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空を見上げれば、巨大な竜が犇き合い、多きな咆哮が木々を揺らす。竜と竜のぶつかり合いで、山は崩れ、崖ができる。地面にはいくつものくぼみが出来上がる。その圧巻の様子に、皆が呆然としていた。
黒真と共に、ドライグルにいたのは、イヴリア、フューゼ、アン、アイナ、シェルファ、そして、龍美だった。
「ふぇ……?」
龍美の口から漏れる声。その声で、ようやく、黒真たちは龍美がいることを認識した。龍美は、いつもの学園の制服に、【科力兵器】を持った状態だった。今、自分が置かれている状況が分からず途方に暮れた龍美は、黒真に、恐る恐る話しかけた。
「こ、こく、黒真君……。こ、これって、どう言う状況なの……?」
龍美の震える声に、黒真は、静かに返した。
「俺も知らん」
その簡潔かつ、救いの無い返事に龍美は、危うく気を失いかけた。それでも何とか気を保ち、他の面々を見渡した龍美は、ほとんどが知らない人物であり、不安がさらに強まった。
「えっと、黒真君。その人たちは……?」
龍美の疑問の声に、アンたちが自己紹介をした。
「私は、アン・リー・メイド。黒真様のメイドを勤めております」
「私は、イリューナ・キレン・フォン・ニック・エリアート・アイナ。黒真ちゃんとは昔の仲間です」
「レッカ・ヴァーナー……、いえ、イリス・シンシア」
三人の簡素な自己紹介に龍美は、「は、はあ」と頷くことしかできなかった。
「え?あ、あの、メイドさん?黒真ちゃん?」
頷いてから気になった言葉を反芻する。
「今は、そんな話をしてる場合じゃない」
「う、うん……そうだけど。そ、そう言えば、ここ、どこなの?新手のVRシステムテストに巻き込まれた、とか?」
龍美は、自分の考えを口にした。まあ、異世界に転移した、などと荒唐無稽で、とんでもないことを真っ先に考え付くような人間はあまりいないだろう。
「いや、違うな。ここは異世界だ。ったく、やっと片付いたと思ったらまた異世界か……」
その黒真の呟きにフューゼが同意する。
「ええ、本当にそうね。わたし、授業しなくちゃいけないんですけど……」
フューゼの溜息。それとは別にアイナは、顔を曇らせていた。
「どうかしたか、アイナ」
黒真の問いかけに、アイナが、顔を上げ、違和感を口にした。
「黒真ちゃんは、私が、時間に正確なのは知ってますよね?」
黒真は頷いた。
「ああ、冒険の時よく後どのくらいで就寝時間かを伝えてくれたからな」
そこで、黒真は引っかかりを覚えた。
(そう言えば、かなり正確だったよな。時計なしに、あれだけ正確なのは凄いよな。俺は、てっきり日時計を使っていると思っていたのだが、よく考えると、おかしい)
そう、黒真は、初めてそのおかしさに気づく。
(シュリクシアでは、日は、常に同じ位置だ。日の角度と影の長さで計る日時計は仕えない……)
そう、シュリクシアは、常に日の昇っている世界。その世界において太陽は同じ位置に存在する。そのため、日の射す角度で伸びる影の長さが違うため、それを利用して作られた日時計は使えないのだ。
「そう言えば、どうやって時間を……?」
黒真があらためて気づいた疑問を口に出した。するとアイナは、「それが言いたかったんですよー」と軽く黒真の方を見て、疑問の回答を答えだす。
「私は、体の中で時間が正確に分かるんです」
その発言に、黒真は、何度か聞いたような話を思い出す。
「体内時計が正確ってことか?」
体内時計、即ち、人間の時間感覚のこと。それが正確であれば、今が何時かどうか分かりやすいとは聞く。
「体内時計が何かは知らないですけど違います。私の場合、時の流れに敏感なんです。時を読めると言うか……」
納得すると同時に、更なる疑問が浮かび上がる黒真。
「じゃあ、何で【時の刻印】で止まるんだ?」
時の流れに敏感だというならば、それこそ、時の流れが止まっているのだから、察知できるはずではないか、と黒真は不思議に思った。
「そりゃ、あれですよ。時の流れに沿っているので、時の流れが止まったら、途切れてしまうわけですから、時の流れていないところを沿って行くのは不可能ですし」
つまり、川を流れていたが、川がせき止められたため進めない、と言う状態だ。
「そう言うもんか」
黒真は納得し、息をつく。相変わらず空では竜がぶつかり合っていた。
「それでですけど、私、ここの時間が、おかしいと思うんですよ」
「時間?」
「そう、ここ、私たちが過ごしていた時間軸よりも少し先な気がします」
そもそも、異世界であろうと位相がずれただけならば、流れている時間はまったく変わらない。
「先ってことは未来ってことか?じゃあ、未来の地球だって言うのかよ」
黒真のぼやきに、アイナは否定する。
「ううん、そうじゃないの。今言ったように、少し先、せいぜい百年行っているかってくらいなの。それだったら、ここまで変な状況になっているのはおかしいですよね?」
つまりここは、異世界の少し先の未来だ。
上空から一匹の竜が舞い降りる。
「これはこれは、【竜の墓守】様ではないか」
上空から降りた竜は、黒真に向かってそう声をかけた。
「【竜の墓守】?何だそれは」
黒真が疑問の声を出すと、竜が黒真を見た。
「おや、これは失礼した。つい似ていたもので。それにしても、【竜の墓守】によく似ている。姿かたちは、そっくりだ」
竜がそう言った。――その時、別の方向から声がかかった。
「誰が俺に似てるって?」
そう言って現れたのは、本当に黒真によく似た青年だった。そして、その青年がフューゼに目を向けた瞬間、慄いた。
「かっ、母さんっ?!」
「へ、わ、わたし?!」
よく分からぬまま叫ぶフューゼの声が、空高く、竜たちよりも遥か高くまで響いたという。




