ワイバーンの習性
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ーー『飛竜』。
翼竜類翼手目ワイバーン科。
翼竜のもっとも基本となる種。
コウモリのような大きな翼を自在に操り、巨体ながらにして卓越した飛翔力をもつ。
全身を覆う竜の鱗は硬く、剣や矢を通さないうえ、高い魔法耐性ももつ。
さらに尾についた棘には毒があり、わずかにでも人体に注入されてしまえば、半日として命が保つことはない。
このようにワイバーンは非常に高い戦闘力をもち、多くの冒険者から強敵として恐れられている。
たとえ熟練の魔導騎士であったとしても、決して油断のならぬ相手なのだ。
生態系の頂点に立つ存在である竜種は個体数が少なく、基本的に単独行動を好む傾向にある。
ワイバーンも竜種としてのご多分に漏れず、単独行動を好むことが多い。
しかし数十年に一度、大量発生して群れを形成することがある。
その場合、普段は高山地帯にひっそりと住むワイバーンだが、狂暴性が増し、人里を襲って甚大な被害をもたらすというーー。
私たちはテュミルトの上空を飛びかうワイバーンの群れを呆然と眺めていた。
ワイバーンたちは好き放題に街の建物をぶち壊し、逃げ惑う人々を空から追いかけまわしている。
そう言えば、どこかで「ワイバーンが大量発生してる」なんて話を聞いた気がするな。どこだったっけかな。うーんと。
……なんて、現実逃避して呆けてる合じゃないわ! まずはどう動くべきか、考えないと!
隠れる? 逃げる? 戦う?
ワイバーンはCランクからBランクの魔物。弱めの個体でもメルサが渡りあえるかどうかってところ。
まともに考えれば、隠れるのが正解に決まってる。
だって、ワイバーンは空を自在に飛びまわれるんだもの。目をつけられたが最後、逃げきれるわけがないわ!
でも、連れさられたアメリさんを見捨てるわけにはいかない。
今はきっと、とっても怖い思いをしてる。早く助けに行かないと!
「みんな、アメリさんを助けに行こう! いいよね!?」
「ああ! だけど、アメリさんはどこに連れてかれちまったんだ?」
「はや! こんなにたくさんワイバーンがいて、見つかるかな……」
「ワイバーンは光る物を見つけた場合、いったん高いところに作った巣穴に集めて置いておく習性があるのデス。だから、高いところで巣穴を作れそうな場所を探せば……いたのデス!」
ノハナの指さす方向へ目を向けると、たしかにアメリさんを運ぶワイバーンの姿が見えた。
ワイバーンが向かってる先は……時計塔。
テュミルトの海岸は海面の上昇によって形成された地形であり、山が海に迫るくらい近い。
つまり海岸沿いから海を見て、後ろを振りかえれば、背後は青々とした緑の山なのだ。
この急峻な高低差のあるテュミルトの街並みのなかでもいちばん高い区画にあるのが時計塔で、また、低層の建物が多いこの街でもっとも高さのある塔でもある。
ワイバーンはその時計塔の塔屋(塔の部屋)に大窓から侵入し、仮住まいとしての巣穴にすることに決めこんだらしい。
勝手にやってきて、人サマが建てた建物を自分の巣穴に決めこむなんて、ずうずうしい竜ね!
とは言え、これでアメリさんの居場所は分かった。
でも、目指す時計塔はずっと上のほう。海岸沿いのこの場所からはだいぶ距離があるわ。
これだけたくさんのワイバーンが飛びまわってるなか、どうやったらあそこまでたどり着けるかしら?
「ワイバーンは竜種のなかでは知能が低いほうで、視覚に頼っている部分が大きい種族なのデス。捕食目的に躍起になっている状態でもなければ、姿を見えなくするだけでもかなり効果的なのではないかと思うのデス」
そう言ってノハナは目をつむり、呪文の詠唱を始めた。
「光の精よ、影の精よ、今こそ手を取りあって戯れ、我を隠し給へ。『不視化』……なのデス」
ノハナが手をかざすと、私たちの体が透けて見えなくなった!
でも、私たちにだけ、お互いの姿はうっすら見えるようになってる。
もぉ~、ノハナってなんて優秀なの? ホントちっちゃくて可愛いし、大好き!
「この魔法を使えば、少しでも多くの街の人たちを助けられるかもしれないのデス。補助魔法が得意な私とリコちゃんは、街の人たちに『不視化』をかけてまわるのデス!」
「はや! ウン、了解。私もノハナちゃんといっしょに頑張るよ!」
「ノハナ、リコ、街の人たちをよろしくね!」
「アメリさんは私とサヤに任せろ。頼んだぜ、ふたりとも!」
こうして、私とメルサ、ノハナとリコは別々に行動を開始することとなった。
私とメルサは時計塔を目指して、坂道や階段を駆けのほっていく。
その間、ワイバーンはやりたい放題暴れまくっていたけれど、私たちを襲うようなことはない。
気配を感じて不思議そうにこちらを振り向くことはあっても、それ以上詮索するようなことはせず、興味が向いたほうへとまた飛びたっていく。
「ワイバーンは襲ってこないね、メルサ」
「ああ、さすがノハナだな。狙いどおりだぜ!」
そう。ノハナの狙いどおり、私たちはワイバーンとの余計な戦闘を回避することができてる。
これは先を急いでいる私たちにとっては、とてつもない幸運だ。
ただ、いかんせん時計塔までが、遠い!
街の坂道や階段も急峻だし、さっき崖の岩段を駆けのぼっただけでも膝がガクガクしてたというのに、これ以上坂道を走るなんてやめて~。とっくに私の足のライフはゼロよ!
メルサは体力測定でも優秀な成績を残している優等生。さすが生徒会長、足が速い。
私はすっかり息があがってしまい、メルサとの距離を徐々に離されてきてしまっていた。
「ひぃっ、ひぃっ。メルサ、ちょっと待ってよ~」
「おいおい、急げよサヤ! 早く行かないとアメリさんが危ないだろ!?」
そんなこと言われたって、膝がもうあがらない。足がもつれて今にも転びそう。
でも、たしかに早く行かないとアメリさんが食べられちゃう。
てか、どんなに急いだって人間の足で走ってくのと翼で飛んでいくのとじゃスピードが違いすぎるじゃない。
はたしてワイバーンがそんなお行儀よく待っててくれるかしら?
……そうだ! さっきノギンメイデスと接合したときに、『筋力強化』の魔法が解禁されてたわ。使えるものは、なんでも使ってみないと。
「メルサ、ちょっと待って!」
「サヤ、どうしたんだよ……?」
私が立ちどまって呼びとめると、メルサは私のとこまで駆けもどってきた。
え~と、たしか身体強化系魔法の詠唱は……。
「叡知の結晶よ、形となりて我が脈打つ血肉となり給へ。『脚力強化』!!」
私が魔法を発動すると、乳酸が溜まりまくって使いものにならなくなっていた私の足に新鮮な血がドクンドクンと流れ、力がみなぎってくるのを感じた!
見た目にもひき締まったのが分かるけど、太くはなってないからね、いちおう。美脚よ美脚、カモシカのような足。
魔法をメルサの足にもかけ、私たちはまた走りだした。ひぃひぃ言ってたので、自分には『心肺強化』もかけておく。
すると、さっきまで自分がフラフラしてたのがウソみたいに、ものすごいスピードが出た。
登り坂もなんのその。ラクになって、自分の足が急に電動自転車になったみたい。
でも、出てるスピードは自動車並みかそれ以上だと思う。びゅんびゅん風を切って背景が横から後ろに流れていき、怖いくらいだわ!
「すごいぜ、サヤ! コレなら間に合うかもしれない!」
「うん。急ごう、メルサ!」
「ヒャッホー、たんのし~♪」
「私はちょっと怖いケド……」
メルサはスピードが出てるのを楽しんでくれてるみたいだ。元いた世界だったとしたら、車を買ったらカッ飛ばしてるタイプね、きっと。
逃げていく街の人々とぶつからないように気をつけながら、私とメルサはグングン飛ばして、街のなかを駆けぬけていく。
待ってて、アメリさん。今すぐ助けに行くからね!




