熱宝衣
むかしむかし、あるところにとても欲張りな長者がいました。
家は大きく、田んぼも畑も広く、何人もの使用人を使って、田畑を耕せたり、掃除したり洗濯したりさせていました。
しかし、この長者はお金が命よりも大切だと思っているような「ど」がつくくらいのケチンボでした。
貧しい者が長者のところに、お金や物を借りに来たら、その人たちを安いお金で働かせたり、いいモノやいい事があれば、それを欲しがったりするような欲の深い人でした。
この長者には娘がいました。
白い牡丹の花が咲いたような美しい盛りの年頃の娘です。
しかし、長者はこの娘の結婚をなかなか取り決めませんでした。
それは、大きな権力を持っていて、大きな財産を持っている男と結婚させ、そのお陰を被ろうという、いやらしい魂胆があったからです。
しかし、娘には心に思っている人がいました。
長者の使用人である若者です。
日に焼けて炭のようにまっ黒でありましたが、よく働き、優しく、誠実な男でした。
若者は年老いた母親と二人で暮らしておりましたが、貧乏でお金がなく、長者に借金をして生活しておりました。
ケチンボの長者にお金を借りているのです、若者がどんなに頑張って働いても、借金は減りませんでした。
若者はそれでも懸命に働いて暮らしておりました。
長者の娘は、そんな若者に心を寄せており、好きな気持ちが堪えられなくなりました。
また、よく働き気立てのいい若者を冷たくあしらう父親に対して、なんとも言えないやるせない気持ちが湧き出して我慢ができなくなりました。
ある日娘は、父親に黙って食べ物を持って家を出て、若者が一人で働いている時を見計らって、こっそり持って行きました。
「これを食べて下さい」
娘が差し出したものは、笹の葉に包まれたオニギリでした。
しかし若者は受け取りません。
「朝から何も食べてないのは知っています。この寒空にひもじい思いをしていては、病気になってしまいますよ」
若者の財産と言えるものはその丈夫な身体だけです。
それが病気にでもなったら、年老いた彼の母親はどうやって生活ができるでしょうか。
思い直した若者は、娘の好意を受け取る事にしました。
幾度となくそんな事が続き、若者も気にかけてくれる長者の娘の事を可愛いく思い始めました。
ある日、農作業の手を休め、土手で仲良くお喋りしながらオニギリを食べている二人の姿を、借金を取り立てて帰る途中の長者が見てしまいました。
家に帰った長者は、パチパチと激しい炎を上げて燃え上がる炭のように怒り、娘を呼びました。
頬をほんのり赤く染めながら、鼻唄まじりに家に帰って来た娘に長者は怒鳴りました。
「なんだって、お前はあんな貧乏人とつき合うのだ!あいつは何にも持っていないんだぞ、それでもいいのか!」
けれども娘は黒い眉を眉間に寄せ、瞳に力を込め、「あの人のほか、私は誰とも、死んだって結婚しない!」と言い返します。
それで長者は目をむいて怒りました。
長者自身も怒りにまかせて、自分が何を言っているのか分からないほど、思いつくままに娘を怒鳴り付けます。
とうとう娘は泣いて部屋を飛び出していきました。
長者は思いました。
これはよくない。娘がもっといいところの男と結婚しないと、お金が増えない。権力も手に入らない。
なんとかしてあの貧乏な若者と結婚できないようにしなければならない。
そうだ、一番いい方法は、あの若者がいなくなってしまえばいい。殺してしまおう。
次の日、長者は若者を呼びこう言いました。
「お前はもう何年も借りた金を返していない。もうすぐ年が明ける、それまでに全ての金を返せ。出来なければ来年一年間は、ずっと家に帰らずにここで寝起きしてタダ働きしろ。できなければお前を泥棒だと役所へ訴えるぞ!」
ほとほと困り果てた若者は、村中の家を回ってお金を借りようとしましたが、貸してくれるくれる家はありません。
若者は長者の言う通り、一年間タダ働きをする事になりました。
お正月が来てすぐ、とても寒い日がありました。
屋根の下にはつららが何本もぶらさがり、川の水は氷り付き、風が吹くとまるで身体を貫いて骨にまで刺さるような寒さでした。
長者は使用人たちに命令して、若者の両手を押さえて水車のある粉挽き小屋に連れていきました。
粉挽き小屋は、小川の横に建ち、分厚い石壁で、高いところに小さい窓しか開いていない、とても寒いところでした。
ここで大きな石臼を回して、米や麦などをすり潰して粉にするのです。
長者は若者をそこに放り込むと、鍵をかけてこう言いました。
「これでお前は勝手に家に帰れないだろう。明日の朝になったら迎えに来るから、今晩はここで寝るんだな」
長者はしめしめと思いました。
これで娘と恋仲の若者は、明日の朝には凍え死んでいることだろう。
娘は若者をあきらめなければならなくなり、偉くて金持ちの男を探して結婚させよう。
次の日の朝も凍えるような寒さでした。
長者は皮の綿入れを着て、ニヤニヤと笑いながら粉挽き小屋へ行きました。
粉挽き小屋の扉を開けると、なんと若者は全身から湯気を上げて座っていました。
顔はほんのり赤く、額には汗がにじんでいます。
長者は驚いて若者に駆け寄り言いました。
「吐いた息すら白い氷になるくらい寒いというのに、お前はどうして汗をかいて座っているのだ?」
若者は昨日ここへ閉じ込められたことで、長者が自分を殺そうと思っていた事を知りました。
昨日の夜、月明かりも差し込まない暗い粉挽き小屋の中で、一晩中大きな石臼を回しては汗をかき、疲れては休み、寒くなってはまた臼を回すという事をして寒さをしのいでいたのです。
一晩で何回臼を回したか知れません。
しかしこの事を正直に話したら、また違う方法で殺されるでしょう。どうやったらうまく言い訳できるのか、臼を回しながら一晩中考えていました。
若者は長者に得意気に言いました。
「この何十倍寒くても私は死にませんよ。この服のおかげです」
この時若者は、以前娘が持ってきた服を着ていました。若者が持っていた他のボロのような服よりはるかにいいものです。
長者は貧乏な若者に似つかわしくない服をしげしげと見て、「この服がどうして寒くないんだ、そんなにいい服には見えないが?」と聞きました。
若者は少し渋い顔をして言いました。
「誰にも言ってはいけない、と言われたのですが本当の事を話します。新年になった日、私は少し遠い山へ薪拾いに出かけました。その時に白い髪がぼうぼうの仙人にあったのです。その仙人が言うには『お前さんはもうすぐ災難で凍死する。だがお前は生きていればお金も権力も手に入れる運がついている。じつに惜しいものだ』と」
「ほうほうそれで?」
長者はすっかり若者の話に夢中でした。
「私が『どうか助けてください』とお願いすると、その仙人はこの服をくれたのです。『これは熱宝衣という。一見ふつうの着物だが、これを着ていれば寒くはない、凍死する事もない』と言って煙のように消えました」
それを聞いた長者はじっくりとその服を見て思いました。
どうりで、こいつが凍え死にしなかったはずだ。本当に運がついているのだ。
わしがこれを着れば、年末に年貢や借金を取り立てに行くのにも寒くないだろう。
そう思うとこの「熱宝衣」が欲しくて欲しくてたまらなくなりました。
「そうか、暗くて心細かったろう。すまなかった、私の家で酒でも飲もうではないか」
長者は急に優しくなって若者を家に招き入れてご馳走しました。
若者の前に料理が並び、温めたお酒が出てくると、さっそく長者は若者に、その服を売って欲しいと頼みました。
「この熱宝衣は寒さを感じないばかりか、寒さから来る病まで治してしまうお宝です。簡単にお譲りできません」
と若者は断ります。
「そんな事を言わずに、なぁ…。そうだ、娘をやろう。娘と結婚をすればいい、どうだ?」
長者の申し出に若者は内心大喜びでしたが、それを知られては長者の気が変わるかも知れません。
だから顔だけは嫌そうにして、「しょうがない、そこまでおっしゃるのならお譲りしましょう」と渋々承諾しました。
それで若者の気が変わらないようにと長者は、その日のうちに若者と娘を結婚させました。
二人は大喜びでした。
長者の方も、素晴らしい宝物を得たと大喜びで、熱宝衣を着て寝るような始末です。
次の日、長者は朝から親戚の家に出かけて行って熱宝衣を自慢したり、使用人たちを呼んで熱宝衣の事を講釈したりと得意満面でした。
その日は特別寒い日でしたが、熱宝衣があるのだからと、ついでに去年返してもらっていない借金の取り立てに向かいました。
長者が歩きだして間もなく、ガチョウの羽のような、綿のかたまりのような大粒の雪が降り出します。
吹きすさぶ北風の冷たさといったら、まるで肉も骨も何もかも素通りして内臓を突き抜けるようでした。
でも、熱宝衣を着ているのだからそのうち汗をかくくらい温かくなるだろうと歩き続けました。
しかし、二里も行かないうちに寒くて手足がいうことをきかなくなりました。
そんなに寒いのに熱宝衣はまったく温かくなりません。
心配になってきた長者は、道端に大きな木が立っていて、その幹に大きな空洞があるのを見つけました。
せめて風を避けようと、長者はそこに入ってしゃがみ込みました。
若者と娘の夫婦は、長者が帰って来ないので探し回りました。
なんにちか後、やっと見つかった長者は、大きな木の幹にある空洞の中で凍え死んでいました。
長者の家は、若者と娘の夫婦が継いで、仲良く暮らしましたとさ。
おしまい。