潮騒の踊り子
◇
「「お坊っちゃま、お気をつけて行ってらっしゃいませ!!」」
「皆しゃ~ん、ご苦労さんデシュ!」
ゲッシは自分を送り届けた護衛とお付きの人々を帰らせた。メルサと過ごすバカンスには不要というわけだ。
護衛とお付きの人々を見送ったあと、ゲッシはこちらを振りかえった。
「さぁ、メルサしゃん、お友だちの皆しゃん! さっそく街を見てまわるデシュよ。メルサしゃん、どこか行きたいお店はないデシュか?」
「い、いえ、特にありませんことよ。オホホ……」
「そうデシュか、それならボックンの行きつけのお店に案内するデシュ!」
チンマリとした背中、プリプリとお尻を揺らしながら歩くゲッシの後に付いていきながら、私はメルサに耳打ちした。
(ちょっと、メルサ! なんでゲッシの前だとお嬢さまキャラなのよ。いつもの言葉遣いはどこ行っちゃったの?)
(だって仕方ないじゃない。親が決めた縁談だから、私も気を遣うのよ! いちおう、相手も大財閥の御曹司だし……)
……う~ん、貴族の娘の結婚ともなると、いろいろ大変なのねぇ。今は黙って、ゲッシに付いていくしかないわね。
ゲッシに連れられてまわるお店やレストランは、いずれも港町『テュミルト』を代表する有名店・高級店ばかりで、楽しいと言えば楽しかった。
ちょっと海のほうに目をやれば美しい紺碧の海が広がっていて最高のロケーションだったし、いつもの仲良し4人組と時間を気にせず観光できるなんて、楽しいに決まってるじゃない!
何かにつけてゲッシがメルサとふたりきりになる瞬間を作ろうとしている気配は見られたけど、そこは女子のチームワーク!
さりげなく理由をつけてメルサを守り、ゲッシの狙いを阻止した。
ちなみに、私がネネミュウを肩に乗せて歩いているのと同様に、ゲッシは肩にカメを乗せていた。
気になったので、ゲッシに訊ねてみた。
「ゲッシ、その肩に乗せてるカメは?」
「このカメデシュか? このコはボックンの愛カメ、『アレクサンドロス=ボナパルトIII世』デシュ。ポピンズ家ではカメは飼い主に富をもたらす生き物と信じられて大切にしているデシュよ」
「ミュウ~♪」
「カメ~♪」
カメに大層な名前だな、オイ!
さっき気球船から出てきたカメは、全部ポピンズ家で飼ってるカメだったのね。
やっぱりお金持ちって変なこだわりを持っている人が多いわねぇ。この世界に転生してきてから変な人ばかりだけど、特に変だわ。
ま、ネネミュウとカメはペット同士気が合ってるみたいだからいいけどね。
昼は浜辺でバーベキュー、夜もゲッシのおごりで高級ホテルに宿泊することになった。
日中食べ歩きしてお腹がパンパンなのに、夜もごちそうがドッサリ!
これには、固有スキル『マジカル☆キッチン』をもつリコが1番喜んでいた。
「はや! おいしい料理がいっぱい。創作意欲が刺激される~!」
「ここのレストランはこの海域でしか取れないテュミルト・シュリンプの魚介スープが有名デシュ。ボックンはこのシュリンプのミソをチューチュー吸うのが至福の時なんデシュよ。まずはここの角を切り取って……」
テュミルト・シュリンプと呼ばれたエビは、カニみたいに丸々と太ってて、肉厚だった。
スープから立ちあがってくる香りは芳醇で、海の旨味をぎゅうぎゅうに詰めて閉じこめたみたい!
いっぱいだったはずのお腹も、思わずグゥ~っと鳴ってしまったわ。
ただ、頭から生えてる角はナイフみたいに鋭くて立派で、角を折り取ろうとしたゲッシが指を切ってしまった!
「オーゥ、ノーォッ!!!」
ゲッシは大げさに椅子から飛び跳ねた。あわててノハナが医療魔法で手当てしようと駆け寄る。
ちょっと指先を切っただけなのにね。私は思わずクスッとしてしまった。でもたしかに、大財閥の御曹司としては情けないかも。
夕食を終えたあと、ゲッシに誘われて夜の砂浜を歩いた。
トロピカルジュースを片手に持ち、波音をBGMに星空を見上げるのは悪くなかった。なんつーか、普通にバカンス?
正直なところ、私とノハナとリコは夏の旅行を大満喫してた。メルサは気が気じゃなかっただろうけどね。
ここでも勢いでプロポーズされないようにメルサをがっちりガードし、私たちは自分の部屋へと戻った。
4人でもじゅうぶんに広々としていて、ガラス張りの天井はベッドに寝そべりながら夜空を眺められるようになっている。
私たちはシャワーを浴びたあと、4人でベッドに並んで横になり、夜空を眺めた。
女子4人で、さっそく今日の反省会だ。
「ねぇねぇ、メルサ。今日1日ゲッシと過ごしてどうだったの?」
「はや! 今日のディナー、おいしかった~。あんなのを毎日食べられたら幸せかも~」
「見た目や振る舞いはアレだけど、悪い人ではなかったように見えたのデス」
「う~ん、悪いヤツでないことは分かってるんだけどもさ。でもな~、でもなぁ~!」
メルサが迷う気持ちは分かる気がする。
ゲッシはチンチクリンだし、なんかムチムチしてるし、長身でスラリとしてるメルサとはぜんぜん釣りあわない!
喋りかたも変だし……。なにより、『友だチ○コ』は絶対に許せ~ん!
みんなで仰むけになっていたのだけど、メルサだけが寝返りをうって、うつ伏せになった。
枕に顔を埋めてモゴモゴとなにやら喋っている。
「親が決めた縁談じゃなかったら、絶対に断ってる。でも、これはクローバー家にとっても大事な縁談だし……。私、どうすればいいんだろ。ハァ……」
「メルサ……」
「メルサちゃん、自分の気持ちも大事にしていいと思うのデス」
「はや! ノハナちゃんの言うとおりだよ、メルサちゃん。この旅行中は私たちが守るから、ゆっくり考えよ!」
「うん。……みんな、ありがとう」
こうして、私たちは旅行の1日目を終えたのでした。
2日目。ホテルでおいし~い朝食を食べたあと、私たちはまた出かけた。
午前中に街をプラプラと見てまわっていたところ、入り江に街の人々が集まっているので、何事かと覗いてみることとした。
入り江には特設の祭壇が造られていて、色とりどりの貝殻で彩られていた。背景となる入り江の美しさも相まって、神秘的な雰囲気すら漂っている。
何かイベントでもあるのかと、近くにいた街の人にも聞いてみることとした。
船乗りの格好をした、気のよさそうなあんちゃんだ。よく日に焼けてて、ガタイもいいわ。
「あの~、すみません。これからここで、催し物でも開かれるんですか?」
「ああ。この時期になると、サザ=アメリさまが豊漁を祈るためのダンスを踊ってくれるんだよ」
「サザ=アメリさま?」
「サザ=アメリ=テュミルトさま。この街の創始者、アラン=テュミルトの子孫で、『潮騒の踊り子』とも呼ばれているんだ」
「へええぇ……」
この街の創始者の子孫が神事を司ってるなんて、なんだか歴史を感じてステキねぇ!
「その豊漁を祈るダンスって、私たちも観ていいんですか?」
「もちろんだよ。テュミルトは港町だから、外から来る人にも寛容なのさ。それが創始者・アランの教えでもあるしね。……ホラ、もうすぐ始まるよ。アメリさまが壇上にあがられた」
祭壇のほうを見やると、ひとりの女性が壇上にあがってきた。
柔らかくウェーブのかかった亜麻色の髪に珊瑚の髪飾りをつけた、若く美しい女性。少女とも言える年ごろで、もしかしたら私たちと同年代かもしれない。
さざ波をイメージしたローブを着ていて、白から水色のグラデーションが爽やかな色合いをしているわ。
あの人がサザ=アメリ=テュミルトさんね!
アメリさんが立ち位置に着くのと同時に、民族衣装を着た街の人々が楽器で演奏を始めた。
曲の節に合わせて、アメリさんが踊りだす。波の動きを思わせる軽やかな身振りはずっと海を見ていられるのといっしょで、見ているだけで心が安らぐものだった。
規則正しいけど、ひとつひとつの動きが全部違う。まるで、本当に海そのものを見ているみたい。
♪海よ、潮鳴るときに
我らの願いを届けよ
碧き珊瑚を越えて
恵みを故郷へ、魂とともに
不思議なことに、彼女らの歌と踊りに応えるかのようにさざ波が立ち、潮騒が鳴り響く。
まるで、海が喜んでいるかのようだわ!
原始的な打楽器と弦楽器で奏でられる音楽は郷愁にあふれていて、よく響いた。
彼女らの歌と踊り、そして祈りは、海のそばに生きる人々の想いを、はるか遠くの海にまで送り届けていた。
やがて歌と躍りが終わると、アメリさんは壇の中央でお辞儀をした。
司会進行をしていた街の人が、閉会の挨拶をした。
「豊穣の祈りは、海へと送り届けられました。『潮騒の踊り子』サザ=アメリ=テュミルトさまと、演奏家の皆さまに惜しみない拍手を!」
会場が、暖かい拍手で包まれる。
素晴らしい歌と躍りに街の人々はみんな喜んでいたし、私たちも感動していた。
こんな素敵な場に居合わせることができたなんて、ラッキーだったわ!
「すごくステキな歌と躍りだったわね! ……ってうわ、泣いてる!」
「ボックン、感動したデシュ! ポピンズ・コンツェルンの名誉にかけて、この街に支援を送るデシュ! ビエ~ン!!」
「アハハ……」
振りかえったら、ゲッシがドン引きするくらい大号泣してた。
う~ん、感動の心を持って支援するのはよいことだけどねぇ。
それにしても、泣きすぎでない?
私たちが泣いてるゲッシをなだめているあいだ、街の人々も三々五々に帰っていく。
そんな、帰り際の街の人々の会話が聞こえてきた。
「今年もサザ=アメリさまのダンスは素晴らしかったな」
「ああ。年々、祈り子としての神性を増しているように見える。彼女はテュミルト家の長い歴史のなかでも、燦然と輝く名を残すお方になるかもしれんぞ」
「うむ、楽しみだな……。ぐぁっ!?」
「「!!?」」
私たちの傍を通りがかった街の人の脚に何かが絡まり、海のほうへと引きずりこまれてしまった!
海から何かが伸びていたわ。長く、ヌルヌルとした物。触手?
「うわあああぁっ! 助けてくれっ!!」
私たちはすぐに体勢を変え、街の人が引きずりこまれていくほうへと目を向けた。
そして……思わぬ戦いが、そこに待ち受けていた。




