出口を探す扉
目を開けると、またしても自分の散らかりきった部屋の中に横たわっていた……。
もう朝なのか?
でも外は一面真っ暗で、何も見えない。外では大雨が降っているらしく、ずっとポタポタと雨音が響いている。うるさくてたまらない……。
俺の名前は林安。
どうせ、もう人生を諦めているような、そんな人間だ……。
前を見つめ、身体を起こし、立ち上がる。
散乱したままの部屋と、ベッドの上に転がるぬいぐるみたち。相変わらず、何一つ変わっていない……。
俺は黙って階段を下り、部屋のドアを開けた。
だが、目の前に広がっていたのは、真っ黒で濁った景色だった……。
どういうことだ?
なぜ外がこんなに真っ暗なんだ? 一体、何が起きている?
緊張と戸惑いを覚えたその瞬間、俺の部屋はまるで火事になったかのように、異様な熱気に包まれ、息が詰まるほど暑くなっていった……。
俺はすぐに部屋から飛び出した。
そして外へ出た瞬間、背後でドアが勢いよく閉まり、そのまま重く鍵がかかった……。
慌てて部屋に戻ろうとするが、ドアはびくともしない。
まるで完全に封鎖されたかのように、まったく開かない……。
全身の力を込めて何度も押し続ける。
だが、どれだけ押しても、この扉は無情にも固く閉ざされたままだ……。
そして力を振り絞ったその瞬間、目の前の扉が一瞬で霧のように消え去った。
勢い余って、俺の身体は前へと投げ出され、そのまま床に叩きつけられた……。
……
両手をついて起き上がる。
だが身体にはまったく異常がない。血すら流れていなかった……。
辺り一面、黒く濁った景色。
ここはまるで精神世界のようだ……。だが、ここはいったいどこなんだ?
俺は黙って前へと歩き出す。
すると突然、前方に一枚の扉が現れた……。
それはまるで自動ドアのような形をしていて、どこか不自然だった……。
出口なのか?
それとも、別の何かか……?
俺は静かにその扉へと歩み寄る。
「パチッ……ガチャ……」
ドアを開けた瞬間、眩い光が弾けるように広がった……。
再び目を開けると、目の前に広がっていたのは電車の車内だった……。
俺は座席に座っている。
目をこすりながら、さっきのは夢だったのか……?と考える。
周囲の乗客を見回しても、特に変わった様子はない。
次の駅で停車すると、一人の太った女子生徒が乗り込んできた。荒い息を繰り返している……。
あいつはたしか、同じクラスの女子だ。
あの体型と性格のせいで、俺はあいつが大嫌いだった。以前、同じ班になったときは、本当に最悪だった……。
そして彼女は車内を見回し、そのまま俺の隣に腰を下ろした……。
は? なんでだよ。ふざけてるのか。あの低能女、マジで最悪だ……。
俺は顔をしかめる。
彼女の身体からは不快な臭いが漂ってくるし、座った瞬間、俺のスペースがほとんどなくなった。
露骨に嫌そうな顔で彼女を見た、そのとき。
彼女は俺のほうを向き、陰気な声で言った。
「ねぇ、何その顔。あたしのことウザいって思ってるんでしょ? ふざけんなよ、クソが」
俺は立ち上がり、何か言い返そうとした――
その瞬間、周囲から次々と人が集まってきた。
気づけば、クラスメイトや同じ学校の連中ばかりだった。
俺を睨みつけ、乱暴に窓際へと押さえつける。
罵声が飛び交う。
あの太った女子を指差し、「お前、こいつをいじめて笑ってただろ」と責め立てる。
どういうことだ?
なんでみんな、あいつのために……あいつは……。
俺は歯を食いしばり、怒りに震えながら彼らを睨み返す……。
そのとき、少し離れた場所に青い髪の少女が立っていた。
だが、こちらへ来ることはなく、ただ黙って様子を見ているだけだった……。
俺は再び、あの太った女を見る。
彼女は俺を見下すように、嘲笑を浮かべていた……。
俺は奥歯を強く噛みしめ、ゆっくりと目を閉じた……。
……
そして再び目を開けると、また別の場所に立っていた。
いったいどういうことなんだ……。
相変わらず、あのポタポタという音が耳元で響いている。
その音は、ずっと俺の脳内を彷徨い続けていた……。
周囲を見渡す。
どうやらここは、俺の家の中のようだった……。
そのとき、包丁を持った何者かがこちらへ歩いてきた。
顔は見えない。ただ、不気味に歪んだ笑みだけが闇の中に浮かんでいる……。
そいつは無言のまま近づいてくる。
手には血の付いた包丁が握られていた……。
そして、包丁を振り上げ、俺に向かって振り下ろした――
俺は咄嗟に身をかわし、近くのドアを開けて必死に走り出した……。
……
なんなんだよ、これは?
夢なのか? でも、あまりにも現実すぎる……。
家具や装飾品を見れば、見慣れすぎているほど見慣れた光景だ。
ここは確かに俺の家のはずなのに、言葉にできない異様さがまとわりついている……。
ふと足元を見ると、床一面に血の跡が広がっていた……。
前へ進むと、そこには倒れている両親の姿があった。
まるで刃物で何度も斬られたかのように、全身が傷だらけだった……。
振り返った瞬間、あの包丁を持った影が再び突進してきた――
俺は拳を握り締め、そいつの顔面に思い切り殴りかかった。
拳が直撃し、男は包丁を手放す。
刃は床に転がった……。
俺は素早く立ち上がり、その包丁を拾い上げる。
だが振り向いた瞬間、男の姿は消えていた。
気づけば俺は、死んだ両親のそばに立ち、手には血まみれの包丁を握っていた……。
そして――
男はまた現れ、腹を抱えて笑い続けている……。
なんなんだよ……。
その笑う男の姿が、やけに見覚えがある。どこかで見たような……。
「ほんとに哀れだな。こんなことすら出来ないのかよ!!」
横から声が響いた。
振り向くと――
地面に倒れているはずの、死んだ両親の口が動いていた。
いったい、どうなってるんだよ……。
俺はゆっくり立ち上がる。
するとまた別の場所に、一枚の扉が現れた。出口なのか……?
強く拳を握り、その扉へ駆け寄る。
開けようとした、その瞬間――
倒れていたはずの両親が立ち上がった。
その手には、無数の包丁が握られている。
そして俺に向かって振り下ろしながら、怒鳴り散らした――
「お前みたいな息子、本当に恥さらしだ! なんでまだ生きてるんだ! お前が死ねば、私たちはもっと幸せなんだよ!」
「この出来損ないが! なんでまだ生きてるのよ! こんな子、うちにはいらないのよ!」
「救いようのない馬鹿が! クズ!」
「いっそ売り飛ばせばよかったんだよ! 臓器でも売れば金になったのに! さっさと死ね!」
その言葉一つ一つが、刃となって胸を抉る。
俺はドアノブを強く握りしめ、叫んだ――
「もういい……消えろよ、クソが!!」
勢いよく扉を開け、外へ飛び出した――!
…………
再び目を開けると、また別の場所だった。
灼けつくような夕暮れ。
虫や蛙の鳴き声がやかましく響き渡っている。
むせ返るような熱気。
肌にまとわりつくような、不快な空気……。
目の前に、一人の人影が立っていた。
全身が黒い影で覆われ、顔はまったく見えない。
池のほとりで、じっとこちらを見ている。
「なあ、小僧。そろそろ受け入れたらどうだ? 自分の無能さも、過ちも。逃げ続けても意味はない。本気で言ってるんだ」
影は淡々と語る。
俺は歯を食いしばり、吐き捨てた。
「は? 何言ってんだよ。意味わかんねぇよ、バカ。何が言いたいんだよ!」
「まだ逃げるのか? 本気で言ってる。せめてそんな自分と向き合え。難しいのは分かってる。でも、このまま逃げ続けたら、お前は――」
その瞬間、俺は影を思い切り突き飛ばした。
影は池の石に頭を打ちつけ、血が飛び散る……。
俺はその場から走り去った。
だが頭の中では、あの声が消えない。
責め立てる声が、何度も何度も反響する……。
前方に、無数の扉が現れた。
どれも棘と血で覆われている。
どれが本当の出口なのか分からない……。
俺は一番大きな扉を見つめた。
もうどうでもいい。これでいい。
迷わず、その扉を開ける。
その先に広がっていたのは、最初と同じ、黒く濁った空間だった……。
そのとき、青い髪の少女が現れた。
幼なじみの劉顏だった。
なぜ、ここに……?
「お、君もいるんだ。私も分からないけど、さっきいろいろ変な体験しちゃってさ。ここってどこなんだろうね?」と彼女は笑う。
俺は動揺する。
突然、頭に激痛が走る。電撃のような痛みが何度も突き刺さる。
その場にしゃがみ込み、頭を抱える。
「ちょ、ちょっと……大丈夫?」と劉顏が慌てる。
声が脳内で爆発する。
そのとき、白い扉が現れた。
眩い光が俺たちを包む。
スーツ姿の男が歩いてくる。
頭には山羊のような角。
煙草に火をつけ、煙をゆっくり吐き出し、細い目でこちらを笑う。
手には指輪。
それが炎を纏って燃え上がる。
男は立ち上がり、指輪を回し、空中へ弾き、受け止める。
そしてこちらへ向けた。
「やあ。ここがどこか分からないだろう? 私はこの冥界を管理する死神だ。よろしく頼むよ。君たちも、そろそろ思い出したんじゃないか? なぜここにいるのかを」
俺はすべてを思い出した。
そして気づく。
両親を殺したのは――俺だ。
影の男が現れる。
それは俺自身だった。
「そういうことだ。だからもう逃げるなよ、小僧」
俺は口を押さえる。
息ができない。
「おい、大丈夫かよ……」と劉顏。
俺は服を握り締める。
あの日、両親を殺した。
そして劉顏も見ていた。
電車での出来事も。
全部知っている。
「大丈夫だよ。あの件は確かにそうだった。でも、私は君のせいだとは思ってない。……立って」
「違う……違うんだ、劉顏。全部俺のせいだ。俺が……君を殺したんだ!」
劉顏は驚き、それでもどこか穏やかに微笑む。
その瞬間――
彼女の顔から血が溢れ出した。
口から大量の血を吐き出しながら……。
俺はゆっくりと立ち上がった。
これは罰なのか……? 全部、俺のせいだって分かってる。でも、どうしようもなかったんだ……!
そうだ。あのときの黒い影は、確かに劉顏だった。
あのとき、俺が池に突き落としたのは――あいつだった。俺は……俺は……。
劉顏は真剣な表情で俺を見つめ、顔に流れた血を拭った。
「うん、分かってる。全部あなたがやったことだって。でも、どうして逃げるの? 私に話してくれれば、助けたかったのに」
俺は驚いて彼女を見る。
どういう意味だ……?
「両親を殺したのは、あの年にあなたを売ろうとしたからでしょ。怖くなって揉み合いになった……あれは事故だった。
あの女子をいじめたのも事実。でも、あの子が自殺したのは、彼氏に殺されたから。お金を騙し取って、それを隠すために自殺に見せかけられたの。
私は助けたかった。でもあなたは全部から逃げた。……たしかに、どのみちあなたの道は険しかったかもしれない。それでも最後にあなたは……」
劉顏は唇を噛み、失望と無力さを滲ませた目で俺を見る。
俺は……俺は……。
拳を強く握り締める。
自分が何をしているのか、分からなかった。ただ……。
「全部から逃げるの? それじゃあ私の死は何だったのよ。どうして周りを信じられないの、バカ!」と劉顏は悔しそうに言う。
「俺は……俺は……」言葉が途切れる。
たぶん、劉顏は知らない。
なぜ俺と一緒にここにいるのか。
俺は最後まで逃げた。大量の睡眠薬を飲み、手首を切った。
……。
自分で終わらせたんだ。
簡単な方法を選んだ。
解放と死を選んだ。
でも――後悔している。
いや、本当に後悔しているのか?
あのときなぜそうした? 今さら反省しているだけじゃないのか……。
「……好きに言えよ。俺はもう諦めた!」と俺は叫ぶ。
「そう。じゃあ、私の死は何だったの? ただ無意味に消えただけ? そんなの納得できない。
……まあ、いいけどね。私もこんな人生、もう嫌だったし」
劉顏はかすれた声でそう言った。
そのとき、死神が手を伸ばし、指輪を空中へ弾き飛ばした。
「ははは。これが最後の扉の鍵だ。手に入れればここから出られる。本当に死にたいわけじゃないだろ? 取れば元の身体に戻れるぞ」
指輪は地面に落ち、俺たちの足元へ転がった。
俺は劉顏を見て、静かに指輪を差し出す。
「……お前が持て。任せる」
劉顏は首を振る。
「いらない。あなたが持って。ちゃんと償いなさい。正直、私はもうこの人生に疲れてたし」
「何言ってるんだよ。お前が戻れよ……」
そのとき思い出す。
家族を事故で失い、自責に沈んでいた劉顏。
それでも俺を助けようとしてくれた。
でも俺は――。
「だから、あなたが行って。生き残っても、あなたは自分の運命を背負うしかない。それでも行って」
そう言って、劉顏は俺を軽く押した。
俺は死神を見る。
「一つ聞きたい。本当に……彼女は連れていけないのか?」
死神は鼻で笑った。
「何を言ってる? その鍵はお前のものだ。彼女のじゃない。帰れるのはお前だけだ。さあ行け。償ってこい」
死神は消えた。
指輪も消えた。
そしてまた、あの滴る音が頭の中に響き続ける――。
…………
「意識が戻りました、警官!」
「よし、証人と捜査官を呼べ!」
俺はゆっくり目を開けた。
目の前にあったのは、規則正しく音を立てる生命維持装置だった。
戻ってきたのか……。
やがて、厳格な検察官が言う。
「あなたは三人殺害の容疑がある。ただし一人は生存している。裁判前に、あなたに聞きたいことがあるそうだ」
「……両親か? なら会いたくない。あの夢のままでいい……」
そのとき、頭に包帯を巻いた青髪の少女が入ってきた。
劉顏だった。
生きている。
俺は震えながらガラス越しに彼女を見る。
「ちゃんと償えよ」と冷たく言う。
やはり、あの世界の劉顏とは違う。
だが彼女は続けた。
「でもな。最後に生き残れた。あのとき、お前が少しだけ人間らしさを取り戻したのは事実だ。演技だったとしても、私は生きる。お前も逃げるな。
結果がどうなろうと、最後まで向き合え。……もう一度だけ信じてやる」
俺は何も言えなかった。
……
そして目の前に現れたのは、救済へ続く最後の扉。
ゆっくり歩き出す。
これが最後か?
いや、その先にはまだ無数の扉がある。
それでも――
俺は歩き続ける。
最後の扉を開けるその日まで……。




