16
黒真は、眩い光で、目を覚ます。
「うぅっ……」
その眩さは、人工の灯りなどの情緒の無さはない、自然の灯りだった。太陽のように容赦の無い光は、目を刺激する。
「何だよ……」
あまりの眩さから目を細めながら、ベッドから起き上がろうとするが、どうやら回りは平らなようだ。ベッドから落ちてしまったのか、と、黒真は床に手をついた。サワッやモサッと言う感覚で、おおよそ、床ではない感覚が手に伝わる。
「は?」
意識が覚醒しだす。そして、黒真は、自分が触れているのが、草と土であることに気づく。
「どこ、だ?」
そこは、深い森の中。高い木々が何本も直立している。木の見た目から針葉樹だろうか。太陽が、煌々と、木々の隙間から光を差し込んでくる。
黒真は、目の前の花に目を向けた。薄いピンク色の羽が淡く光っていた。
「蝶々?」
呟くが、黒真はすぐに、それが蝶々でないことに気づく。羽が生えているのが、小さな人からだったからだ。花に留まって休む、羽の生えた小人を見て、黒真は、それの一般的呼称を呼んだ。
「妖精……?」
淡い光の残像と共に、妖精が黒真の方を向いた。
「ひゃわ」
小さな悲鳴。それに引き寄せられるように妖精たちが群がってきた。
「あら、貴方……、人間さん?」
妖精の中の一人が、黒真に言った。
「え?あ、ああ。そうだけど……」
黒真の戸惑う返事に、妖精達がざわめく。
「人間が【妖精の園】に迷い込むなんて……」
妖精の園とは、花畑のような綺麗な花が咲き誇る花原っぱに妖精たちが綺麗に舞う。花原っぱは、高い木に囲まれた場所にある。
「ピクシー……?フェアリーじゃなくてか?」
黒真の疑問の声。妖精は英語でフェアリーだ。
「我々は、妖精です。フェアリーとは、この世界、レイルシルにいる我々を含めた妖霊のことを言います」
「あたし達も小妖精、旧妖精、古妖精と分かれてるんだよ」
ピクシー――この場合エルピクシー――が次々に口を開け喋りだす。
しかし、一人のピクシーの登場により、その口が閉まる。
「貴方達、少し喋りすぎよ」
そのピクシーは、他のピクシーと風貌が少し違っていた。羽が多い。エルピクシーは蝶々と同じ四枚。しかし、そのピクシーは六枚の羽を、綺麗にはためかせていた。
「ジュアンナ様」
ジュアンナ・クルジス。【妖精の園】の長。旧妖精だ。
「はじめまして、名も知らぬ人間よ。わたくしは、ジュアンナ・クルジス。【妖精の園】の長をしています」
丁寧なのか、それとも高慢なのか、そんな喋り方をするジュアンナ。
「名も知らぬ人間よ、すみませんが、ここから立ち去って欲しいのです。ここには、普通の人間は入れないのです」
普通の、と言う言葉を強調してジュアンナが言った。黒真は、所謂普通の部類から大幅に外れているのだが、それを初見の人間(妖精)が分かるはずも無い。
ジュアンナは威嚇するように【霊力】を放つ。視覚化できるほど濃密な【霊子】を纏っている。
レイルシルには、【霊力】と言う力が存在する。それは、妖霊達が【霊子】と呼ばれる物を消費し、使うものである。各個体によって精度、威力、能力は異なる。
また【霊子】は、その個体が持つ能力の強さに比例して纏える量が変わってくる。そして、視覚化できるほどの量となれば、科力適性に言い換えたところのA以上に分類される。
と言っても、【霊子】を見ることができるのは、【霊力】を持つ者だけなのだ。
「オーラ、か?いや、ゾーンや気、力場とも言うが……」
そして、黒真には、それが見えていた。
「なっ、【霊子】が視認できるのですか?!」
ジュアンナは驚愕した。迷い込んだただの人間が、よもや【霊子】を視認できようとは、誰が想像できようか。
「できるんじゃないのか?その青いオーラ」
青い、と言うのは黒真の感性であって【霊子】に色は無い。
「貴方、本当に人間ですか。名も知らぬ人間よ」
ジュアンナは、黒真のことを名も知らぬ人間と称しておきながら人間かどうか聞いた。
「いや、まあ、人間なんだが」
黒真は、あっさりと、普通に言った。
「ただの人間が、わたくしの【霊子】力場を見られるなんて……、貴方、ただの人間ではないのですか?」
黒真は、何だ、この妖精、と思いながらも一応【聖力】を使ってみる。
――時よ、止まれ
ピクシーたち全員が止まった。無論ジュアンナも含めてだ。
「ふぅん。なるほど。【聖力】は【霊子】とやらに干渉しないんだな」
【霊子】が【聖力】に反発も過剰反応もしない様子を見て呟いた。そして、先ほどとは真逆のジュアンナの背後に立つように移動した。
――時は、動き出す
黒真が目の前から消えたように見え、ジュアンナは慌てて左右を見渡し、上下を見て、後ろを振り返った。
「いつの間に……」
ジュアンナアの驚愕の言葉は、ピクシー達全員に伝染するように広まる。
「と、まあ、この通り、凡人と言えるかは危ういな」
黒真の言葉に、ジュアンナは、黒真を注視した。レイルシルでは珍しい、黒色の髪と黒い瞳。長すぎるわけではないが、少し長めの髪。体つきは、ガッチリしているわけではないが、華奢でもなく、程よく筋肉があるように見える。
「名も知らぬ人間よ、貴方は、一体……」
黒真は、ジュアンナのその質問には答えない。しかし、ジュアンナは、次の瞬間、元来見えるはずの無いものを見てしまう。
(バカな……、そんなことが……。なんてこと。この名も知らぬ人間は、【霊子】力場を無意識に発生させているのですか……)
それは、本当に薄い力場。注視しなくては分からないほどに薄く、黒真の周りを取り巻いている。
「貴方、【霊力】持ちなのですか」
ジュアンナが口に出した言葉で、ピクシーたちが一斉に黒真を見た。対する黒真は、聞きなれない言葉に首をかしげた。
「【霊力】ってのはなんなんだ?」
黒真が聞くと、ジュアンナが口を開く。
「貴方は、自分の力すら知らずにいるのですか……。【霊力】とは、この妖霊の世界に多くある【霊子】を使い使用する力のことです。外界にも【霊子】はあります。少ないですがね。そして、貴方はその【霊子】を纏っています。それは、貴方に【霊力】があるいう証拠なのです」
要するに、黒真はただの人間ではないと言うことだ。
(妖霊の世界、レイルシル、か。この様子を見るに、アンやヴァーナーの故郷なのだろうか)
正確には、アン、ヴァーナー、アイナの故郷である。
「なあ、聞きたいんだが、エルフや背中に羽を持つ種族は存在しているのか?」
黒真の問いにジュアンナは、意外そうな顔をして答えた。
「森精と精霊のことですか?」
やはり、いるのか、と黒真は頷いた。
「森精は、この【妖精の園】を出てしばらく行った森の中にいます。精霊は、この世界の表側ならどこにも居ますが……」
そこで、表側と言う言い方に引っかかりを覚えた。
「表側?」
「ええ、この世界は、ある地点より陽のある我々妖精や精霊、森精、人魚な
どが住む表側と、我々の影、幽霊が住む裏側があるのです」
この世界において幽霊とは、死んだ魂などではなく、妖精たちの影、ついになる存在なのだ。
「そうなのか」
「ええ」
黒真が、この世界について見聞を広めていると、一人のエルピクシーが飛んできた。
「大変です、ジュアンナ様」
空を慌しく舞うエルピクシー。
「どうしたのですか、慌しい」
「すみません!ですが、【森精の森】に、彼女が、シェルファ様が戻られたそうなのです」
「何ですって?!」
シェルファとは、森精の次代の女王と目されていた女性だ。ある日を境に行方不明になっていたそうだ。
「それはめでたいことですね!すぐに【森精の森】へ向かいましょう!名も知らぬ人間よ、貴方もついてくるといい」
それはありがたい話だ、と黒真はジュアンナについていくことにした。
【森精の森】までは、そう長くなかった。せいぜい十分ほどだろう。
【森精の森】は、森の真中に、木を切り倒して、その木で家を作って村ができていた。村、と言っても、家がかなり建っており、軽く街や都市くらいの広さがある。それも、【森精の森】の一部にすぎない。
「森精は我々と同じく三種類います。古くからの言い伝えを破り、人と交わって生まれた新森精と古くからの言い伝えを守り純潔を貫く旧森精、そして、古くから言い伝えられている今はなき古森精です」
シェルファとは、森精の王、森の女王の娘である。
「シェルファ様がお戻りになられたことで活気付いておりますね」
エルピクシーがそんなことを呟く。
「これで活気付いているってのか……」
あまり祭りのような騒ぎではない、普通の風景に、普段はどれだけ殺伐としているのだろうか、と黒真は思った。
「それにしても、そのシェルファって言う奴は何者なんだ?」
黒真の疑問にジュアンナが答えた。
「森の女王の娘ですよ」
森の女王、【森精の森】を統べる旧森精。
「ふぅん、どんな奴なんだ?」
「それは……、あ、ご本人が現れたようです。名も知らぬ人間も逢えば分かりますよ」
エルフの村に若干のざわつきが生まれる。
「へぇ」
黒真は、ざわつきが生まれている方を見た。
そこには、綺麗にドレスで着飾った、銀色の髪と薄紅の瞳のハーフエルフだった。そのものすごく見覚えのある姿に、黒真は、思わず、口をぽかんと開けて呆然としてしまった。
「ヴァー、ナー……?」
黒真の酷く小さな声。ただ、偶然か、聞こえていたのか、どちらかは分からないが、ヴァーナー、いやシェルファが黒真の方を見た。
「……っ?!ゆ、勇者さん……」
聞きなれたヴァーナーの声に、黒真は、シェルファこそヴァーナーだと確信を持つ。
「お知り合いなので?姫」
シェルファの取り巻きがシェルファに問う。
「ええ。私の、……仲間よ」
シェルファが断言した。
シェルファ・イリス・シンシア。シュリクシアにて記憶喪失で拾われたとき、レッカ・ヴァーナーの名を貰った少女。そして、黒真が勇者だった頃に一緒に冒険した。
「仲間、とは?」
「……」
黙りこむシェルファ。
「相変わらず、俺以外にはだんまりか?」
黒真の言葉に、シェルファは頬を染めて、否定した。
「そ、そんなことありません!す、少しは喋れるようになりました!」
その可愛らしい声に、エルフとピクシーに動揺が走った。
「それにしても、だ。いつこっちに来たんだ?」
黒真の質問にシェルファは、溜息をつきながら答える。
「今日、と言えば言いのしょうか?まあ、小一時間ほど前です」
なるほど、と黒真は頷く。どうやら黒真が来たのと大体同じくらいのタイミングでシェルファもレイルシルにやってきたらしい。
と、そこに、慌しく四人のハーフエルフがやってくる。
「姫、侵入者を二名捕らえました!」
「どういたしましょう!」
「極刑ですか?!」
「死刑ですか?!」
四人の言葉に、シェルファは、目が回りそうになる。たかだか侵入者ごときで大げさな、と思う。それは、勇者一行の冒険の時、黒真が多少無茶をして、タンスを漁るのも勇者の仕事、などと言って、色んなところに侵入したことがあるからかもしれない。
「侵入者と言うだけで大げさです。その二名を連れてきなさい」
命令口調で、四人に命を下すシェルファ。黒真は、その様になった様子に、関心していた。
侵入者の二名を見て、目を丸くしたのは黒真だった。見知った顔が二つ、拘束されてシェルファの前に突き出されていた。
「貴方達が侵入者?」
シェルファの問いに、茶髪の女性が答える。
「侵入と言うより、来訪です。わたし達、わけも分からず、気づけばここにいたんです!」
泣きそうな顔で弁明する茶髪の女性と、達観したようにボーっとする薄い青色の髪の少女。
「そう、それじゃあ、私と同じようなものですね……」
シェルファは、小一時間ほど前に転移させられたばかりだ。
「あー、ヴァーナー、そいつ等は大丈夫だ。解放してやってくれ」
黒真の言葉に、シェルファが頷いた。茶髪の女性ことフューゼ・クランベリールと薄い青色の髪の少女ことイヴリア・エスサイシアは、気が動転していて、黒真の声に気づかなかったようだ。
「この者たちを解放しなさい」
シェルファの言葉に、四人のエルフが縄を解き、二人を解放した。
「あ、ありがとうございます」
解放されたフューゼがシェルファにお礼を言った。
「いえ、別に。私よりも、私の仲間に礼を」
そう言って、シェルファが黒真の方を手で示す。
「あ、どうもありが…………紫藤君?!!」
途中まで礼を言ってから、相手が黒真だと気づいた。
「何で紫藤君がここに?!」
フューゼの驚愕。
「知らん。俺だって、気づいたらここにいたんだ。むしろ、どうして俺がここにいるのか、俺が説明して欲しいくらいだぜ」
肩を竦め、やれやれと、言った様子を見せる。
「おそらく、貴方のせいだと思いますけどね」
イヴリアの冷たい台詞。
「俺の所為かよ……、イヴリア・エスサイシアさんよ」
クラスであまり交流があるわけではないイヴリアと黒真だが、黒真は、イヴリアの監視するような視線に気づいていたし、イヴリアは黒真を見て、正体を探ろうとしていた。
互いに少しは意識していたために、全く話さないわけでも、全く知らないわけでもない。どちらかと言うと、互いの挙動には詳しい。それだけの観察をしてきた。
「そうでなかったら、誰のせいかしら?」
「俺は、平凡な一般人だ。異世界渡航なんて能力は無い」
あくまで俺にはだが、とそんなことを心の中で呟きながら、シェルファの方に話を振る。
「それにしても、だ。このメンバーが集められたのには何か理由があるのか?」
「それは分かりませんが、全員が勇者さんの知り合いなのだとしたら、それが関係しているのでは?」
最もなことを言われ、黒真は返答に困ったが、そこに、銀色の髪のシェルファによく似た少し年上くらいの女性が現れた。
「何事ですか、騒々しい」
その美しい声は、威圧されるような雰囲気を持っていた。
「お、お母様……」
シェルファがお母様と呼ぶその女性こそ、森の女王と呼ばれる【森精の森】の長、シャル・イリス・シンシアだ。
「シェルファ、何事なのか説明して頂戴」
「は、はい」
シェルファが、母に話しかけられ、緊張しながらも説明する。
「こちらの人こそ、私がシュリクシアにてお世話になった勇者さんです」
シェルファの紹介で、シャルが驚いた顔をする。
「貴方が、娘の言っていた【時】を止める力の持ち主ですか」
その言葉に、ジュアンナは、納得が言ったように頷いた。
「まあ、【空間】を操る力も持っているがな」
その言葉にシャルの顔が歪んだ。
「【時】と【空間】……」
何かを考え込むように暫し黙ってから口を開く。
「まさか、貴方、【誓約】の……」
そこまで言って、シャルは押し黙った。そして、それ以降、【誓約】に関して、何も言わなかった。




