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力の目覚め

 ーー私も、大切な友だちを守りたい。

 大切な友だちを守るために、何かできることはないの……?


 そのとき、私の心に新たな光が宿るのを感じた。


 そして、耳に付けていた『魂珀こんはくのピアス』から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 無表情な、抑揚のない調子で話される声。これはたしか……『流浄るじょうさかい』で聞いた声が。


『さぁ、サヤ。お目覚めの時間よ』

「ヒヅキちゃんっ!?」

「? サヤちゃん、どうしたのデス?」


『魂珀のピアス』からは映像も映しだされ、宝石のように綺麗な緋色の髪と瞳の女の子の顔が、こちらを覗きこんでいた。

 ノハナには映像も声も届いていないようで、クリックリのドングリまなこを不思議そうに見開いて、私の顔を見つめている。


『サヤ=エルローズは転生したあなたの魂とひとつになることで、真の力に目覚めたわ。サヤ、新たな力を使ってみるのよ』


 新たな力……?

 そんなこと急に言われても。


 ……でも、今なら分かる気がする。

 学校で教わってきたのとは、まるで違う。私だけの、力の使い方。

 

 私は目をつむった。


 心を開いて。力を抜いて。

 自分の魂に刻みこまれた筋道を通して、新たな世界へと通じたのを感じる。


「サヤちゃん、体に魔方陣が浮かびあがっているのデス……!?」


 気づけば私の胸に、腕に、足に、痣が浮かびあがっていて、魔方陣を描きだしていた。

 午前中の『方式学』で学んだのとは、まったく異なる理論で構築された陣式。おそらくコレは、現代魔導学では説明不可能な魔方陣だ。


 そうして私の体は光を帯びていき……奇跡が起きた。


 ポンッ!


「ネネミュウッ♪」


「「へ???」」


 ついに出てきた奇跡は……へ? 何コレ??


「ミュッ、ミュッ、ミュウ~♪」


 何コレ、ウーパールーパー?

 両手で抱える赤ちゃんくらいのサイズ。淡いピンクとグリーンのグラデーションで、表面はスベスベしてる。

 あ、でもウーパールーパーよりはもうちょっとキリッとした顔をしてるかな? 超ミニサイズのドラゴンのようにも見える。


 とにかく、なんかよく分からん生き物が出てきた。

 そして、めっちゃ私に懐いてるわ~。出てくるやいなや、めっちゃ私の胸に顔をスリスリしとる。愛犬やん。


 私が拍子抜けしてノハナの顔色をうかがってみたら、彼女は愕然とした表情を浮かべて青ざめていた。


「サッ、サッ、サヤちゃん……!!」

「へ? どうしたの、ノハナ」

「どうしたの、じゃないのデス! コレ、もしかして『召喚魔法』じゃないのデス!?」

「へ? 『召喚』??」

「そうなのデス! 数百年に1度出るか出ないかの、超レアスキルなのデスよッ!!」


 へぇ~、そうなんだ? ポケ○ンみたいに、いろんなモンスターを呼び出したりできるってことかな。超レアなんて、めちゃラッキーじゃん♪

 でも、こんな愛犬みたいなウーパールーパーが、この状況でいったいなんの役に立つのかしらん?


「……ん……あっ……」

「! リコ、大丈夫!?」

「まずいのデス! いよいよ血が足りなくて、時間が残されていないのデス!!」


 リコはいよいよ血の気がなくて、地球よりも真っ青だ。どうしよう、このままじゃリコが死んじゃう。誰か助けて!

 ……私が見えない誰かへと助けを求めた、そのとき。願いに応えるように、躍動するウーパールーパーがいた。


「ネネミュウっ♪」


 ウーパールーパーが飛びかかり、倒れるリコの体にしがみついた。


超睡眠ディープスリープ』!!


「「えっ!?」」


 苦痛にゆがむリコの表情は和らぎ、スヤスヤと安らかな寝息を立てはじめた。

 と、同時に、真っ青だった彼女の顔色はみるみるうちに血色を取りもどしていく。肉体の自然治癒力を引き出す、深い深い睡眠。


『フフ、驚いた?』

「ヒヅキちゃん、このウーパールーパーみたいなのは!?」

『そのコはネネミュウ。『眠り』の力を持つ幻獣よ。あるいは『眠り』を司る神、とでも言ったほうが分かりやすいかしら?』

「神!? 神さまなの、このコ?」

『ええ。まぁ、そのコはまだ幼体だけどね。『眠り』の力を及ぼすには、相手に直接触れなければならないわ。クスクスクス……』


 幻獣。神。やっぱりスゴいんだ、『召喚』って。でも、この力なら……!


「ヒヅキちゃん! ほかの幻獣を呼び出すこともできるの? ズバドゴーンって、もっと強そうなヤツ! あのコットリカをぶっ飛ばせるくらい、スゴいの!」

『そうね……。今のあなたではネネミュウ以外の幻獣を呼び出すのは難しいわ』

「えぇ~、そんなぁ~」

『ま、手持ちのカードでなんとかできないか考えてみることね。それじゃ』

 

 言いたいことだけ言うと、ヒヅキちゃんはプツンと映像を切っていなくなってしまった。冷たっ!

 ……でも、逆に言えば手持ちのカードだけでもなんとかなるってことなのかな? 


「う~ん……」

「ミュウ~?」


 私はネネミュウを抱えて、じっと見つめあってみた。ネネミュウは不思議そうにこちらを見つめかえしている。

 う~ん、やっぱりウーパールーパーみたいだ……。男の子なのかな? 女の子なのかな?


 とと、そうじゃなくて!

 ネネミュウの『眠り』の力はスゴいけど、直接相手に触れなければ効果を及ぼさないのがネックね。コットリカは強すぎて(というか怖すぎて)近づくことなんて、とうていできないわ!

 どうしようかな……。そうだ、ノハナにも相談してみよう。


「ノハナ、ネネミュウの『眠り』の力は相手に直接触れないと効果を及ぼさないみたいなの」

「! サヤちゃん、それならいい考えがあるのデス!」

「え、ホント!?」


 ゴニョゴニョゴニョゴニョ。私はノハナと打ち合わせて、作戦を実行することとした!!



 メルサは『炎球ファイアーボール』を撃ちつづけて、必死にコットリカを足止めしてくれていた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

「ウフフ♥️ そろそろ限界のようね。キレイな花火をアリガトウ。でも、もう見飽きたわ」

「くそっ……!」


 メルサの魔力が尽き、コットリカが攻勢に転じようとしていたそのとき。私とノハナは、隣の部屋からメルサに呼びかけた。


「メルサ、こっちに来て!!」

「! サヤ、ノハナ!」


 メルサは最後に特大の『炎球』を投げつけると、私たちがいる部屋へ飛びこむように駆けこんだ。

 私たちがメルサを呼びこんだのは、最後の部屋。模擬戦闘用に飼育されているモンスターの檻が並べられている、『飼育部屋』。


 今はモンスターを刺激しないよう、檻には目隠しの黒い布が掛けられている。

 私たちは、檻と檻の隙間となる通路に身を隠した。

 遅れて、コットリカがゆっくりと部屋に侵入してきた気配を感じる。モコモコと、『綿花』も部屋を埋めつくすように入りこんできているようだ。


「また隠れて、メルサの体力を回復させようという魂胆かしら? ムダなことはやめて、みんなで出てきたらどうかしら? ウフ、ウフフフ……♥️」


 不気味な笑みを浮かべながら、部屋を徘徊しているコットリカ。私たちが見つかるのも時間の問題だろう。

 ……でも、隠れるのはオシマイだ。今度はこっちのターンよ!


「お望みどおり出てきてやったわよ! こっちよ、コットリカ!!」

「運べ、無明の筋骨(たか)隷奴れいどたちよ! 『運搬トランスポート』!! ……なのデス!」


「ッ!」


 私とノハナが姿を現すのと同時に、ノハナが『運搬魔法』で勢いよく飛ばしたのは2種類の液体。水色の透明な液体と、黄色の濁った液体。

『運搬魔法』は、液体をも塊として、弾丸のように撃ちだしてくれる。まるで見えない運び屋さんが全力で運び去ってくれたかのようだ。


「ウフン♥️ 何を飛ばしてもムダよ、私の『綿花』はどんな液体も吸い取ってくれる……わ……ッ!?」


 ノハナが飛ばした液体は案の定、『綿花』に吸いこまれてしまった。

 でも、液体は吸いこまれはしたものの、『綿花』の表面にネバーッとまとわりつき、奥に沁みこんでいくことはなかった。

『綿花』の表面が、粘性の液体で覆われてしまったのだ!


 ずっと不気味な笑顔を浮かべていたコットリカが、初めて強ばった表情を見せた。


 ーー液体を飛ばすなら、『運搬魔法』ではなく『吹き飛ばし魔法』を使うはず。

 コレは……『粘性生物スライム』と『泥男マッドマン』? 眠ってる??

 私の『綿花』は、()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!!


「今だぜ! 喰らえっ、コットリカ!!」

「!!」


 今度はメルサが現れ、残された力を振りしぼって最後の猛攻を仕掛ける。めいっぱい『炎球』を投げつけたのだ!

 メルサの『炎球』は、初めて『綿花』に吸いとられることなく、コットリカへと届くこととなる。


 残念ながら、この攻撃はコットリカが持つ『首斬り鋏』で防がれてしまった。鋏を自身の前で開いて盾としたのだ。

 炎は鋏の刃に弾かれてハデに火の粉が舞いあがり、コットリカは大きくノックバックすることとなる。


 メルサの『炎球』は防がれてしまったけど……この隙に、私がコットリカに近づくことができた!!


「お願い、ネネミュウ!」

「ミュウ~ッ!!」


 私は檻と檻の隙間を駆けぬけて、コットリカの横へとまわっていたのだ。

 コットリカに接近することに成功すると、私は両手に抱えていたネネミュウを突きだした!!


強制催眠フォースド・スリープ』!!


「ッ!!?」

 

 ネネミュウが右手に触れた瞬間、コットリカは驚愕の表情を浮かべた。

 彼女は気づいていたのだ。この力の深遠さに。


 ーーほんの少し触れられただけで訪れる、途方もない眠気、意識の断絶。

 これは催眠術などといった生易しいものではなく、身体の強制支配だ。


 恐らく、スライムとマッドマンが眠らされたのもこの力によるもの。

 魔物たちは肉体が細切れにされて『綿花』の表面にへばりついた今もこんこんと眠りつづけているのだから。


 この支配は、体内の魔力のコントロールなどでとうてい拒絶リジェクトできるものなどではない。

 まずい。早くこの命令伝達を絶たなければ、()()()()()わ……!


「仕方ないわね……ッ!」

「え!?」


 コットリカの判断は早かった。

 彼女はとっさに左手に手のひらサイズの鋏を具現化させ、ネネミュウに触れられた右手を手首から斬り落としたのだ!


 肉体の連続が絶たれたことにより、コットリカは『強制睡眠』による支配から逃れたようだった。

 彼女は私とネネミュウから距離を取ると、近くに浮かんでいた『綿花』をつかみ取り、右手首の断面へと充てた。


 手首に充てられた『綿花』は血を吸いとると赤黒くなって固まり、止血されたようだった。

 こんな使い方もできるのね! と感心してしまったけれど、他人の血液は吸いたいだけ吸いつくすのに、自分のだけ治療用に使うだなんてズルい! とも思ってしまった。

 保健室でコットンが傷の消毒や充て布に使われていることを考えると、正しい使い方なのかもしれないけど。


「ウフフフ……。サヤ、あなたこんな力を隠し持っていたとはね。さすがはエルローズ家のご令嬢と言ったところかしら。いいわ、今晩は見逃してあげる」

「! 待て、コットリカ!!」


 身を翻して再び『講堂』のほうへと逃げていくコットリカ。

 逃がしはすまいと追いかけるけれど、あいかわらずあの華奢な体躯のどこにそんな身体能力が隠されているのか、まるで追いつきゃしないわ。

 ノハナが『拘束魔法』を放つけれど、軽々かわされてしまう。


 そんなこんなで講堂へとたどり着く。

 コットリカは超人的な跳躍力で一気に階段状のテーブルのさらにその上、教室に唯一あるステンドグラスの前へと降りたった。


『魔導学』教室はメガネールが残した『施錠魔法』が結界と化し、窓からの脱出も困難になっていた。

 でも、コットリカは左手に小さな鋏を具現化すると、簡単にステンドグラスを撃ちやぶってしまった! 甲高いガラスの割れる音とともに、キラキラと光の破片が散乱した。

 

 ステンドグラスの外は夜の空へとつながっている。しかも、広大なルーフェリア魔導女学院の校舎のなかでもかなり高層。

 コットリカは教室から脱出する前に振り返り、私たちを見おろした。


「眠くて仕方がないから、今晩は帰るわ。でも、安心してね。表の裏は裏の表。『理想郷ユートピア』はすぐ近くまで迫っているわ。この現実世界の、ね。ウフフ♥️」

「おい待てコットリカ、お前いったい何を言ってるんだ!?」

「そして、これからは忘れないことね。いつもすぐ近くにいるのは、()()。ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……」


 不気味な笑みを残して、コットリカは頭から倒れこむようにして窓から身を投げた。

 私たちは急いで駆けのぼり、窓から外を見おろしたけど、そこには夜の闇が広がるばかり。


 突如として迫る危機に、力を合わせて立ち向かい、生き延びた私たち。

 でも、あとに残るのは4人の変わり果てた遺体と、コットリカが残した意味深な言葉。彼女の不気味な笑顔が頭にこびりついて離れない。


 こうして、私たちは惨劇の夜を乗り越えたのであったーー




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