現場潜入!!
◇
放課後、私とメルサ、リコ、ノハナの4人は『魔導学』教室へと潜入した。
授業が終わると同時に、いち早く教室に駆けこみダッシュしたのだ。
もちろん、誰にも怪しまれぬように至上の笑みを浮かべ、道行く人々に優雅に手を振りながら。
(みんな怪訝そうな表情を浮かべていた気がするけど、たぶん気のせいね)
教室はまだ施錠がされている時間ではない。無事に教室のなかに入ると、私たちは学生たちのテーブルのなかに隠れた。
講堂のようにテーブルが階段状に連なっているので、前の座席の背もたれに隠れて、教壇のほうからは見えない構造になっている。
隠れる場所に困るなんてことはなかった。
『魔導学』教室は室内でも魔術の実習ができるように、ルーフェリア魔導女学院のなかでももっとも広く、丈夫な造りになっている。
今いる講堂からは、ほかに3つの部屋につながってるみたい。
まるで闘技場のような造りの実習室、実習で使う魔導具が保管されている倉庫、そして模擬戦闘用に飼育されているモンスターの檻が並べられている部屋。
飼育されているモンスターは火炎属性への耐性が高い粘性生命体、雷電属性への耐性が高い泥男、総じて魔法防御力の高い結晶トカゲなどなどなど……。
普通にモンスターが住んでる教室だなんて、恐ろしいにも程があるわ!
『魔導学』教室はこれら4つの部屋が四角く並んでできているんだって。
さらにそれぞれの部屋もつながっていて行き来できるので、4つの部屋を永遠にグルグル周りつづけることができるわ。いや、周らないけどね?
私たち4人はテーブルの下にチョコンと身を縮めて隠れていたのだけど、待っていたらなんだか小腹が空いてきた。
これから陰湿なイジメの現場を押さえようというのにお腹が空いていてはいけないわ。
私は朝食後のスイーツからオヤツ用にこっそり懐に忍ばせていたマカロンを取り出すと、メルサたちにも分けてあげた。
カシスにアールグレイにフランボワーズにピスタチオ♪
サクッとした食感のあとに柔らかく口のなかに広がる甘みと香りがたまらない。
え? 出されたスイーツをオヤツに取っとくなんて、貴族の令嬢としてはしたない?
だって、これから待ち受けているのは超重要ミッションですもの。糖分がなくちゃ、働けないわ!
「はあぁ……。甘っ♥️」
「サヤのとこにはブラン=カプリコットがいていいよな。世界的に有名なパティシエなんだろ?」
「はや! いいなぁ、私も料理は好きだけど、スイーツ作りはニガテなんだよね。今度サヤちゃん家に遊びに行ってみたいなぁ」
「もちろん、いいよ! メルサもリコも遊びにきてきて♥️」
「! シッ、誰か来たのデス!」
しっかり者のノハナに注意を促され、私たちはハッと息を潜めた。
部屋の外から迫る人の気配。乱暴に開け放たれ、そして閉められるドアの音が、講堂のなかに冷たく響きわたる。
カツカツカツ、と鳴る何人かの靴の音。ひとり分だけ、引きずられるような足音が混ざる。
『魔導学』の先生、ハデ女子3人、そしてコットリカが部屋に入ってきたみたい。
「『深く地穴に隠れし穴熊よ、その御姿を現し給へ』……なのデス」
ノハナが小声で呪文を唱えると、前の座席の背もたれ越しに見える光景が映しだされた。
ノハナの『透視魔法』だ。こちらからは遮蔽物の向こう側が見えるけど、向こう側からはこちらは見えない。
私たちは息を潜めながら、向こう側の景色をじっと見つめた。
◆
「ホラ、教壇について演説しなさいよ! 自分がどれだけみじめで、卑しい存在なのかってことをね。キャハハハ!」
「うっ……!」
コットリカはハデ女子のひとりに、そのレッドブラウンの髪の毛をつかまれて引きずられていた。
講堂の中央までたどり着くと、コットリカはそのまま教壇へと叩きつけられた!
漬け物石を床に落としてしまったときのような、鈍くて重たい音がした。コットリカは後頭部を教壇にぶつけて、痛そうに顔をゆがませている。
教壇に背をもたれたまま、床にへたりこむコットリカ。でも、その場に彼女へといたわりの言葉をかける者はだれもいない。
『魔導学』の先生は1歩前に進み出ると、コットリカを蔑むような目で見おろした。
「メルツバウ=コットリカ! この魔導社会において、貴族はその品位と権威を保たなければならない。君のような存在がいるだけで、我ら貴族の品格が穢れ、果ては貴族制度の存亡にも関わるということを、理解できるな?」
気難しい顔をした、眼鏡の先生。……名を、メガネールという。
メガネールは入り口の扉のほうへ魔法を飛ばした。怪しく輝く光が当たると、扉の鍵はガチャリと閉められてしまった!
封印の魔法によって、扉が閉ざされてしまったのだ。
「この迷宮のように広く、魔素の高い魔導女学院では、毎年のように謎の失踪者が出る。底辺階級の生徒がひとりいなくなってしまったところで、何も問題とならないことだろう。ククク……」
メガネールのこの発言に、ハデ女子3人は大いに同調した。手を叩き、笑い転げている。
「そうですよねぇ、先生! 汚いドブネズミは死んでしまったほうがマシだわ。だって教室が汚れてしまうもの。キャハハハ!」
「死体を隠す場所には困らないというわけね。クスクスクス……」
「ホントよね~。みんなの意見に、賛成!」
ハデ女子たちの名は発言をした順にキャハルン、クスーラ、ホンティーナ。
コットリカを引きずり、教壇に叩きつけたのはもっとも攻撃的な性格をもつキャハルンだ。
彼女はコットリカに向けて手をかざし、呪文を詠唱すると、その手のひらには雷電の玉が形成されていく。雷電の玉ははちきれそうに震え、今にもコットリカへと降りそそがれそうだ。
魔法を放つ直前、キャハルンはコットリカへと言い捨てた。
「あなたのこと、ずっと目障りだと思ってた。ドブネズミのくせに、遠くからねっとりとクラスメイトのことを見つめてたり、用もないのに学校じゅうを歩いてまわったり……気持ち悪いったらありゃしない。ようやくオサラバできると思うと、せいせいするわ!」
「……っふ……! うっ……ふ……!」
そこで、ずっと黙ってうつむいていたコットリカに変化が見られた。振り乱れた髪に隠れて顔の表情は見えないが、か細く身を震わせている。
今までどんなに執拗に虐めても、コットリカは顔色ひとつ変えたことはなかった。そのことが、虐める側としては鼻についてもいたのだ。
ようやく見せた彼女のこの変化にキャハルンたちはじつに満足げに、残酷にゆがんだ笑顔を浮かべた。
「見て見て、コイツ泣いてるわ! 今さら泣いて謝ってみせたって許してやらないわよ! キャハハハ!!」
「いい気味ね、クスクスクス」
「ホントよね~、あはははは!」
「でかしたぞ、キャハルン君! 教師命令だ、その者を粛正したまえ!!」
残忍な嘲笑に満ちあふれ、理不尽極まりない粛正が実行されようとしたとき。
……メルツバウ・コットリカは、笑っていた。
「ウフ、ウフフ……♥️ もうや~めた♥️」
「「!!?」」
コットリカの顔に浮かんでいたのは、メガネールら4人を合わせたのよりももっともっと残忍で、底知れぬ悪意に満ちた笑み。
瞬間、その場にいた全員が戦慄し、総毛立った。そしてーー。
ゴトリ。
鋭利な刃物で、何かが切断された音。そしてその数瞬後に響きわたる、鈍く重たい音。それは丁度、先ほどコットリカが教壇に頭をぶつけたときの音によく似ていた。
落ちた物体は床を跳ねて転がり、クスーラの足元へと転がっていった。
「え……?」
クスーラは自身の足元に落ちていた物体。それは……目を見開いたまま固まった、キャハルンの生首であった。
「キャアアアアッ!!!」
「キャハルン!? なんで!?」
「コットリカ! キサマ、何を!?」
「ウフ、ウフフフフ……」
いつの間にかコットリカが両手に持っていたのは、具現化された『首斬り鋏』。人間の首をなんなく斬り落とせるほどに巨大で、鋭利。
首から先を失くしたキャハルンの肉体はしばらく立ったままの姿勢を維持していたが、やがて力なく倒れた。
だが、本来ならあたりにぶち撒けられているはずの血飛沫は一滴たりとも滴り落ちていない。なぜなら、それらの血液は全て吸い取られてしまっていたからだ。
『首斬り鋏』と同時に具現化されていた、あたりにふわふわとただよう大量の白い雲のような物体ーー『綿花』。
キャハルンの体液は断面から噴き出るのと同時に、全て『綿花』に吸い取られてしまっていた。体液を吸い取られたキャハルンの頭部と肉体は瞬く間に渇き、枯れた枝葉のようになってしまった。
今は『綿花』の血液を吸い取った箇所だけが、赤く染まるのみ。
「いやっ、いやあああぁッ!!」
「なんで? どうしてこんなことに……?」
「コットリカ! 我輩の可愛い生徒を……許さん!!」
メガネールは瞬時に戦闘態勢を取る。
杖を振りかざし呪文を詠唱すると極寒の冷気が発生し、彼の周囲を取り巻いた。
「吾輩は魔導の専門家! 国際標準危険度比較(ISRR)・Bランクのこの吾輩に敵うとでも思っているのか、この愚かもの、がッ……!?」
だが、メガネールが発動した冷気は放出したそばから『綿花』へと吸収され、無力化されてしまった。
「なにッ……!? 馬鹿な、この我輩の魔導力が容易く吸収されるだと……!?」
「ウフッ。私に魔法を使おうだなんて、無駄よ?」
コットリカはその虚弱な顔つき、華奢な体躯からはまったく想像できぬ身のこなしでメガネールとの距離を詰めた。
そして、その巨大な『首斬り鋏』を振り抜いた!
メガネールはかろうじて鋏をかわす。
だが、鋏の切っ先がわずかに彼の首筋をえぐってしまっていた。
「あ゛あ゛あああああああァッ……!!」
メガネールは首筋のそのわずかな傷口から血液を絞りとられ、キャハルンと同じくミイラのように干からびて絶命してしまった。
「先生ーーッ!!」
「いやっ!! 来ないでええぇッ!!」
「ウフフ、ウフフフ♥️」
クスーラとホンティーナは絶叫し、失禁し、涙を流してその場から逃げ去ろうとしたが、無駄だった。
クスーラは教室の出入り口へと向かった。扉を開けようと、ガチャガチャと強引に押し引きしたが、扉はまったく開く気配がない。
「あ、あ、開かない! なんでッ……!?」
メガネールの『施錠魔法』は封印術に類似するもので、彼が絶命したあとも効果を発揮していた。
ISRR・Bランク以上の実力者でなければ解錠することはできず、扉の外側にいる者にも内部で起こっている異常を察知することはできない。
「いやあぁっ! 何コレッ!?」
ホンティーナは教室の別の部屋のほうへと逃げようとした。だが、彼女の行く手はモコモコと広がる『綿花』に阻まれ、その先に進むことは叶わなかった。
「ウフフ、ウフフフフ♥️」
死の直前、不気味な笑顔を浮かべて巨大な鋏を持つ女が迫るさまは、見る者に死よりも恐ろしい恐怖を与えたことだろう。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
「お願い、来ないでえぇ……ァ゛ッ!!」
断末魔の叫びとともに、殺害されたふたりの女子。
結局、『魔導学』教室には似たように干からびた4つの遺体が転がることとなった。
「ウフ、ウフ、ウフフフ……♥️」
独りになり、自身が持つ鋏の刃先を魅入られたように見つめるコットリカ。
だが、やがて彼女は振りかえり、階段状に連なるテーブルのほうを見あげた。
「さぁて、次はあなたたちの番かしら? ウフフフ……♥️」
コットリカが見あげたその先には……サヤたちがいた。




