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ねじ曲げられた歴史

 コットリカの事件のあと、ルーフェリア魔導女学院はしばらく休校となった。

 彼女がメガネールの結界を破ったことで気配が外へと漏れ、魔力使用の痕跡に気づいた先生たちが助けにきてくれたのだ。


「いったい、これは……!?」

「そんな……! ISRR・Bランクのメガネール先生が殺されるだなんて……!!」


 部屋を訪れた先生たちは、メガネールやキャハルンたちの変わり果てた姿を見て、言葉を失っていた。

 当然よね。学校の校舎内でこんな事件が起こるだなんて。しかも、それが外部から来た不審者なんかじゃなくって、この学校の生徒の仕業なんだから。


 そして、その現場を目撃した私たちが心に受けた傷が浅いわけがなくて……。数日のあいだはロクに食べものも喉を通らなかった。

 ようやく落ち着きを取り戻したところで、私はメルサたちに手紙を送ってみた。みんなも、少しずつ普段どおりの生活を送れるようになってるみたい。


 話の流れで、前に約束したとおり私の家にみんなをお招きすることになった。

 事件のあと、お互いに悲しみを分かちあったり、励ましあう時間はなかったから。今はとにかく、みんなの顔が見たかった。



「メルサ、リコ、ノハナ! 私の家にようこそ、元気だった?」

「おぅ、サヤ! お邪魔するぜ!」

「はや! サヤちゃん家のお屋敷、初めて来たけどやっぱり広ぉ~い。さすがはエルローズ家!」

「お屋敷というか、普通にお城なのデス!」


 私たちは再会するやいなやお互いに抱きしめあった。命の危機を力をあわせて乗り越えたことで、今まで以上に絆が深まったように感じた。

 ……よかった。みんな、思ってたより元気そうだ。私の、かけがえのない友だち。


「はや! おうちのなかも広いのねぇ~」

「どこを見てもキレイだから、歩いてまわるだけで楽しいのデス♪」

「サヤ、私たちは今、どのへんにいるんだ?」

「え!? オホホ、そ、そうね。城のてっぺんの中ほどあたりと言ったところかしら? 爺や、爺や~!」


 近況を語りあいながら、広い広ぉ~いお屋敷のなかをゆぅ~っくり歩いてまわりながら、最終的に食堂へとたどり着いた。

(普通に迷子になった。無敵執事軍団を呼びだしてなんとかなった。ホントにココは私のおうちなのかしら?) 


 ようやく食堂にたどり着き、私たちは席についた。

 話は先日のコットリカとの戦いについての話となる。ノハナが、コットリカについて調べたことを話してくれた。


「メルツバウ=コットリカについて学院のほうで調査が入って、とんでもないことが分かったらしいのデス」

「とんでもないこと……?」

「とんでもないことってなんだよ、ノハナ?」


 ノハナはひと呼吸おいて、自身の興奮が収まるのを待ってから話を続けた。


「コットリカ家は500年前に滅亡した最上級貴族の家系。今はもう、存在しないはずの一族なのデス」

「「!?」」


 500年前に滅亡した家系!?

 今はもう誰もいなくなっちゃったってこと? それって、みんな死んじゃったってことだよね?

 しかも最上級貴族だったって……。メガネールたちが言ってたのとぜんぜん違うじゃない!


「え、じゃあ……。あのコットリカはもしかして幽霊??」

「はや! 怖いよ~」

「いや、待て待て。あいつは教壇にぶつけられて、すごい音がしてただろ? 自分の手首を斬って、血も出てたし。どう考えても実体のある人間だよ」

「私もそう思うのデス。問題は、コットリカ家が下級貴族としてあたりまえに()()()()()()()()()()()()()()()()なのデス」


 ノハナの話によれば、なんでもアリのこの世界において、王立学院であるルーフェリア魔導女学院のセキュリティは全国、いや、世界でも随一であるのだということ。

 当然、経歴の詐称が見逃されるはずなんかない。入学申し込みがあった生徒の身元は徹底的に調査され、そこに嘘偽りがないか明らかにされるのだ。


 その厳しすぎるチェックを、コットリカはすんなりとパスしていたということになる。

 ましてや500年前に滅亡したはずの家系が下級貴族として実在するものとされるなんて冗談、まかり通るはずがない。


 ここには、貴族の歴史をねじ曲げる強烈な『事象操作』が行われていたはずだ。

 貴族の歴史は王国の歴史、この歴史について関わっている人間の数は計り知れない。

 それだけの数の人間の認識を改竄するのには、いったいどれだけ大きな魔力が必要だったと言うのだろうか。


「ルーフェリア魔導女学院の眼をあざむくほど強力な『事象操作』。ここには、恐ろしいほどに莫大な魔力がつぎ込まれたのは間違いないのデス」

「オイオイ……。いったいなんのためにそんなことしたんだよ!?」

「分からないのデス。現時点で分かっていることは、コットリカ家が重大な国家反逆罪を犯したために滅亡に追い込まれたらしい、ということだけなのデス」

「国家反逆罪……」

「はや! 恐ろしすぎるううぅ……!!」


 500年前に滅亡した貴族。歴史をねじ曲げるほどの『事象操作』。

 コットリカが浮かべていた不気味な笑顔が、脳裏に蘇る。そして、彼女が最後に残した言葉。


『これからは忘れないことね。いつもすぐ近くにいるのは、()()。ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……』


 思い出すだけで全身に鳥肌が立った。背筋が冷たくなって、思わず自身の両腕を抱えた。

 これからはまたどこかで、私たちの前に姿を現すつもりだっていうこと? あの恐ろしい能力を持った彼女が?

 そんなの、怖すぎるったらありゃしないわ!


「…………」

「…………」


 みんな、黙りこくってしまった。

 難しく考えこんでいる顔、怒っているように宙をにらみつけている顔、悲しくて泣きだしそうな顔、その表情はみんなさまざまだ。

 

 じっとり雨を含んだ雲のように重たい空気が場をしめるなか、私の懐でモゾモゾと何かが蠢いた。


「ん……?」

「ネネミュウっ♪」

「あ! お前は!」

「はや! この可愛い生き物はなに?」

「サヤちゃんの召喚獣、ネネミュウなのデス」

「ミュッ、ミュッ、ミュウ~♪」


 ネネミュウは私の服の襟口から顔を出すと、無邪気に頬ずりしてきた。 スベスベで、モッチモチ。


 ……そうだ。今回の戦いで、私も新たな力『召喚魔法』に目覚めたんだった。

 今の私は無力なんかじゃない。この力を磨きあげれば、きっと大丈夫だよね。

(それにしてもいつ私の服に潜りこんだんだコイツ)


 ネネミュウの登場により、場の空気がいくらか和んだ気がする。

 そこにさらに、世界的に有名なパティシエのブラン=カプリコットがやってきた。両手にたくさんのスイーツを乗せた大皿を持って、陽気に小躍りしている。

  

「さぁさ、みんなどうしたの? そんな暗い顔をして! 悲しいときには、甘いものがイチバンだよ!」

「ブラン!」

「「わぁ~♪」」


 ブランが運んできてくれたスイーツを頬張ると口いっぱいに甘さが広がって、おいしくて、幸せな気持ちになった。

 メルサたち、ほかのみんなもニコニコしている。きっと、ブランの作ったスイーツならどんなに悲しい気持ちのときでも笑顔になってしまうことだろう。

 ちょっと贅沢な気もするけど、気持ちが落ち込んだときぐらい、スイーツ爆食いじゃ!!


 さらにさらに! 家付きの美容魔術師であるマリィとリリィまで現れて……。


「皆さま、ストレスは美容の最大の敵ですわ。私たちのリラクゼーションエステ魔法で身も心もリフレッシュしていってくださいませ」

「していってくださいませ♪」

「「えぇ~!」」


 スカートをつまんでペコリとお辞儀するシュペロンド姉妹。ピタリとそろって可愛いすぎる双子。

 対して、彼女らの提案に嬉しい悲鳴をあげる我われ女子4人。普段は男勝りなメルサも、こんなときはすっかり女のコになってしまうのがおかしい。


 ホントにホントに、贅沢すぎて背徳感を感じてしまうほどなのだけれど……。こんな暗い事件のあとには嬉しくてたまらない。

 あぁ、この家に転生してきて私はホントに幸せ者だ。




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