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3rd World  作者: 桃姫
zwei
10/31

10

 紫藤黒真と言う人間を語る上で、特筆すべき項目は、とても高いステータスの他に、家出がある。二度の家出。

 そして、これは、紫藤黒真の一度目の家出まで、時間が遡る。





 紫藤黒真は、この日まで、極平凡な中学生だった。それこそ、どこにでも居るような、普通の中学生。義務教育なんて面倒だ、授業で習ったことなんて社会じゃ役に立たないだろ、なんて言うような誰もが思うことを誰もと同じように考えて、同じように過ごしていた。

 その日、黒真は、別段、家出をしようとしていたわけではない。ただ、学校から帰宅していただけだ。


「うぃーっす、黒真!」


 黒真の旧友、稲村(いなむら)義雄(よしお)だ。


「義雄か。なんだよ」


 黒真のぞんざいな扱いにもへこたれず、義雄は、黒真に声をかける。


「黒真ぁ~。そんな冷たいこと言うなよ~。ったく、黒真はいいよな。龍美ちゃんって言う美少女幼なじみがいるんだから」


 義雄は、黒真と無理矢理肩を組む。


「止めろよ!」


 黒真は、無理矢理義雄を突き飛ばした。


――それが、全ての始まりだったのかも知れない。


 義雄は、大きくよろめいた。そして、その義雄の方に近づく、大きな陰を黒真は、目の端に捕らえた。そのときには、体が、動いていた。


――キィイイイイイイイイ


 地面とタイヤが勢いよく擦れ、大きな音が鳴り響く。大きな陰、トラックが、ブレーキをかけたのだ。

 黒真は、慌てて、義雄を反対側に引っ張る。

 その反動で、黒真は、トラックの方に動いてしまう。

 迫るトラックに、黒真は思わず、目を瞑った。





 そして、眩い、白い光を感じ、黒真は、目を開ける。トラックなど、どこにもいなかった。それに、黒真がいるのは、先ほどまでの通学路の道路ではない。どこか、古ぼけた、とまではいかないが、薄汚れた教会だった。


「待っていた、――君を」


 突如後方からかけられた言葉に、黒真は、驚き、振り返る。そこには、まるで草原のような緑の髪をざっくばらんに切りそろえた青年だった。大きながたいは、まるで巨人のように感じるが、彼から感じる雰囲気は、穏やかなものだった。


「はじめまして、『勇者』よ」


 青年は、とても丁寧な口調で、敬うように、膝をついた。黒真は、自分が置かれている状況が分からずに、キョロキョロと挙動不審に辺りを見回してしまう。

 古ぼけた教会は、黒真が知るところでのロールプレイングゲームに出てくる教会と同じように、オルガンや教壇、十字架がある。

 黒真は、「キリスト教だから十字架が大事なんであって、他の宗教で十字架が飾ってあるのはおかしくないか?」と疑問に思わないでもなかったが、その場の雰囲気に流された。

 困惑している黒真を見て、青年は、「ああ」と頷いた。


「そうでした。説明がまだでしたね。大変僭越ながら、自分が、今の貴方様の現状について、軽くですが、語りましょう」


 青年は、そう言うと、扉の方を見た。


「イリナ」


 一言、呼びかけるように、青年が言うと、扉が開く。とても美しい金髪紅眼の九歳くらいの少女が現れる。先に言っておくが、この時点と、今(ここで言う今とは、物語の主軸を置いている2051年のことである)とで、彼女の風貌に差異がないのは、そう言う仕様であり、ミスなどではない。


「まず、自分が、バージス・ベン。ベンと御呼び下さい。そして、こちらが、」


ベンが、自身の自己紹介をし、隣の少女に、目を向けた。


「イリューナ・キレン・フォン・ニック・エリアート・アイナです」


 イリューナを縮めて「イリナ」と呼ばれているらしい。


「彼女が、貴方様をこの世界、シュリクシアに召喚したのです」


「しぇりくしあ?それって、いや、まさか……」


 黒真の顔が蒼白になる。嫌なことが脳裏を過ぎったからだ。


「異世界だってのか?!」


 思わず叫んだ。絶望的だった。悲劇的だった。まるで何かの物語に巻き込まれてしまったかのような現状に、黒真は、どうしていいのか分からなくなっていた。


「はい。貴方様から見れば、この世界は、貴方様の世界と異なる世界です」


 ベンの肯定に、黒真は、唖然とした。


「貴方様には、『魔王』と戦っていただこうと思っています」


「魔王?魔王って、魔王のことか?」


「おっしゃっている意味は、分かりかねますが、おそらくそうだと思います」


 黒真は内心、「魔王ってなんだよ。魔王ってなんだよ。大事なことだから二回考えたが、特に意味ねぇ」などと現実逃避気味に思考をめぐらせていた。


「このシェリクシアでは、勇者と魔王の対立は、古くから続いております。その戦いは、魔物を率いる魔王を倒し続け、近代では、勇者様方の方が、大変優勢です。しかし、今代の魔王・アルスは、恐ろしいことに、勇者を圧倒してきたのです。魔物も勢力を拡大し、昔は人間のほうが多かったのに、今では数が拮抗状態にあります」


 黒真の心情は、「そんなことより俺を元の世界に帰せ」や「知らねぇよ」である。


「その状況を打破するために、【神遣者】であるイリナに頼み、貴方様を召喚したのです」


 聞きなれない単語が出てきても、黒真は、興味を示さなかった。


「で?どうすれば俺は帰れるんだ?」


 黒真にとって、一番大事な事をベンに聞く。それが黒真にとっての最優先で確認したいことだったからだ。


「魔王を倒していただければ、(しゅ)の意思で」


 なにやら宗教的なことを語りだした、と黒真は辟易した。


「要するに魔王を倒せば、帰れるんだな?」


「はい、要約するとそうです」


 ベンの言葉に、黒真は、内心毒づいた。


(何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ)


 黒真は、ベンの説明もそこそこに、通学用の鞄の中に何が入っていたかを考える。


(確か、教科書とノート、資料集は全部ロッカーに放り込んだはず。だから、ゲームと筆記用具、ラノベくらいだったか)


 黒真の持ち物に役に立つものはなさそうだ。ゲームも充電が切れている。スマホも電波がなければほとんど意味を成さない。せいぜいカメラ機能が生きているくらいだろう。充電が切れれば、すぐに用なしだ。


(それにしても充電が切れるって表現はどうなんだろうか。そもそも充電は、電気で化学変化を起こして元に戻しているわけであって、切れるって言うのはおかしい……ん?何考えてたんだっけ?)


 黒真は、気づけば、よく分からない方向に思考が行っていた。これは、現実逃避ゆえだろうか。


「あー、それで?魔王ってどこに居るんだ?」


 黒真は、話の本筋を思い出して、ベンに聞いた。しかし、答えたのは、アイナのほうだった。


「魔王は、今、この大陸の一番端にある魔王城『グルヴラ城』にいます」


 今、黒真が居る大陸、グルヴラ大陸は、地球で言うところの、北アメリカ大陸ほどの大きさがある。黒真が居るのは、丁度、大陸の中心、マリッシと言う町だ。そこからグルヴラ城までは、かなりの距離がある。


「グルヴラ城、ね。オーケー、オーケー。それで、俺一人なのか?」


(勇者と言えば、パーティを組んで、仲間と共に、魔王討伐するもんだもんな。たまに馬車の中の役立たずを戦わせなくちゃいけなかったりするけど。あとモンスターが仲間になったり、仲間を一から作ったり、魔界から召喚したりな。こういうのは、まず、酒場で仲間集めかな)


 黒真の内心など露知らず、ベンが仲間の所在を告げる。


「いいえ、貴方様一人ではございません。まず、イリナも同行させていただきます。他に、マリッシのヌシと呼ばれるレッカ・ヴァーナー君と、地底暮らしをしていることから土竜と呼ばれるファブリッテ・スーザック君、悪魔狩りの名家に生まれた落ち零れのローザック・リューク君ですね。三人とも、今からついてきていただく、町長の家に既に来ております」


「なん……だと……」


 黒真の口から、かすれた声が洩れた。


(おかしい!いや、おかしくない!いや、そりゃあ、分かるよ。魔王退治だもん。見た目麗しき美女よりも、屈強な男の方が断然魔王倒せそうだよ!うん、でもおかしい!何で!男四人と女の子一人のパーティって!どんなアンバランスだよ!)


 などと心の中で怒りをぶちまける。これを声に出さないあたり、この頃の黒真は、わりと小心者だったことが窺える。


「待った、特徴を聞いていいか?」


「ええ。まあ、構いませんが、どうせならご本人に直接お会いして見て頂いた方がよろしいかと」


 一理あることを言われ、「まあ、すぐに会うことになってしまうんだから、諦めるか」、と黒真は、思った。


(しっかし、レッカ・ヴァーナーって名前。……なんか、危ないよな。劣化したバーナーみたいで。ガスとか漏れてそうだし)


 そんな失礼なことを考えるあたりは、今の黒真と大した差はない。黒真の目の前にいるアイナが、黒真の目を覗き込んだ。手には、なにやら紙の様なものを持っていた。


「何だ、それ?」


 彼女の持つ紙に興味を引かれた黒真は聞いてみた。アイナは、紙片を黒真に差し出す。


「これは、【彼の者を見通す紙片(ステータス・データ)】です」


 そう言われ、黒真は、差し出された紙片を見た。そこには、文字が浮かんでいた。見る者が一番理解できる言語に見えるようにできているため、世界が違う黒真にも、アイナにも読むことができる。


 Name Kokuma Shidou

 VIT B+

 STR C+

 DEF C+

 AGI B+

 SPF(せいりょくてきせい) EX+(Spirit Power Fitness)

 BST EX+

 INT B

 TEC A

 SP  Unknown


「なるほど、一般的ですね。えっと、名前は、コクマ・シドウであってますか?」


 黒真は、「そう言えば、名前言ってなかったな」と思った。


「ああ。あってるよ。まあ、俺の国では、ファミリーネームが先だから紫藤黒真、だけどな」


 紙片を眺める黒真は、ふと、「聖力適性ってなんだろう」と思った。


「この聖力適性ってのは?」


 黒真の質問に、アイナが答える。


「【聖力適性】とは、どの程度の【聖力】が使えるのかを示すものです。【聖力】は、勇者のみが持つことを許された、魔王の【魔力】に対する力です。上から最上級、上級、中級、下級、最下級とランクがあります。えっと、黒真、さん?の場合は最上級の【聖力】が使えます。しかし、必ずしも、持つ【聖力】が最上級のものとは限らないので、あくまで目安ですね」


(つまりは、魔法見たいなもんか。ん?ってことは、魔法がないってことなのか?【聖力】ってのも勇者だけの力みたいだし。じゃあ、さっきの【彼の者を見通す紙片】も【聖力】ってやつなのか?)


 黒真が思考をめぐらしている中、ベンが黒真に声をかける。


「取り込み中、申し訳ありませんが、そろそろ、町長の家に向かいませんか?」


 ベンの提案に黒真は頷いた。




 教会を出ると、周りに建物はなく、緑豊かな景観が広がっていた。どうやら、町の中心からは、大分離れたところにあったらしい。移動中、黒真は、先ほど気になった【彼の者を見通す紙片】のことを聞いて見た。


「ああ、あれは、そうですね。【聖力】の残留物。【伝説の勇者の遺物】や【聖遺物(リリクイー)】と呼ばれる【聖力】によって形作られ、一時的ではなく半永久的に形や効力が続く物のことです」


 要するに、何らかの【聖力】で造られた武装・日用品・小道具の総称である。勇者の大半は、自身の強化であったり、武器を呼び出したりして戦ったりするため、物が残ることは少ない。しかし、中には、物を造る【聖力】などの生産系【聖力】を持つこともあり、そう言った者達が残したものである。


「へぇ。【聖力】の残留物、ね。そう言えば、俺の【聖力】ってなんなんだ?」


 黒真は、ふと、呟いた。【彼の者を見通す紙片】では、不明になっていた。


「それは、使ってみるまで分かりません。ですが、もし、高威力の無差別な攻撃であった場合も考えて、人のいないところで試しに発動したほうがいいでしょう」


 ベンがアドバイスをくれた。黒真は、それに従うことにした。

 豊かな緑の合間に、少しずつ家が見え出す。木造の丸太を組んでできたような家だ。その風貌は、町と言うより村をイメージする。

 そんな家々が建っているところの、一番大通りであろう道をまっすぐ進む。町の人の姿は見えない。太陽が煌々と照らしているのにも関わらず、誰も外に出ていないのはどう言うことなのだろうか、と黒真は疑問に思った。


「なあ、町の人たちは、何をしているんだ?」


 黒真は、二人に聞いてみる。すると、二人は、あっさりと答える。


「何を言ってるんです?今は、世の中、就寝時間ですよ?」


 アイナの言葉に、黒真は、「え?」と思わず声を出してしまった。


「何言ってんだよ。朝は起きてる時間だろ?夜が就寝時間だ」


 黒真は、いつもの「地球」の感覚でモノを言った。それに対して帰ってきたのは、黒真の予想外の言葉だった。


「え?朝ってなんですか?夜も」


「え?」


 黒真は、固まった。そして、思考が回る。


(もしかして、朝昼夜の概念がないのか……?そんなバカな)


「いや、朝ってのは、日が昇ってくる時間帯で、夜は、日が沈んだ後だ。ついでに昼は、日が降りていく時間帯」


 黒真が、自分でできる限りの説明をする。しかし、アイナもベンも首を捻るばかりだった。


「そもそも、日が昇るって言うのは?太陽は、あの場所にずっとあるものではないんですか?」


「そりゃ、地球が回って」


 と、そこまで言って、黒真は、ここが地球でないことを思い出した。


「って、そうか。まあ、俺のいたところでも、確かに太陽は動かなかったが、地球が自転……回ってたから、日のあたる時間とそうでない時間があったんだよ。それが朝と夜だ」


「そうなんですか」


 世界の差と言うものだろう。

 そんなことを言っているうちに、一際大きな家が見える。おそらく、それが町長の家なのだろう。黒真がそんなことを思っていると、予想通り、ベンが、大きな家のドアをノックする。


「町長、就寝時だと言うのに申し訳ありません。今代の勇者をお連れしました」


「入れ」


 しわがれた声で、指示が出た。ベンがドアを開け、アイナ、黒真、ベンの順に屋内に入る。


「お主が、召喚された勇者かのう?」


 しわがれた声を出す、白髪に白い髭を蓄えた老人。町長だ。


「こんな老いぼれが言うのもなんじゃが、貧弱そうじゃ。本当に大丈夫なのかの?」


 町長が心配の声を出す。


「これでも、聖力適性EX+ですからね。大丈夫ですよ」


 ベンが町長に言葉を投げかけた。それに対して長老は、訝しむ目で黒真を見る。


「ふむ、そうかのう?安心できん」


 町長は、黒真がどうしても強く見えない。まあ、それこそ、屈強な大男とただの一般人のどちらが強そうかと聞かれて、ただの一般人のほうが強そうだと言う人はいないわけで、黒真のような一般人を強いとは思えないのは当然である。


「まあ、いい。スーザックとリューク!こっちに来てくれ」


 町長が家の奥に呼びかけた。すると、慌てた様子で二人の青年が飛び出してきた。


 ファブリッテ・スーザック。目測で二メートルを越える巨漢。筋骨隆々の浅黒い肌をした屈強そうな男だ。その見た目から、雰囲気は、体育会系の部活に所属する気合の入った部員だ。ずっと、地下へと穴を掘って暮らしていた。穴を掘っていた理由は、穴を掘る運動で体を鍛えるため。そのうち深く掘りすぎて、外へ出にくくなったが、外へ出るだけで訓練ができるから、一石二鳥とポジティブな考え方をするほどの体育会系の男である。


 ローザック・リューク。シュリクシアでも有名な悪魔(悪魔とは、この場合、魔物、または、魔物に取り付かれた人間のことを指す)狩りの名家に生まれた。しかし、才能は乏しく、魔物とはまともに戦えない。それでも、家が家ゆえに、大量の魔物に関する書物と知識があったため、魔物に関しては詳しい。錆色の長髪を上に髷のように結っている青年である。


「御呼びですか!町長!」


「呼ばれたため、馳せ参じました」


 二人が気をつけの姿勢で待機する。


「ああ。こっちのヒョロっとしたのが今代の勇者だそうだ。二人とも、よろしく頼むぞ」


 町長の言葉に、二人は声を上げる。


「はいっす!よろしくお願いしまっす!ファブリッテ・スーザックっす!」


「拙者は、ローザック・リュークと申す。以後、お見知りおきを……」


 二人の挨拶に、黒真は、若干引き気味だ。


(なんだ、このキャラの濃い連中は……)


 地球では、あまりお目にかかることのできない自己主張の激しさに、黒真は、顔が引きつった。


「お、おう。俺は、紫藤黒真だ。よろしくな」


 在り来りな、普通の挨拶で場を誤魔化す黒真。


「ヴァーナー!お前も来い!」


 町長がレッカ・ヴァーナーを呼ぶ。


「うちの倅のヴァーナーだ」


 レッカ・ヴァーナー。その風貌は、真っ黒なローブに覆われていてよく確認できない。ただ、ローブの隙間からはみ出る輝かんばかりの銀髪が、黒に引き立てられて眩しい。


「ヴァーナーは、無口だが、まあ、人慣れしていないだけだの」


 町長の言葉も半ばに、ヴァーナーは、黒真に近づく。そして、フードで隠れてよく見えないが、おそらく自分を見ているのだと、黒真は理解した。


(なんなんだよ。このキャラの濃さは……。俺、勇者だってのに、目立たなさすぎだろ)


 などと黒真は考えている。


「うむ、倅を同行させるのは限りなく不安だが、まあ、しかたがないのう」


 町長が、唸りながら、少々の葛藤と共に、ヴァーナーを一行に加えさせたのだった。


「出発は、就寝時間が明けてからの方がよいだろう。今の時間は、魔物たちも、うろついているだろうしのう」





 町長の言葉により、皆が寝ることにしたのだが、黒真は、日差しが差し込む室内で寝るに寝れず、溜息をつきながら、町の外れで、【聖力】を使ってみることにした。

 町の外れ、と言っても、そう遠いわけではない。町長の家へと続いていた大通りを外れ、道になっていない原っぱを歩いて抜けると、杭で軽く囲いがあり、それを飛び越えれば、木々が生い茂る森林だ。

 風が葉を撫で、ガサガサとざわめいている。鳥の囀る声も耳に響く。一般的な森の中だ。


「ここなら、どんな能力でも大丈夫だろ」


 黒真は、独り言を呟きながら、アイナが言っていたやり方の通り、体を、感覚を、全てを動かす。


(手を前に出す)


 手を前に出すのは、感覚として分かりやすいからであって、必ずしも必要なことではない。


(心の裡にある何かを押し出すように、手に集める)


 あくまでイメージの話であり、【聖力】の原理とは異なる。


(収束し、解き放つ)


 その瞬間、何かが、起こる。

 黒真は、瞬きをした。

 黒真の目には、別段変わった様子は映らない。辺りが焦土と化したわけでもなければ、何かが出来上がったわけでもない。体の感覚も、全く変わらない。


「何も、起きてない?」


 黒真は、気づくべきだった。葉を風が撫でる音も、鳥の囀りも聞こえないことに……。


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