓は飛行服の下に着ていた胸飾りのついたブラウスに黒いスカートという姿だった。

 私達は軟禁状態の部屋から実質的に5日目にして部屋を出た。

 大陸特有の乾燥した空気と、どこまでも抜けるように続く青空、そして何かが燃える臭い。

「まさか、このまま銃殺刑ってことはないないですよね?お姉さま」

 梓が軍曹に聞こえるように言った。

 それはないだろう、昨日の夕食はかび臭い軍用ビスケットに正体を知りたくない肉片とキャベツのスープだったのだから。

 最後の晩餐ならばあまりにも酷すぎる。


 

 

 


 

 

  

 


  


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