#5 グロッタ伯爵家ー1(レイチェル視点)
(時と場所は夜会後の屋敷に戻って)
応接室で私、ヴィオラ様、お兄様の順にコの字型にソファに座る。ジュリアンは紅茶を用意すると部屋の外で待機すると出て行ってしまった。
「……そういうわけで会場から出てしまってね。格好もつかないし一先ずここにお連れしたわけだ」
「レオナルド様を巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「ヴィオラ嬢、私が勝手に首を突っ込んだのですからお気になさらず」
「レオナルド様……」
お兄様にとりあえず、成り行きを説明してもらった。学園性の卒業を祝う夜会で、爵位を継いでいない若者ばかりであるのを利用され、自身の義妹と浮気した第一皇子に謂れのない婚約破棄宣言。その際に助け舟を出そうとしたお兄様共々会場から出されてしまったと聞く。
「……有罪」
「え?」
「レイチェル? ……ああ」
私の様子を見て、お兄様は私が激怒していることに気づき、苦笑する。
社交界にデビュー前の私ですら、公衆の面前で婚約破棄を言い渡されることがどれだけ名誉の傷つく行為かということは知っている。真実かどうかは関係なく、表沙汰にされてしまったならば否応なしに広まるものなのだ。しかも、浮気相手が同じ家の者であるならば、家門に見捨てられたも同然。名誉挽回の機会も与える気がないのではなかろうか。
「……有罪です! 第一皇子だかなんだか義妹だか何だか知りませんが、仮にも誇りある貴族のすることとは思えません! いえ、貴族以前に人として恥ずべき行為です! 断罪されるべきはその者どもでしょう!」
夜会での出来事を聞いて火山の如く噴火する私。
苦笑いのお兄様。
困惑しているヴィオラ様。
三者三様である。
「……一先ず事情は理解できました。よく助けましたね、お兄様。そこは評価して差し上げます」
「これで誤解は解けたよね? 僕は親切をしただけだよ」
お兄様は物腰こそ柔らかいがあまり他人に興味を持つ方ではないので、常日頃から紳士として行動をしてくださいとお願いしてある。少しばかり方向性を間違えて遊び人として受け止められているが、積極的に首を突っ込むような方ではないのは確かだ。
下心は誤解と話すお兄様だけれど、先ほどからチラチラとヴィオラ様の方を気にしているのはバレバレだ。だけ、ではないだろう。これは間違いなく惚れている。
「では、邪な思いは一切ないと?」
「……まあこれだけ美しいご令嬢といられる幸運には感謝しているけれどね。ねえヴィオラ嬢」
「れ、レオナルド様?」
お兄様ならここは形だけでも否定するかと思ったのに。平然と返した挙句、ヴィオラ様に向かってウインクまでしている。いつもの鈍感系お兄様ではない。これでは魅了の伯爵とかいう馬鹿げた呼び名そのものだ。
変に堂々とアピールしているお兄様とは正反対に、こういった言葉には慣れていないのか、ヴィオラ様のお顔は林檎のように真っ赤になっている。どうやら初心な高位令嬢には刺さるらしい。
「お兄様、その辺にしてください。ヴィオラ様、今夜は大変だったかと思いますがどうぞゆっくりしていってくださいね」
私がお兄様を諫めてヴィオラ様に言うと、ヴィオラ様は表情を硬くして頭を下げる。顔は先ほどとは対照的に青くなっているのでまた思い詰めているようだ。これなら、お兄様にもうアプローチさせていた方が良かったかもしれない。
「……本当に、ごめんなさい。あなたの大切なお兄様を巻き込んでしまって。私のせいで殿下に目をつけられてしまったからこれから大変かもしれないわ」
「顔を上げてください! ヴィオラ様は何も悪くありません。それにお兄様が首を突っ込んでくださったおかげで我が家はこんなに素敵なご令嬢をお招きできましたから、一皇子からのやっかみなど安いものです」
ヴィオラ様に頭を上げさせて、先ほどお兄様がやっていたようにウインクしてみせる。目鼻立ちの整ったお兄様ほどの威力は無かったみたいだけれど、ヴィオラ様はぽかんとした後、顔をほころばせてくれたのでまあ及第点だろう。
ぱん、と私が手をたたくと背後に白いボブヘアのメイドが音もなく現れる。私のメイドのミスティである。私より3つ年上なだけの彼女も使用人が少ない屋敷の主戦力である。
驚いているのはヴィオラ様だけで、私もお兄様も彼女がこのように現れるのはいつものことだから平然としている。いや、お兄様は少しだけ肩が上下していたようだけど。
「ミスティ、浴場は空いているわよね?」
「はい、客室もすでに整えてあります。抜かりはありません」
「ありがとう、流石は私のミスティね。ヴィオラ様、2階の客室は準備が出来ていますので、入浴だけ済ませてもうお休みになってください。後始末については明日の朝考えましょう!」
「確かにその方が良いと私も思いますよ、ヴィオラ嬢。疲れがたまっていてはいいアイデアも浮かばないでしょうから」
ミスティに準備が整っているかを確かめ、今日はもう休むように提案する。お兄様もヴィオラ様が疲れていることを察したのか後押ししてくれる。先ほどこちらに来る前のジュリアンの発言からいつもの女性たちとは事情が異なることを察した私が、客室と浴場を手配するよう頼んでいたのだ。
今のヴィオラ様の状態を見ても、展開の速さについていけていないことは明白なので、今夜はとりあえず休んでもらった方が良さそうだ。
私の提案に、少しの間だけ躊躇していたヴィオラ様だが疲れも溜まっていたのだろう、今日はもう休むことを承諾してくれた。
「……そう、ですね。すみません、お言葉に甘えさせてください」
「人手が少ない屋敷なので不便をおかけするかもしれませんが、今夜は私のメイドが身の回りのお手伝いさせていただきます。ミスティ、こちらはヴィオラ・リドニクス公爵令嬢よ。高貴なお客様だからしっかりお仕えして頂戴」
「ミスティと申します。苗字のない平民にございます。屋敷内には侍女がおりませんので私のようなものがお側に侍らせていただくことをご容赦いただきたく存じます」
「ヴィオラ・リドニクスです。人を付けていただけるだけで嬉しいですわ。今日はよろしくお願いしますね」
高位貴族には見下されがちな平民であることを話したにもかかわらず、ヴィオラ様は笑顔で名乗り返してくれる。
普段はほとんど態度の変わらないミスティも少しだけ驚いたようで返事をするのには一瞬の間が空いた。
「……ご丁寧にありがとうございます。それでは客室にご案内しても大丈夫でしょうか?」
「え、は、はい! お、おやすみなさいませ。レオナルド様、レイチェルちゃん」
「おやすみなさいヴィオラ様!」
「おやすみなさいヴィオラ嬢」
そのままミスティがヴィオラ様を案内していくのを笑顔で見送る。足音が遠のいていくことを確認した私は、笑顔のお兄様に向かって話しかける。確かめなければいけないことがあるからだ。
「お兄様」
「ん?」
「お兄様はヴィオラ様の事を気に入ったのですね?」
お兄様は先ほどまでの優し気な笑い方を止める。雰囲気が少しだけ変わったお兄様が浮かべた笑みは正しく魔性の笑みと呼べるものだった。
「うん。皇子様がいらないっていうなら欲しいなぁって思うんだけど。あれほど可愛い子は中々いないし。僕に『耐えられる』人間でもあるんだからさ」
この答え方では、私の知りたいことは聞けそうにない。仕方がない。直接聞くのはお兄様を疑うようで嫌だけれど。これを理解しているのかどうかでこの後、私がどう動くべきなのかを判断しなければならない。
そう、お兄様は果たして知っていて惚れたふりをしているのだろうか。
「……気付いて、いるのですか?」
———ヴィオラ・リドニクスが、聖女であるということを。




