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兄が連れ込んだ女が悪役令嬢だった。  作者: 京栞


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#8 悪「役」令嬢の秘密ー2(ミスティ視点)

**一部残酷な描写が含まれますのでご注意ください!**

 泣きつかれて眠ってしまわれたヴィオラ様が、当分の間は眠っておられるであろうことを確信すると、私はそっと廊下に出て、自らの主の元に向かう。

 私の主人は机に向かい、何かしらを書きつけていたが私が部屋に入ると手を止めて私を見やる。

 薄氷のように溶けてしまいそうな美しく儚げな銀の髪に、冬の良く晴れた日のような蒼い瞳を持つ、私の最愛、レイチェル様が私に問う。


「ご苦労様。それで、ヴィオラ様の様子は?」

「やはりお疲れだったようで、とりあえず湯浴みを後に回しお休みいただいております」

「そう。無理もありませんね。明日になれば忙しくなるのだし、しっかり休んでいただけるなら今夜はそれで構いません。それで、ミスティは彼女のことをどう見ていますか?」


 恐らくすべてを察しているであろうこの人に、それでも、伝えるべきかを迷ってしまう。

 彼女の事情を知りながらお仕えしていると、ほとんど気になることは無いがレイチェル様はまだ、学園の入学資格もない12歳の令嬢なのである。

 それでも、主人に対して隠し事は決してできないし、そもそもそれを確かめるためにヴィオラ様付きを命じられたのだから、報告せねばなるまいと私は口を開く。


「まず、一つ。ヴィオラ様は間違いなく聖女でしょう。閣下とあれほど長時間過ごして疲れ程度で済んでいることは勿論、お召し替えの際に触れた箇所からこちらにも神聖力が逆流してくるので、初代の聖女と同じくらいの強大な加護を与えられているのかと」

「ええ。間違いないと思いますよ。やはり、私と同じ女神の子の魂を持つ貴女なら気付いてくれると思いました。教会や神殿の聖職者たちが気付かなかったのなら私に異常が生じているのかとも疑いましたが、それはなさそうですね」


 顔色一つ変えずにレイチェル様は頷いた。閣下や客人であるヴィオラ様の前では子供らしく表情をころころ変えるこの人は、素に戻ると滅多に表情を変えることは無い。

 聖女に気付くことが出来るのは、女神への信仰心が高い魂か女神が直接創り出した存在だけ。私とレイチェル様は後者、この世界を管理する女神が直接創り出した存在の成れの果てだ。かつては天使と呼ばれていた私たちには、魔王に手を貸したことへの罰が下ってもなお、強力な天使の力が一部残っている。

 それでも、天使の加護の多くは人間の肉体で容易く耐えられる類のものはそう多くなく、女神に仕える高位の聖職者たちなら同じように一部の権能が与えられる。その中で一番一般的なものが女神の加護を見抜く鑑定眼である。

 鑑定眼を持つものであれば、聖女かどうかなど一目で見抜けるため、普通であれば、ヴィオラ様は大切な宝玉のように扱われるはず。

 それなのに、聖女の話は今まで一度も聞いたこともなければ、ヴィオラ様が大切にされている様子もないのは異常事態である。

 そしてさらに異常なことがある。


「もう一つ。悪趣味なあのドレスで上手く隠されていましたが、ヴィオラ様の体には数百を超える傷があります。聖女の自己治癒能力の高さをもってしてもなお後に残るほどの傷が、幾つも。ご本人は自分が悪いと、二人には知らせないでくれと大分追いつめられていましたが、あれは人為的に痕が残るようにつけられた傷でしょう」


 こぶしを握り締めることで、怒りを何とか抑え、先ほど見てしまった光景をつぶさに報告する。流石のレイチェル様もヴィオラ様の傷の状態を聞くと眉を顰めた。


 着用者の寿命を縮める悪質なコルセットに露出の多い娼婦のドレス。ただでさえ時代遅れの生地は品位を下げると言われるのに、格式の高い家の令嬢がこんな衣装ではどれだけ批難の目にさらされたことだろう。

 高貴なはずの公爵令嬢に付けられた無数の傷は、どれもドレスからはみ出ないよう上手く調整されていた。余りにもすれすれのところにまで鞭を振るった痕が残っているのを見るに、普段からこうやって質の悪い遊びに使っているのだろう。聖女の基礎的な能力、人より幾分か傷の治りが早い自己治癒能力の高さがあっても、治る前に新しい傷をつけられるのでは、どうあっても完全に治すことは無理だろう。

 血のにじんだ皮膚、黒く変色した痣、擦り切れて皮の剥けそうな瘡蓋……。スラムに住まう貧民でさえ滅多にならないような酷い状態。言葉に出すのも悍ましくなりそうな状態でよく正気を保ち続けたと胸が苦しくなる。


「……なんとなく、あの態度から恵まれた環境ではないことは察していましたが、ここまであからさまに酷い仕打ちをしているとは分かりませんでしたね。貴女にも辛いことをさせましたね。私の責任です」

「いえ、そんなことはどうだって構いません。一体どんな輩であれば、同じ人間相手にあのような仕打ちが出来るのですか! あの方を絶対に元の環境には戻せません」


 私が元天使で、彼女が聖女であることとは関係なしにあのような傷を負った人間を保護しないわけにはいかない。そして同時に私の元天使としての誇りが、傷を与えた卑劣な人間を許すなと言っている。

 私と同じ過去を持つレイチェル様も気持ちは同じらしく、私の言葉にうなずく。


「ええ。幸いにお兄様は純粋にヴィオラ様の事を気に入っていらっしゃるし、この屋敷で保護することになっても反対は無いでしょう。周りの反発についてもこの通り……この手紙があれば解決できます」


 レイチェル様が書きかけの封筒を差し出すのを受け取って宛名に目を見張る。


「この方は⁉」


 驚く私にうなずきながら、レイチェル様は手紙を書き終える。私が返した封筒に便箋を入れると、ろうで封をし、印章を押し、銀色の魔法鳥を呼び出して託す。送り先は皇城だ。


「一通目は、彼に。関係者でもあり、統治者であり、ついでに私たちに最も近い存在の彼なら、なすべきことを正当になせるでしょう」


 レイチェル様はもう一つ封のされた手紙を取り出すと、今度は私に差し出す。天使の頃からずっと変わらない強い澄んだ瞳に宿る意志の美しさに、私の心はいつも感動で震え、自然と跪いてしまう。


「もう一通は貴女と貴女の部下たちに。私の最も信頼する影たちに情報取集を頼みたいの。悪役令嬢を連れ込んだら聖女だった……なんて、何かを仕組んでいる輩がいるに違いありません。リドニクス家を中心に悪役令嬢の噂について徹底的に調べ上げなさい。悪しきものを決して見逃さないように」

「かしこまりました、我が主」


 部屋を辞して、屋根裏への階段を上り、私は自分の白い髪を縛る。後ろには数人の『影』がいる。


「レイチェル様のご命令だ。リドニクス家を調べるぞ」


 夜は長い。長らく関わる気のなかった社交界であっても、一晩あれば情報は十分集まるだろう。

 私はメイド服を一瞬で黒装束に着替えると、闇の中へと静かに溶けていくのであった。

いつもお読みくださりありがとうございます。

よろしければ評価やレビューの方もよろしくお願いいたします。

次回更新は12/31を予定しております。

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