#12 女神と女神の子どもたちー2(レオナルド視点)
「手紙、ですか」
僕の妹が昨夜、皇帝へ直接知らせを送ったことは既に彼女に直接言われている。
僕が城への報告をしていなかったので、本来であれば与えられるはずだった罰も、彼女のおかげか特に言われずに済んでいる。
だが、皇帝にどこまで、どのように伝えたのかは知らなかった。
皇帝は、僕が自身は報告を上げていない事を気にしていると思ったのか、少し相好を崩して言った。
「ああ、君からの報告が無かった件はあまり気にしないで良いよ。元はと言えばうちの次男が悪いのだし、私はむしろ再び姉上と交流できそうなことの方が嬉しいよ」
言い終わって、まだ見ぬ姉(実態は幼い貴族令嬢だが)の事を思い浮かべたのか、うっとりとした表情をする皇帝。
同じ表情で未就学の女児を姉と慕う皇帝の図を思い浮かべ、少しぞっとする。中身が姉と弟でも、実態は少女と中年だ。皇帝の見た目が若く、美青年に見えることからも、より犯罪臭を感じるのは私だけではないだろう。
僕からの胡乱気な視線を無視して、皇帝は楽し気に続ける。
「姉上は姉であったと同時に、僕ら天使に名を与え、役目を教えてくれた親代わりでもあるからね。自分の番で姉上が生まれ変わって、しかも自分から連絡を取ってくれるなんて最高じゃないか」
やはり、どこか危なく見える。
よし、二度と上司への報告を怠るものか。嫌がらせのように細かいことまで送ってやろうと心に誓う。
「それで? 手紙の何が問題だったんです?」
まともに受け止めると付き合いきれなくなりそうなので、僕はさっさと本題を促す。
「ああ、うん。報告によれば、ヴィオラは聖女らしいじゃないか」
「妹が言うにはそのようですね。僕自身はそう言った判断には自身はありませんが、僕と馬車の中に二人きりでも、体調に全く影響がなさそうだったことは事実です」
「ん-、それ、クロードの前で二人きりとかできるだけ言わないでね? 大事な姉の娘が男と二人きりとか、言えた義理じゃないけど彼もなかなかのシスコンだったから」
確かに、先ほどの宰相の様子からすると、ヴィオラ嬢を狙う輩には人一倍厳しそうだ。
ともかく、と皇帝が微妙な顔をしつつ続ける。
「姉上が言う通り、ヴィオラが聖女なら、本来私や教会の司教たちが気付けるはずだったんだ。なのにこの私ですら、彼女が聖女であることを見抜けなかった。……この意味が分かるね?」
皇帝の言葉を聞き、ハッとする。
まさか、それは。
「魔族が、関与している、と?」
皇帝は頷く。
「そうだ。君たちのような女神の赦しを得た者ではなく、この世界を再び支配せんとする、邪神の眷属どもが干渉したのだろう」
「しかし、魔王の死を利用して、天使たちが魔族を滅ぼしたのではないのですか?」
僕がレイチェルを通して契約した内容なら、人間たちが死した魔族の残留魔力を利用し、魔族を殲滅する魔法を発動させると聞いたはずだった。
魔王になる前の僕は、魔族でありながら魔族の在り方に嫌悪を覚えていたから、自分の死でそれが達成できるなら良いと魔王となる事を決めたのだ。
自分や大事な臣下の死でもって、恥ずべき魔族を滅ぼせたと思ったのに、それが出来ていなかったとしたら、とんだ犬死にだ。
「大半の魔族はそれで片付いたんだけどね。一部の魔族は邪神の元に逃げ込んでしまったんだ。その移動経路は封じたはずだったんだけど」
「再び通じてしまった、と?」
「ああ。魔族たちは信仰心の強い人間が聖女に気付けないよう、何らかの術を施したんだろうね」
「ではなぜ、僕の妹は気付けたのです?」
そんなの分かりきったことじゃないかと言わんばかりの目で皇帝が僕を見る。
「姉上は、女神のことを信仰しているわけじゃないからね。あの方は女神をどうしようもない母親くらいにしか思っていないから」
それに、と皇帝は続ける。
「君たちの貢献を無視して、魂を消そうとした女神のことを姉上はまだ赦してないのさ」
その言葉に状況も関係なく、少しだけ嬉しくなる。
女神に愛される子でありながら、違う神の眷属をここまでして救ってくれたこともそうだが、そこまで愛してくれていたということに。
「だから、姉上が必要なんだ」
皇帝が天使には似合わない冷たい瞳で言う。
「今度こそ、人間に害をなす魔族を全て滅ぼすために。魔族に察知されていない姉上の力が」
「……話は分かりました。一つだけ、約束してくれませんか」
「いいよ。何がお望みかな」
僕だって、そもそも魔族は嫌いだし、この国を今は大切に思っているから、協力することはやぶさかではない。
それでも、彼に対して約束をしてもらわねば安心できないと思った。
「妹は、まだ子供です。本人がどう考えようと。だからどうか、本人が望まない限り、危険な真似をさせないでください」
皇帝は、少しだけ驚きを見せて僕に確かめる。
「本人が望まない限り……で良いのかい? 姉上は民が苦しむくらいなら、きっとそれを望むよ?」
そんなことは分かっている。僕はしっかり頷いた。
「彼女は絶対に無理をしません。彼女がやると言ったら、確実にできる事です。それこそ、女神に邪魔をされない限りは」
そもそも、妹とはいえ、そこまで他人の行動を縛り付ける事もまた、僕は本来好みではないのだ。レイチェルの良さが死ぬくらいなら、彼女をサポートして怪我がないようにするほうがずっと素敵だ。
「僕個人も魔族が大嫌いですので、お望みであればいつでも協力します」
その言葉を聞いて皇帝はしかと頷いた。
「約束するよ。女神と僕の兄弟に誓って、姉上の、いや、君の妹の望まぬことはさせないと」
お互い自然と立ち上がり、固く握手を交わす。
同じ相手を家族と思う者同士、少しは仲良くやっていけそうだ。
「じゃあ、これから早速君の家に行こうか♪ 早く姉上に会いたいからね」
……やっぱり、無理かも。




