#16 兄の連れて来た令嬢は聖女だったー4(ヴィオラ視点)
「……尊い血筋の方へ拝謁となるとこれくらいがちょうどよいかと思うのですが。いかがですか、お嬢様方?」
「そうですね、このドレスなら失礼にもなりませんし、サイズ調整もすぐにできそうですから良さそうです。どうですか、お姉さま?」
「私には、もったいないくらい素敵なんですが、その……」
リアラが持参したドレスの中で私に勧めてくれたのは、よくあるデイドレス。今流行りの少しシックなデザインでありながら、所々にリボンが取り付けられているおかげで、可愛らしさも感じられます。既製品ではあるものの肌の露出も少なく品がある、皇帝陛下への拝謁も失礼にはならなさそうなドレスです。
ずっと、露出の高いドレスや時代遅れのデザインのドレスばかり着ていた私にとっては、こんなに素敵なドレスを着られるというのはとても嬉しいことです。
ですが、一つだけ。
「ど、ドレスの色が蒼というのは恥ずかしいのです! その、先日まで皇族の婚約者であった者がグロッタ家の色を纏う、というのはご迷惑にもなりますし……」
ドレスの色は綺麗な暖かい海の蒼。グロッタ兄妹の瞳とちょうど同じ色です。
若者はそこまで気にしないと言いますが、それでも親の世代に当たる方は男性の色を纏う女性、もしくは女性の色を纏う男性はその人を恋愛対象として慕うもの、あるいはその人の『予約済み』と見なします。
まだ婚約破棄が成立したかも定かでない令嬢が、保護先の色を纏うのは流石に不敬が過ぎるでしょう。
私がそう言うと、リアラとレイチェルちゃんはしぶしぶといった風にうなずきます。
「リドニクス様であれば閣下の蒼も良くお似合いになると思うのですが……」
「お姉様の言うことは間違ってはいませんからね。ここは折れて次の機会をうかがいましょう。……ではこれならどうですか? 白なら皇族への不敬にはなり得ませんし」
代わりに示されたのは、近いデザインの白いドレス。
こちらであれば変な誤解もさせずに済みそうです。
「そうですね、それでお願いします!」
「かしこまりました。それでは丈の調整の為に一度着替えてみましょう。お手伝いいたします」
「! いえ、その!」
リアラの申し出に、つい反射的に拒否の声を上げてしまいます。
過剰な私の反応にぴたりとリアラが動きを止めました。
私の体には、無数の傷跡があります。
もうとっくに痛覚が麻痺している部分もありますから、新しいものでなければ痛みもしませんが、かなり見苦しいものであることは間違いありません。
距離を取って俯く私に、レイチェルちゃんが優しく声を掛けます。
「お姉様、リアラは他人のことを勝手に外に漏らすようなものではありません。信じていただけませんか」
柔らかい声でありながら、引く様子はなさそうな声につい頷いてしまいます。
「それでは、失礼いたします……あら、とてもきれいなお肌ですわね、流石公爵家のご令嬢ですわ」
リアラの手が私の服に手をかけ、手際よく装いを解いていき、傷だらけの腕が露になるその瞬間、思わずぎゅっと目を瞑ったにも関わらず、予想していたものとは違う反応に戸惑った私は、自分の腕を見て、驚きに目を見張りました。
「傷が、無い?」
昨日まであれほどはっきりと残っていた傷が綺麗に治っていたのです。
確かに今朝起きたときは傷が殆ど痛まないとは思っていましたが、肌がここまできれいだったことは無かったはずです。
思わず、昨日今日と着替えを手伝ってくれたミスティを見ますが彼女も驚きを隠せない様子でした。
「どうされましたの?」
「ええと」
「リアラ、今はあまり時間がないので先に調整を急いでいただけますか? お姉様とは謁見に関する打ち合わせもしたいので」
「……そうですわね。お話はまた次の機会にしてお嬢様方の服を仕上げなければ」
私の反応を疑問に思ったリアラが訳を尋ねようとするところを、レイチェルちゃんが遮り、作業の続行を促します。
正直なところ、今聞かれても私にも説明できそうになかったので大変助かったのですが、それにしてもレイチェルちゃんには動揺が見られないことが不思議です。傷のことは知っているはずなのに、私の肌がきれいなことにも動揺せず、かといって、私に傷があったことも疑ってはいないようでした。
気になって彼女のことを見ていると、レイチェルちゃんは視線に気づいたのかこちらに向かって微笑みます。
「お姉様、リアラの確認が終わったら休憩をいれましょう」
言外に話があることをほのめかした彼女にどんな話をされるのだろうかと思いながら私は頷きます。
リアラはその隙に調整を終わらせて、満足そうに頷きます。
「リドニクス様はスタイルがとてもよろしいので、この分なら余裕で丈詰めも間に合いますわ。着付けもわたくしがお手伝いさせていただきますからお二人は打ち合わせでもしていらしてくださいまし」
「頼みましたよ、リアラ」
「お、お願いします。リアラ」
部屋を再び移動し、私の宛がわれた客室に戻ると、ミスティが先に戻っていて、二人分のお茶を準備していました。
私とレイチェルちゃんは、なんとなく無言のまま席に座ると互いに紅茶を一口飲みます。
先に口を開いたのはレイチェルちゃんの方でした。
「傷は、もう大丈夫そうですね」
「あの、決して騙したとかでは! 昨日まで傷があったことも、ミスティに見せた傷も偽りではなくて! 私にもどう説明すれば良いのか!」
「分かっています。むしろ予想通りでした」
「予想、通り?」
レイチェルちゃんの思わぬ言葉に、私は戸惑います。
私でさえ、自分の傷が治ったことに驚いているというのに、なぜ予想通りだと言えるのでしょうか?
「お姉様、髪のお手入れは誰がやっておられるのですか?」
「え? それは、侍女がやっていましたが」
突然話が変わったことに驚きながらも質問に答えます。
なぜかは知りませんが、あれだけ私に厳しい義母は、髪の手入れだけは毎回侍女に命じてさせるのです。そのおかげか、地味な色の私の髪は、体の傷を察することが出来ないほど美しいと評されています。悪い噂ばかりの学園生活でさえ、この髪の艶だけはひどく言われたことはありませんでした。
「では、お姉様の髪色をお聞きしても?」
「え? 茶色ですよね?」
何を当たり前の事を尋ねているのでしょうか。
しかし私の返答を聞いたレイチェルちゃんはため息を吐いて教えてくれたのです。
「まさか本人にも悟らせないままだったとは恐れ入りますね。……お姉様の髪は茶色に染められているだけです。お姉様の髪は綺麗な金色、つまり」
ピンクゴールドと金。あなたが聖女である証です。
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