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幸福な目覚め


 花緒沙耶およびサヤ=エルローズの物語が始まります。


 ーーサヤ。サヤ……。


 ……私、眠ってた?

 フワフワなベッドと、あたたかなお布団の感触。実家は道場で質素だったから、煎餅布団しか知らない。


 窓が開いてるのかな? レースが揺れるのにあわせて、まぶたの向こう側で光が遊んでいるのを感じる。

 そよそよと風が頬を撫でて気持ちいい。それに、すごくいい香り。風が香りを運んでくるんだ。


 ああ、幸せだ。このままずっと眠ってたい……。


「サヤ。目を覚ませ、朝だ」


 んん!? 誰かが私を起こそうとしてる?

 てか、ここドコだっけ。私、なんで寝てたんだ……?


 花を愛でるような手つきで体を揺すられて、私はそぉっとまぶたをひらいた。

 そして私はまぶたをひらいた瞬間……絶叫した。


「ギョエエエエエエエエエエ~~ッ!!!」

「サヤ、どうした……!?」


 イイイイイ、イッ、イッ、イケメン!!?

 しかも何コレ、超国宝級!! しかも匂い立つプラチナ・ブロンドの外人さん!! しかも超近ぇ~ッ!!!!!


 謎のイケメンは慈愛に満ちた表情でますます顔を近づけて、私の顔をまっすぐと見つめてきている。マジでやめて、死ぬ。


「サヤ、悪い夢でも見てたのか? 今日から新学期だから、不安な気持ちが夢に現れてしまったのだろう」

「えっ!? えっ、ええ、そう、悪い夢をまざまざと! 思わず錯乱してしまいましたわ、オホホホ!」

「体調は悪くないか? 初日からあまり無理をしないほうがいい。学院に欠席の連絡は入れておくから、今日はゆっくり休め」

「いぃえぇっ! 体は健全そのものですから大丈夫ですぅ! どうぞお気になさらず!!」

「そうか。それならば安心した。だが、少しでも異変を感じたらすぐにでも申しでるのだぞ? では、先に食堂へ向かっている」


 そう言うとイケメンは愛おしそうに私の頭を撫で、おでこに軽くキスをした。

 あ、騎士の格好。アニメとかで観たことがあるけど、本物は初めて見た。彼はマントを華麗に翻すと、私の寝室(?)を出ていった。

 

 ……なんだ。いったいなんなんだ。これは幻覚か? 禁断症状なのか?

 国宝級の外人イケメンが、優しく起こしにくる。しかも、超激甘。

 でも、恋人みたいな感じはしなくて、大切な妹として見てくれてるような感じだったな……。


 状況が理解できなくて、私は部屋のなかを見まわした。

 天蓋付きの広すぎるベッドに、グランドピアノかってくらい立派な化粧台。でも、化粧台にたくさん乗ってる小ビンは魔法のお薬みたいに可愛らしかった。

 まるで、王侯貴族の部屋みたい。こんなの世界史の資料集でしか見たことない。

 

 私は目をつむり、記憶の糸を手繰りよせてみた。


 ーーそうだ、だんだん思い出してきた。

 私は『流浄(るじょう)(さかい)』ってところで、ヒヅキちゃんってコと出会ったんだった。


『流浄の境』は目が覚めるような青空で、どこまでも綺麗なお花畑が広がっていた。ヒヅキちゃんってコも、宝石をそのまま人間にしたみたいに綺麗なコだった。

 ヒヅキちゃんから「新しい世界に転生するから」って言われて……。『魂珀のピアス』ってアイテムを渡されて……。


 そうだ、ピアス!

 私は自分の耳に手を当てると、転げるようにして化粧台の前へと駆けこんで、鏡を覗きこんでみた。


 ……付いてる、右耳に『魂珀(こんはく)のピアス』。数本の蔓を絡みあわせたかのような繊細な造りに、緋色の宝石がひとつ。これまた国宝みたいに綺麗。

 おまけに私の髪も、さっきのイケメンと同じプラチナ・ブロンド、瞳も外国人みたいな青色になってる。スゴい!


 顔つきはもともとの私の名残はあるけど、部分部分は外国人で不自然にならないように細かく修正されてる気がする。言わなければ元が私だって気づかないかも?


 ……こんなお顔になりたかったんだよなぁ。最近の整形の技術はメチャ凄らしいけど、とても高いみたいだし、思い切りが要るよね。すっごくトクした気分!


 とと、鏡に映った自分を見てニヤついてる場合じゃなかったわ、私ったら。

 食堂に行けって言われてたわね。早く支度をして向かわなきゃ、食堂どこにあるのか知らないけど!


 櫛とか、化粧台に乗ってるそれっぽい品でそれなりに顔と髪を整えたあと、慌てて部屋を走りでた。


「「「お待ちしておりました、サヤお嬢さま」」」

「ぅわぁおっ!!!」


 危うく廊下の床にダイビングするとこだった。

 廊下出たら、執事の人めっちゃおるやん!


 しかも、黒髪イケメンに爺やタイプにゴスロリメイドと、バラエティ豊かに10人くらいいて穴がない。無敵執事軍団!?

 

「サヤお嬢さま。本日も食堂までお供いたします」

「え、ええ。よろしくお願いいたしますわ」


 お供いたしますと言いつつ、執事軍団は先に歩きだした。どうやら食堂まで先導してくれるみたいね。ラッキー!


 ……長い長い廊下。天井も見上げるほど高くて、びっしりと絵が書きこまれている。いったいこのお屋敷はどれくらい広いのかしら?

 私は自分のすぐ前を歩く優しそうな爺やに近寄ると、そっと耳打ちをした。


「あの。恥ずかしながら私、今朝転んで頭をぶってしまいまして……」

「なんと、それは一大事! サヤお嬢さま、お体に変わりはございませぬか!?」

「ええ、大丈夫なの! 心配は要らないわ。ただ、どうやらそのとき頭を強打したようで、いささか記憶が混同してしまったようですの。記憶を整理するために、少しお話を伺ってもよいかしら?」

「ええ。私でお役に立てるのであれば喜んでお話ししますぞ、サヤお嬢さま!」


 爺やは爺やのご多分に漏れず、お話し上手で話し好き! おかげでスッキリ、私が今置かれてる状況がすぐに分かったわ。


 ーー私が今いるこの国は『ドルジェオン』、そしてその王都である『カピテリス』。どうやら私は、王都に住む貴族の娘に生まれ変わったみたい。

 しかも、貴族のなかでも最上位に位置する上級貴族! どうりで華やかなお屋敷だと思ったわ。お屋敷というか、もはやお城ね。


 ……とんでもないところに転生してきちゃったわ。分かったら逆に不安になってきた。

 道場の娘が、こんなハイカラな場所でやってけるのかしら……?


 そうこう言ってるうちに、食堂へとたどり着いた。食堂の中央に並ぶ長テーブル。そこに並べられた料理の数々に、私は目を奪われた。


「わぁ……!」


 焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。

 え、フランス料理のフルコース?

 すごくいい香り! お腹が鳴っちゃったらどうしよう! でも、朝からこんなに食べられるかしら?


 テーブルの向こう側では、先ほどまで私の部屋を訪れていたイケメンが静かにティーを啜っていた。

 こんなにご馳走が並んでるのに、ティーしか飲まないのかな? そう言えば、朝から騎士の格好をしてたし。


「えと……。()()()()、お食事は摂られませんの?」

「ああ、既に軽食は済ませている。今朝の公務は始まりが早くてな。お前が起きてくるのを待ったら、出発するつもりだった」


 ……優しい。ホントはもう出発しなきゃならないのに、私が起きるまで待っててくれたんだ。

 さっきの爺やの説明で、このイケメンの正体は既に割れている。

 

 ーーこの方は私の自慢のお兄ちゃん、ファスマ=エルローズさま!!

 このエルローズ家の現・当主にして、『ドルジェオン』最強の魔導騎士なんだって! すっごぉ~い!!


 元・道場の娘として、私が『最強』という言葉に弱いのは言うまでもなきこと。しかもこのお兄さま、なんだか私のことを溺愛しているような……。

 お兄さまは慈愛に満ちた顔で私に一度ほほえみかけると、席を立った。


「サヤ、すまないが私はもう出発する。ゆっくり朝食を楽しんでくれ」

「はいっ、お兄さま♥️」


 おててをフリフリ、なに食わぬ笑顔でお兄さまを送りだした。


 ……さて、目の前に広がるこの大量の料理。フォークにナイフ、和食オンリーで育った私が上手に食べられるかしらん?


 でも、心配はご無用でした。

 食事の作法などはサヤ=エルローズとしての肉体の記憶が刻みこまれているらしく、手が自然と動く。これで手つきがおかしいと怪しまれることはないわ。


 私はまさしく貴族の令嬢にふさわしいお作法でフォークとナイフを手に取り、前菜のテリーヌを口に運ぶと……。


 うんまあああああああああああぁっ!!!

 何コレ、うまっ! ヤバい、どれ食べても美味しすぎ、料理を口に運ぶ手が止まらない!


 ……ハッ! いけない、私ったら。今の私は貴族の令嬢。料理にガッツいてたらはしたないわ。自制しなきゃ……!


 でも、本当においしい。フワフワのパンに、鼻の奥いっぱいに広がる小麦粉とバターの香り。じっくりコトコト煮込んだ、甘味と塩味が絶妙なバランスのオニオンスープ。

 貴族って、ホントにこんな美味しいものばかり食べてるんだ。これから毎日こんな料理が食べられると思うと、幸せだなぁ。。


 続いて、デザートのほうにも手を出してみる。

 濃厚なミルクアイスが乗っけられた焼きたてのアップルパイに、ピスタチオ×チョコレートのサクサクドーナツ。


 ……ダメだ、美味しすぎる……!

 でも、こんなに好き放題食べてたらカロリーが……!


「サヤ様。本日のスイーツのお味はいかがですか?」


 口のなかをモグモグいっぱいにした状態で、声がしたほうを振り向く。

 すると、そこにはプクプクのホッペをした背の小さな女性が、陽気に小躍りしていた。


 ーー妖精さん? ……いや、格好はパティシエだ。

 私はゴクンと口のなかのものを飲みこむと、女性に問いかけてみた。


「ゴメンなさい。私、今朝転んで頭をぶつけちゃったみたいで……。あなたは?」

「私はブラン=カプリコット。パティシエとして、エルローズ家にお仕えさせていただいております♪」


 そう言って、彼女は深々と頭をさげた。

 彼女が、この素晴らしすぎるスイーツを作ったパティシエなのね。ちょっと失礼かもだけど、まるで木の蜜の妖精さんみたい。

 特に、フルーツを使ったスイーツの美味しさはほっぺたが落ちるほどだわ!


「すごく美味しいわ、ブラン! でも、毎食毎食こんなにスイーツを食べてたら太りすぎちゃうわね……」

「「心配はご無用です、サヤ様」」

「えっ??」


 今度はふたり組の女の子が現れた。

 あっ、魔女みたいな黒いローブを着てる!

 それに、お顔も瓜ふたつ。背格好もすっかり同じだし、このふたりはきっと双子ね!


 可愛らしい女の子がふたりで、可愛さも2倍!

 片方の女の子は頭の右側に赤い花飾り、もう片方は左側に青い花飾りを着けていた。


「私たちはエルローズ家付きの美容魔術師、マリィ=シュペロンドと」

「リリィ=シュペロンドです♪」

「美容魔術師?」

「はいっ。私とリリィは魔術でサヤ様が美しくいられるよう、サポートいたしております」

「いたしております♪」


 えっ……。何それ、超気になるんですケド。いったい何をしてくれるんですの?


「私とリリィの美容魔法のひとつ、『永遠の零(エターナル・ゼロ)』はサヤ様が召し上がったもののカロリーをゼロにすることが可能です。温かいパイに冷たいアイスをかければ温度差で相殺されてカロリーゼロ。ドーナツはその形状(O型)に『ゼロの理論』が働いてるからカロリーゼロとなるのです」

「なるのです♪」

「なっ、なんですってええええぇ……!!」


 えっ、えっ、お腹いっぱいになるまで好きなだけ食べていいってこと? この超絶ウマすぎるスイーツたちを??

 嬉しいけど……背徳感ヤバすぎ!! あと『ゼロの理論』ってなに!?


「サヤ様が学院からお帰りになられたら、痩身エステ魔法も行わせていただきますからね」

「ますからね♪」

「シュペロンド姉妹もこう言っていることですし……。スイーツ、お好きなだけいかがぁ~?」


 ヤバい……。ヤバいヤバいヤバい!!

 ブラン=カプリコットとシュペロンド姉妹の凶悪コンボ。この組み合わせは、人間をダメにする! 欲望に溺れる!!


「あっ! いけない、私ったら。宿題の見直しを忘れてましたわ。ちょっと早いけど部屋に戻りますわね、オホホホホ……」

「「えぇ~」」


 私は誘惑を断ちきるようにして、そそくさと部屋を出た。

 太らなければいいという話じゃないよね。腹が破裂するまで貪り尽くす自信があるわ。貴族の令嬢がお菓子にガッツいているのは見目が悪いもの!


 ……でも、スゴいな貴族の生活。これからこんな日々が続いていくのかと思うと……幸せすぎる!!




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