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3rd World  作者: 桃姫
drei
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「【誓約】だ?なんだそりゃ」


 黒真の変な声に返したのは、以外にもイヴリアだった。


「世界の理との【誓約】よ」


 イヴリアの言葉に黒真は首を傾げた。一方イヴリアは、黒真が捜し求めていた存在であるとほぼ断定でき、安堵した。


「では、イヴリア様、やはり彼が?」


「ええ、間違いないと思うわ」


 イヴリアとフューゼの納得の様子に、黒真は、自分だけ蚊帳の外でいい気はしなかったが、とりあえず、今重要なことを確認することにした。


「来たのは小一時間前ってことでいいよな?俺とヴァーナー……シェルファもこっちに来たのは小一時間前らしいし」


「ええ、こちらも大体そのくらいだと思うわ」


 現状の確認をイヴリアと黒真でしている間、フューゼは、あたりを見ていた。ある家の上に、一人の少女が立っていることに気づく。何をやっているのかがわからず、見ていると、不意に、少女の周りに水が舞った。


――ジョアッ


 不意に耳を撫でた奇音に、黒真は、咄嗟に振り返り確認する。

 そこには、先ほどのジュアンナよりも濃密な【霊子】力場に黒真はゾッとした。


()て【蒼き彗星(アクア・ティアーズ)】」


――ギュルン


 奇怪な音をたて、水が銃弾のように降り注ぐ。


「【絶対領域(エリアアブソリュート)】!!!」


 黒真は、瞬時に水を空間で隔離した。


()て【蒼き彗星(アクア・ティアーズ)】」


 同じ発音、されど違う意味の言葉に、黒真に隔離された水が凍りつく。そして、再び、降り注ぐ。


「チッ、【時の刻印(タイム・スティグマ)】!!」


――時よ、戻れ


 時を止めるのでなく、時を戻す。氷が着弾する寸前に、凍る前の水に戻る。


――バシャッ


 盛大に水を浴びるが、氷の弾丸に貫かれるよりも、大分ましだろう。


「ムッ、戻された、か」


 一軒の家の屋根の上から黒真たちを見下ろす少女。

 まるで深海のように深い濃紺の髪。海のように青い瞳。少女然とした幼児体型。しかし、普通の少女には無い薄透明な翼。


古精霊エンシェントエレメント様?!それも原初の精霊(ファーストエレメント)?!」


 精霊、それはレイルシルでも高貴な存在。その中にもエルフやピクシーと同じように区分がある。


 小精霊(エルエレメント)。たくさんいる精霊。花や木、水、様々なところにいるもの。所謂物につく精霊である。


 旧精霊(ハイエレメント)。精霊の中でも、限られたものにつく精霊で、とり憑いたものに加護を与える守護霊のような精霊。


 古精霊エンシェントエレメント。精霊の中でも、最も位の高い上位の精霊。水や火、と言ったものそのものに精通する精霊。


 原初の精霊(ファーストエレメント)古精霊エンシェントエレメントの中でも火、水、空、土、風と言ったものを操る最初の精霊と呼ばれる者たち。その力場は、最上位で、視覚化できる者が見ると、慄くほどの量である。

 そして、今、黒真達の眼前にいるのは、原初の精霊(ファーストエレメント)である。


「何故水の精霊王がこのような森の中に?!」


 ジュアンナとシャルが驚愕に顔を凍らせる。


()て【蒼き彗星(アクア・ティアーズ)】」


 またも同じ発音、されど違う意味の言葉を放つ。すると少女の手には氷の弓が出来上がる。


「次は仕留める」


 三本の氷の矢をまとめて射る。


「まずっ……!」


 先ほどの氷の矢よりも遥かに速いスピードだ。空間で隔離するのは間に合わない。水に戻すのも、戻りきらない。時を止めようにも、纏っている【霊子】力場から、止められるかどうか分からないと言う不安がある。


()け【炎熱の紅牙(バースト・ファング)】」


――ジュワッ


 突如飛来した炎によって氷が全て溶ける。


「何故邪魔をする、レンク」


 濃紺の髪の少女が炎の飛んできたほうを見上げる。


「ふん、スーラよ。早計な行動に出るな」


 レンクと呼ばれる少女。

 まるで太陽の紅炎のごとき赤っぽいオレンジの髪と日差しのように明るい黄色の瞳。少女然とした幼児体型。しかし、普通の少女には無い薄透明な翼。


「何も、この者達が、位相の乱れを生んだ現況だと決まったわけではないのだ。アデューネも言っていただろう?」


 レンクの物言いに、スーラは、反論する。


「では、何者が召喚時に位相を揺らしたというのだ。この者たち以外にそのような者はいないだろう」


 サーラの言葉に、レンクは反論する。


「時空の精霊王の可能性もある。もしくは、」


「もしくは空間とでも……。バカを言わないで」


 レンクの言葉をサーラが遮った。


「そうだな、イリューナもアンリーも死んだのだ」


 聞き覚えのある名に黒真は、思わず噴出しそうになった。


「奴等には酷だったが、仕方がなかったのだろうな」


「まだ、記憶も定かではない、幼少の生まれたて、いや、我々の場合、創りたてか、そんな状態だったのだ、自我も無かったのだから、恐怖も無かったのだろう。それがせめてもの救い、か」


 などと語る二人は、地上、と言うより、地面に降り立った。そして、その背後に計ったかのように、【森精の森】に迷い込んだ、アンとアイナがひょっこりと顔を出したのだった。


「呼ばれた気がしたけれど、とりあえず黒真ちゃん、どう言う状況ですか?」


 よく見れば、アイナは修道服でなくラフな格好と言うか、黒真のワイシャツ姿だった。それにより薄透明の羽が顕わになっていた。

 アンはいつも通りメイド服だが、服がところどころボロボロになっていて、こちらも羽が顕わになっていた。アンの服がボロボロなのは、険しい森の中でメイド服と言うフリルのついた服を着ていたがために小枝に引っかかり、そうなってしまったのである。


「その羽はっ?!」


 レンクとサーラが驚愕の声を上げる。

 アンとアイナはどちらも濃密な【霊子】力場を形成していた。


「時空の精霊王イリューナと空間の精霊王アンリー?!」


 サーラの驚愕の声。アンとアイナは、よく分からず首を傾げた。


「よく分かりませんが、黒真様、これは一体どう言う状況なのでしょうか。日が昇っていることからデシスピアにいる可能性はないと考えては居ましたが、もしかして、ここが、あの時黒真様が考えていらした……」


 あの時と言うのは、黒真とアンが風呂場で遭遇した時のことである。


「ああ、妖霊の世界、レイルシル。お前の故郷だ」


 黒真の言葉に、アンが周囲を見渡す。


「あったのですね」


 そんな周囲を暖かく見回す瞳に流れた一筋の涙。それは嬉しさの涙。


「感傷に浸っているところ悪いのだが、アンリーで間違いないか」


「は、はい……?私はアン・リー・メイドですが、それが何か?」


 黒真もはっきり見えるほどの【霊子】力場の形成。それは、明らかにレンクとサーラの力場量を超えていた。


「空間の精霊王アンリー。まさか生きていたとは……。と言うことは、先の位相のずれはお前の所為か」


「言っている意味が分かりませんが、おそらく、そうではないんですか?」


 適当な答えをするアン。


「それにしても、精霊王が二人も帰還するとは、どう言うことだ。因果(ことわり)でもいじらなければこんなことにはならんだろう」


 その言葉に、黒真は、またか、と嘆息する。


「その理とやらはなんなんだ。【誓約】やら理やらと意味深な言葉を伏線のごとく放置していきやがって」


 黒真の言葉にフューゼが呆れた声で返事をする。


「別に伏線を張っているわけではないんですが……」


 フューゼの言葉を遮るようにサーラが黒真に聞く。


「待て、【誓約】と理だと……?まさか、【誓約の杜リストリクティクト・チェーン】のことではあるまいな?」


 サーラの言葉に、レンクが身震いをした。


「ま、まさか。サーラ、また早計なことを言うな。そんなわけがないだろう?」


 レンクの動揺した否定。しかし、イヴリアは、【誓約の杜】の名を聞き、歓喜していた。


「しかし、万が一と言うこともありえる。だとするならアデューネの言っていた言葉の意味も分からなくはない」


 サーラの言葉に、レンクは、もしもの可能性を考え、若干、脅えるような顔をした。


「そ、早計だ!」


 そんな風に怒鳴り散らすレンク。


「しかし、彼が【誓約の杜リストリクティクト・チェーン】である可能性がないわけではないだろう」


 サーラは、あくまで現実を見ようとする。


「だ、だとすれば、すでに何かの誓約をしているはずだ。それこそ、あんな力を持って一度も使ったことがないはずがない」


「まあ、レンクの言い分も尤も。聞くが、何か誓約を結んだことがあるか?」


 不意に問われた黒真だが、分からなかった。


「さあ、分からん」


 具体的にいつ、と問われば、思い出せたかもしれないが、そんな大雑把な質問で断言できるものなどいないだろう。


「ふむ、そうか……ん?何?え?あ?ほぉ?は?何だ、どう言う……はぁ、まったく」


 頷いていたが、途中で急に独り言をつぶやきだす。その様子は不気味だった。


「二年前に何か無かったか?記憶が曖昧になっていることが」


 急に厳密なことを問われ、黒真は、思い出す。


「二年前って言えば、あれか。俺が異世界渡航しちまったころ、か?いや、それに関しちゃ記憶がしっかりしてるし。あれか、うちの妹を助けたときだな」


 黒真が刃から蒼華を助けた時のことだ。


「それにしてもなんだって二年前なんだ?」


「アリューネが言っていた。気まぐれ、気にするな、と。ただ、二年前に、地球から【霊子】が一時消えたことがあった、それだけ、と。そう言っていた」


 アリューネとは誰だと聞きたい黒真であったが、聞ける状況ではなかったので、気にしないことにした。


「それで、そのとき何があったのだ?」


「覚えていない。ただ、妹がボコられてるのを見て、何をしてでもいいから、どんな使命をかせてもいいから、蒼華を助けてくれって、そう思ったとこまでは覚えてるんだけど」


 黒真の言葉に、イヴリアは呟く。


「妹思いなのね」


 黒真は、別にそんなんじゃねぇとそっぽを向いた。


「どんな使命をかせてもいい、か。それだな、【誓約】」


 サーラが言った。


「その使命とやらに該当しそうな苦難が、何個か遭っただろう?」


 サーラの問いに黒真は、少し迷ってから答える。


「それはおそらく【勇者】になったことや【魔王】になったことか?それと、魔王や勇者を巻き込んで元の世界に戻ってしまい、その上、面倒な教師や面倒なクラスメイトに囲まれ、その上で、メイドと神遣者まで来てしまったことも含まれるのか?」


 おそらく、その上、魔物の群れに襲われたことも含まれるのだろう。


「それが、おそらく使命だ。お前は、面倒なことを自分が請け負う代償に、妹を助けたんだ。それが、【誓約の杜リストリクティクト・チェーン】。決められた未来を書き換えて、世界と……世界の理と【誓約】を交わすものだ」


 それが、黒真の【霊力】。


「アリューネ曰く、一つの大きな力を持って生まれたわけでなく、三つの大きな力を持って生まれ、大きな代償と共に開花した、らしいのだが。つまるところ、お前の力は前借に過ぎない。元々あったものを先に使っているに過ぎない。いや、それどころか、お前の子孫に来るはずだった不幸もお前に集約して使命になるかもしれんがな。まあ、それも使命だ」


 つまり、黒真に降りかかる不幸は使命であると。そして、その使命は、黒真自身が後に受けるはずだったもの、黒真の子孫が受けるはずだったものらしいのだ。


「【誓約】には、それなりの対価が必要になる。この場合は、一人の少女を救うのに、一人の人間に使命を集約させるという対価があったから成立したものだ。もっと凄い願いには、もっと凄い対価がいるようになる」


 何事も等価交換ね、とフューゼが自身の主義でもあることを言った。

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