表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3rd World  作者: 桃姫
eins
4/31

04

 時間は、少し遡る。これは、黒真の二度目の家出の話である。


 黒真は、目の前が、白い光に包まれたことで、何かが起きたことが分かった。ついさっき、一度目の家出を終えて、帰宅したばかりだと言うのに、数年ぶりに、家に戻ってきて、妹の話す「異世界との共和」などのよく分からない話を冗談だと思い、適当に聞き流しながら、部屋に戻った黒真は、気づけば、暗い大部屋にいた。地面には魔法陣。壁には蝋燭立てと薄暗く光放つ蝋燭。いかにも、な部屋である。


「俺の部屋はいつからこんな悪趣味で、大きくなったんだ?」


 見当ハズレなことを言ったのは、現実逃避のためだ。正直言って、今の黒真には、異世界に召喚されたなど、最も考えたくないことだった。しかし、その逃避も、目の前のメイド服の少女によって、終わらせられる。


「おお、魔王様。無事に召喚できて幸いです」


 黒真は、それを聞いて、思わず笑ってしまった。冗談だと思ったからではない。現実味がなかったわけでもない。ただ、圧倒的な絶望感に、笑うことしかできなくなっただけだ。乾いた笑みにメイド少女は、ニッコリと微笑む。


「流石魔王様。このような、急な状況ですら楽しまれているとは……。ですが、異世界より召喚された魔王様には、この世界について分からないところも多いでしょうから説明させていただきます」


 メイド少女は語りだす。

 メイド少女の容姿は、昏色の髪と瞳をしており、一般的容姿の少女。メイド服はフレンチ型だ。ちゃんとフリルのカチューシャもついている。


「この世界、『デシスピア』と呼ばれる世界です。空は、常に闇に覆われております。異世界から召喚された方には驚く方が多いですね。『デシスピア』では、古くから、魔王と勇者の対立が続いており、我々魔王軍は、戦いのたびに魔王様を異世界より召喚し、魔王軍の勝利のために戦っていただきます」


「つまり、帰るためには、勇者を倒せってことだよな」


 黒真は、帰るための条件を推測して聞いた。


「流石、ご理解が早い」


 メイド少女は意外そうな顔をしていた。


「それで、俺が、『魔王』としてこの世界に顕現したと言うことは、俺の体には【魔術刻印(まじゅつこくいん)】が刻まれているんだろ?」


 黒真が言ったことを聞いて、メイド少女の顔は、「意外そう」から「意外」に変わった。


「何故、【魔術刻印】のことを?」


 メイド少女は慌てて聞いた。


「何で、って聞かれてもな。俺は、ただ、知っているだけだ。そして、【魔術刻印】が俺の体に刻まれたってことは、【魔力】が目覚めてるんだよな」


 【魔術刻印】。それは、魔王となった者に与えられる補助。魔王とは、悪「魔」の「王」であり、「魔」術の「王」でもある。しかし、召喚されたただの人間に、そんな存在が勤まるはずもない。それを補助するのが【魔術刻印】である。

 【魔術刻印】は、体に刻印を刻み、肉体を変質させることで、動体視力、五感、直感、筋力、体力などが、普通の人間を凌駕した存在になる。そして、【魔力】を手にすることができる。これは、本人の資質によるが、魔王の技に相応しい力を得ることができる。


「異世界からの召喚者は、大概、この世界の力を理解していないはずなんですが、魔王様、貴方は、何者ですか?」


 メイド少女は、訝しげに問う。


「俺か?俺は、ただの地球生まれの日本人だよ」


 メイド少女は、意味が分からず少しの間、目をパチクリとさせる。


「に、日本人とは、皆、特殊なのですか?」


 思わず出た問いに黒真は、笑う。


「さてな」


 そう言いながら、黒真は、己の体の中にある【魔力】を確かめる。


「この辺は、同じか」


 そう呟きながら、【魔力】のイメージを放出する。己の内部に内包するイメージを固め、撃ち放つ。

 瞬間、空間が、歪に分かれた。


「これが、【絶対領域(エリアアブソリュート)】か」


 【絶対領域】【エリアアブソリュート】。魔王が「世界」を支配、統治する力を体現した能力。黒真の裡に眠りし「魔王」の力だ。


 【絶対領域(エリアアブソリュート)】の能力は、自分の認識する空間における全てを支配する力である。ただし、時間などの概念は、ベクトルの方向が違うために制御できない。


「く、空間の支配術ですか……?これは、また、異質な……」


 メイド少女が呟く。


「魔王の本質としては確かに純度の高い、最上級魔術の部類に分類される危険な【魔力】でしょうけれど」


 【魔力】は、五段階に分けられる。最下級魔術、下級魔術、中級魔術、上級魔術、最上級魔術と段が上がるごとに、威力や危険度が高い【魔力】となる。しかし、対して、勇者側にも同様の力はある。


「ですが、今回の勇者も上級聖術に分類される【聖力】を持つそうですし」


 魔王の【魔力】に対し、勇者は【聖力】と呼ばれる力と【聖装(せいそう)】もしくは【礼装(れいそう)】と呼ばれるものを付与される。


「どのような【聖力】か分かりませんが、魔王様でも相手は難しいかと……」


 【魔力】と【聖力】。相反するものには相性がある。例えば火と水のように。どちらが強いとも弱いとも言えない。弱点をつかれれば、いかに強い【魔力】とて、簡単に打ち破られてしまう。

 まだ詳細は分かっていないものの、【絶対領域(エリアアブソリュート)】は、空間を支配する【魔力】だ。無効化する系統の能力は勿論、空間を作り出す能力やその空間の絶対的支配を得る力には分が悪い。今回の勇者がそう言った類の【聖力】を持っていないか、と言う懸念がメイド少女にはあった。

 黒真は、不敵な笑みを浮かべた。


「勇者、ね。ってことは、賢者やら戦士やらの仲間がいるんだろ?」


 少しわくわくしているような黒真の声に、メイド少女は、不気味なものを見るかのような反応をしてから、慌ててそれを取り繕う。


「えっと、勇者の仲間ですね。確か、賢者と武道家、それと獣使いがいるそうです」


 ゲームでは定番のメンバーだ。


「賢者、ねぇ。それに武道家。獣使い。魔法職と物理職にサポーターか。勇者以外は【聖力】を持ってないほうが多いだろ?どうなんだ、その辺」


「賢者は、元勇者で、【聖力】を持っています。そして前魔王様に敗れています。確か、勇者としては、二代前の勇者でしたか」


 厄介そうなのは、賢者と勇者だけ、と黒真は思った。


「賢者の能力は分かっているんだろ?」


「ええ。【全能の書(オール・ライブラリィ)】と言う、全ての知能を有する力です。まあ、いくら知識があっても、力がなければ勝てないと言うことなんですよ」


 メイド少女はしみじみと言った。


「ふぅん。全ての知識、ね。どこら辺までの知識なんだ?」


「どこら辺、とは?」


 黒真の言葉の意味が分からなかったメイド少女が聞き返した。


「いや、俺とかみたいに異世界から召喚された奴等がいるだろ?そう言った奴等のいた異世界のことも知ってるのかって意味だ」


「いえ、前提条件に自分に関するとつくため、異世界のことは無知のはずですよ」


 なるほど、と黒真は、頷いた。


「他には、どんな【聖力】が、今まであったんだ?それと、【魔力】も」


 黒真の問いに、メイド少女は、手元に、本をいつの間にか持っていた。


「他の【聖力】ですと、【炎天に咲く日輪(ザ・サン)】や【英雄の証明(アイム・ヒーロー)】などですかね?【魔力】は、【深淵宮至果(アビスの果てへ至る)】や【刻天滅具(ジ・エンド)】などがあります。ですが、まあ、今のは、ほぼ最上級のものですので、後のものは、遥かに劣化・劣等のものしかありません」


 【炎天に咲く日輪】【ザ・サン】。太陽の力を身に体現する能力。しかし、あまりにも強大すぎる力に、体が耐えられない。体が破裂するほど強力。勇者の「魔王に対する光」をよく体現した能力である。また、デシスピアでは、朝日の無いため、「太陽」と言うものは、本当の光の象徴である。


 【英雄の証明】【アイム・ヒーロー】。自信の肉体を通常の25倍に強化する力。この力は、破格の力で勇者の身体的には、強いと言える。ただ、あくまで己の肉体のため、圧倒的な常識外の力には弱い。勇者は「最強である」と言う言葉を体現した能力。


 【深淵宮至果】【アビスの果てに至る】。深淵の果てに至る力。魔王の「深淵に近い存在」と言うものを体現した能力。


 【刻天滅具】【ジ・エンド】。詳細不明。

 これがメイド少女の語る有名な【聖力】と【魔力】である。


「それで、メイド……。ん?そう言えば、お前、名前なんて言うんだ?」


 今まで話していたメイドの名前を聞いていないことに気づいた黒真は、メイド少女に名を聞いた。


「はい、アン。アン・リー・メイドと申します」


 メイドの名にメイドが入っていると言うのはまた、なんとも言えないな、と黒真は変なことを考えていた。


「えっと、アン、でいいのか?」


「はい、アンとお呼び下さい」


 メイド少女ことアン。アンは、深々と頭を下げる。


「大変失礼ですが、魔王様。貴方様の真名をお教えください」


 アンの言葉に、黒真は、名乗る。


「紫藤黒真だ」


「黒真様。よろしくお願いいたします。これより、貴方様が、この城の主にして我が主、魔王様となられました」


 にっこりと微笑むアン。黒真は、この時より、「魔王」黒真となったのだった。





 魔王、と言っても、別に世界征服をするわけではないらしい。その旨を黒真が聞いたのは、アンとの自己紹介を終えてすぐだった。


「何だ。魔王ってそう言うものじゃないのか?」


「この世界で言う魔王とは、勇者の対戦相手で、この世界は、すでに最初の魔王様に征服した後なのです。なので、統治やら納品やらは、考えなくてもよいかと……」


 アンが言う。黒真は、ふぅんと頷き、部屋を今一度見渡す。


「ちなみにこの部屋は何の部屋なんだ?」


「はい、この部屋は、召喚の部屋、と言いたいところですが、召喚はどこでもできるので、雰囲気造りのただの空き部屋です」


 黒真は、絶句した。それだけのために、大掛かりなことをするとは、手の込んだことをするなぁ、とある意味で感心した。


「アンは、何か、力はないのか?」


「私は一介のメイド。メイド道をひた走ること数十年。メイドの長、メイド長にてございます」


 大げさな表現に、黒真は、若干頬が引きつった。


「メイド長ってことは他のメイドもいるのか?」


「作業が雑なので追い出しました。そのため、不名誉ながら【冥土に送るメイド】なる二つ名を貰うほど」


 物騒な名に、黒真は、アンを見直す。そして、気になったことを聞く。


「追い出したんだよな?」


「ええ。城から。時に、この世から」


 この世から追い出す、と言う物騒な物言いに黒真は、何でコイツが魔王じゃないんだ、と疑問を覚えた。


「ま、まあ、いい。それで、俺は、どう生活すればいいんだ?」


「食事はこちらで給仕します。ベッドなどの日常で使うものは、魔王様の自室に。それと、こちらで給仕できるものは、この世界にあるものだけですので」


 至極当然なことを付け足された。


「ああ、大体分かってた」


 黒真のあっさりとした回答にアンは、少し意外そうな顔をする。


「この世界に呼び出された魔王様は、大体、『げいむ』や『ぶいあーる』と言うものがしたいとおっしゃるのですが?」


 ゲームやVR技術などの単語が無いのでアンのイントネーションは、不確かである。


「あ~、俺、ずっとゲームやってないし、どうでもよくなってきてるから」


 一度目の家出の際に、携帯用ゲーム機は持ち出していたが、充電ができず、随分長い間放置していた。その上、今回は、身一つで異世界に呼び出されたため、何も持っていない。


「そうですか。魔王様は、変わっているのですね」


 変わり者扱いに、怒りたい黒真だったが、事実、変わり者であり、その自覚があるため、何も言わなかった。


「よく言われる」


 溜息交じりにそんな返答をして、黒真は、アンと共に、魔王の自室とやらに向かった。





 魔王の自室は、普通の部屋だった。いや、一般的な家庭の部屋と比べた場合は、どうかと思うが、いたって普通の部屋だった。無論、テレビやエアコン、パソコンなどは置いていない。石造り故、床は冷たいが、別に靴を脱ぐわけでもない。ベッドは、台は石でできているが、その上に何重かに柔らかいマットのようなものが引いてあり、割とふかふかしている。本棚には、多くの本が収められている。その多くが、異界の文字であるが、黒真は召喚により得た能力か、頭で理解できるようになっていた。灯りは無いが、魔道具により灯りは自由にできる。魔道具は、古の魔王が魔力を込めて作ったものや、【魔力】の副産物などの総称である。


「中々いい部屋じゃないか」


「この部屋の内装は、だいぶ前の魔王様によるものですね」


 アンによると十代くらい前の女性の魔王が、部屋を自由にアレンジして、その後、ぬいぐるみ等は、次に来た男の魔王に全部一掃されたらしい。なお、その十代くらい前の女性魔王の【魔力】は、【思い出の涙(メモリアルドロップ)】。自分の思い出から、それを再現することができる能力。ただ、あまり自由の利かない能力である。


「ふぅん。まっいいか。アン。どの位で勇者は来るんだ?」


「それは分かりません。明日か、明後日か、一週間後か、一年後か、十年後か。それは、こちらではなく向こうが決めることです」


 それもそうか、と一瞬納得しかけて、黒真は、気づく。


「それじゃあ、俺が帰れるのもいつになるか、わかんねぇってことじゃねぇか!」


 思わず語調がきつくなる。だが、それも仕方がないだろう。いつ帰れるか分からないと言うことなのだから。


「まあ、こちらでの暮らしも悪くないですから。納得していただくしかありません」


 アンが物悲しげにそう言った。


「もし、その、せ、性的欲求でしたら、何とかできなくもないですから……」


 頬を赤らめて言うアンを黒真は、蹴り飛ばした。思いのほか強く蹴ってしまい、改めて【魔術刻印】の身体強化で肉体が強くなっていることを認識した。アンはと言うと、偶然にもベッドにツッコミ事なきを得た。


「い、いきなり何をなさるんですか!まっ、まさか、暴力で快楽を得るタイプのお方ですか、魔王様!」


 アンの言葉に黒真は、怒鳴る。


「そんなわけあるか!」


「い、いえ。べ、別に嗜好は個人の自由ですし、ひ、否定なさらなくとも……いいんですよ」


 突き出してきた親指。サムズアップだ。黒真は、その親指を掴み、思いっきり折ろうとする。


「痛い痛い痛い!痛いです、魔王様!」


 ギブアップとばかりに、黒真の腕を、握られている方ではない、もう片方の手でバンバンと叩く。それに対し、黒真は、仕方なく放してやる。アンは、親指にフゥー、フゥーと息を吹きかけながら言う。


「やっぱり、魔王様、暴力で快楽を得もがもがが」


 途中で口を塞がれ、ちゃんと言葉が出なくなっている。彼女が言おうとしたのは、「やっぱり、魔王様、暴力で快楽を得るタイプなんじゃないですか」である。


「ぼ、暴力反対です」


「分かった、放してやろう」


 黒真はアンを放す。黒真としては、すぐ放したのだから、これで自分にかかった妙な性癖の疑惑を払拭できると思っていた。


「あ、ありがとうございます」


 解放されて、ほっと胸を撫で下ろすアン。


「疲れたから俺は寝る。しばらくほっといてくれ」


 黒真は、息をつきながら、そう言った。


「はい、分かりました魔王様。御呼びの際には、そこの鈴を鳴らしてください」


 金色のベル。よく、執事を呼ぶのに使うあれのことだろう。黒真は、外へ出るアンの背を見送りながら、ベッドに倒れこむのだった。





 黒真は、まどろみの余韻が消えぬ微妙な頃合に目を覚ました。体を起こすが、ふらついて、よく分からない。


「ふぁ~。まだ、夜じゃねぇか」


 欠伸をしながら外を見て、そんな風に呟いてから、頭が活動を始める。


「ああ、そうか。この世界には、朝がないんだったな。久しぶりに夜だったせいか、迂闊にも、眠っちまった」


 ようやく状況を理解した頭で、これからどうするか、考え出す。


「魔王が支配しているってことは、人間があまりいない世界なのか?と言うことは、魔物のほうが多いってことだが、獣使いがパーティにいるなら、魔獣も操れるだろうし。ここまで来るのは、そう難しくないと思うんだが……。その辺はアンに聞いてみるか」


 そう言って、金色のベルを振った。チリンと小さな音が鳴った。すると数刻もまたずに、ドアがノックされる。


「アン、か?」


「はい、そうです」


 アンは、今のやり取りを入室の許可とし、部屋に入った。


「よくこんな小さな音で聞こえるな」


 黒真が聞くと、アンは、ニッコリと笑って答える。


「神出鬼没に、主の必要な時に現れる。それこそがメイドですから」


 その解答は解答になっていない。黒真は、そう思いながらも、気にしないことにした。何事も役に立つ分には、何の深入りも入らない。黒真は過去の経験から、そう思っていたのだ。


「まあいい。それよりも、人間ってどの位の割合がいるんだ?魔王が支配したならそれなりに少ないだろ?」


 黒真の問いに、アンは、少し首を捻ってから答えた。


「たぶんですが、五万人ほどかと……」


 五万。なんとも言えない数値だが、それでも少ないと言えるだろう。


「じゃあ、魔物や妖魔、魔獣の類は、どの位?」


「いえ、こちらも、魔物や魔獣の数までは把握できないので。知性の低いものもいますし、一回の産卵で八百近い子供が生まれる種族もいますから」


 つまり分からないくらいにいっぱいいると言うことである。


「ふぅん?魔物ってどんなのがいるんだ?」


「はい、説明してわかってもらいやすいものですと、サキュバス、インキュバス、ゴブリン、スライムなどですかね」


 淫魔、妖精などの一般的ゲームにも登場する魔物が多い。


「この辺は、同じなのか……。ってことは、ゲルブッチャーとかも出てくるってことか?」


 その問いにアンは目を丸くした。


「よくそんなマイナーなものを知っていましたね」


 ゲルブッチャー。名前の通り、ゲル状で、肉を切り分ける。取り付かれたら最後、肉片が残らず溶けて死んでしまう。火に弱い。


「まあ、昔、酷い目にあったからな」


 思わず呟いてしまった黒真の言葉に、アンは首を傾げた。


「魔王様は、異世界の出身ですよね?何故、ゲルブッチャーに?」


「ああ……、そうだ!ゲームでゲルブッチャーって奴が出てきてな。酷い目にあったんだよ」


 アンは、黒真は、ジトッとした目で見つめる。疑っているのだ。


「まあ、いいですけれど。魔王様にどんな過去があっても関係ありませんから。今を一緒に過ごすことには」


 アンの笑顔に、黒真は、少々引き気味だ。


「それで、アン。勇者達は、どのくらいの強さの魔物たちのいるところを通るんだ?」


「おそらく、今回の勇者の出身地から、この魔王城まででしたら、最短でも、蜘蛛の巣洞窟と悪魔の森、セイレーン海峡、ハーピィー草原、パークスライムの毒沼くらいでしょうか」


 随分と物騒なところを通るな、と黒真は感心した。特にハーピィー草原。ここは、名前から察するに、ハーピィーの狩場だろう。ハーピィーを狩るのではなく、ハーピィーが狩るための場所だ。草原では、身を隠す場所がなく、あれよあれよと、ハーピィーに攫われていくだろう。ハーピィーの生態は、人を攫い、子を作れるだけ作ってから、人間を食べてしまう。蜘蛛に似通った生態なのである。


「パークスライムの毒沼ってことは、痺れ毒と火傷毒だろうけど、勇者は、【礼装】で耐性がついて効かないだろ?」


「ええ。そこは、勇者以外を振り落とすための場所ですから」


 しかし、今回は、勇者の他に元勇者もいる。二人は確実に残れるだろう。残りだが、毒耐性のある魔獣辺りをテイムすれば、毒沼を渡るのは楽だろう。


「今回は、振り落とせそうにないな」


 黒真はアンにそう言った。アンも分かっていたらしく溜息をつきたそうな顔で言う。


「はい、そう思っていました。おそらく、振り落とせるならハーピィーの草原が、一番被害が出そうですが……。それ以外は期待できないでしょうね」


 アンも同様の考えに至っていたらしい。と言うことは、割と早く帰れるかもしれない、と黒真は密かに思った。


 この話はいいか、と黒真は思い、話を変える。


「アン。そう言えば、フロとかってあるのか?」


「ありますよ。このフロアの一番奥です」


 黒真も無いとは思っていなかったが、同じフロアにあったことに驚いた。


「普通は高いフロアにフロってあまり設置しないだろ」


「関係ありませんよ」


 アンは笑って答える。


「水は、汲み上げているわけではないですし、位置は関係ありません。露天にするために、むしろ高いほうがいいくらいですよ」


 どうやらフロは露天らしい。日本人の感性と言うものだろうか。黒真も例に洩れず、お風呂好き、いや綺麗好きである。フロが温泉であれ、温泉で無かれ、露天と言うのは興味深い。


「ふぅん、そうなのか。気が向いたら入るとするか」


 そう言って、ベッドに再び倒れこんだ。


「そうですか。では、この不肖メイドのアンは、魔王様よりも先にお風呂に入らせていただきます」


 アンは、頭を下げて、フロに向かってしまった。


 黒真が次に目を覚ましたのは、どの位経ってからのことだっただろうか。ずっと夜のため、時間の経過が分からない。ちなみに、別段暗いわけではなく、空が黒いだけで、月が普通以上に明るいので、夜ではあるのだが明るいと言う不可解な状態にある。


「今、何時だよ」


 黒真は、背筋を伸ばし、欠伸をする。


「フロ、入ってくるか」


 黒真は、部屋に備え付けのバスタオルを持って、フロアの奥へ向かう。すると、大きな扉があった。扉の隙間からは湯気があふれ出ている。


「ここか」


 黒真は、扉を開け中にはいる。脱衣所は、湯気でよく見えなくなるほどに、視野の悪い空間だった。おそらく、露天風呂と脱衣所の間の扉を開けっ放しにしていたのだろう。黒真は、衣服を脱ぎ捨て置いてあった籠に衣服を突っ込んだ。

 そして、急ぎ足で、露天風呂のある方へ向かう。開いた扉を越え、その奥。黒真の動きは止まった。


「よう……せい……」


 黒真の口から出たのはそんな言葉だけだった。


 アンは、黒真が寝てから二度目の風呂に入っていた。アン・リー・メイド。彼女は、身体的にコンプレックスを持つ少女だった。正確には、人間ではない。魔物でもない。非常に曖昧な存在だ。自身ですら、何者か分かっていないのだから、困ったものである。アン自身、時々、自分が気味悪くなるほどなのだ。

 そして、その身体的コンプレックスの最たるものこそが、彼女の背中にあるものだ。

 アンは、浸かっていた湯船から立ち上がる。

――バサッ

 何か布の落ちる音に、慌てて振り向いたアン。そこには、一人の青年がいた。アンの主となった、新しい魔王。紫藤黒真。黒真は、完全に止まっていた。自分が裸なのも気にしないくらいボーっとしている。


「きゃっ、きゃああ!」


 アンから悲鳴が上がる。その悲鳴は、空に大きく響いた。

(ゆ、油断してました。ま、まさか、このタイミングでお風呂に入ってくるとは)

 アンが、急いで、湯船に浸かる。白濁のお湯により、アンの肢体は、見えなくなった。


「わ、悪い。まさか入ってるとは思わなかったから」


 黒真の申し訳なさそうな声。アンは、言う。


「こ、こちらこそ、見苦しいものを御見せしてしまいました」


 アンの言葉に黒真は慌てて言葉を返す。


「い、いや、見苦しいだなんて……。その綺麗だったっつーか。……あっ!いや、湯気であんま見えなかったんだけどな」


 言い訳がましい黒真の言葉。ただ、アンは、裸を見られたことより、背中を見られたことの方が問題だと思っていた。


「あ、あの、魔王様。背中は、見られましたか?」


 アンは、知りたくないが、聞きたいことを聞いた。


「えっ、ああ。まあ。見たけど」


 黒真にしてみれば、女子には、背中よりも見られてはいけない場所(見せてはいけない場所)があるのに、何故背中、と思い、素直に答えた。


「おかしく、無かったですか」


 泣きそうな声で問うアン。黒真は、何かおかしなところがあっただろうかと考える。人のコンプレックスなど、得てしてそう言うものである。自分で思っていても、人は、なんとも思っていないなんてことはよく聞くことだ。


「いや、おかしくなかったと思うけど?」


 黒真の声に、アンはとうとう泣き出してしまった。


「お、おかしく、ないなんて、そんなわけ、ない、です」


 アンの泣いた鼻声を聞いて、黒真は、慌てて、先ほどのシーンを鮮明に思い出す。

 見苦しく無い官能的な肢体。白い肌はすべすべしていそうで、とても綺麗だった。濡れた昏色の髪は、月明かりで照らされ、幻想的な雰囲気を放つ。そして、背中に生えた薄透明の羽は、月明かりを映しこみ、まるで妖精のような、淫靡で愛らしい。

 そんなアンの姿が、頭に浮かび、黒真は、顔が真っ赤になった。


「いや、別に。普通に、その、綺麗だったぜ」


 黒真は本心をありのままに伝えることにした。


「ほ、ほんとに?」


 涙と鼻水をお湯にポタポタ垂らしながら、アンが聞いた。


「ああ。まあ、人間だと思ってたから、違うかったのは驚いたけどな」


 黒真の言葉に、アンは、何とか言葉を出す。


「人間でも、魔物でも、ないんです」


 黒真は、意味が分からず、少し考え込む。しかし、返事が無いのを、言葉が出ないほど気味悪がられていると思ってしまうアン。ネガティブな思考しか浮かばなくなってしまっている。


「ははっ、変、ですよね。だって、どっちでもないって事は、化け物じゃないですか……」


 アンの自虐的な笑み。黒真は、慌てて言葉を返した。


「ち、違うって。ただ、人間でも魔物でも無くて、羽があるのって、『妖精』かなぁって」


 などと言う黒真の言葉に、アンは、きょとんと首を傾げる。


「ようせい、って何ですか?」


 アンは、先ほどまで泣いていたのを忘れ、聞いた。


「え?何って言われても困るんだが。その、(ゴースト)……とはまた違うからな。精霊(エレメンタル)妖者(あやかしもの)の中間って感じかな」


 黒真の説明があまり分からないようで、「う~ん」と唸る。


「まあ、俺も、この世界に妖精がいるかどうか分からんのだが……」


 ちなみに言うならば、デシスピアには、「妖精」も「精霊」も概念自体が存在しない。また、エスサイシアも同様に概念自体存在していない。


「それは、魔王様の世界には、いるのですか?」


「いや、伝承や御伽噺で伝わる程度だな」


 その言葉に、アンは肩を落とす。


「だが、俺の考えが正しければいると思うぜ」


 黒真が明るい声で言う。


「俺の世界に伝わる怪物や妖怪のほとんどって、この世界にいる魔物とかなんだよ。ってことは、昔、異世界に来て、戻った誰かが言い伝えたんじゃないかなって俺は思ってる」


 黒真の話を聞いて、安堵したのか、今までの緊張や不安と言う感情の変化の激しさと合わせて、アンは、気絶した。その眼から頬に一筋の雫が垂れるのを黒真は見逃さなかった。


異世界回想。長かったので二つに分けました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ