頼れる翼
◆
北方の蛮族・ヴァルムンクの襲来によって、途方に暮れていたリコとノハナ。
だがそのとき、あたりに角笛の低く柔らかな音色が響きわたった。
ヴァルムンクが軍を展開している北の森側とは、別の方角だ。
「はや! この音は何!?」
「これは……王国正規軍の、進軍の合図なのデス!」
今度は海岸とは反対側、西の森から騎馬隊が現れた。王国正規軍の到着である。
威風堂々。
輝けし鎧と剣が太陽の光をまぶしく照りかえし、王国の威光を示している。
これにはテュミルトの街の人々を始めとして、リコとノハナも感動を禁じえなかった。街の人々のなかには喜びに震え、涙を流している者もいる。
「すごい……! でも、どうしてこのタイミングで王国正規軍が……!?」
「分からないデスが、これで助かったのデス! 王国正規軍は、ものすごく強いのデス!!」
民衆の危機に駆けつけた王国正規軍の兵士たち。
しかも、今この場に現れたのは栄光ある正規軍のなかでももっとも攻撃的で、突破力の高い、特攻隊とも呼べる部隊であった。
その好戦的な姿勢は、見る者に野蛮とすら映るものであった。
軍の先頭に立つひと組の男女。この男女こそが、この特攻部隊の隊長と副長である。
彼らはヴァルムンクの軍勢を見据えて、こう言いはなった。
「バクハハァ!! 北の国境にわざわざオレらが出向いてやったってのに、忽然といなくなるんだもんなァ。やっと見つけたぜ、蛮族!!」
「あははぁ。どいつもこいつもボッコボコにしてやんよぉ♪」
◇
私は壊れた塔屋で、アメリさんは隣の家屋の屋上で、メルサはさらにその下の路上で。
いっせいにワイバーンに襲いかかられていた。
「クアアアァッ!!」
万事急須でお茶を飲めっていうの?
あぁ、私もこれで私の異世界貴族生活もオシマイなのね。短い転生生活だったわーー
すべてをあきらめた、そのとき。
ひしめくワイバーンの隙間を縫って、信じられぬ速度で飛んできた人がいた!
その人は私の前に降り立つと、持っていた槍でワイバーンの牙を受けとめていた。
爽やかなベルガモットの香りとともに、私の鼻にふわりと乗ったのは柔らかな白い羽根。
そこにいたのはお兄さま直属の翼人特殊
部隊『ヴァルキュリアー』の筆頭騎士、3人のうちのひとり。ヴァーナさんだった!!
うれしすぎて涙腺崩壊。涙をせき止めとくトコの蛇口が一気に全開にされちゃったわ!
「うえええぇん! ヴァーナさあぁん!!」
「!? サヤさま! どうしてこんな所に?」
「それはこっちのセリフよおぉ。いったい何がどうなってるのぉ?」
「なるほど、ご説明が必要そうですね。まずは目の前に振りかかる火の粉を払いますので、お待ちを!」
ヴァーナさんは受けとめていたワイバーンの牙を振りはらうと、呪文の詠唱に入った!
「風の番人よ、宙の刃を手に取りて正義を示せ! 『風槍』!!」
「「クアアアァッ!!!」」
ヴァーナさんが魔法を発動すると、あたりに風の渦が巻きおこり、次々と『風槍』でワイバーンを突き刺していく。
文字どおり、火の粉を払うように周囲一帯のワイバーンたちをやっつけてしまった。
カッコいいいいぃ♥️
てか、キレイな女の人に羽根が生えてるのってやっぱイイよね。絵になるし、カッコ可愛いよね。でも、夜どうやって寝てるんだろ?
扱う魔法の威力も凄まじいわ。
お兄さまがヴァーナさんたちはISRR・Bランクだって言ってたけど、きっと限りなくAランクに近いBランクね。
「お怪我はありませんでしたか? サヤさま」
「うん、私は大丈夫。ヴァーナさん、ありがとう!」
「北方の山脈で大量発生したワイバーンを追いかけていたら、ここまでたどり着いたのです。いくつかの部隊に分かれて捜索していたのですが、どうやら群れの本体に当たったようですね」
「ああ。あぁ~~~~あ……」
そっか、思いだした。
「ワイバーンが大量発生した」って話は、ヴァーナさんがお兄さまに報告してたのを横で聞いてたんだっけ。
しかも、多くは海のほうに逃げてったって言ってたな、たしかに。
ヤダ私ったら、自分に関係ない話だと思って聞き流しちゃってたわテヘペロコツン(・ωく)9=☆
「私たちには、ファスマさま直属の特殊部隊であるという自負があります。部隊を小分けにしたので人数は少数ですが、王国正規軍のなかでも選りすぐりの精鋭たちです。ワイバーンの数は想定以上に多いですが、問題なく制圧できるでしょう」
「すごぉ~い……! あ、でもでもヴァーナさん!」
「? いかがされましたか?」
「さっき、巨大な何かが突然襲ってきたの! それで時計塔が壊されちゃって……。ワイバーンじゃないと思う。だって、比べものにならないくらい大っきかったもの!」
「……なるほど? サヤさま、ワイバーンの異常発生の原因が分かりましたよ」
「え?」
「サヤさま、あれはワイバーンです。ただし、通常個体の何倍も大きいですが……」
「うえ゛ええええええっ!!?」
時計塔を破壊して通過した巨大物体は上空へと急浮上していた。
それは宙で翻ったのち、悠々と翼をはためかせている。再びこの時計塔のほうへと急下降してきた。
首元や手足がスラッとした通常の個体とは違い、ワニみたいな寸胴な体型。
いや、あのサイズ感と迫力はまるで映画で見たことのあるモササウルスだ。空飛ぶモササウルス。
何十年と生きているためか、翼や胴体は苔むしている。
空を飛ぶのにはどう考えても向いていない超重量級の体を浮かせるのに、じゅうぶんな揚力を得られるほどの大きな翼だ。
「ヴァーナさん、アレは何!?」
「アレは『ワイバーンキング』、数十年に1度生まれると言われる特異個体です。ワイバーンキングがいると群れが活性化し、異常増殖するケースもあると言われています」
「そんなあああぁ……」
ワイバーンキングは上空を悠々と旋回したのち、再びこの時計塔へと向けて直滑降してきた!
ものすごいスピードだ。
モササウルスの顔面が、上からものすごい勢いで迫ってくる! 怖っ!!
「サヤさま、危ないッ!!」
「うわぁっ!!」
ワイバーンキングは空中でさらに加速して突っ込み、いよいよ時計塔を粉微塵に破壊してしまった!
周囲では取り巻きのワイバーンたちがクァクァ騒ぎたてて太鼓持ちをしているわ。ワイバーンのくせに上司に媚び売ってて憎たらしいわね!
私はヴァーナさんに抱きかかえられて近くの家屋の屋上へと避難していた。
粉砕された塔からもうもうと土煙が立ちあがるさまは、まるで世紀末の光景を見せられているかのような陰鬱とした気分にさせられる。
「ゴワアアアアァ……」
ワイバーンキングは土煙のなかでバサッ、バサッと翼をはためかせ、再び浮上しようとしていた。
翼がはばたくたびに小さな砂の粒子が飛んできて、目が痛い。
「サヤさま、ここでしばしお待ちを」
「! ヴァーナさんっ!」
ヴァーナさんは私を家屋の屋上の上に降り立たせると、すぐに上空へと飛びたった。
一気に加速してワイバーンキングを見おろせる位置まで到達すると、再び呪文の詠唱へと入る。
「風の番人よ、宙の刃を手に取りて正義を示せ! 『風槍』!!」
ヴァーナさんはいくつもの『風槍』をワイバーンキングへと向けて撃ちはなった!
……だけど、『風槍』はワイバーンキングの翼ではたかれ、なんなく打ち消されてしまう。
翼の表面の苔が剥がれ落ちただけで、本体にはまったくダメージを与えていないようだった。
このあんまりな光景に、さすがのヴァーナさんも舌打ちした。
「チッ。やはり硬いな……」
ーーワイバーンキングは間違いなくAランク魔物。
『ヴァルキリアー』全員でかかればなんら手こずることはないが、部隊をかなり小分けにしなければならず、ここにいるのはわずか50人ほど。
ほかにも大量のワイバーンを同時に相手にしなければならないことを考えると、なかなか骨が折れる仕事になりそうだ。
「アタリと言うべきかハズレと言うべきか……。我が部隊だけ割を食ったな。だが、ファスマさま直属の部下として、恥ずかしい戦いは見せられぬ。覚悟するがいい、苔むした竜よ!」
そう言ってヴァーナさんも急降下し、ワイバーンキングへと立ち向かっていったーー。




