VS海の悪魔
◇
私たちは街の人が引きずりこまれた方向、海のほうへと目を向けた。
入り江のすぐ近く、海面は大きな水飛沫をあげながら盛りあがり、巨大な何かが顔を出そうとしているのが分かった。
異変に気づいた街の人々が、声をあげる。
「海の悪魔、クラーケンだ!!」
「なぜこの海域に!? ここ100年は現れたことがないはずだぞ!」
「しかも、超大型だ!」
「キャアアアッ!!」
海面から姿を現したのは、巨大なイカの化け物だった!
ものすごく大きい。ダイオウイカって15メートルくらいって言うけど、そんなのぜんぜん比べものになんない。
水面から出ている部分だけを25メートルプールに詰めこんでも、納まりきらないと思う。もしかしたら全長は50メートル以上あるかも……!?
「ソゲエエエエエェッ!!!」
クラーケンは咆哮を轟かせると、目の前にあった祭壇を触手の1本で叩き潰した!
祭壇はまるで木箱のように簡単に木っ端微塵にされてしまった。ものすごいパワーだわ!
「きゃあっ!!」
「アメリさん!!」
まだ壇上に残っていたサザ=アメリさんも、地面に投げだされてしまう。彼女はそのまま触手の1本に捕まえられてしまった!
他の人々も、次々に捕まってしまう。触手の数は10本……いえ、20本はありそう。イカのくせに足が10本以上あるなんて、ずる~い!
「ヒエ~!! 恐ろしいデシュ! 誰か助けてほしいデシュ~!!!」
「くそっ、あのクソイカ! ふざけやがって……じゃなかった、おふざけはそこまでよ!!」
メルサは持ち前の正義感で捕まった街の人々を助けようと、詠唱を始めた。
「炉に戯れし火の精霊よ、我が手により解き放たん!」
『炎球』!!
メルサは得意の『炎球』を両手から撃ちはなった。人間を捕まえた触手を狙って、えげつない勢いで火の玉を撃ちこむ。
威力、連射速度ともに申し分ない攻撃魔法。でも、クラーケンには効果がうすく、表面にうっすら焼き目がつく程度。
香ばしい焼きイカの香りがするばかりで、触手を断ち切るどころか、捕まった人を手放させることすらできない!
ーー水属性のクラーケンに私の『炎球』は効き目がうすい。ガチでやるしかないわね……!
メルサは懐から歴代の生徒会長に伝わるロッドを取り出した。
この場にルーフェリア魔導女学院の生徒は少ないので、固有スキル『生徒会の掟』による効果は期待できない。でも、ロッドを装備することで、基礎魔法攻撃力のアップは期待できる。
ところが、クラーケンの触手が傍らにいるゲッシを捕まえようと伸びてきた。
ゲッシは腰を抜かしてへたり込んでいて、とてもじゃないけど逃げられそうにないわ!
「ヒィ~! もうダメデシュ~ッ!!」
「くそっ、何してんだよっ! 『炎球』!!」
メルサはとっさにゲッシのほうを振りむいて、炎球を撃ちこんだ。距離が近い分、炎球は高火力で集中的に撃ちこまれ、触手を引っこませることに成功した。
ただ、触手はあらぬ方向に跳ね、メルサが持っていたロッドを弾き飛ばしてしまった!
「あっ!!」
幸運にもメルサに怪我はなかったけど、ロッドはクルクル回りながら高々と宙を舞い、海のなかに落っこちてしまった。
暴れるクラーケンと逃げまどう人々が織りなす喧騒の隙間に、「ポチャーン」という水音がかすかに聞こえたような気がした。
街の自警団も銛を投げてクラーケンに攻撃を仕掛けているけど、まるで歯が立たない。皮膚がヌルヌルしてて弾力があるので、刃先が突き刺さらずに弾かれてしまうのね。
逆に、激しく振りまわす触手に当たって、みんなふっ飛ばされちゃってるわ!
「ダメだ、これじゃ勝ち目がない! 冒険者ギルドへの救援要請はまだか!?」
「もうしてる! でも、助けがきたとして、並の冒険者じゃ手のほどこしようがないぞ!」
「逃げるしかない、みんな逃げろ!!」
「待てよ、捕まった人たちはどうするんだ!? みんな水のなかに引きずりこまれて喰われちまうぞ!!」
「そんな……アメリさまっ!」
怒り、恐怖、悲しみ。皆が絶望の声をあげるなか、私は海のほうへと駆けだしていた。
「!? サヤちゃん、戻るのデス! 危ないのデス!!」
「はや! サヤちゃん、ダメー!!」
私は身を低く屈めて、頭上スレスレを通った触手をやり過ごした。顔に当たってたら首から上が飛んで無くなってたかもしれないけど、ビビってなんかいられない。
……体にはもう、痣が浮かびあがってきていた。見たことのない魔方陣式。新たな世界につながっているんだ。
ヒヅキちゃんは言ってた。私の『経験』と『必要性』が、新たな召喚獣との出会いを引き寄せてくれるって。
ーーあの巨大なクラーケン。電撃属性が弱点だろうけど、電撃系の魔法では捕まっている人たちまで触手を介して感電してしまうわ。
殴って気絶させられたらイチバンだけど、あの巨体を物理攻撃でのすには、ものすごいパワーが必要ね。
……つながった、私の『必要性』!
「力を示せ、ノギンメイデス!!」
私が『召喚』スキルを発動すると、地面に光の穴が現れ、そこから新たな召喚獣が現れた。
ノギンメイデスーー『筋力』を司る召喚獣。岩肌みたいな、屈強な筋肉。中央の巨大な顔から、直接2本のたくましい腕が生え出でている。
全体としてはちょうどポケモンのイシツ○テみたいなフォルムだけど、もっとずっと大っきくて、いかつい見た目をしてるわ!
「ムッフォ、ムッフォ!」
「ノギンメイデス、あのイカをやっつけて!」
ノギンメイデスは瞬時にクラーケンの目の前へと移動すると、そのたくましい腕で、強烈に殴りつけた!
『剛腕の拳』!!
「ソゲエェッ!!」
ものすごい威力。クラーケンの胴体(頭?)にボディブローを喰らわせると、拳の形がクッキリとめり込み、あの巨体が水面からフワリと浮かびあがった。
ノギンメイデスはクラーケンと比べるとだいぶ小振りだけど、とてつもないパワー。あの巨大イカを、ワンパンでKOしてしまったわ!
逆に、ノギンメイデスはネネミュウやプリンケッツと比べるとかなり大型ね。これぞ召喚獣! って感じでちょっと感動。
『筋力強化』魔法・初級~中級を習得!
固有スキル『物理攻撃強化・中』を獲得!
おまけに魔法習得と固有スキル獲得まで。う~ん、新しい召喚獣と接合するといいことずくめね!
「ありがと~♥️ ノギンメイデス!」
「ムッフォイ!!」
私が手を振るとノギンメイデスは振りかえり、サムズアップした。そうして余計なことは何も語らず、光の穴へと消えていく。
見た目はいかついけど、中身はナイスガイだわ! きっと、筋肉がすべてを解決してくれると信じてるタイプね。
やっつけたクラーケンが水面に浮かぶと、街の人々が捕まっていた人を助けだしてくれた。
お腹を強く圧迫されて気を失ってる人はいるけど、どうやら誰も死なせずに済んだみたい。
クラーケンが退治されたのを見て、ノハナとリコも駆け寄ってきた。
「サヤちゃん、スゴいのデス!!」
「はや! これが召喚獣の力なのね……。あのクラーケンを1撃で倒しちゃうなんて、私、ドキドキしちゃった!」
「ミュ、ミュウッ!!」
そう言えば、コットリカと戦ったとき、リコは気を失っていたんだったっけか。
でも、たしかに見た目のインパクトは今回スゴかったよね。ネネミュウ、何ビックリしてんのよ。あんたも召喚獣でしょっ!
「……あれ? メルサとゲッシは??」
私たちは互いに肩を抱き寄せて喜びを分かちあっていたのだけど、ふとメルサとゲッシがいないことに気がついた。
ふたりがいたほうに目を向けると……。
「ヒイイィ……! 怖いデシュ~、お家に帰りたいデシュ~! ウエエエン!!」
ゲッシは頭を抱えてうずくまっていた。パツパツのズボンがずり落ちて、半ケツになっているわ。
……まったくもう、情けないわね~。あれで大財閥の御曹司なんて務まるのかしら。
ため息をつきながらも、クラーケンがもう退治されたことを教えようと私たちが歩きだしたところ……。
「てめぇ、マジで何してんだよッ!!」
「!? メルサしゃん……ッ!?」
メルサが、ゲッシの胸ぐらをつかんで引きずり起こしていた。
ものすごい剣幕。あんなに怒ってるメルサ、初めて見たかも……!?
「あんたが腰抜かしてチンタラしてるせいで、私が何をなくしたと思う!? ロッドだよ、ロッド!!」
「ロッド……!?」
「ただのロッドじゃない! 生徒会に代々伝わるロッドだ! あのロッドが私にとって……いや、ルーフェリア魔導女学院にとってどれだけ大事な物か分かるか!? あのロッドには歴代の生徒会長の想いが、学院への愛が、ぎゅうぎゅうに詰めこまれてるんだよッ!!」
「そ、そんな……。許してほしいデシュ、メルサしゃん!」
「許せるわけねぇだろ、腰抜け!! 男なら助けを求めて震えてないで、戦ってみせろよッ!!!」
そこまで言うとメルサは、つかんでいたゲッシの胸ぐらを離し、顔を背けた。
怒りが納まらず、肩が震えている。……彼女の頬には、涙が伝っていた。
「もういい。あんたの顔なんて2度と見たくない。……とっととどっかに行け!」
「……………………」
ゲッシは顔を真っ青にし、うつむいたまま、フラフラと歩いてどこかに行ってしまった。
幽霊みたいな顔つきになってたけど、大丈夫かな……。
私たちはゲッシが立ち去ったのを見届けたあと、メルサのもとへと駆け寄った。
「メルサ、大丈夫?」
「うっ……ぐすっ……うぅ……」
「メルサちゃん、ショックだったのデス。あれは大切なロッドだったから……」
「メルサちゃん……。何もしてあげられないけど、私たちがそばにいるからね? ぐすっ」
私たちは、さめざめと泣いているメルサを、一生懸命励ました。リコなんかは、もらい泣きしちゃっている。
いつも堂々としてて、カッコよくて、頼りがいがあるメルサが、こんなに悲しそうにしてるだなんて……。
歴代の生徒会長に伝えられていくロッド。メルサがあのロッドを本当に大切にしてて、受け継いだことを誇りに思っていたのだということが、痛いほどに伝わってきた。
……今のメルサを見てたら、ゲッシに対する怒りがメラメラと燃えあがってきた。
戦う力がないのは得意不得意があって仕方ないことかもしれないけど、それならそれで早く避難するとか、できることはあったはずよね。
危機から目を背けて、その場で震えて助けを待ってるなんて、メルサの許嫁にふさわしくないわ!
ノギンメイデスの勇ましい拳を見たばかりということもあったかもしれない。
私が両拳をにぎりしめて、ひとりで怒りを燃えあがらせていたところ、後ろから声をかける人がいた。
「あの~……」
「ん? ……あっ」
振りかえると、私は両手をグーにしたポーズのまま、固まってしまった。
後ろではメルサ以外のふたり、リコとノハナもこちらを振りむいたのを感じた。
「あなたたちが、私を助けてくれた人たちですか?」
ファイティングポーズのまま固まってしまった、私の真ん前。
そこにいたのは『潮騒の踊り子』、サザ=アメリさんだった。




