祖先の墓碑に捧ぐ祈り
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私たちはアメリさんとテュミルトの街を見てまわった。
ゲッシは高級店や有名店に案内されることが多かったけど、アメリさんは地元民しか知らないこの街ならではの隠れた名所に連れていってくれて、また違った趣があった。
歴史ある港街なので、遺跡や史跡も多い。
いろいろ見てまわったあと、イチゴ農園のイチゴ狩りにも行った。
イチゴの栽培には温暖で雪の少ない気候が適してるので、イチゴ農園は意外と海沿いに多いらしい。
丸々と肉厚で、ツヤツヤのイチゴ。表面はヘタの根元まで赤く染まっているわ!
頬を真っ赤に染めて、可愛いヤツじゃのう。
ヘタからちぎって、口へと運ぶ。ひと口噛むと口のなかでみずみずしく弾けて、甘味と酸味が絶妙なバランスで広がっていく。
ちなみに、イチゴはヘタ側から食べるとおいしいらしい。
先端は甘味、ヘタ側は酸味が強いので、ヘタ側から食べ進めると甘味が徐々に増しておいしく感じられるんだって。アメリさんが教えてくれた。
イチゴ狩りを終えたあと、テュミルト家の霊廟へと連れていってもらった。
テュミルト家の霊廟は海に面した断崖に建設されており、歴史的価値の高い史跡として知られてる。
石壁に波が打ち寄せ、砕ける音。
気ままに空を飛ぶ、海鳥の鳴き声。
断崖を彫って造られた石の階段を、1段ずつ降りていく。
断崖のちょうど中ほどにいくつかの霊廟と墓碑が建っており、アメリさんはそのひとつの前で立ちどまった。
数ある墓碑のなかでも特に古く、苔むしている。その墓碑には、こう刻まれていた。
『街の創始者アラン=テュミルト、海を見ながら此処に眠る』
アメリさんは墓碑に白い花を供えると、先祖への祈りを捧げた。私たちも彼女にならって、祈りを捧げる。
祈りを終えると、アメリさんはアラン=テュミルトのことについて話してくれた。
「祖先のアラン=テュミルトは特別な才能を持たない、ごくごく普通の男の子だったみたい。でも、幼いころに誤って海に落ち、溺れてしまった」
アラン=テュミルトはそのまま海に溺れて、幼くして命を落としていたはずだった。
でも、彼は死ななかった。
碧き水に包まれ、もがきあがく。すべての息を吐ききり、意識が遠のくなかで……。
彼は、海の神に出会った。
次に目を覚ましたとき、アラン=テュミルトは砂浜に打ちあげられ、倒れていたそうだ。
「海の神の姿を見たアランは、祈り子としての素質に目覚めた。波風を呼び寄せ、海の天候を操れるようになった彼は海軍に入隊して将校となり、『軍神』と呼ばれるまでになったそうよ」
海上戦における『軍神』として名をならしたアランであったが、やがて年を取って軍を退役し、この地へと流れ着いた。
彼は入り江に街を作り、海上交易の要衝として発展させ、自身の名を冠した。それがこの港街、『テュミルト』の始まり。
以降、アラン=テュミルトの子孫は創始者の一族として街を治め、祈り子としての素質を親から子へと、絶やさずに継承しつづけてきたのだ。
「生まれつき持ってる『精霊波導力』の多い私は、アラン=テュミルトの再来と言われてきた。でも、実際にはぜんぜんダメ。海に祈りが届かなくて、アランの足元にもおよばないわ」
「……もしかしてアメリさん、海軍に入りたいんですか?」
「もし私の力が必要とされるのであれば、そのつもり。この国を、そして何よりこの故郷の海を、守りたいから」
もしアランが伝承のとおり、波風を呼び寄せ、海の天候を操る力があったとしたら、それは海上戦において圧倒的に優位に立てることを意味する。
万一国家間で戦争に発展した場合、軍からしたら喉から手が出るほど欲しい能力であるはずだ。
「『祖国の海へ』。アランの言葉よ。どんなに遠くへと航海し、戦いで窮地に陥ったとしても、彼の心は常に故郷の海にあった。私も彼のように、故郷の海を守りぬきたいの」
「なるほど。だからアメリさんは、あんなにも思い悩んでいたんですね……」
「ええ。せめて、私も海の神の姿を見ることができたなら何かつかめるんじゃないかと思うんだけど……。そう考えて何度かわざと海で溺れようとして、両親にたくさん叱られたわ」
そう言って自分の頭を小突く彼女はとても可愛らしくて、健気だった。
……アメリさん、スゴイなぁ。私たちとそんなに年も違わないのに、故郷のために身を尽くそうと、懸命に努力してる。
だからこそ、理想の自分と現実の自分とのギャップが埋まらなくて、苦しんでいるんだ。
そんな彼女に、私から言えることなんて何もないのかもしれないけれど……。
「私はアメリさんのこと、スゴいなって思います。普通はそこまで思い詰めて、わざと海に溺れるなんてことできないと思うし。きっと、アラン=テュミルトの再来……いいえ、彼を超える祈り子になるって、信じてます」
「サヤさん……ありがとう。最近はずっと落ち込みっぱなしだったんだけど、なんだか元気出た。私、もっと頑張ってみるね!」
そう言って、私たちは手と手を取りあった。
心からアメリさんのことを応援してあげたいと思ったし、私ももっともっと頑張らなきゃと思った。
思えばこの世界に転生してから、私は状況に流されてばかりだったような気がする。
自分の目標、自分のやりたいことを見つけていかなきゃね。
アメリさんの澄んだアクアマリンの瞳を見つめながら、私はそう心に誓っていた。
でも、突如として彼女の瞳に翳りがさした。
……いや違う、頭上で巨大な何かが羽根を広げ、私たちみんなを陽の光から覆い隠したんだ!
頭上で羽根を広げた何かは、つんざくような雄叫びをあげた。うるさくて、気味が悪くて、思わず耳をふさぎたくなるような鳴き声。
「クアアアアアアァッ!!」
白目のない、血のように真っ赤な目。鼻先は嘴のように尖っているけど、口のなかにはサメみたいに鋭い歯がぎっしりと生えそろっている。
顔が近い。炎のように熱い吐息で、顔が焦げついてしまいそうだわ……!
「え!? 何コレ……!?」
「そんなッ……! この魔物は、飛竜なのデス!! どうしてこんなところに!?」
「! 危ないっ!!」
ワイバーンはトゲのついたしっぽを勢いよく振りまわすと、槍のようにして霊廟へと突き刺した!!
「きゃあっ!!」
アラン=テュミルトの霊廟は粉々に打ち砕かれてしまった。あたりに破片が飛び散り、粉塵が立ちのぼる。
幸いにも、ワイバーンのしっぽは私たちの誰にも当たらなかった。
ただ、崖の途中に作られた霊廟の足場は狭い。
ふらついたアメリさんが足を踏みはずし、断崖の下に広がる海へと身を投げだしてしまう。
「あっ……」
「アメリさん!!」
私はアメリさんの手をつかもうと、必死に腕を伸ばした。
指先が触れたのを感じたけど、その指が絡むことはなかった。
ヤバい、助けられないっ……!
でも、アメリさんは下には落ちていかなかった。
代わりにワイバーンの足に両肩をつかまれ、一気に上空へと連れさられてしまった!!
「いやぁっ!!」
「クアアアアアアァッ!!」
「!! アメリさーんっ!!」
ワイバーンの羽ばたきが生む風に煽られて、出遅れた。
大きな羽根が生みだす風といい、さっきのしっぽでの攻撃といい、ものすごいパワーだわ!
私たちはワイバーンに連れさられたアメリさんを追いかけ、一気に崖の石段を駆けのぼっていく。
懸命に駆けあがりながら、ノハナが解説してくれた。ずっと元気がなかったメルサも、この緊急事態にスイッチが入ったみたいだった。
「ワイバーンはC~Bランクの魔物と言われてるのデス。さっきの個体はサイズから見て、Bランクに違いないのデス!」
「おいおい、Bランクなんてマジかよ! クラーケンにも襲われるし、今日はなんて日なんだよ、クソッ!」
「はや! でも、どうしてアメリさんが連れてかれちゃったの……!?」
「ワイバーンは光る物を集める性質があるのデス。アメリさんの瞳は宝石みたいにきらめいてるから……」
「宝石と間違えられて、連れてかれちゃったってこと~!?」
ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ……!!
苦しい。なんで魔法少女がこんな息を切らしながら階段駆けあがんなきゃなんないのよ、体育会系!?
でも、文句は言ってらんない。せっかく友だちになったんだもん。アメリさんを助けなきゃ!
「アメリさん、どこ!?」
ようやく石段を登りきり、私たちは周囲を見まわした。あまり遠くに連れてかれてなければいいけど……!
でも、私たちを待ち受けていたのは、予想だにしていなかった光景だった。
あまりの出来事に、全身の力が抜けていくのを感じた。
「何よ、コレ……」
テュミルトの街の上空を我が物顔で飛んでいたのは、空を覆わんばかりに大群の、ワイバーンの群れだった。




