大輪の女王
◇
「女王さま。謁見の方々がお見えになりました。失礼いたします」
ギウスさんがなかへと声をかけ、私たちは女王の間へと入った。
ーー女王の間。
城の内部をめぐる水はすべてこの部屋へと集まり、穏やかに流れる滝壺のようになっている。
そして、その滝壺の中心に島となる台地があり、女王さまは台地の中央に立っていた。
女王さまは背中を見せていたけど、私たちが部屋に入ると、ゆっくりとこちらを振りむいた。
……それはもちろん、美しい女性だった。でも、美しいだけじゃない。
少女のようなあどけなさと、母のような慈しみと、そして老人のような熟達さと。
ありとあらゆる人間性が坩堝のように混ざりあい、見る者をとらえて離さない強烈な魅力を発していた。
ーーこの部屋にたどり着くまでの道中、ギウスさんが彼女のことについて教えてくれていた。
『大輪の女王』、『完全なる君主』。彼女のことを形容する呼称は多いけれど、そのいずれをもってしても彼女の偉大さを表現するには物足りなかった。
女性でありながらにして、体の芯から貫いて痺れさせるほどのカリスマ性をその身にまとわせていたからだ。
ドルジェオン王国女王、ランカ=オーキッド!!
「ファスマ、ダンテリオ、ザグラス、ナルよくぞ来てくれました。特にファスマ、遠方での公務を終えてすぐに発ってくれたそうですね。ありがとう」
「「はっ!」」
女王が発言すると同時に、『聖輪騎士』の4人はその場にひざまずき、頭を垂れた。
この国の最強である騎士たちが、主である女王にかしずくさまは壮観ですらあった。
「またお会いできて光栄です、女王。このダンテリオ=ポルポンタ。お呼びいただければ、いつ何時でも馳せ参じますぞ。グロォウッ!!!」
「相も変わらずお美しい。フッ。このザグラス、あなたさまのご用命ならば命をかけて全うしましょう!」
「神の御心のままに、愛をもってあなたにお仕えいたします、女王」
ダンテリオさん、ザグラスさん、ナルさんの言葉に優しくほほえみながらうなずく女王さま。
まばたきするたびに光がまたたき、花の雫がしたたり落ちるかのよう。
聞けば、ランカ女王は『世界三大美女』のひとりに数えられているとのこと。このレベルでお美しい人が3人もいるなんて、信じられな~い!
女王さまは次に、私とヒマリさんのほうにも目を向けた。
私もヒマリさんも、女王さまの品格と風格に圧倒されて、棒立ちになったままだった。なんだか親近感。
「従者の方々も、ようこそお越しになりました。今日この場に連れられてきたということは、あなたたちは主となる者から厚く信頼されているのですね」
「そそそ、そんな、もったいなきお言葉。私なんか、ナルさまのお役になんてちっとも……」
「そ、そうです! 私もお兄さまのあとに付いてきただけで……」
「お兄さま?」
女王さまはお兄さまのほうをチラッと見やったあと、ギウスさんと視線を合わせた。
ギウスさんも女王さまと目が合うと、コクリとうなずいた。
「なるほど、そうでしたか。あなたがファスマの妹のサヤ=エルローズですね。噂はかねがね聞いていました。あとでじっくりと話を聞かせてください」
そう言って、女王さまはニッコリとほほえみかけてくれた。彼女が少し首をかしげただけで、大輪の花をモチーフとしたドレスが優雅に揺れる。
……本当に、ほほえみかけてくれただけで跳びはねそうになるくらいうれしくなる。
聖輪騎士の皆さんが忠誠を示すのになんの疑問も抱かないくらい、カンペキな女王さまだ。
と、そこでお兄さまが顔をあげ、女王さまへとお尋ねした。
「女王陛下。このたび我われを召集したのは、いかなるご用命でしょうか。全員を召集となると、ただならぬ案件とお見受けしますが」
「さすがに鋭いですね、ファスマ。察しのとおり、あなたたちを招いたのは、この国にとって重大な危機が迫っているからです。……『救い主の手』が、活動を活発化させています」
「「ッ!!」」
女王さまの言葉を聞いて、聖輪騎士の皆さんの顔つきが変わった。
常に無意識に強者としての余裕を漂わせている彼らの緊迫した面持ちから、事の重大さがひしひしと伝わってくる。
私はまたヒソヒソ声で、隣にいるお兄さまに質問してみた。
「お兄さま、『救い主の手』って……?」
「裏社会で暗躍する秘密結社だ。自身らがこの国の憂いを払う救世主だと信じてやまない危険思想を持つ。国家転覆を狙って各地で裏工作を謀り、これまでに数多くの要人が暗殺されている」
「なんですって……!?」
『秘密結社』って、なんてキケンな響きなのかしら……!
人間がコソコソ集まったりして、ロクなこと考えるはずがないわ。ひいぃ、恐ろしすぎるー!
「ふむぅ。近年、各地で多発する怪事件にはやはり『救い主の手』が関わっておりましたか。まったく不遜な輩ですな、グロォウッ!」
「まったく同感だね、ダンテリオ氏。僕も何度か任務中に接触したことがあるが、『救世主』がどうの、『理想郷』がこうの、訳の分からないことばかり言うヤツらだった。まるで中身のない要求を並べる、夢想者のようだったよ」
「神の御心に悖る、許されざる反逆者です。……怪事件と言えば、サヤさん。あなたの通うルーフェリア魔導女学院でも、先日事件があったのでは?」
「あっ!」
……そうだ。怪事件と言えば、まさしく私も事件に巻きこまれたばかりだった。
私は元・同級生のメルツバウ=コットリカが起こした先日の事件に関して、思い出せる限りのことを話した。
思いだしたくもない思い出をつらそうに語る私の話を、女王さまは急かすことなく聞いてくれた。
「なるほど。それは痛わしい事件でしたね。サヤ、その者はほかになにか言ってませんでしたか?」
「そういえば……。コットリカも去り際、『理想郷』がどうのって言ってました。たしか……『理想郷』はすぐ近くまで迫ってる、この現実世界に、って……」
コットリカが残したこの発言に、その場にいた人たちは不思議そうに首をかしげた。
「ふむぅ。それはまた、意味深な言葉であるな。人を煙に巻くようで、じつに腹立たしい。グロォウッ!」
「抽象的であるようにも、なにか具体的な事象の進行を示しているようにも聞こえるね。その捉えどころのなさは、まるで初恋に熱をあげている思春期の乙女の心のうちのようだ。そうは思わないかい、レディー?」
「馬鹿なことを言わないでください、ザグラス。断罪しますよ? ……ひとつ確実に言えることは、そのコットリカという少女は結社の一員であったと考えて間違いなさそうですね」
ナルさんの言葉に、私は身震いした。
コットリカはとっても強くて……そして、恐ろしかった。
運よく生き延びることができたけど、あの場で全員惨たらしく殺されてたとしても、ぜんぜん不思議じゃない。
あんな恐ろしいのが組織の一員だなんて……。秘密結社『救い主の手』、なんて恐ろしい組織なのかしら……!
「サヤ、大丈夫か」
「……うん。ありがとう、お兄さま」
お兄さまは、かすかに揺れる私の背中に気づき、声をかけてくれた。
優しい声に、ジンと心が暖まる。
「『救い主の手』は自身らの目標を達成する力を得るために、我が王国が秘匿している2つの『巨像』を手に入れようとしています」
『巨像』。この世界に存在する8体の巨像は、世界の中枢である『超古代円盤石』とのつながりを持ち、地表で発現する『接続点』であると言われている。
そして、8体の巨像を集めた者が、この世界を支配する力を得るとも言われている……。
「我が王国、ドルジェオンは2体の巨像を保有しています。他に『塒国』が4体、『創』が2体。いずれ、この3国での奪い合いが始まることでしょう」
『塒国』。国土面積や人口は少ない小国だが、4体もの巨像を有する。
また、特殊な忍術を操る忍たちの実力は侮りがたく、特に最強の忍とされる『八百万』の面々は数・質ともに脅威となりうる戦力である。
『創』。国土面積・人口ともに世界最大規模を誇る。軍隊による戦闘技術も発達しており、数多くの強力な武将がいる。
ただし、国家としての統率が取れているとは言いがたく、いまだ内部紛争が絶えない。
ちなみに昨年の秋、ドルジェオンは創と一時協定を結び、極秘裏に塒国に秘蔵されている『日輪の巨像』の奪取を図った。
しかし、事態を予測していた何者かの計らいによって『八百万』が召集されており、これを阻まれたらしい。
……う~ん、各国の思惑が交錯してるってカンジね。なんだか軍事戦記みたいになってきて、ちょっとワクワクしてきたかも……!
「吾輩も海外遠征で『八百万の壱』雲雀アシュナと遭遇したことがあるが、ちょっと目を離した隙に我が一個師団が一瞬で壊滅させられておった。まことに、腹立たしきものである! グロォウッ!!!」
「僕も戦場で創の大将軍・陸雲を見かけたことがあるけど、一騎で大地を揺るがし、戦局を決めるほどの存在感だった。もうあんなのと出くわすのは、ごめんだね」
「……とは言え、総合力では我が国が頭ひとつ抜けているはず。それも、女王の見事な統治の賜物です。そして、神の御加護は我が国に……」
ナルさんの言葉に、女王さまは鷹揚にうなずいた。
「ナルの言うとおり、まともに戦えば勝つのは我が国でしょう。しかし、勝利のためには我が国が保有する2体の巨像を『救い主の手』から守り抜かなければなりません。『聖輪騎士』として、よりいっそう国内の警戒を強めてください」
「「はっ!!」」
秘密結社『救い主の手』。この国を護る2体の巨像。
そして、この2体の巨像を守りぬくことが、『聖輪騎士』のみんなに与えられた使命というわけね。
コットリカもどうやら秘密結社の一員みたいだし、これから先、とてつもない戦いが待っていそうね……!
話がまとまり、解散となりかけたところで、沈黙を貫いていたお兄さまが女王さまへと進言した。
「女王陛下、たしかに『救い主の手』の横行は国家の安全を揺るがす憂慮すべき事態です。しかし、暗い話ばかりではございませぬ。ご報告ですが、我が妹・サヤが『召喚』のスキルに目覚めました」
「「!!」」
お兄さまの報告に、『聖輪騎士』の皆さんも驚いた様子を見せた。
このメンバーがこれだけ驚くなんて、もしかして私、ホントにスゴいことしちゃったのかも……!?
「ミュッ、ミュッ、ミュウ~♪」
いつの間にかまた私の服に潜りこんでいたネネミュウが顔を出した。
その場にいた全員の視線が、私とネネミュウへと集まって、ギュ~ッと凝り固まるのを感じる。すごい関心度。
「サヤ、実にすばらしいスキルです。『召喚』の力に目覚める者が現れるのは国家の……いえ、世界の命運を決めるような重大なときであると言われています。ですよね、ギウス?」
「おっしゃるとおりです、女王陛下。千年に一度起こるとされる『巨像』の大変革、『大柱合』は間もなく起こると目されております。東洋の辺境の地では、『破天の儀』などとも呼ばれているようですが……。サヤ殿、あなたのスキルの覚醒は、その前触れなのかもしれませぬな」
ギウスさんの補足にうなずき、女王さまは大きく両腕を広げた。
大輪の花を模したドレスを着た彼女が腕を広げると、まさしく花がせいいっぱいに大きく花弁を広げたかのようだ。
「サヤ=エルローズ。あなたに、この王城を自由に出入りする権限を与えましょう。この王城には、ここにしかない貴重な魔導書も数多く保管されています。気軽にまた遊びにいらっしゃい」
そう言って、女王さまはまた私にほほえみかけてくれた。
え? え? この王城に出入りしていいの?
やったー! この綺麗なお城はため息が出るほどに美しいし、いるだけでホッと癒される。
貴重な魔導書も読めるなんて、ノハナがうらやましがってしまいそうだわ。
それに、このあまりにも素敵な女王さまにまた会えるかもしれないし……!
こうして、私たちは女王との謁見を終えたのであった!!




