ヴァルムンク襲来
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サヤとメルサがサザ=アメリの救出に向かっていたころ、リコとノハナは街の人々に『不視化』の魔法をかけ、ワイバーンから逃げる手助けをしていた。
「光の精よ、影の精よ、今こそ手を取りあって戯れ、我を隠し給へ。『不視化インビジブル』!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「はや! 気をつけて逃げてね!」
リコは逃げ惑っていた少女に『不視化』で姿を見えなくさせたのち、手を振って送り出した。
うっすらと輪郭のみ見える少女の背中。彼女が遠くまで走り去っていくのを見届けたのち、リコはその場にへたり込んだ。
「はぁっ、はぁっ。いくら補助魔法とは言え、街の人みんなに魔法をかけてたら、魔力のほうが先に底をついちゃうよ~。もうダメかも……」
「リコちゃん、大丈夫。ここは私に任せるのデス!」
そう言うと、ノハナは自身が持っていたステッキを高々とかざして見せた。
菜の花のようなノハナによく似合う、可愛らしい装飾のほどこされたステッキ。
もっとも、『不視化』で互いの姿を見えづらくしていたリコには、その輪郭しか見えていなかったが。
『見習い魔女の練習ステッキ』!
ノハナの固有武器にして、固有スキル。
初級魔法に限り、魔力の制限なく繰りかえし発動しつづけることができるーー。
「はや! 無制限なんてスゴい、ノハナちゃん。そんなスゴい固有スキルを持ってたなんて、学院の授業では分からなかったな~」
「エッヘン。使えるのは初級魔法だけデスけどね。モノは使いようなのデス。バンバン魔法をかけて、街の人々を助けるのデス!!」
「うん、私もいっしょに付いていって、困ってる人の手助けをするよ!」
上空を見あげれば、まだまだ無数のワイバーンが飛びかっている。
『不視化』で姿は見えづらくしていても、お腹をすかせたワイバーンにいつ狙われないとも限らないし、破壊された建物の瓦礫の下敷きになってしまう可能性だってある。
危険はじゅうぶん承知のうえ。街の人々を助けるため、リコとノハナは街の探索を再開した。
しかしーー。
ズンドコズンドコズンドコドン!!
ズンドコズンドコズンドコドン!!
地響きとともに、腹の底から震えるような重低音の太鼓の音が鳴りひびいた。
あまりの振動に、リコとノハナは思わず足元がぐらついた。
「はや! この地鳴りみたいな太鼓の音は何!?」
「あっ、アレを見るのデス!」
「え!?」
リコがノハナの指さすほうを見ると、街の北側の境ーー山の森に土煙があがっているのが見えた。
北側の森から木々の隙間を縫って、謎の軍隊が現れたのだ。
現れたのは黒いフルフェイスマスクを被った屈強な男たちだ。マスクには覗き穴が付いており、闘牛のような角を生やしている。
首から下は裸にパンツ一丁、黒いマントを羽織るのみである。
マントを1枚めくれば、むくつけき上半身を惜しげもなく露出している。どこかの部族の集団なのであろうが、その出で立ちからは文明的な知性は欠片も感じられない。
突然の謎の軍団の出現に、リコとノハナは戸惑いを隠せなかった。
「あの人たちは誰? 助けに来てくれたの?」
「あの格好は……北方の蛮族『ヴァルムンク』なのデス!」
「はや! 蛮族!?」
「長年にわたって北の国境で王国正規軍と争ってきた部族なのデス。でも、どうしてこんなところに? この街の人を助けにきてくれたとは、とても思えないのデスが……」
「えぇ~!? クラーケンにワイバーンに蛮族って……。いったい、何がどうなっちゃってるの~!?」
リコとノハナがパニックに陥るなか、空を飛びかうワイバーンたちも、ヴァルムンクの出現に気がついていた。
血気盛んな群れの若い個体たちが、さっそくヴァルムンクの先頭集団へと襲いかかった。上空で翻り、急降下していく。
「ウゴウゴ、ウガー」
「ウゴ!」
首領らしき男が指示を出すと、ヴァルムンクのなかからも数人の若い衆が飛びだし、ワイバーンを出迎えた。
彼らの獲物は、戦斧。それも洗練されたフォルムではなく、荒々しく鉄を打ちこんで作りあげられた原始的な斧である。
ヴァルムンクは全体的にずんぐりとした体つきをしているが、その体格からは想像できぬほどに軽やかな動き。
彼らはクルクルと回転しながら飛びあがると、勢いのままに両手で斧を振りおろした!
「ウンゴー!!」
「クアアアァッ!!」
空中でワイバーンの首は見事、一刀両断にされてしまった!
斬り落とされたワイバーンの首は地へと落ち、待機していたヴァルムンクの戦士たちによって拾いあげられた。
「ウンガー!」
「ウゴ♪ ウゴ♪」
ボンゴボンゴボンゴ……♪
ワイバーンを仕留めた戦士は己の力を誇示するように両腕を振りあげ、まわりの者たちはワイバーンの首を持って踊っている。
太鼓の音は獲物を得た喜びを分かちあい、獲物を仕留めた者を讃えるかのように弾んでいた。
「えええええぇ……! ワイバーンって、CからBランクの魔物なんでしょ? あの人たち、ものすっごく強いんじゃない!?」
「あんなのに暴れられたら、この街はひとたまりもないのデス!」
「はや! 私たち、いったいどうすればいいの?」
「わ、私たちにできるのは街の人々が逃げる手助けをすることしか……」
そう言って、ノハナは震えて、泣いていた。
……最初っから、怖かったに決まっている。そちこちにケガをして動かなくなった人がいるし、ひっきりなしに瓦礫の破片は飛んでくる。
自分が知恵を出さなければ、みんなを危険な目に合わせてしまう。だからこそ気丈に振るまって、平気なフリをしていたのだ。
だが、次から次へと予期せぬ事態がまき起こって、いよいよどうすればよいのか分からなくなった。
こんな状況に突然置かれたら、誰だって泣きたくなるに決まってる。
「グスッ。ごめんなさいなのデス。私がもっとしっかりしてれば……」
「はや! そんなことないよ、ノハナちゃん。ノハナちゃんがいたおかげでアメリさんも見つかったし、魔法で街の人たちを助けられてるんだよ?」
「うう。リコちゃん、ありがとなのデス。何かいい手がないか、考えてみるのデス……」
リコがノハナを懸命になぐさめるものの、ふたりは次の一手が見つからず、途方に暮れてしまったのであった。




