#14 兄の連れて来た令嬢は聖女だったー2(レイチェル視点)
「お待ちしておりましたヴィオラ様、レイチェル様」
先に移動していたミスティを筆頭に、待機していた使用人たちが恭しく礼をし、私たちを席に案内する。
上座に座るべき主人が不在なので、私とヴィオラお姉様は向かい合う形で座る。
皇城にあがる機会が多かったせいなのか、ヴィオラお姉様の所作は洗練されていて一種の絵画かのようなレベルである。
「ヴィオラお姉様は胃もお疲れかと思いまして、本日は比較的すっきりとした味わいの料理をそろえさせました。もしお口に合わない場合などはすぐお申し付けください」
使用人たちが運んできたのは、黄金色に透明なコンソメスープと白パン、野菜のテリーヌとフルーツの盛り合わせ。出来るだけ重い食材は避けたあっさりとした味わいの料理ばかりである。残したくなっても気に病まないように、量も一応少なめにして盛らせてある。
お姉様がテーブルの料理の少なさに軽く目を見開く。
「母なる女神に糧を与えてくださった感謝を。いただきます」
「っ、母なる女神に感謝を。……い、いただきます?」
軽く食前の祈りを捧げた後、「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。元は魔族が言う食前の決まり文句だが、糧たる食材そのものに感謝を捧げるこの言葉を私はそれなりに気に入っている。お兄様は未だに祈りの言葉を外以外で言わないので、屋敷内では大体こちらだ。
遅れてヴィオラお姉様が祈りの言葉を口にした後、見様見真似といった形で私の動作をまねてから食事に入る。
白パンをスープに浸して、一口齧ったお姉さまの動きが止まる。
「すみません、あまりお気に召されませんでしたか?」
「いえ、とてもおいしいです。私の負担にならないようなメニューにしていただいたこともとても嬉しく思います。ですが、その、ミートパイやストロガノフなどは、お食べにならなくて良いのですか?」
少し言いづらそうに肉料理の不在を尋ねるお姉様が何を考えているかはなんとなく理解できた。
「ご心配なさらずとも、肉も出せないような経営ではございませんよ。それにお姉様がいらっしゃらなくとも、私の朝食はこのくらいのものにしているのです。私は肉料理よりも野菜の方が好みですから」
一般的にこの国の貴族の食事は三食がっつり肉か魚の料理で、それも、到底一人では食べきれない量が一人分として提供されるのだ。スープ類も、基本的に朝から晩まで超こってりしたシチューやストロガノフみたいな煮込み料理。形の分かる野菜は一皿に一口載っているかいないかで、それすら飾りとしてほとんどの貴族は口に入れない。野菜は貧困層の主食として見られる考え方が主流だからだ。
野菜の料理が出ることも、具のないようなスープが出ることも、貧困の表れと言われてしまっても仕方がない。
伯爵家もその資産額からすると、一人当たり七面鳥二羽分くらいは一食に出すくらいが適切とされるだろう。貴族の見栄というやつだ。
しかし、いくら富があろうとも、そのような偏った食生活は無駄に己の寿命を縮めるようなもの。若い成人男性のお兄様には肉料理も出るが、それもやはり他の貴族からすればそう豪華なものではない。私が前世から野菜を好むこともあって、この屋敷の者は客人が来る時以外、派手な肉料理は夕食にしか出さない。
お姉様ならば、私の感覚も何となく理解してくれるものと思っていたけれど。やはり、虐げられていても貴族の価値観の中で生きているお姉様には、このような食事は受け入れられなかったのだろうか。
「お姉様のお食事に関しては、体調が戻り次第、相応しい料理を提供させますのでご安心くださいね」
私の言葉にお姉様は首を横に振る。
「いえ、決して朝食から豪勢な料理を食べたいとは私も思わないのです! ただ、それを本当に実行してしまう家も珍しくて……しばらく置いていただくことになっても、レイチェルちゃんと同じメニューでお願いしたいのです。私、朝はあまり多くをいただくことが出来ないので」
「無理はなさらずとも良いのですよ?」
「そんな、無理だなんて! ……実は、元々食事回数もそれほど取れていなくて……食べても結局すぐ戻してしまうので……」
視線をそらしたお姉さまの表情が陰る。この様子だと食べさせてすら貰えないこともあったのではなかろうか。
公爵家での扱いについてはまだ調査中のことも多いので、これも調べておくようにとミスティに目で合図する。
「今日のお料理はどれも優しい味で、食べやすくて……このスープは特に。何ならもっといただきたいくらいです」
あっという間にスープを飲み干してそう言ったお姉様の目が、お世辞ではなく、本当にスープが無くなったことを惜しんでいたのでつい笑ってしまう。
「ふふふ、まだたくさん作っているはずですから是非お代わりしてください。シェフも喜びます」
「……よろしいのですか⁉ 令嬢がお代わりを望むなんてはしたないと思いませんか?」
「思いませんよ。お姉様のご年齢なら食欲的には正常だと思いますし、体型的にもお姉さまは少し瘦せすぎの部類に入りますから、体調が問題ないようであれば、むしろもっとお食べになるべきです」
思いのほか嬉しそうに食いついてくるお姉様。余程お気に召したらしい。後で厨房に労いに行くことも心の中で決める。
後ろから、「肉体的成長期にあるあなたがそれを言うのか」とばかりにミスティが視線を送ってくるが、無視を決め込む。私は良いのだ、特別食欲があるわけでもないのだから。
「それでは、お言葉に甘えて、スープをもう一杯いただいても?」
「はいお姉様」
まだ少し恥ずかしそうにしながらも、お代わりを頼むお姉様が微笑ましい。
後ろで再び「見た目が幼い少女が何母親目線なんですか」という視線が送られているが無視。精神年齢はおばあちゃんなので。
「お嬢様、失礼いたします。レオナルド様よりご連絡が」
食堂に慌てた様子でやってきた使用人から手紙を受け取り、目を走らせる。
その内容を理解すると同時に、思わずため息を吐く。
後ろから手紙をそっと覗いたミスティが口の中で「こいつもか」とつぶやいている。
「お姉様。少し急がれた方が良いかもしれません」
「え? な、何か起きたのですか?」
「何かが起きたというわけではないのですが……」
思わず目線をそらしてしまう。私が申し訳なく思う必要はないのだが。
「……皇帝陛下が、会いに来られるみたいです。伯爵邸に」
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