メルサの許婚
◇
女王さまとの謁見を終えて、しばらくのあいだは平和な期間が続いた。
あれよあれよというあいだに1学期がすぎ、夏休みとなってしまった。
どれ、少しは魔法も使えるようになったことだし、殊勝にも学んだことの復習でもして過ごそうかな……などと思ってたところで電話がきた。
夏休み早々誰かしら、と思ったらメルサからだった。
その日はもうお風呂に入ったあとでネグリジェ姿、膝に乗って寝てるネネミュウの背中をなでてる。コイツを抱き枕にすれば安眠確実、安全保証。
「もしもし。あ、メルサ? どうしたのよ急に」
『オッス、サヤ! 夏休みはいかがお過ごしかな? どうせ暇してるんだろ、みんなで旅行にでも行こうぜ! 海のキレイな街にさ』
「えっ。それはもちろんいいけど……。ずいぶん突然じゃない?」
「んん? そーかな? アハハ、まぁいーじゃん。詳細決まったらまた連絡するから。それじゃ!」
プツッ。ツー、ツー。
「???」
夏休みにメルサたちと旅行に行けるなんてうれしい!
でも、なんか変な感じだったな? なんだか有無を言わさず強制参加って感じだった。
まぁ、いっか。連絡が来るのを待つしかないわね。ネネミュウを抱っこしてれば細かいことなんか気にしないで安眠余裕よ~。
そんなこんなで旅行の出発の日になった。もちろん、いつものメンバーでリコとノハナもいる。
待ち合わせ場所には、先にメルサがいた。今日は顔を隠すように目深の麦わら帽子を被っていて、いつも惜しげもなくその艶ややかな黒髪をさらしてくれている彼女としては珍しいと思った。
今日はいつもの制服+赤ベストじゃなくて、涼やかな白のワンピースなのもとてもよく似合ってる。
「みんな~、久しぶり!」
「お久しぶりなのデス♪」
「…………」
「はや! どうしたの、メルサちゃん? 具合でも悪いの?」
「んん? アハハ、そんなわけないだろ! さぁ、行っこーぜぃ♪」
「「???」」
やっぱりなんか変だな……。メルサ以外の3人で目を見合わせる。
何か隠しごとをしているようにも見える。でも、メルサの口から事情を話してくれるまで待つしかない。
私たちは不自然に口笛を吹きながら歩くメルサの後をついて歩いた。
王都カピテリス最大の駅である『セント・ウィンザー駅』から、魔導列車に乗りこんだ。
魔導列車は名のごとく、魔導力を動力源として動く列車。SLの風情をきちんと再現してるけど、これぞ究極のクリーンエネルギー。
ちなみに列車に魔導力を注ぎこむ操縦士さんはなかなかの高給取りらしい。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
都市部を抜けて、列車は山間の道を抜けていく。
山肌に敷かれた緑の絨毯に咲く色とりどりの花は、ケーキにトッピングされたカラーシュガーみたいで可愛らしい。空気も澄んでるし、この国は何気ない風景も本当にキレイだ。
車内ではブラン=カプリコットに持たされたお菓子でスイーツ・パーティー。
ひと息ついて場の空気も和んできたところで、メルサがようやく白状してくれた。
「ゴメン、私を助けてくれっ!!」
両手を胸の前で組んで、目をウルウルさせているメルサ。いつも姉御肌で、みんなから頼りにされている彼女がこんな顔をするなんて。正直カワイイ。
「メルサ、いったい何があったの? 教えて」
「ああ、実は……」
メルサには実は、許婚がいる。
名家にはありがちなことで、本人たちの意思とは関係なく、幼いころに結婚相手を決められてしまうことは、しばしばあるみたい。
しかも、メルサの許婚は世界でも5本の指に入るほどの財閥の御曹司なんですって!
しかもしかも、許婚の御曹司はメルサにぞっこんベタ惚れで、結婚に前のめりらしい。
この国の女性は17歳から結婚が認められているので、もう少しで誕生日を迎えるメルサに今回の旅先でプロポーズしようとしているのだ!
「えぇ~、すごい! なんだ、とてもいい話じゃない、メルサ!」
「御曹司からぞっこんベタ惚れだなんて、スゴいのデス!」
「はや! おめでとう、メルサちゃん♥️」
「うぅ~ん、そう思う? 話だけ聞いたら普通はそう思うよなぁ。う゛ぅ~ん……!!」
「「???」」
私たちのリアクションとは対照的に、歯切れが悪いメルサ。とうとう頭を抱えてうなだれてしまった。
せっかくの縁談なのに、いったい何が気に食わないというのかしら?
「メルサ、何か心配なことでもあるの?」
「いやぁ~、なんと言えばいいのやら……」
「メルサちゃん、なんでも私たちに相談するのデス!」
「そうよ。私たちはメルサちゃんの友だちなんだから、遠慮なく言って?」
ずっと頭を抱えていたメルサだけど、ノハナとリコに促されて踏ん切りがついたのか、スッと立ちあがった。
「クローバー家にとっても、大事な縁談であることは分かってるんだ。でも、どうしても今はまだ心の準備ができなくてさ。それに……許婚の相手も、少し個性的な人なんだ」
「個性的な人?」
「うん。だからみんなには相手が突っ走らないように見張ってほしいし、ほんとうに結婚していい相手なのか見定めてほしいんだ。私が、相手を選べるような立場じゃないのは分かってるんだけど……」
そう言って指をモジモジしてるメルサは、いじらしくて、女の子らしくって、私たちは3人ともキュ~ンとしてしまった。
「もちろんよ、メルサ。私たちに任せて!」
「大事な友だちのお願い、断るわけがないのデス!」
「みんな……ありがとう!!」
「はや! でも、メルサちゃんの許婚……どんな人なのかちょっと楽しみかも!」
私たちはみんなで手を合わせて、メルサのために協力することを誓いあったのであった!
さらに列車に揺られること、小一時間。
とうとう目的地へとたどり着いた。
「わぁ……。キレイな海!」
駅を出た途端、頬をなでる潮風。
駅は高台にあって、見おろせば石灰岩が溶けてできた複雑な地形に、アドリア海を思わせる紺碧の海。
穏やかな海にはいくつもの船がのんびり気ままに浮かんでて、このまま絵にできそう!
ここは港町、『テュミルト』。
広いドルジェオンのなかでも、もっとも海がきれいな街と言われているわ!
プロポーズするにも、絶好の映えスポット。ロケーションのチョイスからだけでも、許婚の本気度が伝わってくるというものね。
さて、肝心のメルサの許婚だけど、現地で待ち合わせということになっているらしい。
駅からほど近くにある広場、この街の創始者である『アラン=テュミルト』の銅像の前で待ち合わせとのことで、さっそく待ち合わせ場所へと向かう。
銅像前広場にはそれなりに人通りがあって、船乗りらしい格好をした街の人々や、観光客が数多く行き交っている。
誰かが近くを通りすぎるたびに、私とリコとノハナは「あの人かな? この人かな?」と首を伸ばしてはドキドキしてる。
知らない人から見たら挙動不審に見えたと思うけど、気になって仕方ないんだもの。
「あぁ、メルサの許婚の人……まだかなぁ!」
「ドキドキが止まらないのデス!」
「…………」
「はや! メルサちゃん、どうしたの?」
私たちがキョロキョロ道行く人々を観察してるなか、メルサはじっと空の1点を見つめている。
「……来た」
「「えっ!?」」
メルサの見つめる先に目を向けると、空にポツン、と黒い点が浮かんで見える。
黒い点は近づいてくるにつれて徐々に大きくなり、いくつもの点の集まりであることが分かった。
そしてとうとう、点のひとつひとつまでが目で認識できるようにまでなった。
……これは、魔導式の飛空艇。軍事用の型式で、黒色の塗装が黒光りしている。
魔導式の飛空艇は中央に浮かぶ気球船を護衛するように陣形を組まれているみたい。
中央に浮かぶ気球船には、銀色の船体にデカデカと、こう書かれてあった。
『お待たせハニー 愛しのメルサへ』
これは恥ずかしい。
隣を見ると、メルサは両手で顔を覆ってうつむいていた。
『広場をあけてください。広場をあけてください。気球船が着陸いたします』
アナウンスが響きわたり、広場にいた人々が慌てふためいて逃げていく。
私たちは銅像の前でただ呆然と、ただただ呆然と、事の成り行きを見守るしかなかった。
飛空艇と気球船が重々しく着地すると、まず飛空艇から護衛の人々が、次に、気球船からお付きの人々と亀たちが出てきて並んだ。
……え、カメ?
護衛の人々とお付きの人々(と、あとカメ)が並び、通路を作る。
そして、最後に。焚かれた煙の向こう側(なぜ煙?)に影が浮かび、とうとうその人は現れた。……メルサの、許婚。
「メルサしゃ~ん! お待たせ、お会いしたかったデシュ!!」
……え? 何このチンチクリン。ノハナよりちょっと大きいくらいじゃない。服もいい服着てるけど、ちょっとムッチリしててパツパツ。
……彼がメルサの許婚。世界で5本指に入る財閥、ポピンズ・コンツェルンの御曹司。ゲッシ=ポピンズ!
「ハッ! メルサしゃんのまわりにいるのはもしかして、お友だちデシュか!? メルサしゃんの友だちはボックンの友だち、皆しゃんともお会いできてうれしいデシュ!!」
ゲッシはメルサのまわりにいる私たちに気づくと、ズンズンと近づいてきた。
なんだかイヤな予感がする……。
ゲッシは私の右手をワッシとつかみ取ると、おもむろに自分の股間へと引き寄せた!!
「友だチ○コ!!」
あぁっ、それ絶対にマネしたらあかんヤツっ!!
てか、こっち女のコしかいないんだからやめてよ、小○館から怒られたらどうすんのよ~!!
「さぁ、メルサしゃん、お友だちの皆しゃん! ボックンと真夏のバカンスを、楽しむのデシュ~ッ!!」
え? え? え? マジ?
こんなのがほんとうに、メルサの許婚なの~っ!!?
(つづく!!)




