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3rd World  作者: 桃姫
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06

 黒真は、フューゼと共に、放課後の学園内を歩いていた。目的は、学園内施設の詳しい案内だ。フューゼは、昼間の出来事が現実に存在したものなのか、分かりかねていた。それゆえに、それを見極めることを含め、黒真を見張るように同行していた。


 黒真は、学園を見回る過程で、ある人物を探していた。それゆえに、黒真は、フューゼに提案をする。


「学食から回りたいんですけど」


「ふぇ?」


 突如掛けられた声に、フューゼは、変な声を洩らしてしまう。慌てて取り繕って、返事をする。


「別にいいですよ」


 フューゼは、黒真が、何故、学食に行きたがるかが分からないため、とりあえず頷いた。黒真に関する何らかの情報が得られるかもしれないからだ。




 学園の食堂、学食は、かなり広い。かなり人が多い上に、全寮制とあっては、弁当を持ってくる生徒は限られてくる。それこそ、購買か学食のどちらかで昼食を済ませる生徒が大半だ。

 しかし、今は、放課後。あまり人数がいない。部活の後に休憩でスイーツを食べている女子生徒らくらいだ。


「ここが学食です」


「見ればわかります」


 黒真のあっさりとした解答。どうやら、黒真の興味は、学食に向いていないことをフューゼは悟る。


「見たところ、いないが」


 黒真は呟きながら、学食を見回す。そして、一点で目が止まる。フューゼは、その先を見て、疑問に思う。


「紫藤君、あれは、アルスさんですよね?」


 アルス・エル・フェリエ。赤と言うには濃く、紅と言うには明るい、そんな髪色をした女性。年齢としてはフューゼの方が上のはずだが、圧倒的にフューゼよりも年上のようにあふれ出す、官能的で魅惑な雰囲気。理想的女性像とでも言える大きな胸。くびれた腰。突き出たお尻。少し暗めの肌色。地球の人間らしからぬ美しい存在。人かどうか、疑ってしまうかのような美女。


「紫藤君は、初対面だと思いますけどぉ」


 山盛りの皿に盛られた色とりどりのケーキ。もはや、チョコケーキとショートケーキが混ざって別のケーキになっていることすらお構い無しだ。


 ちなみにだが、ショートケーキのショートは「短い」の意ではなく、「もろい」や「サクサクする」の意である。昔のショートケーキはスポンジではなく、クッキーのようなものを使っていたのが由来だ。


「アルス・エル・フェリエ、か」


 黒真は、アルスから視線を外し、フューゼの方を向く。


「この学食って、何時から何時までやってるんですか?」


 黒真の急な問いに、フューゼは、暫し固まってから頭のから学食に関することを思い出して答える。


「えっと、朝の五時から夜の九時までだったかしら?……うん、だったと思います」


 思い出して、確認して言いなおした。


「ふぅん。そうですか」


 黒真のどうでもよさそうな声。黒真は、実のところ、学食の開店時間などにまったく興味は無かった。ただ、学食に居るという、アルスと言うクラスメイトを確認しておきたかったのだ。


「アルスさんとは、知り合いなんですか?」


 黒真にとって意外だったのが、フューゼが黒真とアルスが関わりのある人間だと見抜いたことだった。


「何故?」


「最初に、紫藤君に席の場所を伝えた時に、少し、ピクッって反応したから、かな?」


 フューゼの意外にも鋭い指摘に、黒真は内心、酷く動揺していた。しかし、決して、それを表には出さない。


「少し話しかけてもいいですか?」


 その提案は、フューゼの方からだった。黒真は、フューゼを見る。


「うちのクラスの子ですからねぇ。それに、あんまり教室に来てくれなくて。こういう機会でもないと、話せないかなぁ、ってね。部屋に行っても出てきてくれないし」


 アルスはかなり問題児だったらしい。


「まあ、いいっすけど」


 黒真は、渋々頷いた。




 アルスは、ケーキを平らげ、食後の紅茶に舌鼓を打っているところだった。そこに、見覚えのある茶髪の女と、自分をこんな目に合わせた黒髪黒目の同い年くらいの青年だった。

 と表現したのは、アルスの視点からモノを言ったからであって、当然、その二人は、フューゼと黒真なのである。


「ブーーーーーーッ!」


 勢いよく噴出された紅茶は、汚い虹を作る。しかし、そんなことアルスはお構い無しだ。


「うおっ?汚ぇ!」


 思わずそれに反応したのは黒真である。フューゼは、もはや、その辺の雑巾で噴出された紅茶を拭き始めていた。


「シ、シドウ・コクマ?」


 目を丸くして黒真を見て、何度も目を擦って、幻覚でないことを確認する。


「紫藤君、やっぱり知り合い何だ~?」


 フューゼは茶化し気味に言うが、内心、酷く興味をそそられていた。


(彼女は、素性が分からなかったけど、彼と知り合いってことは、何か、分かるかも知れない)


 フューゼの思いも露知らず、黒真とアルスは、話を進める。


「コクマ!お前、私をこんなところまで連れて来ておいて、一年も放置するとは……末恐ろしい奴じゃなあ」


 まるで年寄りのように、語尾に「じゃ」がつくような喋り方をする。


「別に放置したくて放置してたわけじゃねえよ。俺は、あの後色々大変だったんだぞ」


 黒真は、やれやれと肩を竦める。黒真自身、一度目の家出でアルスと出会って、家に戻り、その後、すぐにデシスピアに飛ばされている。


「それにしても、じゃ。お前は、いつもそうじゃ。いつも『遅い』のじゃ」


 アルスは、どこか感慨深いようで、暫し、遠くを見るような目で虚空を見ていた。


「悪かったな」


 素直に謝る黒真。その様子は、本当に申し訳ないと思っているようだった。フューゼは、二人の様子を見て、何かあることだけは、実感した。


「アルスさん。教室には、ちゃんと来てくださいよぉ?」


 フューゼの言葉に、アルスは、そっぽを向いた。フューゼは説得を諦めた。


「紫藤君。ここから、順番に、特別教室を回っていこうかしら。いいですか?」


 フューゼの問いに、黒真は、ただ、頷いた。


 この学園において、特殊な授業はいくつか存在している。その中でも代表的なものが、「科力実技」、「実戦経験」、「異世界史」である。


 科力実技とは、科力兵器を試しに使い、その構造から、詳しい使い方までをレクチャーする授業である。


 実戦経験とは、科力兵器を用いた特殊実戦の訓練である。


 そもそも、大した敵のいないエスサイシアと地球の二世界において、科力兵器などと言う物騒なものが持ち込まれ、訓練をしているのには理由があった。まず、エスサイシアの技術力の高さを見せ付けるため。そして、もう一つ、エスサイシアと地球が繋げられた辺りから、突如現れた異形のモンスターたちと対抗するためである。現れる量は少ないため、現在は、学園の生徒会が世界各地に配置され対応をしている。しかし、そのため、この学園が手薄になるという弱点もあるため、その辺を学園の生徒に任せるために訓練しているということだ。そして、その中で優秀なものが生徒会に入る。そう言う仕組みになっている。


 ちなみに、現在の生徒会長は、日本に居て、副会長と他二名でアジア、会計と他一人で欧州、書記と他四人で北アメリカと南アメリカ、もう一人の副会長と他二人でアフリカに派遣中と言うことだ。生徒会の人数は、年によって変わるが、黒真の編入した年においては、十四人。三年生四人と二年生十人だ。


 なお、ほとんどがエスサイシアの人間で形成されていて、人種差別(世界差別)ではなく、幼い頃から科力兵器に触れていたエスサイシア人のほうが、座学も実技も成績が高いから、と言う至極当然な理由によるものだ。むしろ、派遣される方は、張り巡らされたAR技術で自動翻訳されるから言葉通じるものの、命の危険に晒されることもある。日本人などの穏便な人種にはあまり向かない危険な仕事なのである。

 それゆえに、地球出身者が生徒会に入らないことを皆が納得している。

 異形のモンスターたちは、そう多く、頻繁に出るわけではない。一ヶ月に一度出るか出ないか程度である。その形は、蟲の様なものから妖怪の様なものまで多種多様。規則性の欠片も無い化け物たちが、突如目の前に現れるだけ。分かっているのは、白い眩い光がすると、目の前に現れるということだけ。正体も、どこから来ているのかも不明。中には友好的なものもいる。言葉を話すものもいるが、翻訳できないため、言葉が通じることはない。

 異世界史は、エスサイシアの出身と地球の出身とで別れ、それぞれ別の世界の歴史を勉強するのだ。


「ここが科力実技室です。実技実習は、この部屋で行います。担当は、わたしとセーラ・イスバーン先生の二人です。わたしは副担当ですからあまり授業には出ませんけど」


 広い部屋に案内された黒真は、その内装に、既視感を覚える。


「この部屋、どこかをモチーフにしたのか?」


 その言葉は誰に向けたわけでもなかったが、フューゼが答える。


「この部屋は、アルスさんが提案した構造で、理に適っているので、その通りに造ったものなんです」


 壁に縦に配置された灯りは、まるで蝋燭立てに立つ蝋燭の様。床の幾何学模様は、まるで魔法陣。どこかを髣髴とさせる空間に黒真は、懐かしささえ感じてしまった。


「アン……」


 今、どうしているかも分からぬ少女を頭に浮かべ、そして、黒真は疑問が浮かび上がる。


「ん?そう言えば」


 黒真は、アンの言葉を思い出す。


(「召喚はどこでもできるので、雰囲気造りのただの空き部屋です」って言ってたな。つまり、召喚は、魔法陣によるものじゃない?ってことは何か?何らかの力によって召喚したわけだ。アンは、何をして、俺を召喚したんだ?)


 黒真は、分からず、思わず首を傾げた。


「どうかしました?」


 フューゼが問うが、黒真は答えない。考えに耽っているようだ。


「紫藤君!どうかしたんですか!」


 フューゼの大声に、黒真は思わずビクンと反応する。


「なっ、なんだ?」


 黒真は慌てて何事か、と確認する。そこには、頬を膨らませたフューゼが居た。


「もう、ボーっとしてるからですよ!どうかしたんですか?」


 フューゼが激昂する。



         ◇◇◇◇◇◇



 黒真が魔王城を去ってから三ヶ月。アン・リー・メイドは、急いでいた。黒真が去ってすぐに始めた後任のメイド探し。選定として百人あまりの人型魔物を集めていた。集まったのは、夢魔や淫魔、ゴブリンなどの面々だった。その中でも、面、仕事、声の観点において、素晴らしい人を選ぶ。

 淫魔のユン・シゥエイ(アン命名)と夢魔のサリーナ・ヴュヴァージュ(アン命名)とゴブリン(♀)のギュヴァス・イリュークの三名が選考された。


 ユン・シゥエイは、長身痩躯の二十数歳に見える。胸も含めスレンダーな体つきだ。淫魔だけあって、大変美しい顔立ちをしている。そのため面に関しては素晴らしすぎる。それゆえの採用だ。他の二つに関しては、まずまず、と言ったところか。


 サリーナ・ヴュヴァージュは、夢魔ゆえか、見た目はそこそこ、仕事もそこそこだが、非常に声か艶かしい。それは、夢魔が、眠っている人にあまい声を囁き続けるからである。その声の艶かしさ、美しさ、可愛さには、他の追随を許さないほどである。


 ギュヴァス・イリュークは、ゴブリン族の仲では顔立ちもよく、美人の部類に入るが、他の二人に比べれば一般的。褐色の肌は白い肌とは違う、別の美しさがあるようだ。また、仕事のできが他の二人を十としたら百や二百ほどである。ちなみにアンは、その十倍から五十倍の仕事をこなす。


「えっとユン、サリーナ、ギュヴァス。あなた達には、この城を任せたいと思います」


 メイド長のアン・リー・メイドは、新たにできた三人のメイドに城を任せることにした。


「え?ま、任せる?」


 急に告げられ、ユンは、目が点になった。


「ええ。任せます。私は、次代の魔王を召喚したら、旅に出ます」


 もう魔王の呼称が「魔王様」ではなく「魔王」になっているのは、アンにとっての魔王が黒真だけだからである。そんなことを知らない三人は、アンを尊敬の目で見る。


(魔王様のことを魔王と呼ぶなんて、流石は「冥土に送るメイド」)


 サリーナは頭の中でそんなことを考えていた。


「で、ですが、私たちだけではまだ……」


 ユンが「できない」と言おうとしたが、アンが先に言う。


「大丈夫です。あなた達なら、この城を任せられますから。では、頑張ってください!」


 アンは、それだけ言うと召喚の間と言う名のただの空き部屋に行く。




 アンは、自身の持つ、異質(おかし)な力を使い、魔王を呼び出す。アンは、この力をこう呼んでいた。

――【異世界の万魔殿】【異世界のパンデモニウム】

 その力は、黒真の力よりも異質で異端で異常である。そして、【魔力】、【聖力】、【科力】の何れの概念からも外れた常世の埒外である。

 なぜならば、アンは、【魔術刻印】を刻んでいない。これは、間違いない。そのため、武術の腕は、あまりよくない。

 【礼装】の祝福も受けていない。なぜなら、状態異常に対する耐性がないからだ。むしろ人間や魔物よりも耐性がないと言えるだろう。

 【科力兵器】を持っていないのだから、【科力】ではないだろう。

 その実質的な能力は、魔物や魔王の召喚である。しかし、その逆に、自分を召喚させることもできるのではないか、とアンは思いついたのだ。そして、それは可能だと判明する。試しに、自分を一定距離別の場所に召喚する力を確認した。それで確信を持った。それを応用したのが、鈴がなったらすぐに現れると言うアンの特技の正体だ。


「【異世界の万魔殿】」


 アンの呟きと共に、周囲を照らすほどの眩い、白い光が現れた。それが、一箇所に収束した。そして、一人の少女が現れた。


「ふぇ?」


 きょとんとした様子の少女。年の頃は、十歳くらいだろうか。真っ赤なランドセルとランドセルから飛び出した縦笛が特徴な、古典的小学生である。むしろ、今時、こんな小学生はいないだろうと言うくらいの小学生である。


「ふぇえ?」


 泣きそうな小学生少女。むしろ少女ではない小学生とは何だろうか。ふと浮かんだ議題は横へ置いておく。アンは、小学生に話しかけた。


「はじめまして。そして、さようなら」


 まるで、「これから殺す」様な台詞であるが、勿論、そんなことはしない。


「ユン!サリーナ!ギュヴァス!」


 アンは声を張る。すると、三人は、駆け足でアンのいる空き部屋へとやってきた。


「メイド長、お呼びですか?」


 サリーナの蕩けるような甘い声の問いに、アンは、少女を前に押し出す。


「彼女が、新しい魔王よ。仲良くやってあげてちょうだい」


 アンが適当に、紹介をする。すると、泣きそうだった少女は、キョロキョロと見回し、自己紹介をした方がいい空気を悟る。空気の読める少女だ。最近の小学生は、配慮に欠けるので、皆、こういった良識のある小学生になるよう、しっかりと教育すべきである。


神楽野宮(かぐらのみや)羽酉(はとり)でしゅ。……です。じゅっ、……じゅっちゃい……十歳になりましゅ。……なります」


 噛んでから一々言い直す、とても良心的な子である。


「じゃあ、私は、旅に出ますから」


 アンが去ろうとするが、三人が慌てて阻止する。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!メイド長!」


「そうです、メイド長!」


「お待ちください!」


 アンが足を止めた。まあ、アンの能力であれば、この場で転移することも可能なのだが、人前ではあまりしたくないのだろう。


「なにかしら?」


 アンが問うと、ギュヴァスが言う。


「せ、せめて、この子……羽酉と言う子に状況の説明だけでも……」


 アンは、渋々了承した。


「では、僭越ながら、私、元メイド長のアン・リー・メイドが新たなる魔王に、状況を説明します。この世界は、常に闇が世界を覆う、朝無き世界・デシスピア。貴方は、この世界に呼ばれました。理由は、魔王になったからです。魔王として選ばれたからには、勇者一行を撃退するまで帰ることができません。常闇の世界で、貴方は、勇者を待ち受ける、王として、生活するのです。いつ帰れるかの保障はありません。無事に帰れる保障もありません。しかし、貴方には、力がある。魔王として召喚されたからには、貴方には、【魔術刻印】と言う、力が刻まれました。一般人であれば、軽く圧倒できるほどの身体能力なのです。そして、【魔力】と言う力を仕えるようになっています。【魔力】は、貴方だけの魔王としての力を、顕現させたものなのです。さあ、試しに一度使ってみてください」


 早口で次々に説明していく。羽酉は、困惑しているが、アンは、【魔力】の発動を促す。


「え、えと。こ、こうでしゅ……。こうですか?」


 手を前に突き出す羽酉。すると、羽酉の前に、黒い炎が湧き上がる。その炎は、禍々しい、闇の炎。地獄に眠る剣を模したかのような、暗く黒い炎。夜の黒さとは別の「悪」の黒さ。それは、常闇の象徴。悪鬼なるものの象徴。

 何の因果か。これを手にしたのは、純真無垢の小学生。三人のメイドは、思う。恐ろしい、と。この少女には、どれだけの「才」があるのだろう、と。まさに魔王だ、と。


「きゃわっ。にゃ、にゃんでしゅ……。なんですか、これ」


 自分の放った炎があった場所を見つめる羽酉。


「これは、【地獄に咲く黒き花(ヘルゲヘナ)】ですね」


 アンの言葉。


 【地獄に咲く黒き花】【ヘルゲヘナ】。魔王と死を繋ぐ概念である「地獄」を象徴としてそれを体現した能力。その炎は、全てを焼き殺す、残酷な炎。塵芥も灰も残さない、無慈悲なまでの炎。紅蓮地獄の氷ですら凍てつくことの無い地獄の炎。地獄(ヘル)の中の地獄(ゲヘナ)。ゆえに【ヘルゲヘナ】。


 ちなみに、だが、紅蓮地獄は、炎ではない。冷気だ。冷たいのだ。寒いのだ。詳しくは自分で調べて欲しい。


「へりゅげひぇ……。へるげへにゃ……。へるげひぇにゃ……。うっ、ぐす。な、泣いてないもん!言えるよ!【ヘルゲヘナ】!ほ、ほりゃ……。ほら、言えたよ!」


 噛みすぎて泣きそうになり、火事場の馬鹿力で、きちんと発音でき喜ぶ羽酉。その微笑ましい様子に、メイド三人は、すっかり魅了されたようだ。


「炎は、【地獄に咲く黒き花(ヘルゲヘナ)】の一端にすぎません。その実体を掴めたときこそ、その力は、真価を発揮することでしょう」


 アンは、それだけ言うと、荷物をまとめて持ち、旅立とうと行き急ぐ。


「め、メイド長。そう言えば、どこへ行かれるんです?」


 ユンが震える声で聞いた。アンは、即答する。


「地球の日本です!」


 カッカッカッとハイヒールの踵が地面につく音と共に、アンは、去ってしまった。


「ふぇえ?日本?」


 羽酉のあどけないきょとんとした顔だけが、そこにあった。


――2051年、6月某日。丁度、黒真が、アンのことを考えている頃。少し広い寮の一室に、アンは突如現れた。アンは、部屋の匂いを嗅ぐ。懐かしい匂いに、涙が頬を伝う。

「ああ。ああ。…………ああ!黒真様!私は、ようやく、貴方の元へたどり着きました!」

 その声は、誰もいない部屋に反響する。そして、玄関の電子キーロックに、カードが差し込まれ、ピッと電子音がなり、開錠される。そして、ドアのノブが回った。


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