#10 皇帝補佐官レオナルド·グロッタ(レオナルド視点)
新年一発目の更新です!
今年もよろしくお願いいたします。
お兄様視点です。
「一体どういうことなのか説明して貰おうか、レオナルド」
皇城内、皇帝陛下の執務室。僕は上司でもある筆頭補佐官ギュスターヴ・ドルク、宰相クロード・ヴィストーリオ、皇帝ファルトリエルの三人に囲まれていた。しかめ面の筆頭補佐官、こめかみを押さえる宰相、複雑そうな顔をする皇帝。三者三様の姿に思わず苦笑する。
「どういうことか、と言われましてもギュスターヴ様。……ひとまず皆様がどこまで把握しておられるのかお伺いしても?」
「どこまでも何も、私たちが把握しているのはあの馬鹿殿下がヴィオラ嬢の罪とやらを告発して婚約破棄を宣言したという訳の分からん話だけだ。確かめようにも、あの馬鹿殿下と側近候補どもは興奮していて要領を得ないし、あの阿婆擦れの娘は安い三文芝居ばかりで話にならん。他の令息令嬢も馬鹿を称えてはいるが、肝心の詳細についてはどうも要領を得ん」
淡々と話しながらも、普段なら口にしないような荒い言葉で吐き出すギュスターヴ伯に、皇帝は複雑そうな顔をしながら文句を言う。
「ギュスターヴ、父親の前で息子を馬鹿と繰り返し呼ぶのは止めてくれないか……」
「ふん、あれを馬鹿と呼ばずして誰を馬鹿と呼ぶのだ。大方、ヴィオラ嬢に成績が及ばないのを不正だと信じ込んで付け込まれでもしたんだろう」
これが別の男であれば、帝国法に則って不敬罪が適用されるところだろうが、暴言に文句は言っても本気で起こる様子は見受けられない。この二人と宰相の三人は学園からの親友なのでこうやって公の場以外では割と気安い仲だからだろう。もっとも、こうやって部下のいる前でその態度を出すことはないので僕も実際に目にしたのは初めてなのだが。
「ギュスターヴ、落ち着け。婚約破棄の云々に関してはヴィオラに非がないことは承知している。問題はそこではないことは分かっているな、グロッタ卿」
「そうだぞ、レオナルド。何故ヴィオラ嬢を屋敷に連れ帰ったのか、俺たちの納得できる理由を述べてもらうぞ。未だに婚約者もいないお前が婚約破棄を宣言された令嬢を連れ込んだとなれば、彼女がどのように言われるかは想像できるだろ。どうして会場を追い出された時点でこちらに連れてこなかった?」
ギュスターヴ伯を諫めつつ、こちらに話を振ってくる宰相も内心で苛立っていることは間違いなく、八つ当たりのように睨みつけてくる。
……いや、僕の昨夜の行動を思えば、その怒りは当然かもしれない。
宰相の亡くなった妹はヴィオラ嬢の実母でもあるからだ。大事な姪が仕事はできても、女癖が悪いと評判な伯爵に連れ去られたとあってはそりゃ怒るだろう。影の集めた資料によれば、ヴィオラ嬢との接触は公爵家に阻まれていたというし。
ギュスターヴ伯が怒っているのは、令嬢への仕打ちというよりは連絡の遅れに対するものだろう。僕自身は報告するに達していない段階であっても、上司である彼には逐一報告するように何回も指導されてきたが、まさかプライベートでもやらかすとは思っていなかっただろうから。少しだけ気の毒な気もする。
「確かに私の噂にまで頭が回らなかったことは事実です。報告が遅れてしまったことに関しては言い訳しようがありませんし。しかし、あの場で城や彼女の家に戻すことはさせてはならないと思いましたので」
持参した資料をギュスターヴに手渡す。怪訝な顔をして受け取った彼がパラパラと紙面を確認する。もともと険しかった顔が更に鬼のようなものとなる。今なら視線だけで文官の一人や二人は射殺せそうだ。
「おいおいレオナルド、これは本当か?」
「細かい裏付けは必要になると思いますが。一晩でこれだけ集まるなら実態はもっと酷いと思いますよ。ここまで酷いとは調べるまで分かりませんでしたが、私が確実に安全を保障できる場は屋敷以外ありませんので」
あくまで下心がない親切心のように見せかけるのも、難しいものだと思いながら弁解しておく。巻き込まれたのが彼女以外だったらここまでのことはしなかったかもしれないが、同じ境遇の女性がいれば少なくとも宿の一室くらいは借りてやっただろう。その場合、善意からよりは後で妹に知られた時に怒られないためだが。
持ってきた資料には、一晩で集めた学園の実態と公爵家がわざわざヴィオラ嬢の悪評を広めた形跡を出来るだけ悪辣に書いてやった。……まあ、どうせこのあと詳しく探ればそれ以上のものが出てくるに決まっているからあながち嘘ではないのだけど。
「ギュスターヴ、一体何が書いてある?」
「クロやフェルにはちょっとばかしきつそうだけどな、これ」
続いて資料を受け取った二人も読み進めるうちに顔色が悪化していく。そりゃあそうだ。これだけの噂の存在を国のトップが知らないというのはかなりの大問題だろう。
「学園の教師は一体何をやっている? 宰相の姪であり、皇族妃となる予定の公爵令嬢がこんな状況にあるのを報告もしてこないとはな。情報が入ってこなかった辺り、臣下の中にも相当数公爵の手の者が紛れているみたいだ。こりゃあ暫くの間は残業かもな」
「いやぁ、もっと息子の教育に関わるべきだったかなぁ。頭が弱くとも、臣下がしっかりしてれば大丈夫かと思ったんだけどねぇ」
「本当に反省してくれ。陛下の馬鹿息子の所為で可愛い妹の娘が苦しんでるんだ。身内の問題だと接触させてくれないのを大人しく引き下がった私にも問題はあるがな」
一応、貴族である僕も同席しているのに砕けた口調が続くのはどうなのだろうとも思うが、この場の内容を外に漏らしたくないのは僕もそうなので大人しく黙っておく。
「それでグロッタ卿。ヴィオラは、私の姪の様子はどうなのだ」
「はい。昨夜は会場を追い出されて以降はショックをうけつつも気丈に振舞っておられたのですが、本日朝の支度の手伝いにメイドをやったところ、発熱しておられまして。本来であれば、今日にもご本人をお連れしようとはしていたのですが、さすがに無理はさせられませんから。付きましては口の堅い皇宮医の派遣を願いたく。資料の件に関しても調べていただきたいことがあるので」
「分かった。すぐに医者をやろう。具合が悪いなら一先ず回復まではグロッタ家の屋敷で匿ってもらおうか。グロッタも誠実に話してくれているようだし信用するべきだ。それで良いね、クロード」
「ああ、仕方あるまい。グロッタ卿、姪を頼む」
「お任せください、宰相閣下」
思ったよりもすんなりと、ヴィオラ嬢の滞在許可が下りる。もっと交渉が長引くのではないかと思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。
「それで今後のことだが……、陛下?」
次の話に進もうとした宰相を手で遮ったのは皇帝だ。
「ギュスターヴ、クロード。すまないが一度退出してもらえないか」
皇帝の菫色の瞳が僕を真っ直ぐ見つめる。
「レオナルド・グロッタ。二人きりで、話がしたい」




