07
黒真は、フューゼとの学園内見学を終え、「まだ仕事があるのぉ~」と弱々しく言うフューゼを職員室の前に置き、だるい気分のまま、寮の自室に帰宅を果たした。おぼつかない足取りで、地味に長い廊下を這う様に動き、ベッドへ向かう。だが、そこで動きが止まった。黒真の視界には、室内ではまず見ない、ハイヒール。そして、すらりと伸びた脚。美しい脚から顔を上げて上を見る。不意に、白いレースの内側に、黒いレースの見てはいけないものを見てしまい、慌てて首の角度をぐんと上に向ける。そして、そこに見えた顔は、懐かしい顔だった。一般的な部類に入る少女の顔。忘れはしない。一年あまりの時間を、彼女と黒真は、共に過ごしたのだから。アン・リー・メイド。黒真が「魔王」だった頃、魔王城のメイド長をし、一人で、黒真を支えたメイドだ。黒真が元の世界に戻ったことで離れ離れなれになったはずだが、彼女は、黒真の目の前にいた。
「アン……?」
かすれるような声に、アンは、満面の笑みで、笑い返す。
「はい、黒真様。アンですよ。アン・リー・メイドです」
その笑顔に、黒真は、目を奪われる。それほどに明るい笑み。
「ど、どうやってここに?」
黒真の疑問に、アンは、説明する。
「はい、黒真様。実は、私には、一つの能力があるのです。――【異世界の万魔殿】。それは、異世界と私を結ぶ能力です。魔王召喚の儀もこれを使っていました。黒真様に来ていただいた際に、『召喚はどこでもできるので、雰囲気造りのただの空き部屋です』と言ったのは、そう言うことです。本来は、魔物等を喚出すための召喚術のようですが、それを応用すれば、このように、私自身が、行き来することや、黒真様のように、魔王候補者を呼び出すこともできるのです。魔王城の後任メイドの問題と、新たな魔王の召喚に手間取りましたが、不肖、アン・リー・メイド、再び、黒真様に仕えるため、この場に馳せ参じた所存です」
アンの言葉に、黒真は、なるほど、と頷いた。アンの能力が判明したからである。
「で?次の魔王は、どんな奴なんだ?俺の後任だけに、興味がある」
黒真の純真な好奇心に、アンは、ついさっきまで会っていた少女のことを思い浮かべる。
「えっと、確か……、神楽野宮羽酉と言う10歳の少女ですね。年齢の割には、落ち着いた物腰ですが、年相応の滑舌の悪さと泣き癖はありました。【魔力】は、おそらく、最上級魔術ですね。【地獄に咲く黒き花】と呼ばれる地獄の炎を模した能力です」
「……地獄の炎」
黒真は、自分の能力を思い返し、随分と違ったものが出たな、と思う。
「まあ、【魔力】は人それぞれ、か。それよりも、そんな幼い子が行方不明になったら、色々と問題がありそうだな。神楽野宮羽酉だっけか?変なニュースとかになってなければいいんだが」
心配しても仕方がないか、と黒真は、溜息をつく。
「アン。お前は、寮から一歩も……部屋から一歩も出ないでくれ。お前に関しては、この世界に存在しない存在であり、エスサイシアにも存在しない存在だ。そんな人間が、そう簡単に、変なことはされないと思うが、万が一のことを考えて、極力、人に会うのは避けたほうがいい。トリアやアルスなんかの異世界人もおそらく取調べや調査を受けているだろうからな。そう言うのは、できれば避けたいが、捕まってもそれだけで済むかもしれない。ただ、やっぱり、万が一ってのが、な」
黒真の心配する様子に、アンは、胸がキュンとなった。
「あ、ありがとうございます。メイドの私なんかを心配してくださって」
アンの言葉に、黒真は、微笑みかける。
「謙遜すんな。お前は、ただのメイドじゃない。俺を一年もの間支えた、最高のメイドだ。炊事、洗濯、掃除、何でもできる、最高のメイドだよ」
黒真は、アンのことを褒める。
「そ、そんな……」
頬を紅潮させ、嬉しがるアン。それを尻目に、黒真は、少し考えていた。
(アンのような特殊な人間がほいほいいるとは思えないな。だが、事実、この世界には、おかしな怪物とやらが出現しているらしいじゃないか。その原因が分からないな。アンのような力があれば、誰かが、故意に魔物でも引っ張ってきてるんじゃないかってことになるんだが……)
【異世界の万魔殿】。【魔力】、【聖力】、【科力】、何れの概念からも外れた、常識の埒外。世界にとって未知の力。そんなものがいくつも存在しているとは考えにくい。だからと言って、それ以外の可能性はあまり考えられない。
(だとすると、俺をこの世界に帰した力が関係しているのか?)
そう、黒真の呼び出しこそ【異世界の万魔殿】によるものだが、帰すことに関しては、アンは、あの場におらず、帰すために力は使っていない。
「なあ、アン。お前が俺を召喚したあと、帰れるのは、勇者を倒せばだって言ってたよな。あれは、どう言う仕組みなんだ?」
一番知っていそうな人物に聞いてみる。
「はい?帰るとき、ですか?そうですね。私の力に類似した何かによって、ある目的が達成した時点で帰されるようです。召喚も少ないですが、稀に行っているようです。現に、私がまだ、いなかった頃から魔王召喚の儀は行われていたらしいですから」
類似した何かと言う言葉に、黒真は、う~んと唸る。
「そう都合よく、そんな力があるもんかね?……因果律とかその辺に関わってくるのか?中二っぽいが。だとしたら、アンは、その力を持っていることになるぞ?それって、相当規格外の存在なんじゃないのか?」
考えをまとめようと、ぶつぶつ呟く黒真。
そんな時、チャイムが鳴った。黒真は思考を一度停止し、誰だろうか、と考える。しかし、考えても分からないので、アンを部屋の玄関から見えない位置において、誰が来たのか確認しにいく。
「誰だ?」
ドアを開けると、フューゼがいた。
「あっ、紫藤君。すみませんが、少しいいですか?」
いつになく、真剣な表情のフューゼに、黒真は、何か、不安めいたものを感じざるを得なかった。だから、警戒を強めた。殺気を放つ、と言っても間違いではない。
「何か、用ですか?」
黒真の鋭い、突き刺すような声に、フューゼは、身震いをした。ドスのきいた声と表現してもいいくらいの声に、フューゼの顔が青ざめる。恐怖した。
「あっ、うん。……その」
言葉が出ない。声を出すのもやっとである。
「用は?」
黒真が再度問う。
「えっ、そ、その」
フューゼは、この殺気に、思わず、構えそうになるほど、緊張していた。戦闘の緊張。
(いつぶりかしら……。これほどの殺気を放つ相手と対峙したのって。八年前の暗殺、あのときの警護くらい、かしら)
恐怖から、心地よい緊張感へと脳がシフトした。
「少し、顔を貸して欲しいのよ」
フューゼの身に合わない覇気ある静かな声。フューゼは、もはや、学園の教師としての顔ではなく、エスサイシア統治者直轄の暗殺者としての顔になっていた。
「へぇ。それは、学園の用事として?それとも、」
「どちらも、なのよ」
その鋭い眼光は、一般人を萎縮させるのに十分な鋭さだった。しかし、黒真は、全く萎縮した様子がない。
「ふぅん。まあ、いいが。場所は?」
「こっちよ」
フューゼが黒真を連れ、近くの部屋に入る。その部屋は、前に、フューゼの部屋だと言っていた部屋だ。
部屋の中は、電気がついておらず、暗かった。まだ、夜になったばかりだと言うのに、そこは、静寂が支配する夜中のようだった。
「紫藤黒真。経歴は、鷹乃町市立病院で生れる。その後、鷹乃町保育園。鷹乃町第九小等学校。鷹乃町第二中等学校。しかし、中等学校は、途中で家出をしているため、教育課程を修了していない。しかし、一般教養などにおける適性から、進学を許可する意向が上に見られたため、この学園への簡単な編入試験を合格し、編入扱いでこの学園で学ぶことになった」
黒真の経歴を淡々と語るフューゼ。
「昔から、成績は良くも悪くもない。大した功績を残したわけでもない。ただ、家出をしたことがあるくらいの、平凡な人生を送っていた」
と、大まかなことを語ってから、「コホン」と咳払いを入れてから言う。
「そんな、貴方が、何故、あれほどの、ステータスを持っているのか、教えてもらえる?」
フューゼは知っている。
VIT EX+(Vitality)
STR EX(Strong)
DEF EX(Defense)
AGI EX(Agility)
SPF A(Scientific Power Fitness)
BST EX+(Bad Status Tolerance)
INT B(Intelligence)
TEC A(Technique)
これらのステータスは、知能のBは別にして、他がA以上と言うのは、超人的を通り越して、異常だ。ステータスと言うものができてから、EX以上の測定値が三つ以上現れた者はいない。例えば、フューゼは、非常に黒真に近い超人的だが、それもEXに近いAが並んでいるに過ぎない。
VIT A+
STR A+
DEF A+
AGI A+
SPF EX+
BST C
INT A
TEC B
このように、フューゼには、EX以上は、一つだ。そもそも、EX以上の測定値は、人間としての理想値だ。そこに到達している数が多ければ多いほど、理想的人間に近い存在なのだ。そして、黒真は、非常にそこに近い位置にいる。もとからこのような数値を持っていたのなら、あれほど平凡な結果しか残らないのは、不自然だ。
「教える義務はない。強制されることじゃないだろ?」
黒真の白々しい声に、フューゼは、動いた。黒真を詰問するために。もしくは、尋問するために。
素早く、忍刀を組み立て、一秒もかからずに、組み立てたそれを黒真の首筋に当てようと黒真の体勢を崩しに飛びかかる。
だが、黒真には、触れられなかった。まるで、そこに見えない壁でもあるような、そんな感覚に、奇妙に思いながらも、忍刀を振った。しかし、見えない壁に阻まれる。
「その刀、邪魔だな」
黒真は、その声とともに、パチンと指を鳴らす。
――パシャン!
それは、到底手元の忍刀から上がったとは思えないほどの音に、フューゼは驚いた。忍刀がバラバラに弾けた。しかも、破片は、フューゼの方にも黒真の方にも飛ばなかった。
「くっ……」
フューゼは、跳んで、距離をとる。そして、【限界を超えし幻灰】【オーバーリミット・アッシュ】を発動する。
変化は一目瞭然。刀身が、霞み掛かり、元に戻った。
「万物の死を越えさせる力。【科力】・【限界を超えし幻灰】。それが、私の科力なのよ。貴方は?」
自分が言ったのだから、次は貴方の番、とでも言いた気なフューゼの瞳に、並々ならぬ意志を感じ、黒真は、言う。
「【絶対領域】」
その言葉で、フューゼの瞳が揺れた。動揺。それから、得体の知れなさ。
「それが、俺の力の名前だ」
黒真の言葉の強さと、その深淵よりも深い闇の様な黒い瞳が、その奥に見える眩い光が、その言葉が真実であることを語っているように、フューゼは思った。
「エリアアブソリュート」
フューゼは、黒真の言った言葉を反芻した。
(聞いた事がないのよ。【科力】ではない?だとしたら?)
「で?今のは、私的用事だろ?学園的用事はどうした?」
黒真の言葉で、フューゼは、ハッとする。そして、意識を切り替える。学園の教師と言う、取ってつけたような表の顔に切り替える。
「そうでした。紫藤君。君、明日生徒会室に来てください」
フューゼは、それだけ言うと、黒真を部屋から追い出した。
「何なんだ?あの人も、裏表がはっきりしてるっつーか、変動が激しいよな……」
黒真は、随分ほったらかしにしてしまったアンのことを考えながら、部屋へと戻って行った。
翌日。きちんとアイロンの当てられた制服を着て、ピカピカに磨かれた靴を履き、寮の部屋から出てきた黒真。アイロンや洗濯機などの家電製品の使い方を、昨日の夜教えたにも関わらず、完璧に使いこなすのは、流石メイド長と言ったところか。アンが、制服にアイロンをかけ、靴も磨き、黒真を見送ってくれたのだ。献身的なメイドである。そのありがたみを噛み締めながら、黒真は、編入二日目となる教室へ足を運んだ。
教室では、毎朝のように、エスサイシア出身の生徒が、馬鹿騒ぎをしている。地球出身どころかエスサイシア出身の女子生徒すら迷惑に思っている。しかし、止めてもきかないのを皆よく知っていた。だから、誰一人、止めようと声をかけるものはいない。誰も止めないから、行いはエスカレートする。そして、今日のターゲットは編入生の黒真だった。
「おい、編入生!」
黒真は、見知らぬ、いや、クラスメイトなので見知ってはいるが、話したこともない生徒から声をかけられる。
「何だ?」
黒真のあっけない解答に、男子生徒の反感を買う。
「おい、やれ」
男子生徒は、指示を出す。どうやら、熱湯を黒真にかける予定らしい。黒真の逃げ場を、囲うようにしてなくし、かけるのだろう。自分達にもかかりそうだが、お構い無しだ。そして、黒真に向かって桶が投げられた瞬間、黒真は、彼らの目の前には居なかった。駆け抜けた様子もない。何をした様子もない。ただ、元からそこにはいなかったかのように、いなかった。バシャー、と何もないところに、大量の熱湯が落ちた。
「何がしたかったんだ?」
そう思いながらも、最初は、目立たないために、被ってやるか、とも思っていたが、せっかくアンにアイロンをかけてもらった制服をビショビショにしてしまうのは、気が引けたから黒真は、熱湯に濡れることをやめたのだ。
「うわっ!」
大量の熱湯が撒き散らされた所為で、男子生徒たちは、自分に水が跳ね、喚く。
「はぁ。ったく、何なんだ?」
そう思いながら、黒真が、龍美のところへ向かおうとした時だった。バンッと思いっきりドアが開かれる。そして、不機嫌そうな女性と、それを宥めようと必死な青年が入ってきた。そして、教室の悲惨な惨状を見て、不機嫌そうな女性がさらに不機嫌そうになって問う。
「これは、誰がやったのかしら?」
その迫力のある声音に、男子生徒たちは、「ヒィ」と悲鳴を上げる。
「貴方達かしら?全く、朝から迷惑だと思わないのかしら?とっと片付けてくれないかしら」
黒真は、その様子を見ながら「かしらかしらと五月蝿い人だ」と思っていた。
「た、大変だったね、黒真君。でも、どうやって、あそこから抜け出してたの?」
龍美が、寄ってきて黒真に疑問をぶつけてきた。
「ん?まあな」
ちょうど囲んでいた男子生徒達が視界を遮り、黒真がどんな状態にあったかが、分からなくなっていたのが不幸中の幸いだったらしい。
「片付いたかしら?貴方達、次やったら、処罰対象にしようかしら?」
不機嫌そうな女性の言葉に、男子生徒たちは、ペコペコと頭を何度も下げる。
「姉ちゃん、そんくらいにしとけよ」
宥めていた青年の言葉だ。どうやら姉弟らしい。
「そもそも、ここにきたのは、注意じゃないだろ?ほら、なんとかって言う生徒をスカウトに来たんじゃなかったけ?」
スカウトと言うからには、何らかの部活か、委員会なのだろう、と黒真は思った。黒真の考えは、的を射ていたようで、姉の方が口を開く。
「ええ。そうよ。次期生徒会の勧誘に来たんだったかしら?って、なんとかってだれなのかしら?!」
勧誘相手の名前を覚えていないらしい。
「姉ちゃん、俺、次期生徒会候補でもないのに、個人名までは知らねぇよ……」
「そうね?それにしても、来るように担任教師に伝えなかったかしら?」
そこまで、黒真は、無関係だと思っていた。しかし、「次期生徒会」「担任教師に伝えた」ときて、黒真は、もしかして、と思う。
「ああ、そうだったわ!紫藤黒真だったかしら?」
名前を思い出したようだ。黒真の予想は、またも的中した。
「どうでもいいけど、姉ちゃん。さっきからなんで、『かしら』連発してんの?」
「そうかしら?」
「また言ってんじゃん!」
姉弟のやり取りが始まり、出るタイミングを逃した黒真は、あの雰囲気の中話を聞きに行くのか、と肩を落とす。そこへ、龍美が声をかける。
「え?黒真君も次期生徒会に入るの?」
黒真は、「も」と言う言い方に、「ん?」と思う。
「龍美は次期生徒会候補とやらなのか?」
黒真の疑問に、龍美は、笑顔で返す。
「うん。私は、【科力適性】で認められて、【科力兵器】を一本、貰ってるんだよ。能力は、未だによく分かっていないらしいんだけど、今じゃ、とっても珍しい、【科力適性】がA以上必要な【武装型科力兵器】・【龍滅の剣】って言うんだ」
嬉々として語る様子をみると、龍美は、黒真のいない間に、随分とエスサイシアの常識に感化されていたのだろう。
「それで、紫藤黒真は?」
先ほどの姉の声が耳に入る。黒真は、溜息を吐きながら手をあげ、黒真は、言う。
「俺が、紫藤黒真です」
そう言ったとたん、姉の方が、怪訝そうな顔で、黒真に言う。
「いるんならさっさと出てきなさいよ!」
その怒声に、黒真は全く怯んだ様子を見せなかったが、弟の方が、声をかけてくれる。
「わ、悪いな。俺たち、今、妹が居なくなっちまって、気が立ってるうえに、気が動転してるんだ」
そんな家庭事情を持ち出されても困るな、と黒真は、溜息をつく。
「俺は、神楽野宮摩申。神楽坂の『神楽』に野原の『野』に宮殿の『宮』で神楽野宮。薩摩の『摩』に、十二支の申の『申』で『摩申』だよ」
黒真は、最近どこかで聞いた様な、と首を捻る。
「こっちは、姉の神楽野宮夜午。朝と夜の『夜』に、十二支の午の『午』で『夜午』」
中々、個性的な名前である。黒真は、やはり、聞き覚えのある名前な気がして、首を捻る。
「姉ちゃんは、次期生徒会候補として、学園の管理を多忙な現生徒会に代わって行っているんだ。そして、いずれ生徒会入りできそうな有望な人員を集めてるんだ。特に、科力適性の高い人間を。姉ちゃんが声をかけに来たってことは、A以上の有望な人員なんだろ?」
弟、摩申が解説をしてくれたので、黒真は、名前について考えるのをやめた。
「ああ。まあ、俺の適性は、確か、Aだったか?そんなくらいだが?」
黒真は、もはや、タメ口だった。
「そうか。それは、凄いね。俺は、B+。姉ちゃんは、A。でも、Aってだけで凄いんだぜ?」
摩申の言葉を受けている最中、姉、夜午は、終始、落ち着きなく、うろうろとして、不機嫌そうに、靴先を地面に叩きつけていた。
「姉ちゃん、落ち着けよ。そんな焦っても、羽酉は、見つからねぇよ」
姉を宥めるべく摩申が声をかけたのだが、黒真は、「うん?」と思った。正確には、どこかで聞いたことのある名前に、何か引っかかりを覚えた気がした。
「そんなこと言ったってしかたないじゃない!こうしている今でも羽酉ちゃんが、恐い目にあってるかも知れないのよ?」
「そりゃそうだけど。南寅も鈴子も卯龍も学校休んでまで探しに行ってるんだ。俺たちは、落ち着いて待とうぜ」
随分名前が出てきたが、全部兄弟だろうか、と黒真が思う中、二人の会話は、ヒートアップしていく。
「そのメンバーだから心配なんじゃない!ああ、もう、もどかしいわね!なにか探す方法は、ないのかしら?!」
「落ち着けってば」
二人の会話を聞いていて、黒真は、だんだん、物事の流れが見えた気がして、オリフォに手を掛ける。そして、部屋の固定電話に電話をかける。
数秒して、電話が取られる。
『はっ、はい、紫藤ですが……』
電話の取り方と対応の仕方は、昨日、たっぷり教えたが、流石に、初めては緊張するらしく、声に緊張が染み出ている。
「ああ、アンか?俺だ。黒真だ」
黒真の声に、ホッとしたのか、アンの声から緊張が消える。
『黒真様でしたか。あっ、もしかして、私がちゃんと対応できるかどうか、お試しになられたのですか?』
アンの声に、黒真は、笑いながら答えた。
「ハハッ、俺は、そんなことしないよ。お前を信用してるからな」
実際そうだった。アンと過ごした一年の間で、黒真は、アンをかなり信頼していた。
「俺が、電話したのは、別の用事だよ。ちょっと聞きたいことがあってな」
黒真の言葉に、アンが、疑問の声を上げる。
『聞きたいこと、ですか?』
アンの声に、答えようとしたが、龍美が話しかけてきた。
「どうしたの?黒真君。もしかして蒼華ちゃん?」
龍美の問いに答えるべく、アンに「ちょっと待ってくれ」と言う。
「いや、蒼華じゃない。ちょっと用事で知り合いにかけてるだけだ」
黒真の言葉に、龍美の目が丸くなる。
「こ、黒真君が、わたしと蒼華ちゃん以外に、電話……?」
意外なものでも見るような目に、黒真は、頬を引きつらせた。
「あのな。いくら俺でも知り合いと電話くらいするっつーの」
黒真は、そう龍美に言うと、再びオリフォを耳に当てる。
「あ~、悪かったな。それで聞きたいことなんだが、昨日言っていた俺の後任の話だ」
『後任、と言いますと、あの少女の話ですか?』
アンの解答に、納得がいったように、黒真は、オリフォ越しなのに頷いた。
「ああ、そうだ。もう一度、名前と特徴を教えてほしい」
黒真の言葉に、アンは、疑問に思いつつも、黒真に、再度特徴を話す。
『えっと、神楽野宮羽酉。能力は【地獄に咲く黒き花】。年齢は10歳で、綺麗な艶のある黒髪の少女でした。そう言えば、特徴と言えば、赤いバッグになにやらよく分からないものが飛び出ていましたが。「らんどせる」と「りこおだあ」でしたか?』
「オーケー、オーケー。そんだけ分かれば十分だ」
アンとの通話中だが、さて、どうするか、と考え込む黒真。
(この現状で、俺が、羽酉とか言う子の話をしても、「怪しい奴め」となるのがオチだろうな)
「アン、お前の力でやって欲しいことがある」
『私の力、ですか?』
黒真は、考えた結果の結論を出した。
「手紙をデシスピアに送ってくれ。俺の後任に、自分の字……日本語で家族宛ての手紙を書かせるように指示を出して、それをお前が受け取って、俺のところに送って欲しい。できるか?」
黒真の指示を受けながら、実行に移していたアンは、答える。
『こちらから手紙は送りました。ですが、向こうでいつ終わるかは、私には、分からないんです』
それはそうだろう。そうなれば、アンが直接向こうに行くか。黒真が思考をめぐらせていると、オリフォ越しにアンの悲鳴が聞こえる。
『きゃ』
「どうした?!」
『あ、いえ、私の能力とは別の何かで、手紙が送られてきました。よく分かりませんが、そっちに送ります』
アンの言葉と共に、一瞬、眩い光が起きたような気がした。しかし、誰も気にしていない。そのくらいの微小な光だ。
ひらひらと落ちてくる手紙をパシッと掴む。そして、手紙の内容に目を通し、一通り、確認してから、二人に声をかける。
「なあ、確か、摩申と夜午って言ったよな?」
黒真の声に、二人が会話を止め、こちらを見る。
「念のための確認だが、夜午、摩申、南寅、鈴子、卯龍、巳丑、辰朧、未春、司戌、由亥。この名前に聞き覚えはあるか?」
黒真の問いに、二人は、しばし、顔を見合わせ、夜午が怪訝そうに黒真に言う。
「全員、私の妹と弟だけど、何で名前を知ってんのかしら?」
黒真は、唖然とした。
「ぜ、全員兄弟姉妹って、何か?十一人兄弟か?!」
黒真の絶叫は、ホームルームの時間となり、入ってきたフューゼを大変驚かせた。