#11 女神と女神の子どもたちー1(レオナルド視点)
「レオナルド・グロッタ。二人きりで、話がしたい」
皇帝の希望に対し、渋い顔をしたが、皇帝の表情を見て何かを察したらしく、二人はそれ以上反論せずに部屋を出ていく。退出際、宰相が「陛下を傷つければどうなるか分かっているな」とばかりに僕を睨みつけてきたので軽く頷いておく。
まあ、守れるとも限らないけれど。もし、僕の領域に手を出してくるようなら容赦できる自信はないからね。
二人きりになったことで、自然と僕たちは互いにテーブルを挟んで向かい合い座る形になる。互いが互いの出方を探る数瞬の沈黙。
僕は皇帝が何かを口にする前に先に話を切り出す。
「それで二人きりで話したいこととは何でしょうか、陛下」
やはり本題をいきなり出すには些か性急に感じたのか、皇帝は、暗黙の前提、二人の間の緊張感の訳に触れる。
「その前に、その言葉遣いをやめてはくれないか。君も気づいているのだろう、君の正体を僕が知ったことを」
「正体、ですか?」
真剣な表情で告げる皇帝に、僕はにこやかな笑みで返答する。
正直に自白するのは癪だし、先週まで仕えていて特に敵視されるようなこともなかったのでしらを切ってみる。
「我らが母なる女神の我儘で、勇者に殺されるために魔王へ仕立て上げられた哀れな魔族の魂が生まれ変わったのが君だということだよ」
哀れ、か。つくづくこいつらは『僕ら』に対して上から目線が過ぎる。
自然と僕の声にも若干の怒りが含まれて嫌味のような言い方をしてしまう。
「へえ、ご存じだったんですね。確かに僕たちはアレの所為で勇者に殺されなければならなくなったわけですが、それも過去の話でしょう? あなた方のことですから、こんな汚らわしい存在忘れていらっしゃるかと思いましたよ。それで? あなたの皇帝陛下という今の地位で一介の伯爵にそんな許可を出しても宜しいので、第六の天使・フェルトリエル殿?」
美しいきらめきを放つ、白金の髪に色素の薄い銀色の瞳。この色を持つ皇族は神の子として崇められ今のところ一人の例外もなく、歳を重ねても皆皇位を継いでいる。
今代の皇帝であるフェルトリエル自身も、成人済みを含む三男二女の父とは思えぬ若々しさで、恐らく僕と同い年だと言っても通用するだろうと言うレベルだ。
ねちねちと責めるような僕の言い方に気を悪くした様子も見せないでフェルトリエルは頷いた。
「他の人間がいる場所で敬語ではないのは困るが、人払いをした場でまでそれを強制する権利は僕にないからね」
「ではお言葉に甘えて、と言いたいところですが、他人相手に口調を崩すのはそれはそれで煩わしいので。少し砕けた程度にさせてもらいます」
「ああ、それで構わないよ」
「それで? 元魔王に天使様が一体何の内緒話をご所望で?」
本当なら敬語無しにする方が向こうもこちらも楽だろうが、他の人間のいる場でうっかりそれが出ても困るので、少し崩す程度にとどめさせてもらう。皇帝もさして強制しようとする気はなかったようであっさりと本題に応じる。
「君の、今世の妹、レイチェル・グロッタのことだ。君は彼女の事情も知っているのだね?」
「彼女が元は女神の最初に創り上げた名もなき天使で、女神の命令に従い、僕を魔王に仕立てあげたことですか? それとも、約束通りに勇者に倒された僕や臣下の魔族を救済するため、女神に逆らって全員を人間に転生させ、自らも人間になるのを選んだことですか?」
どこまで事情を知っているのか探るようにされることは正直不快ではあるが、彼からすれば、元は敵のようなものだからこのくらいの警戒も妥当だろう。
僕がレイチェルから聞いた一通りの情報を述べると、フェルトリエルは目を見張った。
「君は姉上に随分と信用されているね。転生周りのことまで教えられたんだな」
今は僕の妹である幼い少女を、さも当然のように「姉」と言い切る姿が気に入らない。
「彼女は前世の腹心であり、今は大事な妹ですから。それで? そのことが何の問題になるのです?」
「……」
「陛下?」
そんなくだらない情報の確認をすることは本題ではないだろうに次の言葉を発しない皇帝に、つい急かしてしまう。
数度口を開きかけては閉じ、を繰り返した後、皇帝は意を決したように告げる。
「単刀直入に頼もう。どうか姉上に、会わせてもらえないだろうか」
……妹に、皇帝を会わせる? 一体何故?
これが、妹が成人済みで僕みたいな城勤めであるだとか、或いは皇子の学友であるとかならば、会わせることは容易だった。
しかし、レイチェルはまだ、未就学の十二歳。幼い貴族令嬢と一国の主が会うなんてありえない話だ。
自分や皇帝に悪い噂が流れるならばともかく、レイチェルに火の粉がかかるようなことはさせたくない。
僕のそんな気持ちを察したように、皇帝は慌ててフォローを入れた。
「勿論、最大限伯爵家に迷惑がかかることは無いように配慮する。私も姉上を困らせるのは本意ではないからね」
「どうして、会いたいと?」
「君がどこまで知っているのか知らないが、帝国を創ったのは君を倒した勇者とそれを支援した第一の天使クロエル……姉上のすぐ下の弟、私たちの長兄でね。姉上は君たちの死後直ぐに転生の術を使ったのだが、当然女神に逆らって行ったことがすんなりと上手くいくわけが無いだろう?」
そのあたりの事情は大体建国神話や実際の前世の記憶から察していたが、実際にそうと聞くとなかなか面白い話だと他人事のように思う。
「なるほど。それで僕たちがこの時代に転生したと。確かに生まれ変わるなら数百年経った今にする必要はあまり無いですね」
「うん、本来ならそれは失敗する筈だったんだ。女神は邪神の眷属たる魔族の魂を自分の被造物たる人間の器に入れたくないと抵抗していたからね」
「しかし、時間が掛かったとはいえ、こうやって僕たちは転生していますよ?」
女神が本気で阻止しようとしたなら、僕らを転生させるなんて大事、いくら頑張ったとしてもレイチェル一人ではなし得ないことだ。
「そこで動いたのが帝国を創ったばかりの兄さ。彼は姉上を女神よりも愛していたからね、彼女の邪魔をするなら造り上げたばかりの帝都も、人間たちも全て消すと脅したのさ」
懐かしむように目を細めて皇帝が笑う。兄も姉も、母も、しょうがない者たちなのだと。
「女神だって、魔族は嫌いでも自分の一番最初の娘は可愛いと思っていたからね。脅しに屈したという体で、元魔族の魂を一定期間浄化することと、娘が人間たちを見捨てないことを条件に失敗しかけた術を再構築したんだ」
「人間たちを見捨てない、とは?」
女神の子たちが女神の被造物を見捨てないのは当たり前なのでは? そう疑問に思い、尋ねてみる。
皇帝は少し暗い目をしながら教えてくれた。
「かつて邪神の被造物であった優しい人族が悪辣な魔族へと変わったように、生きることが容易くなれば人々はそれ以上の欲を抱き変貌していく。その欲がやがて人々を互いに傷つけ魂をも汚していけば、優しい姉上も女神ごと人間を見捨てるのではないかと恐れたのさ、可愛い我が母はね」
魔族すら救おうとしたレイチェルが、人間をそう簡単に見捨てるはずもないというのに。
皇帝も呆れたように、馬鹿な杞憂だよね、と吐き捨てて話を元に戻す。
「汚れた魂を増やさないために、初代皇帝の勇者と、第一の天使は契約を結んだんだ」
「契約?」
「数世代に一度、人々の監視役として皇族に天使が生まれるというものさ。生まれた天使は必ず皇帝となり、世界を安寧に導く役割を負わされる」
それがいわゆる神の子ってやつの正体さ。何故か自嘲気味に告げる彼に少しだけ同情心を抱きそうになってしまう。
「それがどうしたのです? 妹は魂は確かに元天使でしょうが、皇族ではありませんよ。お話からするとそれはあなたの役目なのでしょう?」
「そうだ。だから僕はこれまでこの国を全うに治めていたし、君がどれだけ魔族と同じオーラを発していても、訳を聞いたりはしなかったし、グロッタ伯爵家に過度に関わることも、姉上がいるのかを探ることもしなかった」
どうやら気づけなかっただけで、僕についてもある程度のことは気付かれていたようだ。どうせ見抜けるのは元同族ばかりと思っていたが、もう少し僕も気を付けた方が良いのかもしれない。
フェルトリエルはそこで一度、言葉を切ると、少しだけ声を硬くした。
「けれど、昨夜、姉上の手紙で事情が変わってね」
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