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追放鑑定士はダンジョン市場で偽物グルメを暴く ――屋台ひとつで成り上がり、王都の“味”を取り戻す――  作者: U3


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3/12

白日の鑑定と、銀の証明

 翌日、市場の空気は重く澱んでいた。


 地下特有の湿気だけではない。何かが爆発する寸前のような、ヒリつく気配が漂っている。




 レインの屋台『真実の匙』の前には、昨日とは比べ物にならないほどの人垣ができていた。


 だが、それは料理を求める客ではない。


 遠巻きに様子を窺う野次馬たちと、そして屋台の正面を塞ぐように立ちはだかる、招かれざる客たちだ。




「……何の用だ。仕込みの邪魔なんだが」




 レインは鉄板を磨く手を止めず、冷ややかに言い放った。


 目の前には、昨日のチンピラたち。そしてその中央には、黒いローブを目深に被った男が一人、不気味な静けさで佇んでいる。


 その男から漂うのは、薬品の饐えた匂いと、粘着質な魔力の残滓。


 レインの『眼』が警告を発していた。こいつが、この市場に毒を撒いている元凶の一つだと。




「へっ、減らず口を叩けるのも今のうちだぞ、兄ちゃん」




 チンピラのリーダー格が、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。




「テメェ、あちこちで『ヴォルク商会の霊蜜は毒だ』なんてデタラメ吹聴してるらしいな? お陰で商会の信用に関わってるんだよ。これは立派な営業妨害だ」


「事実を言ったまでだ。それに、吹聴した覚えはない。客が勝手に噂してるだけだろう」


「あぁん? まだシラを切る気か! テメェのようなモグリの料理人が、適当なことを抜かしてんじゃねぇ!」




 男が屋台の柱を蹴り上げる。ガシャン、と積んであった皿が音を立てて崩れた。


 遠巻きに見ている群衆から、小さな悲鳴が上がる。


 リズも店の奥で短剣に手をかけていたが、レインは視線だけで彼女を制した。ここで暴れれば、相手の思う壺だ。




 黒ローブの男が、一歩前に出た。


 フードの奥から、爬虫類を思わせる細い目がレインを射抜く。




「……若造。貴様の料理、少し調べさせてもらったぞ」




 男の声は、擦れた紙ヤスリのように不快だった。




「岩蜥蜴に椰子乳……ふん、奇抜なだけで中身のないゲテモノ料理だ。そんなもので客の舌を騙し、我々の崇高な『霊蜜』を貶めるとはな。……錬金術師として、見過ごせんよ」


「ほう。あんたがこの毒……いや、霊蜜の作者か」


「『特製霊蜜』だ! 冒険者の魔力を活性化させる、奇跡の秘薬だよ!」




 黒ローブの男――ヴォルク商会お抱えの錬金術師、ザガンは、懐から恭しく金色の小瓶を取り出した。


 松明の光を受け、液体は美しく黄金色に輝いている。


 だが、レインの眼には見えていた。その輝きの奥で蠢く、ドス黒い欺瞞の靄が。




「我々の商品は、王都のギルドからも認定を受けた正規の品だ。それを毒扱いするなど、万死に値する侮辱。……この場で土下座して謝罪し、店を畳むなら許してやろう。さもなくば――」




 ザガンの背後で、チンピラたちが武器を構える。


 脅迫。


 力づくでレインを排除し、見せしめにするつもりだ。


 市場の住人たちは息を呑み、誰もがレインの破滅を予感して目を伏せた。




 だが。


 レインは、ふっと口元を緩めた。


 それは恐怖による引きつりではない。獲物が罠にかかったことを確信した、狩人の笑みだった。




「認定品、ね。……なら、証明してみせろよ」


「何?」


「あんたのその『特製霊蜜』とやらが本物かどうか、今ここで皆の前でハッキリさせようじゃないか」




 レインはカウンターを指で弾いた。




「――『公開鑑定』だ」




 その言葉に、場がざわめいた。


 公開鑑定。それは鑑定士が自らのプライドと職生命を賭けて行う、真贋判定の決闘。


 衆人環視の中で行われるため、一切の誤魔化しが効かない。




「はッ! 馬鹿か貴様? たかが屋台の親父風情に、鑑定などできるわけが……」


「俺は元・鑑定ギルド所属だ。三等だがな。腐ってもプロの端くれだよ」


「……ッ」




 ザガンの表情が強張る。


 だが、ここで引けば商会の品が偽物だと認めることになる。群衆の手前、引くに引けない状況をレインは一瞬で作ったのだ。




「いいだろう……! ならば、その愚かな眼に現実を見せてやる。だが、もし貴様の言いがかりが嘘だと証明されたら、その両腕、切り落とさせてもらうぞ」


「構わない。だが、もしそれが偽物だったら――市場から消えてもらう」




 契約は成立した。


 レインは屋台の下から、透明なガラスの杯と、水差し、そして一握りの『岩塩』を取り出し、カウンターの上に並べた。




「鑑定道具も持たずに何をする気だ?」


「本物なら、これで十分だ」




 レインは杯に水を注ぎ、そこに岩塩を放り込んで軽くかき混ぜた。


 ただの塩水だ。


 群衆が固唾を呑んで見守る中、レインはザガンに手で促した。




「さあ、その自慢の霊蜜を、この塩水に一滴垂らしてみろ」


「……水に垂らすだと? 馬鹿げている。そんなことで何がわかる」


「『霊蜜』は高純度の魔力を含んだ蜂蜜だ。魔力は塩――つまり浄化の力に反発して凝縮する性質がある。本物なら、水に溶けずに宝石のように固まって沈むはずだ」


「そ、それは……」


「錬金術師なら常識だろう? それとも、自信がないのか?」




 レインの挑発に、ザガンの顔が朱に染まる。


 彼は震える手で小瓶の蓋を開けると、塩水の入った杯の上に傾けた。




 ポタリ。


 黄金色の雫が、水面に落ちる。




 その瞬間だった。


 誰もが、美しい宝石が底に沈む光景を想像した。あるいは、ザガンの主張通り、何も起きないか。


 だが、現実はそのどちらでもなかった。




 ジュワアアアァッ……!




 まるで熱したフライパンに水をかけたような、不快な音が響いた。


 黄金色の雫は、塩水に触れた瞬間に黒く変色し、汚い泡を吹いて拡散したのだ。


 杯の中の水は瞬く間に泥水のように濁り、鼻をつくような薬品臭――腐った卵と甘い香水を混ぜたような悪臭が周囲に広がった。




「うわっ、臭ぇ!」


「なんだこれ!? 煙が出てるぞ!」


「げほっ、げほっ……!」




 最前列にいた野次馬たちが、鼻を押さえて後ずさる。




「な、なんだこれは……!?」




 ザガンが狼狽えて後退る。




「簡単な理屈だ」




 レインは静かに告げた。その瞳は、冷徹な光を帯びている。




「あんたの霊蜜には、依存性を高めるための『幻覚茸』の抽出液と、かさ増し用の『スライムの粘液』が混ぜられている。それらは塩分に触れると過剰反応を起こして分解するんだ。……これが、あんたらの売ってる『奇跡』の正体だよ」




 レインの解説に、群衆の中から一人の老人が声を上げた。


 ボロボロの衣服を纏っているが、その腰には古い薬師の袋が下がっている。




「……あぁ、間違いない。あの煙の色、あれは『痺れ草』が分解された時のものじゃ! ワシは昔、薬の配合を間違えて実験室を爆発させたことがあるからよく知っとる。……なんてこった、あんな猛毒を混ぜていたのか!」




 老人の叫びが決定打となった。


 群衆のざわめきは、明確な怒号へと変わっていく。




「おい、ふざけんなよ! 俺はなけなしの金であれを買ったんだぞ!」


「毒入りだって!? 詐欺じゃねぇか!」


「金返せ! 健康を返せ!」




 殺気立った視線が一斉にザガンたちへと向けられる。


 ザガンは顔面蒼白になりながらも、必死に声を張り上げた。




「ち、違う! これは何かのトリックだ! この男が水に何か細工をしたに決まっている! 我々の霊蜜は本物だ! こいつの鑑定などデタラメだッ!」




「往生際が悪いな」




 レインが溜息をつこうとした、その時だった。




「――ならば、これと比べてみればいい」




 凛とした、だが氷のように冷ややかな声が喧騒を切り裂いた。


 人垣が、まるでモーゼの海割れのように左右へと開く。


 そこから現れたのは、一人の女性だった。




 市場の薄汚れた空気の中でも、彼女の周りだけ空気が浄化されているかのような、圧倒的な存在感。


 流れるような銀髪。白磁の肌。そして、見る者を射抜くような蒼穹の瞳。


 白銀の軽鎧を纏い、腰には装飾の施された長剣を佩いている。


 その美しさは、男たちの視線を釘付けにするには十分すぎた。戦場に咲く白百合、あるいは物語から抜け出した聖騎士。


 先日レインが助けた、あの女騎士だ。




 女騎士は真っ直ぐに屋台へと歩み寄ると、レインを一瞥し、わずかに口元を緩めた。




「借りを返しに来たぞ、料理人」




 彼女はそう言うと、懐から一つの小瓶を取り出した。


 それはザガンの持っていた派手な金色の瓶とは違い、飾り気のない水晶の瓶だった。


 だが、その中身は――。




「こ、これは……」




 ザガンが息を呑む。


 瓶の中で揺らめいているのは、まるで朝陽をそのまま液体にしたかのような、透き通る琥珀色の液体。


 蓋も開けていないのに、あたり一面に花の香りが漂い始めた。甘く、優しく、そして濃厚な、生命の香り。




「これは私がダンジョンの深層で、自ら採取してきた『幻蜂』の純粋な霊蜜だ。……料理人、これを使え」




 女騎士は迷うことなく、その高価な瓶をレインに手渡した。


 レインは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。




「いいのか? 市場で売れば家が建つぞ」


「構わん。偽物がのさばるのを見るよりマシだ」




 レインは新しい杯に水を注ぎ、塩を入れた。


 そして、女騎士から受け取った本物の霊蜜を、一滴垂らす。




 ポチャン。




 澄んだ水音と共に、雫は水面に落ちた。


 今度は、黒い煙も、濁りも生まれない。


 雫は水に溶けることを拒むように、丸い形状を保ったまま、ゆらゆらと底へと沈んでいく。


 そして底に触れた瞬間、金色の光を放ちながら結晶化し、まるで小さな宝石のようにキラキラと輝き始めた。




「……見たか」




 レインが静かに告げた。




「本物の霊蜜は、不純物を含まない。だから塩水の中でもその純度を保ち、魔力の核となって結晶化する。……これが『真実』だ」




 二つの杯の違いは歴然だった。


 片や、悪臭を放つ泥水。


 片や、光り輝く宝石水。


 もはや、言葉による説明など不要だった。




「……ひ、ひぃぃッ!」




 ザガンが悲鳴を上げ、腰を抜かした。


 その反応が、何よりの自白だった。




「やっちまえ! 詐欺師どもを逃がすな!」


「市場から叩き出せ!」




 怒り狂った群衆が、ヴォルク商会の連中になだれ込む。


 石つぶてが飛び、腐った野菜が投げつけられる。


 もはや暴力沙汰だが、レインは止める気にはなれなかった。これは彼らが今まで積み上げてきた悪意の反動だ。




 ザガンとチンピラたちは、這いつくばるようにして逃げ出した。


 その背中を見送りながら、レインは大きく息を吐いた。




「……ふぅ。店先で暴動は勘弁してほしいもんだが」


「見事な手際だったな」




 隣で、女騎士が満足そうに腕を組んでいた。




「君の鑑定眼と胆力、改めて感服した。……礼を言う。おかげで胸がすいた」


「礼を言われる筋合いはないさ。俺は自分の店の邪魔を排除しただけだ」




 レインはぶっきらぼうに返しながら、残った本物の霊蜜を女騎士に返そうとした。


 だが、彼女は首を振った。




「それは君に預ける。……その、なんだ。君の料理に使ってくれ」


「は?」


「勘違いするな! べ、別に君の料理が食べたいとか、そういうわけではない! ただ、その……君の手にかかれば、その蜜も有意義に使われるだろうと思っただけだ!」




 女騎士はほんのりと頬を染め、早口でまくし立てた。


 その様子を見て、後ろにいたリズが「むーっ」と頬を膨らませる。




「ちょっと騎士のお姉さん! レインのお料理はあたしが見つけたんだからね! 抜け駆け禁止だよ!」


「ぬ、抜け駆けなどしていない! これは正当な報酬だ!」




 ギャーギャーと言い合う美女二人と、それを見て苦笑するレイン。


 屋台の周りには、いつしか温かな、そして活気に満ちた空気が戻っていた。




 だが、レインは知っていた。


 これで終わったわけではない。ヴォルク商会は必ず報復に来るだろう。そして、その背後にはもっと巨大な闇がいる。




(……上等だ。全部料理してやるよ)




 レインは手の中の『本物の輝き』を握りしめ、新たな戦いへの決意を固めた。


 屋台『真実の匙』の評判は、この日を境に爆発的に広がることとなる。

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