ルーフェリア魔導女学院
◇
私はお付きの人たちに案内されて、城の外へと出た。出口には馬車が準備されていて、それに乗りこむ。
堅牢な城門をくぐり、城を囲む堀にかけられた橋を渡る。そうして、馬車はいよいよ城の敷地の外へと出た。
私は興味津々に馬車から外の風景を眺める。
……建物を1歩出た瞬間から押し寄せる花の蜜の香り。青空の下、一面のお花畑。さまざまな花がどこまでも咲き乱れ、風に乗って花びらが舞っている。
驚いた。こんなに綺麗な国があるなんて。まるで、夢の国のなかにいるみたい!
「むぅぎわぁらのぉ~帽子のきぃ~みが揺れたマリーゴールドに似ってる♪」
「おや、サヤ様。なんですかな、その素敵なお歌は?」
「んふふ、ヒミツ♥️」
よく見るとお花畑のなかにちゃんと石畳の道が敷かれてあって、その上を馬車がガタゴトと進んでいく。
そちこちに大きな城も建っていて、ここいらはエルローズ家のような貴族の居城が多く建ってる地域なのね。少し遠くを見渡せば、綺麗な街並みも見えているわ。
そうして明るい道を進んでいくうちに、馬車は鬱蒼と繁った森のなかへと入っていった。
森のなかは陽が遮られてうす暗いけど、光を発する花がたくさん。まるで、ランプの森のなかにいるみたい!
おまけに、森のなかを飛んでいる蝶々も鮮やかな青色や赤色に光ってて、パタパタと飛びながら光る鱗粉を振りまいている。
思わずため息をついてしまうほどに綺麗だけど、魅了されて森の奥に付いていってしまいそうで、ちょっと怖いかも。
幻想的な森のなかを進んでいると、馬車に同乗していた爺やが話しかけてくれた。
「サヤさま、この森を抜ければ学院に到着いたしますぞ」
「そうなのね! ところで私が通ってるのは、どんな学院なのかしら?」
「サヤさまが通われているのはもちろん、国内でも随一の魔導女学院でございます。国じゅうの貴族や名士のご令嬢が集まっております」
「へぇ~……」
何ソレ、怖いんですけど。私、ホントにやってけるのかしら……。
いいえ、今の私は天下のエルローズ家の令嬢なのよ!
それに、兄はあの最強魔導騎士のファスマ=エルローズなんだもの……。なんか肉体に刻まれた記憶とか秘められた才能とかでものスゴい魔法がズバボーンと出てきて炸裂するはず! がんばれ私!!
そんな風にコッソリ気合いを入れ直していたら、馬車が森を抜けて、急に視界が明るくなった。
「到着いたしましたぞ、サヤさま。ここがあなたが通われている、ルーフェリア魔導女学院ですじゃ」
「うっわあぁ……!」
目の前に広がった光景に、私は言葉を失った。
とても大きなお城のような校舎。まるでホグ○ーツ魔法学校みたい。
でも、あっちはちょっと魔女の城みたいなおどろおどろしさがあるけど、この校舎は白煉瓦がまぶしくて明るい雰囲気がある。
森の向こう側からでも見えるくらい高さがあるはずなのに、森を抜けるまで見えなかったのは光の結界で隠されているからであるとのこと。
そして、圧巻だったのは……。
「スゴい。水の城壁……。こんなの、初めて見たわ!!」
水が地面から噴きだして、城壁を形成している……。
いや、違う。宙に浮かんだ水が循環して、城壁になっているんだ。しかも、表面を流れる水が複雑な紋様を描いて、装飾になっている。
手を入れてみたらどうなるんだろう、やってみたい……。
「それでは行ってらっしゃいませ、サヤさま」
「うん。送ってくれてありがとね、爺や」
私は爺やに送りだされて水の門をくぐり、学院の敷地へと足を踏み入れた。
水の城壁のなか、校舎の前の校庭にはやはり花がたくさん植えられていて、ヨーロッパの庭園みたい。
足もとの芝生はサクサク、おまけに空気も浄化されているのかとっても美味しい。毎日こんな学院に通えると思うと、テンションあがるなぁ!
玄関の前では、長期休み明けの再開を喜ぶ女生徒たちで賑わっている。
ちなみに今はいわゆるイースター休み明け、元いた世界での春休み明けにあたるところだ。
制服は白のジャケットに、首に赤いリボンが結わえつけられていて可愛い。
しかも、これは春服で、襟につけた真珠のブローチのなかには夏服、秋服、冬服にお気に入りの私服までもが納められていて、指をかざすだけで瞬時にフォームチェンジすることができる。う~ん、魔法少女っぽい♥️
制服も、きっちり校則で縛られているわけではないので、好きな小物でドレスアップしたりと、ひとりひとり個性が出ていて見ているだけで楽しい。
そんな風にほかの生徒たちを眺めていたら、3人組の生徒に話しかけられた。
グルーブで仲良くしてくれていたコたちみたいで、みんな親しげな様子で話しかけてきた。
「おい、サヤ。なにボーッとして突っ立ってるんだよ?」
「サヤちゃん、お久しぶりなのデス!」
「ホント久しぶり! 元気にしてた?」
「あ、えと……」
私は記憶を失ってしまったというお決まりの説明をすると、3人組は快く自己紹介をしてくれた。
「転んで頭を打ったって? アハハ、ドジだなぁ。私はメルサ=クローバー! あらためてよろしくな」
長身に艶やかな黒髪、赤いベスト。この国の人としては非常に珍しい黒髪だけど、落ち着きのあるアルトに男言葉がとてもカッコいい。しかも、美人!
生徒会長っぽいなと思ったら、案の定生徒会長であったとあとから聞いた。
名門クローバー家のお嬢さまで、エルローズ家に引けを取らないほどの名家の生まれらしいわ。
そして、次に自己紹介してくれたのは……。
「わたしはナグダラ・ノハナ。サヤちゃんとは、入学当時からのお友だちなのデス!」
なにコレ、小っちゃ可愛ああああっ!! ホントに同級生!?
お辞儀をしたあと小さな背筋をピンと伸ばして、こちらを見つめる眼差しからはしっかり者であるということがありありと伝わってきた。
黄色味の強い金髪に、クリッとしたドングリまなこ。小作りな顔が愛らしい。
体に似合わぬ大きな魔導書を抱えてて、勉強家なのかもしれない。
「ええええ、サヤちゃん、大丈夫? 私もよくつまずいて頭ぶつけるけど、記憶なくすことまではないかなぁ…………。はや! そうそう、私の名前はリコ=ラヴィアータ、よろしくね!」
最後のコはひとりで考えこんじゃったあと、ハッとして自己紹介をしてくれた。どうやら自己紹介する流れであったことを忘れてしまっていたみたい。
そそっかしい性格みたいだけど、お人好しなのが伝わってくる。
リボン付きのヘアバンドで髪をまとめていているのが可愛い。
3人とも魅力的な女の子で、こんなコたちとこれから仲良くできると思うとワクワクが止まらない。
うっすらと以前の記憶はあるので、たくさんお話をして早く記憶を取り戻さなくちゃね。
イースター休暇中のそれぞれのお話をウンウンと聞きながら、私たちは自分たちの教室へと入っていった。
朝のクラス会もそこそこに授業が始まり、どんどん内容が進んでいく。
私としては初めて聞くような内容が多いものの、もともと勉強は苦手ではないし、そんなものかと思いながら授業を聞いていた。
教科書に書いてある文字も元の世界とはまったく異なるものだけど、不思議とスラスラ読める。
これまでこの世界で生きてきた体なのだということを、しみじみと実感した。
1限目、『薬草学』の授業。ドルジェオンは1年を通して国じゅうにさまざまな花が咲き乱れるから、薬草学がすごい発達してるみたい。
たとえば今、教壇で女の先生が指につまんでる『ヴィーラー草』(お花をもつ先生は陶器のお人形さんみたいに綺麗だ)。
赤い五輪の花弁がついていて、『炎房』と呼ばれる茎の膨らみを揉むと、花の中央から火が吹きでるの! 面白~い!
火炎系の調合の基本となる薬草だけど、やけどしないように取り扱い注意ね。抽出した薬液もとても辛いらしいわ!
いろいろなお花の解説を聞いたり、調合の仕方を学ぶのは楽しくて、ぜんぜん飽きなかった。生徒たちからも人気の科目みたい。
2限目、『方式学』。いわゆる魔方陣の書き方に関する授業。
一見して複雑な紋様である魔方陣も、そのひとつひとつの意匠に意味があって、理論的に構築されていることが分かる。
たとえば電磁系のεに地属性のΩを組み合わせると、消費魔力が高くなる代わりに威力が高まるなど……。
これじゃまるで数学や物理の授業みたいだ。
みんなも難しい顔をして教科書をにらんでて、ニガテな人はとことんニガテな科目らしいわ。
そして、そして、3限目。
「ムフ、ムフフ……。ムフフフ!」
「オ、オイ、サヤ。どうしちゃったんだよ?」
「はや! サヤちゃん、何かいいことでもあったの!?」
「ひとりでムフムフ笑ってるのデス!」
教室からグラウンドへの移動中、一緒にいたメルサたちから総ツッコミを受けてしまった。
だってだって、仕方ないわよ。次の授業は待ちに待った、『魔導学』の実習なんだもの!
あぁ。誰もが憧れる、夢の魔法使い。
ついに私も、魔法を使う瞬間が訪れるのね!
グラウンドに出ると、風になびく芝生がどこまでもひろがっている。ポカポカ陽気のお日さまが気持ちいい。
集合場所に生徒たちが集まると、そこで待っていたのは気難しい顔をした眼鏡の先生だった。
先生はもったいつけたように私たちの顔を見まわすと、話を始めた。
「さぁ、休暇明け初の実習だ。まずは腕ならしとして、初級の風系呪文の詠唱から始める! ……では、サヤ=エルローズ氏。やってみせよ」
「あ、はい!」
おお! 私はさっそく先生に呼ばれて、みんなの前にでた。
いつの間にか少し離れた先に騎士を模した木人形が立っていて、どうやらアレを標的として魔法を放てばいいみたいね。
私がみんなの前に立っただけで、クラスのみんながざわめくのを感じる。
だって、私はエルローズ家の娘、あのファスマ=エルローズの妹なんだもの。そりゃそうだわ!
私は目をつむり、自分の感覚を研ぎすました。
……うん、大丈夫。以前の記憶はあやふやだけど、魔法の使いかたは体が覚えてる。
私が今使うように指示されているのは『風刃』。風魔法の初級中の初級で、すべての風魔法の基本となるもの。
私は自身の精霊波動力を使って、周囲の精霊へと働きかける。そうして風の刃を練りあげ、遠くの標的を斬りきざむべく撃ち放つのだ。
「宙に戯れる風の精霊よ、刃を運びて仇なす敵を斬りきざめ。『風刃』!!」
詠唱とともに私の手のひらから幾筋もの風の刃が射出され、騎士の木人形を斬りきざんだ!
さすがはエルローズ家の令嬢、木人形は見るも哀れ、瞬く間に木屑へと成り果ててしまったのであった!
……と、いうのは私の心象風景。実際に私の手から出てきたのは……。
ポフッ。
……え。何コレ、オナラ?
こんなんで敵を斬りきざめるわけなんかないじゃない……。
私の魔法が不発だったところで、クラスのみんなから笑いがまき起こった。
「キャハハハ、やだサヤったら。相変わらず魔法がヘタねぇ。エルローズ家のご令嬢が聞いて呆れるわねぇ」
「クスクスクス。ちゃんと休暇中も練習してたのかしら?」
「ホントよね~」
……何コレ、ひどい。
見ると、眼鏡の先生もニヤニヤと笑ってる。私が魔法使うのニガテなのを知っててやらせたのね。意地悪!
先生は私のことを指さすと、みんなに晒し者にするかのように、大声で非難しはじめた。
「サヤ=エルローズ! 休暇中も鍛練を怠るなとあれほど言っておいたはずだ! 罰として、君には『風刃』が使えるようになるまで端で個人練習を命ずる!」
先生がそう説教を垂れると、またクラスのみんなから笑いがまき起こった。いい恥さらしで、私はただただ下をうつむいているしかなかった。
私がみんなに笑われるなか、メルサたちだけが、怒ってくれていた。
「くそっ、意地悪なことしやがるぜ」
「サヤちゃん、かわいそう……」
「ホント、ひどいことするのデス!」
私の夢の魔法使いの授業は、こうして散々な結果で終わったのであった……。




