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マジカル☆キッチン

 4限目の『地政学』の授業も終え、昼休みになった。

 私とメルサ、ノハナ、リコの四人は中庭にシートを敷いて、お弁当を食べていた。


 青空澄みわたる陽光に照らされるのは気持ちいい。

 でも、そんな陽の光とは裏腹に、私の心は雨模様だ。それも大雨、大豪雨だ。この雨で流されたあとには、ペンペン草すら生え残るまい。


「はぁ~~~あ……」


 私が大ぉ~きな溜め息をついているのを、ほかの三人が心配そうに見つめている。


「ひどい目にあった。こんな恥ずかしい思いをすることになるなんて……」

「まったく、あの先公、意地が悪いよな。サヤが魔導学の実習がニガテなの知ってるくせに、いつもああやってサヤが困るのを見て楽しんでるんだぜ」


 メルサはその凛々しいまなこをキリリとさせて私のために怒ってくれた。

 美しくもイケメンすぎるそのまなざしはまるで元いた世界の宝塚男役。同じ女ながらちょっとドキッとしちゃう。


 でも、そうかぁ。私が魔法がニガテなのはみんなにとって公然の事実なのね。

 家仕えのコックが作ってくれたお弁当はとてもおいしいのだけど、涙でしょっぱくなってしまうわ……。


 と、私がさめざめと泣きながらお弁当を食べていると、隣に座っていたリコが突然立ちあかった。


「はや! 大変、サヤちゃんが泣いてる……。待っててね、今、元気が出る料理を作ってあげるから!」


『マジカル☆キッチン』!!


「えっ!?」


 リコが詠唱すると、彼女の背後に巨大なキッチンが立ちあがった!

 まるでアイスキャンディーを組み立てて作ったかのようなカラフルな色合い。台の上には食器や調理器具を模した人形が乗っており、せっせと働きはじめた。


 コトコトコトコト♪

 トントントン!

 テュクテュクテュク……


 自分たちの体を使って、楽しげに料理を作る調理器具たち。食器は料理を盛られると「ワァオ♪」と小踊りしてる!

 みるみるうちに料理が作りあげられていって……


「できたわよ、サヤちゃん! やる気が燃えあがる、ヴィーラー草の葉っぱをたっぷり使った香草仕立てのガーリックスープ!!」


 できあがったのは見てるだけで舌がひりつきそうな真っ赤なスープ!


 こんがり焼かれたベーコンの焼き目。あたりにただようガーリックの香り。

 この赤い色味は……さっき『薬草学』の授業で取りあげられたヴィーラー草の葉ね! 

 トウガラシに似た香りが、ガーリックの旨味をひきだすこと間違いナシだわ!


 長い手足がニョッキリ伸びたボウル君がキッチンから飛びおりて、スプーン君を抱えてトテトテ駆けてきた。

 私は差し出されるままスプーン君を受け取り、スープを口に含むと……。


「うぅわ、ウンマ~♥️」

「おい、サヤだけずるいぞ! 私にも食べさせてくれ!」

「わたしも食べたいのデス!」

「はいはい、メルサちゃんとノハナちゃんの分もちゃんとあるよ♪」


 スープを食べてると、体の芯からカッカカッカと熱くなってきた! まるで、魂が燃えあがっているかのよう!


『魔導攻撃力5%アップ』!!

『火炎属性ブースト』!!


「すごい、魔導の力があがるんだ!」

「私の『マジカル☆キッチン』で作った料理を食べると、一時的に力が得られるんだよ。食べたものが完全に消化されると、効果は消えちゃうけどね」

「うおおぉ、燃えるぜええぇ……!」


 私の隣ではメルサが気合いをみなぎらせている。

 どうやらメルサには特に効果的だったみたい。もしかして、火炎属性の魔術が得意なのかな?


「でも、せっかく魔導の力があがっても、魔導の才能がなくて使えないんじゃ意味がないよね……」

「うーん、サヤちゃんに魔導の才能がないとはどうも思えないのデス。常識的な理論が通用しない、とでも言うべきか……」

「じゃあ、どんな理論ならサヤに通用するって言うんだよ、ノハナ?」

「「う~ん……」」


 結局、みんなして考え込むこととなってしまった。ホント、私の魔導の才能、どこに行っちゃったわけぇ?


 昼休みも終わりが近づき、みんなで次の教室へと移動を始める。


「次の授業は……『魔生物学』?」

「うげええぇ。私は『魔生物学』の授業キライなんだよなぁ。気色悪い生き物ばっかりでさぁ」

「そう? リコはけっこう好きだけどなぁ。どの生き物もキモカワで!」

「私も好きなのデス!」


 メルサたちのやり取りを聞いてて、頭のなかで想像がふくらむ。

 う~ん、どんな生物が出てくるのやら。見たいような、怖いような……。でも、ちょっと面白そう!


 と、そんな風に期待に胸を膨らませていながら歩いていたところ……。なにやら廊下の端から、不穏な気配がした。


「ん、あれは……?」

「あいつら、また……!」


 このルーフェリア魔導女学院の校舎は、めっちゃくちゃに広い。まるでどこかの王城みたい。

 当然、死角も多く、ここで隠れんぼをしたら永遠に隠れつづけられると思う。


 これから向かう『魔生物学』の教室へと向かう経路から横道となる廊下には、多数の石柱と、飾られた騎士の鎧が無限に並び立っている。

 そんな石柱と鎧の陰に隠れて、どこかで見たような顔が見え隠れしている。しかも、誰かを威嚇するような、ドスの効いた声を発して。

 あれは、さっきの『魔導学』の授業で見かけた、うちのクラスのコたち……?


「クスクスクス。うぅわ、きったなぁ」

「汚ねぇナリしてアタシらの教室に入ってくんじゃねぇよ、キャハハハ!」

「ホントよね~」

「…………」


 どうやら女子3人ほどで誰かを取り囲んでいるみたい。見るからにハデな容姿をした女子たちだ。

 ……そうか、見覚えがあったのはさっきの『魔導学』の授業で私にイヤミを言ってたコたちだから、印象に残ってたんだ。


 取り囲まれてるのは……。レッドブラウンのくせっ毛の女の子。ビックリするくらい整った顔立ちだけど、ガリガリに痩せてる。

 目の下のクマは深いし、インフルエンザにでもかかってるみたいに顔は青白い。見てるだけで心配になっちゃう。

 

「メルサ、あの取り囲まれてるコは?」

「あいつはメルツバウ・コットリカ。この学院に通ってる生徒のなかでは最下流の地位の貴族の出で、性格わりぃ3人組にああやっていつもいじめられてるんだ」


 コットリカはうつむき、地べたにぺたりと座ったまま、ハデ女子たちにされるがままになっている。


「キャハハハ。マジきったねぇ!」

「クスクスクス。しかも、くっさ~い。ドブネズミみたい」

「ホントよね~。これでアタシたちと同じ貴族だなんて、信じらんない」

「…………」


 ビチャビチャビチャビチャ……。


 ハデ女子たちは魔法で作りだした色水(しかも、くっさ~い匂い付き!)をコットリカに頭から浴びせかけている。

 彼女の真っ白なジャケットが濁った黄緑色や茶色に染められていく。


 ……ひどい。どう考えてもこんなの許されていいわけがない。

 同級生をいじめるなんて言語道断、横断歩道! この私が月に代わってお仕置きしちゃるわっ!!

 

「メルサ! 私、ちょっと止めに行ってくる!!」

「よっしゃ、私も行くぜ、サヤ!」

「はや! ふたりとも落ち着いて!!」

「! ちょっと待って、誰かきたのデス!」


 リコとノハナに引き留められて、私とメルサは柱の陰に身を潜めた。

 柱の陰から様子を伺っていると……やってきたのは、『魔導学』の先生だった。あの眼鏡の、気難しい顔をした男の先生。

 

「君たち、何をしてるのかね?」

「クスクスクス。あ、先生」

「またコットリカが汚ならしい格好で教室に入ろうとしたから、私たちで注意してたんです。キャハハハ!」

「ホントですよ~。信じられないですよねぇ」


 話を聞いた先生はクククといやらしく笑い、コットリカを助けようとはしない。それどころか、見くだすように彼女に指差した!


「コットリカ! 君は貴族の品位を落とす者として厳重に注意する必要がある。放課後、この者たちと『魔導学』の教室に来るように!」

「キャハハハ!」

「クスクスクス……」

「ホントよね~」


 先生とハデ女子たちは示しあわせていたかのように、コットリカのことを見おろし、嘲り笑っていた。


「おかしくない? あの先生、コットリカがいじめられてるのに何も言わないなんて……」

「くそっ、あいつらみんなグルなのかよ。クソ眼鏡!」

「『魔導学』の先生はひどい階級主義者であることが知られているのデス」

「はや! ってことは、先生も今まであんな風にしてコットリカをいじめてたってこと……?」


 後ろ楯があったから、ハデ女子らも思う存分コットリカをいじめてたってことか。教師として、マジ許されまじ行為だわ!


 先生とハデ女子3人は汚水にまみれたままのコットリカを置いてきぼりにして、去っていってしまった。

 ヤツらがじゅうぶん遠くに行ったのを確認して、私たちはコットリカのもとへと駆けつけた。


「コットリカ! 大丈夫?」

「今、清潔魔法で制服をキレイにしてあげるのデス!」


 ノハナが小声で呪文を唱えて汚れを拭き取るように手を動かすと、コットリカの制服の汚れがみるみる吸い込まれて消えていく。

 制服はあっという間にクリーニングに出したてみたいに白くなり、パリッとした仕上がりに。

 ノハナは物知りだし、魔法も上手なのね!(おまけに小っちゃくてカワイイ!)


 コットリカはよろめきながら立ちあがると、私たちのことを振りむこうとはせず、そのまま立ち去ろうとした。


「コットリカ、大丈夫……?」

「ありがとう。でも、私は大丈夫……」

「オイ、大丈夫なんてことないだろ?」

「他の先生にもこのことを言ったほうがいいのデス!」


 メルサたちが心配して手を差しのべたが、コットリカはその手を振りはらう。彼女の顔色はますます青く、まるで通り雨のあとの悲しい青空のようだ。


「ホントに大丈夫なの。私に関わったら大変なことになるから、放っておいて……」


 そう言うと、コットリカはふらつきながら、本当に立ち去っていってしまった。

 ……きっと、ハデ女子たちから他の先生にチクッたらもっとひどいことをするとでも言って口封じされているのに違いない。


 私たちは何も言えなくて彼女の後ろ姿を見送ると、メルサは悔しそうに自分の手のひらをパンチした。

 キリリとした黒い瞳を、今は怒りで燃えあがらせている。


「クソッ、こんなの見すごしてられるかよ! 生徒会長の私が、黙ってるとでも思ってるのか!?」

「メルサ、どうするの……?」

「私も放課後『魔導学』の教室に忍びこんで、いじめの証拠をつかんでやるぜ!」


 ……そうだ。メルサはこの学院の生徒会長だった。正義感だって、人一倍強い。

 いじめの証拠をつかんで彼女が公表すれば信憑性はバツグン、ほかの先生たちだって黙ってはいられないはずだ。


「メルサ、私も行くよ!」

「私も行くのデス!」

「はや! みんなが行くなら、私もー!」

「よぉし! みんな、やるぜっ!!」

「「おー!!」」


 イジメ反対、ダメ絶対!

 こうして私たちはコットリカを救うべく、放課後の『魔導学』教室に潜入することとなったのであった!!




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