クラーケン、食す
◇
「あなたたちが、私を助けてくれた人ですか?」
「あ、えと、はい。そういうことになるのかな? あなたは……」
「私の名前はサザ=アメリ=テュミルト。この街の創始者アラン=テュミルトの直系の子孫です。私や、街の人を助けてくれてありがとう。すごい力をお持ちなんですね!」
そう言って、アメリさんはお辞儀をしてくれた。
正直、街の人から聞いて彼女のことは知ってたけれど、丁寧に自己紹介をしてもらえたのがなんだかうれしかった。
……近くで見ると、とても綺麗な瞳をしてる。アクアマリンのように澄んでいて、海の結晶みたい。
声を聞いていると不思議と心がホッとして、寄せては返す波音を聞いているかのようだった。
でも、今の彼女はとても落ち込んでいるようにも見えた。
「私が未熟で、祈りが足りなかったから、海を怒らせてしまった。クラーケンがこの街の人を襲ったのは偶然でもなんでもなくて、私のせいなの。だから、迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「え、そんな! あんなにステキな歌と踊りだったのに……。街の人たちも、アメリさんはすごい人だって話してたのを聞きましたよ!」
「そうなの? ありがとう。……でも、海を分かろうとすればするほど、祈りを届けようとすればするほどに、海は深くて遠い。どんなに祈り子としての修行を積んでも、海を理解しきれない。これ以上どうすればいいのか、私にも分からないの……」
「う~ん……」
祈り子の素養に関しては私は分からないけれど、アメリさんの歌と踊りはすばらしい。これは間違いない。
でもきっと、海はその歌と踊りが届く距離をはるかに超えるほどに深くて広いんだと思う。
だって、科学技術が発達した元いた世界の人間ですら、大海の底に広がる世界のすべてを知ってる人はいない。
芸事でも、スポーツでも、何かを極めようとする人はみんな多かれ少なかれどこかで壁にぶつかって、似たような想いを抱くものなのじゃないかしら。
深く学べば学ぶほどに、世界の奥行きの広さを知るっていうか。
「「はぁ~あ……」」
目の前ではアメリさんがため息をついてるし、後ろではまだメルサがさめざめと泣いていて、リコとノハナが頭をなでたり背中をさすったりしている。
少し視線をあげれば晴れやかな空と美しい海が広がっているというのに、なんだかもの悲しい雰囲気になってしまったわね。
風に運ばれてくる磯の香りが、涙のようにしょっぱいわ……。
と、また別の街の人が何人か集まって、私たちのところへと訪ねてきた。
漁師さんみたいな風情の格好をしたオジちゃんたちだ。
みんな良い大人なのに、面白い形の石を見せびらかす子どもみたいに目をキラキラさせている。
両手にはなにやら大っきくて、白くてツヤツヤとしてて、プルルンとした肉の塊を抱えていた。
コ、コレってまさか……。
「おぉ、アメリさま、嬢ちゃんたち、見てくれ! 伝説のクラーケンの切り身だ! 同じ重さの金塊より価値があるぜ!!」
「しかも、クラーケンはあの巨体だ……。こりゃ、イッキに街が潤うな」
「はや! オジさん……ちょっとその切り身を見せてくれませんが!?」
「あぁ、モチロンだ! コレは嬢ちゃんたちに分けてやろうと持ってきたモンだからな。身はいくら切っても余りあるくらいあるぜ、ガハハ!」
「うわぁ~……!!」
リコはオジさんからクラーケンの切り身を受け取った。
重たくて身をよろけさせながらも、リコは自分が抱えている切り身をまじまじと見つめている。身の光沢が映りこんで、リコの瞳をいっそうキラキラと輝かせていた。
「はや……。こんなに大きな切り身なのに、なんてキメの細やかさと透明感。身のなかで光の粒が弾けてる……」
「伝承では、クラーケンの肉は恐ろしいほどに美味とされているからな。その狂暴さとは裏腹に、深海で優雅に光る胴体と、その繊細な味わいから、『海の大ホタル』と呼ばれてる。クラーケンの味に魅入られた美食家の金持ちが、何人も破産したって言うぜ!」
オジさんの話をウンウンうなずきながら聞いていたリコが、私たちのほうへと振りかえった。
パッと弾ける、よい笑顔。楽しみをガマンしきれないと言ってるのが表情だけで伝わってくる。
きっとお料理好きの人はこれだけ特上の素材を見ると、みんなこんな顔になっちゃうのだろう。
「みんな! このクラーケンの切り身、私がお料理してもいいっ?」
「「ええ、もちろん!」」
『マジカル☆キッチン』!!
リコが固有魔法を発動させると、例の巨大なキッチンが立ちあがった!
コトコトコトコト♪
トントントン!
テュクテュクテュク……
心を持った調理器具たちが、みるみるうちに調理を進めていく。
いつもならリコは指揮者のように調理器具たちの動きを統括して、全体の動きが円滑に進むようにコントロールしている。
けれど、今回のリコはノリにノッてるので、自ら包丁君を握り、切り身を鮮やかに捌いていってた。
マジカル☆キッチンの鍋君で煮込まれた具材は不思議とあっという間に熱が通り、煮詰まっていく。
でも、食べてみるとひと晩かけてじっくり煮込んだかのようなコクとまろやかさがあるの。
もしかしたら、時空魔法の要素があるのかもしれない。
さらにライスや野菜など、料理に使うちょっとした材料は、常にキッチンのなかに貯蔵してある。
これは空間魔法の要素だ。
時空魔法と空間魔法の要素が組み合わされてるなんて、もしかしたらリコのマジカル☆キッチンは見た目から受ける印象よりもはるかに高度な固有魔法なのかも!
調理が進むにつれてただよう、得も言われぬ香り。
アメリさんの歌と踊りや、クラーケンとのバトルで時が流れるのを忘れてたけど、気づけばもうお昼どき。
魔力もたっぷり使って私は腹ペコ、こんな状況でリコのお料理が食べられるなんて、なんたる僥倖なのかしら!
「さぁ、できたよ! 取れたてクラーケンのごろごろシーフードカレー!!」
「「うわあぁ……♥️」」
ヤ、ヤバい。クラーケンを倒した達成感に加えて、腹ペコ。そんな極限状態のところに食欲をそそるスパイスと、シーフードの香り。
ヨダレが止まらず、理性が崩壊しそうだわ! ジュルリ。
これには、漁師のオジさんたちも大興奮。
「お、おい! 嬢ちゃん! 俺たちも食っていいか!?」
「はや! モチロンです!」
みんなのもとにカレーをたっぷり乗せたお皿君と、スプーン君がトテトテと駆け寄っていく。
私たちは待ちきれず、受け取ったそばからパクリ。
「うめえええぇ……!!」
「クラーケンが圧倒的な存在感を放ってるのに、カレーのスパイスや他の海鮮に寄りそって、完全に調和してやがる。コイツ、なんて優しいイカなんだ」
「オレ、こんなうまいもの初めて食った……。ぐすっ」
現地のオジさんたち、大絶賛。なかにはカレーライスを頬ばりながら涙ぐんでる人までいる。
そりゃそうよね。最高の食材に、最高の調理。そもそもシーフードカレーって美味しいしね。天才。
『魔導攻撃力50%アップ』!!
『水属性ブースト・改』!!
『身体柔軟性アップ』!!
上質な素材を使うと、マジカル☆キッチンの付加効果も強くなるみたいね。
魔導攻撃力が1.5倍になるなんて、スゴいわ!
「お嬢ちゃん、この街に残って俺たちと店をやろうぜ! 世界一のシーフード・レストランになるにちげぇねぇぜ!!」
「はや! うん、やるやる~♥️」
「ちょっとちょっと、リコ!」
「安請け合いはいけないのデス!」
メルサもずっと暗い顔をしていたけど、カレーを受け取って食べると、笑顔が見られた。
「メルサ、大丈夫?」
「うん。少し元気になった」
笑顔が見られるようになったのは、アメリさんも同じだった。
私は美味しそうにカレーを食べてる彼女の横に座って、話しかけてみた。
美人がモグモグ美味しそうに食べてるのって、なんて幸せな絵面なのかしら。
「アメリさんの歌と踊りでやってきたのは海の悪魔だったけど、豊漁の祈りはちゃんと届いてたみたいですね?」
「……プッ、アハハ。ほんとうね」
そう言って、アメリさんは楽しそうに笑った。
美味しい料理を食べてたら、悲しい顔でなんていられないもんね。リコ、グッジョブ。
「せっかくお友だちになれたのだから、いっしょに街を見てまわりましょう。私が案内するわ」
カレーを食べ終わったあと、アメリさんが提案してくれた。
リコの料理のおかげで、イッキに彼女との距離が縮まった気がする。
こうして、私たちは『潮騒の踊り子』と行動をともにすることとなったのでした。




