生徒会の掟
◇
私たちは、呆然と立ち尽くしていた。
階段状になっている、テーブルとテーブルの隙間から。変わり果ててしまった4人の遺体と、メルツバウ=コットリカを見おろしながら。
ーー正直、私たちは焦りまくっていた。
メガネール(メガネールってなんだよ!)とハデ女子3人がコットリカを殺そうとしたときは、テーブルの下で慌てふためいていたのだ。
「ちょっと……! あの人たち、コットリカを殺す気!?」
「オイオイ、マジかよあいつら!」
「はや! 私たち、どうすればいいの!?」
「どうするって、止めるしかないのデス!」
そう言って、私たちはテーブルの下から飛びだした。でも、目の前で繰り広げられていた光景は……。
信じられなかった。全身の力が抜けて、頭にのぼる血が真っ青に、冷たくなってくみたいだった。本当に現実に、こんなことが起こるだなんて。
……でも本当は、頭の隅では分かっていたんだ。これは現実に起こりうることだったんだって。
だって、この学院で学ぶことの多くは戦いの知恵、人や魔物を殺すための技術だったのだから。
貴族とは潜在魔力が高く、強い魔導師となる素質を持つ血族のこと。つまり私たちは、未来の士官候補なのだということ。
だから、いつか戦争に赴くことになるのかなとは思ってたんだけど……。
まさか、こんないきなりヒドイ現場に出くわすだなんて、誰も思わないじゃない!
そこまで思い至ったところで、私はメラメラと怒りが燃えあがってきた。怒りで言葉が震えそうになるのを、必死にこらえた。
「コットリカ。……あなた、いったい何してるの?」
「アラ? 見たとおりじゃない、サヤ。このヒトたちが私のことをイジめようとしたから、仕返ししただけよ。ウフ♥️」
コットリカは自身がにぎる鋏の刃をウットリと見つめ、チョキチョキ動かしながら話を続けた。人の首を断ち切ったあとも刃こぼれひとつなく、妖しく光りつづける刃。
「ずっと探し物をしてたけど、この学院にはないことが分かったの。魔素が濃い土地にあるとニラんで潜りこんでたけど、アテがはずれたわ。ここを離れようと思ってたところだから、ちょうどよかったの。ウフフ♥️」
「おい、コットリカ……。お前、いったい何者なんだ……!?」
「ウフ、気になる? メルサ、安心して。私たちはあなたたちみんなを『理想郷』へと導く者よ」
「はぁ? 訳わかんないこと言ってんじゃねぇよ……!」
メルサも私と同じく、怒っているようだった。声が、怒りでかすかに震えている。
魔素……すなわち、空気中をただよう『精霊波導力』が濃いっていうこと。
でも、そんなのが濃い土地を探して、何を探そうっていうのかしら。それに、『理想郷』って……!?
「でも、残念ねぇ。あなたたちを『理想郷』へと連れてくことはできなくなっちゃった。だから言ったのにね。「私に関わると大変なことになる」って、ウフ♥️」
……気がつけば、コットリカの周囲には『綿花』のほかに、無数の小さな鋏が具現化され、宙に浮かんでいた。
『綿花』の綿の塊は何を考えてるのか分からずにフワフワと浮いているのに対して、鋏は私たちを刺しつらぬこうとまっすぐに刃先を向けている。
「それでは皆さん、ご機嫌よう。ウフ♥️」
「はや! メチャヤバいのが来そうっ……!」
『槍鋏!!』
「キャアアアッ!!」
「みんな! 隣の部屋へと逃げるのデス!!」
案の定、私たちめがけてまっすぐに飛んでくる鋏。私たちはとっさに自分たちがいた場所から飛びだして、なんとか事なきを得た!
テーブルとテーブルのあいだの通路に逃げたのだけれど、体のあちこちを角にぶつけて、涙が出そうになった。
私たちの背後では、テーブルが文字どおり木っ端微塵にされて、もうもうと煙が立ちのぼっている。
この『魔導学』教室は学院でもっとも丈夫な造りになっていて、部屋の床にも壁にも備品にも『魔耐性』の効果をほどこす塗料が塗ったくられている(と、ノハナから聞いた)。
物理的に例えるならば、この部屋のモノはドラゴンが乗っても壊れない。
手のひらに納まるサイズの鋏なのに、そんな代物が跡形もなく消し飛ぶだなんて、なんて破壊力なの!
私たちはコットリカの魔法の威力に震えあがりながら、隣の部屋へと転がりこんだ。
行くあてもなく転がりこんだ部屋は……まるで闘技場のような『実習室』だった。
部屋のなかほどまで来たところで、メルサが覚悟を決めたように立ち止まり、後ろを振り向いた。
「メルサ!?」
「みんな、先に行ってろ。コットリカは、ここで私が食い止める!」
メルサが両手を広げて詠唱を始めると、彼女の手のひらから、火の玉が次々と生みだされていく。
「炉に戯れし火の精霊よ、我が手により解き放たん……」
それは、火炎系魔法の初歩中の初歩。でも、メルサはその得意魔法を徹底的に磨きあげることで、戦術魔法において筆頭の成績を修めるに至った。
『炎球』!!
初歩魔法とは思えぬほどの威力と熱量、そして連射速度で、メルサは宙に浮かぶ『綿花』を次々と燃やしていく!
あたりには熱風が吹き荒れ、あまりの熱さに、見ている私たちの顔まで焼け焦げてしまいそう!
あらん限りの炎球を撃ちこみながら、メルサは想っていた。
ーー私はせいぜいISRR・Cランク。コットリカはBランクのメガネールをあっさりと殺しやがった。
まともに考えりゃ、私に勝ち目なんてない。でも……!
メルサは懐からおもむろに古いロッドを取り出して、にぎりしめた。
それは代々の生徒会長に受け継がれてきた由緒正しきロッド。本来は生徒会の規則を破る者を滅するために開発されたもの。
でも、メルサはそのロッドに異なる使い道を見いだした。
固有スキル・『生徒会の掟』!!
ルーフェリア魔導女学院の生徒を守るという状況下に限り、魔導攻撃力と詠唱射出速度が2.5倍!
さらに幸運なことに、昼間にリコの『マジカル☆キッチン』で得た特殊効果もかろうじて持続的していた。
今のメルサの魔導攻撃力は、ISRR・Bランクに匹敵していた。
「これで、どうだあああぁっ!!!」
メルサの炎球は次々と、宙に浮かぶ『綿花』を焼き焦がしていく。
でも、コットリカに動じる様子はなく、残忍で不気味な笑顔を浮かべたまま……。
「アラ。メルサ、あなたそんなに強かったかしら? でも、ムダね。たしかにあなたの火炎属性と私の『血綿の鋏』の相性はいいわ。ただ、根本的なレベルが違いすぎるのよ。ウフ、ウフフフフ♥️」
「くっ……!」
『綿花』は焼け焦げているように見えたけど、焼けているのは表面だけ。
焼きマシュマロのように黒く焦げた表面がポロポロと剥がれ落ちると、下からまた真っ白な綿が顔を出す!
『綿花』に魔法を吸い取られているうちは、炎もコットリカに届かないみたい。
「メルサ、効いてないよ! いったん逃げよう!!」
「くそっ……!!」
「逃げてもムダよ。ウフフフ……♥️」
メルサの腕を引っ張って、私たちはまた次の部屋を目指して走りだした。
でも、また『槍鋏』が飛んできて、逃げていたリコの腕をかすめてしまった……!
「はや!!」
「ウフフフ。傷、見ぃ~つけた♥️」
リコの腕から『綿花』へ、おびただしい量の血液が吸い取られていく。腕についたのは、ほんのかすり傷なのに!
「あぁっ……!!」
「! このぉ、リコの血を吸うのはやめろっ!!」
メルサは『綿花』を『炎球』で焦がし、なんとかリコの血を吸い取るのを止めさせた。『綿花』の焦げた表面が、またポロポロと剥がれ落ちている。
そのわずかな隙に、私たちは力なくもたれるリコを引きずりながら、また次の部屋へと逃げこんだ。
次に転がりこんだのは……実習で使う魔導具が保管されている『倉庫』だ。
ここは広い部屋のなかにたくさんの魔導具が無造作に並べられており、死角が多い。私たちはなんとか物陰に隠れて、かろうじて息を整える時間を確保することができた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「リコ、大丈夫……!?」
「傷口は治癒魔法で塞いだけど、血を抜き取られすぎてしまったのデス。早く医療院に連れていかないと、危険なのデス!」
リコは顔面を真っ青にして、目をつむったままだ。
あの一瞬で、これだけ危篤状態になるほど血液を吸い取られてしまうなんて……。コットリカ、なんて恐ろしいコなの!
「わぁい、追いかけっこの次は隠れんぼね? 私、どっちも好きよ。鬼さんになるのが好きなの、ウフフフ♥️」
コットリカが、さまよう幽鬼のような足取りで部屋のなかへと入ってきた。
「こっちかなぁ?」「早く出ておいで」と猫なで声を出し、私たちを追い詰めているのを楽しんでいるようだ。
この先逃げ道もないし、私たちたちはただただ隠れて、見つかるのを待つしかなかった。
いよいよ殺されるときが来ると思うと、背筋が凍って体の震えが止まらなかった。嗚咽が漏れでそうになるのを、両手で押さえて必死にこらえた。
首を斬り落とされたり、血液を吸われてカピカピのミイラになるなんてやだよ……!
……そんな風に震えていた私の肩を、隣にいたメルサがそっと擦ってくれた。彼女の顔に浮かんでいるのは、何かをあきらめたような優しいほほえみ。
「サヤ、私はもういっかいアイツと戦ってくる。だから、そのあいだになんとかここから出る方法を考えろ」
「メルサ……!?」
「メルサちゃん、ダメなのデス!」
物陰からひとりで出ていこうとするメルサを、私とノハナは必死に止めた。けど、メルサはふるふると首を横に振るばかり。
「サヤ……覚えてるか? 入学してきたころの私たちは仲悪かったっけなぁ。ま、ぜんぶ私のせいだけど、アハハハ」
そう言ってメルサは昔を思い出して、少し悲しそうに笑った。
『リコ! お料理魔法ってなんだよ、それが戦争になんの役に立つって言うんだ?』
『ノハナ! お勉強ばかりで戦闘魔法はからきし。使えねぇんだよ、チビ!』
「入学したばかりのころの私は自分より身分が低い家の同級生を見下していた。メガネールやキャハルンと、何も変わらなかったんだ。でも、ある日の休み時間、お前は私の席までやってきて言ったよな」
『メルサ! 身分や成績で人をバカにするなんて最低だよ! みんなで仲良くしよっ!!』
「魔法なんてロクに使えないくせにさ。でもサヤ、お前はそんなの気にしないで堂々とみんなと仲良くしてた。そんなサヤのことが、私はうらやましかったんだと思う」
……それは、私が転生してくる前の、私の記憶。取っ組み合いのケンカになったけど、それをきっかけにして私たちは無二の親友になったんだ。
態度を改めてみんなの人気者になったメルサは、生徒会長にまで押しあげられた。
「生徒会長として……いや、お前らの親友として、私はみんなを守るために戦うって決めた。だから、私に任せろ!」
「メルサ!」
「メルサ! ダメなのデス!!」
メルサは物陰から飛びだして、コットリカの前へと踊り出た。
「鬼さん、こちら! コットリカ、私はここにいるぜ!!」
自分の前に姿を現したメルサを見て、コットリカはよりいっそう不気味に笑った。
「ウフフ♥️ 自分から出てくるおバカなコ、見ぃ~つけた」
物陰に隠れたまま、私とノハナはどうすればいいか分からず途方に暮れていた。自分の心臓が、口から飛びでそうなほどに跳ねまわっているのを感じる。
どうしようどうしようどうしよう。
このままじゃ、リコもメルサも死んじゃう。
私、いったいどうすればいいの……!?
……そのときだった。
自分の心のなかに、新たな光が宿っていることに気づく。
そして、耳につけていた魂珀のピアスから、どこかで聞き覚えのある声がした。
『さぁ、サヤ。お目覚めの時間よ』




