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追放鑑定士はダンジョン市場で偽物グルメを暴く ――屋台ひとつで成り上がり、王都の“味”を取り戻す――  作者: U3


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真実の代償と、闇からの招待状

 怒号が、市場の天井を揺らしていた。


 それは、これまで搾取され、偽物を掴まされ続けてきた人々の、積年の恨みが決壊した音だった。




「待て! 待つんだ! これは何かの間違いだ!」




 群衆に取り囲まれ、逃げ場を失った錬金術師ザガンが、引きつった声で叫んでいた。


 先ほどまでの傲慢な態度は見る影もない。黒いローブは揉みくちゃにされて埃まみれになり、整えられていた髪も乱れ、脂汗が顔中を伝っている。


 護衛のチンピラたちも、殺気立った冒険者たちに剣を突きつけられ、身動きが取れなくなっていた。




「誤解だ、諸君! そうだ、これはきっと製造過程での……ほんの些細な手違いだ! ロット不良というやつだ! 我々も被害者なのだよ!」




 ザガンは必死に両手を振り回し、詭弁を弄する。


 往生際が悪い、などというレベルではない。自らの保身のために、あくまで「事故」として処理しようとするその浅ましさに、レインは冷ややかな視線を送った。




「手違いで『痺れ草』や『幻覚茸』が混入してたまるかよ。料理に塩と砂糖を間違えるのとは訳が違うぞ」




 レインが静かに告げると、ザガンは射殺すような目でこちらを睨みつけた。




「黙れ、三流料理人! 貴様のそのインチキ鑑定のせいで、我が商会の信用は地に落ちた! この責任をどう取るつもりだ!」


「責任? 笑わせるな」




 その時だった。


 レインの隣から、小さな影が飛び出した。




「ふざけないでッ!」




 悲痛な、けれど張り裂けんばかりの怒りを孕んだ叫び声。


 リズだった。


 彼女は琥珀色の瞳を涙で潤ませながら、震える指先でザガンを指差した。




「あんたたちの『手違い』のせいで……あたしのパーティのリーダーは、血を吐いて倒れたのよ!」




 その言葉に、騒然としていた場が一瞬、水を打ったように静まり返った。


 リズは唇を噛み締め、言葉を紡ぐ。




「『滋養強壮にいい』『疲れが吹き飛ぶ』……そんな甘い言葉を信じて、リーダーはなけなしの報酬であんたたちの霊蜜を買った。仲間を守るために、もっと強くなりたいって……そう言って飲んだのに!」




 彼女の脳裏に、苦しみ悶える仲間の姿が蘇る。


 高熱にうなされ、喉を掻きむしり、真っ赤な鮮血を吐き出したあの夜の光景。


 それは、まだ年若い彼女が背負うにはあまりにも重すぎる現実だった。




「あんたたちが売ってたのは薬じゃない。……絶望よ! あたしたちみたいな弱い冒険者の夢を食い物にする、最悪の毒薬よ!」




 リズの叫びは、市場にいた全ての者の胸に突き刺さった。


 ここにいる誰もが、似たような経験を持っている。


 なけなしの金で買ったポーションが効かずに仲間を失った者。


 腐った保存食で腹を壊し、探索を断念した者。


 「迷宮市場だから仕方ない」と諦めていたその感情に、リズの言葉が火をつけたのだ。




「……そうだ。あのお嬢ちゃんの言う通りだ」


「俺の相棒も、こいつらの丸薬を飲んでから様子がおかしいんだ」


「許せねぇ……人の命をなんだと思ってやがる!」




 静寂は、爆発的な熱量を持った怒りへと変わった。


 もはや、ザガンの言い逃れを聞く耳を持つ者はいない。


 石つぶてが飛び、腐った野菜が雨あられと降り注ぐ。




「ひ、ひぃぃぃッ! やめろ、やめろぉぉ!」




 ザガンは頭を抱え、地面を這いずり回った。


 チンピラたちが盾となって何とか逃走経路を確保しようとするが、群衆の壁は厚い。




 レインは腕を組み、その光景を静観していた。


 これは私刑ではない。因果応報だ。


 だが、完全にリンチになって死人が出るのは、レインの本意ではないし、屋台の前で流血沙汰は困る。


 止めに入るべきか、とレインが一歩踏み出しそうになった時――。




「――そこまでだ」




 凛とした声と共に、銀色の閃光が走った。


 女騎士が、剣の峰で地面を強く叩いたのだ。


 その衝撃波と鋭い音に、群衆がハッとして動きを止める。




「これ以上の暴力は、君たちの正義を汚すことになる。……奴らは市場から追放する。二度とこの地に足を踏み入れさせない。それで手打ちとせよ」




 彼女の言葉には、有無を言わせぬ威厳があった。


 王都の騎士としての誇りと、確固たる信念に裏打ちされたオーラ。群衆は毒気を抜かれたように、道を空けた。




 ザガンは鼻血と泥にまみれた顔を上げ、憎悪に歪んだ目でレインと女騎士、そしてリズを睨め回した。




「……お、覚えていろ……!」




 負け犬の遠吠え。だが、その声には不気味な響きがあった。




「我々はただの窓口に過ぎない……。『大いなる供給元』が、この侮辱を許すはずがないぞ……! 貴様ら全員、この市場の闇に飲まれて死ぬがいい!」




 捨て台詞を残し、ザガンたちは逃げるように闇の中へと消えていった。


 『大いなる供給元』。


 その言葉が、レインの耳にこびりついた。やはり、バックにはもっと大きな組織がいる。ギルドの上層部か、あるいはもっと深い闇か。




 だが、今は勝利の時だ。


 市場には歓声が上がり、人々はレインの屋台へと押し寄せた。




「兄ちゃん、すげぇぞ! よくぞ言ってくれた!」


「俺もあの商会にはムカついてたんだ!」


「おい、この屋台の料理、全部くれ! 祝いだ!」




 一転して、屋台『真実の匙』はお祭り騒ぎとなった。


 レインは苦笑しながらも、鉄板に火を入れた。


 


「ったく……騒がしい連中だ。並べよ、順に作ってやるから」




「へい、お待ち!」




 レインの手が踊るように動く。


 練り上げた『天空麦』の生地を指先で回転させながら薄く伸ばし、そこへ真っ赤に熟れた『太陽トマト』のソースをたっぷりと塗る。


 仕上げに乗せるのは、『水牛魔獣』の乳から作った純白のモッツァレラチーズと、香り高い『風のバジル』。


 それを、魔石で強化し五百度の高温に達した特製の石窯へと放り込む。




 わずか九十秒。


 薪が爆ぜる音と共に取り出されたのは、縁が香ばしく焦げ、チーズがマグマのように沸き立つのが師匠から教わった『ナポリピザ』だ。




「喉が渇いたらこいつを飲みな。サービスだ」




 ドン、とカウンターに置かれたのは、氷を入れたグラスに注がれた漆黒の液体。


 数十種類のスパイスと柑橘、そして焦がした砂糖を煮詰め、強炭酸の湧水で割った自家製の『黒の魔水』。




「うめぇぇぇ! なんだこの伸びるチーズは!」


「この黒い水、舌がビリビリして最高に爽やかだぞ!」




 熱々のピザを頬張り、キンキンに冷えた魔水で流し込む。


 それは暴力的なまでの快楽の味。


 この日、レインの屋台は市場で最も熱い場所となった。




 喧騒が去り、市場に夜の静寂が戻ってきた頃。


 完売の札を掲げた屋台の前で、レインは片付けをしていた。


 心地よい疲労感が身体を包んでいる。




「ふぅ……まさか一日で在庫が空になるとはな」




 洗い物をしていると、横から手ぬぐいが差し出された。


 顔を上げると、女騎士が立っていた。


 昼間の凛々しい鎧姿とは違い、今は兜を脱ぎ、銀髪を夜風になびかせている。月光を浴びたその横顔は、戦女神から深窓の麗人へと戻っていた。




「手伝おうか、料理人」


「客に働かせるわけにはいかないさ。……それに、あんたには随分助けられた。礼を言うよ」




 レインが素直に頭を下げると、女騎士は照れくさそうに視線を逸らした。




「……私は、シルヴィアだ。シルヴィア・ランカスター」


「シルヴィアか。いい名だ。俺はレイン。レイン・オルコットだ」


「レイン……」




 彼女は何度かその名を口の中で転がすと、ふわりと微笑んだ。


 それは戦場で見せる厳しい表情とは違う、年相応の柔らかな笑みだった。第2話で毒肉を食べそうになっていた時の、あどけない表情に近い。




「君の料理、美味かったぞ。……特にあのチーズとトマトの乗った円盤のような料理。それに、あの黒くてシュワシュワする飲み物……あれは悪魔的だな」


「ピザと魔水だ。ジャンクだが、元気が出るだろ?」


「ふふ、違いない」




 シルヴィアは楽しそうに笑い、それから少し真剣な眼差しになった。




「レイン、忠告しておこう。ザガンの最後の言葉……あれは脅しではない。ヴォルク商会の背後には、貴族や裏社会の有力者が絡んでいるという噂がある。君は今日、虎の尾を踏んだのだ」


「分かってる。だが、今更引く気はないよ」




 レインは洗い終わった皿を布で拭き上げた。




「俺は一度、逃げたんだ。ギルドの不正から目を背け、自分の誇りを捨ててここに来た。……だが、もう逃げるのは止めた。この市場で生きるって決めた以上、俺の客に毒を盛る奴は、王様だろうが魔王だろうが許さない」




 その言葉に、シルヴィアは眩しいものを見るように目を細めた。


 そして、腰の剣に手を添え、居住まいを正す。




「……ならば、私も協力しよう。騎士として、この市場の浄化を見過ごすわけにはいかないからな」


「心強いな。だが、報酬はピザの大盛りくらいしか出せんぞ?」


「む……。デザートもつけてくれるなら、考えてやらんこともない」




 冗談めかして言うシルヴィア。


 その時、店の奥から「あーっ!」という声が上がった。


 リズだ。彼女は売上金の計算を手伝ってくれていたのだが、何やら真っ青な顔で一枚の紙片を手に持っている。




「どうした、リズ? 計算が合わないか?」


「ち、違うよレイン! これ……柱の影に挟まってたの!」




 レインはリズから紙片を受け取った。


 それは羊皮紙の切れ端で、乱暴な筆跡で短い文章が走り書きされていた。


 そして、その紙の中央には、赤黒い血のようなインクで、短剣のマークが描かれている。




 『調子に乗るな、鑑定士。次は屋台ごと火を消す』




 文面はシンプルだが、殺意は明確だった。


 市場の喧騒に紛れて、誰かがこれを置いていったのだ。おそらく、ザガンが逃げた後、残っていた監視役か何かが隙を見て仕込んだのだろう。




「……卑怯な奴らだね、相変わらず」


「レイン……どうしよう……」




 リズが不安そうにレインの袖を掴む。


 シルヴィアも表情を硬くし、周囲の闇を警戒するように見回した。


 楽しい宴の時間は終わりを告げ、冷たい夜の現実が顔を覗かせる。




 だが、レインは動じなかった。


 むしろ、その琥珀色の瞳には、静かな闘志の炎が宿っていた。


 彼は紙片をクシャリと握りつぶすと、竈に残っていた種火の中に放り込んだ。




 チリチリと音を立てて、脅迫状が灰になっていく。




「火を消す、か。……上等だ」




 レインはリズの震える頭をポンと撫で、シルヴィアに向かって不敵に笑いかけた。




「あいにく、俺の火はそう簡単には消えない。……むしろ、油を注がれた気分だ」




 相手がその気なら、こちらから出向いてやるまでだ。


 『供給元』がどこに潜んでいようと、この鑑定眼で見つけ出し、白日の元に晒してやる。




「明日は忙しくなるぞ。……まずは、この紙のインクの成分から、奴らのアジトを割り出す」


「えっ、そんなことできるの!?」


「匂いが残ってるからな。……特有の、地下水路のカビと、下等な魔物の血の匂いが」




 レインは夜の闇を見据えた。


 屋台『真実の匙』の戦いは、まだ始まったばかりだ。


 偽りの美食で肥え太る豚どもを、一匹残らず料理してやる。


 追放された鑑定士の逆襲劇は、ここからが本番だ。

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