アルテミスの森の魔女 その8
やがてシュナン少年は、あまり長い間留守にすると、他の仲間たちが心配すると思ったのか、自分の隣に寄り添って岸辺の草地に座っているメデューサに、声をかけました。
「そろそろ戻ろうか、メデューサ。ちょっと、暗くなってきたし」
メデューサは、コクリとうなずきましたが、そのすぐ後で、思い直したように言いました。
「あたし、もう少しここにいるわ。シュナンは先に、みんなのところに戻っていて。心配しないで。すぐに、わたしも帰るから」
シュナンは少し不思議に思いましたが、おそらくメデューサは、まだ湖の景色を見ていたいのだろうと考え、一足先に戻る事にしました。
そしてスクッと立ち上がると、メデューサに対して軽く手を振ってから、彼女に背を向け、岸辺の草地を後にします。
程なく彼の後ろ姿は、森の中で家獣と共に待つ仲間たちの元へ向かうため、木々の奥へとつながる小道の向こうへと、去って行きました。
メデューサは、しばらく去りゆくシュナンの後ろ姿を見つめていましたが、やがて前を向いて、水辺の草の上に座り直すと、眼前に広がる湖の景色を、再び眺めます。
メデューサが、シュナンと共に帰路につかなかったのは、もう少し湖畔の景色を見ていたいという気持ちと共に、彼と一緒に肩を並べて仲間たちの元に帰るのが、何だか、気恥ずかしかったからなのでした。
それに、うれしさと恥ずかしさでいっぱいになっている自分の気持ちを、少しでも落ち着かせたいという思いも、メデューサの中にはありました。
メデューサは湖の水辺で草地に座り、夕日に映える水面の様子を、じっと眺めていました。
夕暮れ時に吹く風が、湖畔の水面に、美しい波紋を描きます。
それはまるで、メデューサの揺れ動く乙女心を、映し出したかの様でした。
湖畔の岸辺に座るメデューサは、蛇の前髪の隙間から瞳をこらし、黄昏の光を受けて静かに波間を揺らす湖の姿を、真剣な面持ちで見つめていました。
まるで、その輝きの中に、自分とシュナン少年がこれから共に辿るであろう、人生の旅路の行く末を見ようとするみたいにー。
そんなメデューサでしたが、日が大きく傾いている事に気づくと、ようやく、座っていた草地から立ち上がります。
そして最後に一べつしてから、湖に背を向けると、シュナンの後を追うように、仲間たちの待つ森の中へとつながる小道の方に向かって、歩みを進めます。
今のメデューサの気持ちを受けて、その足取りは軽く、まるで、ステップを踏むかのようです。
彼女の胸の上で、シュナン少年からもらったネックレスがフワリと揺れ、王台に付けられた宝石が、キラリと光ります。
そんな風に上機嫌で歩き、仲間たちの元に戻るため、森の中の小道を急いでいたメデューサですが、やがて彼女は、道の反対方向から、こちらに向かって近づく人影があることに気づきます。
それは、シュナンたちが、いつまでたっても戻らない事を心配して、わざわざ二人を捜すために、この辺りにまでやって来た、赤髪の少女レダでした。
レダは、道の向かい側を歩いているメデューサの姿に気づくと、足早に歩み寄り、近づいて行きます。
そして、メデューサの目の前まで来ると、腰に手を当てながら立ち止まり、呆れた口調で文句を言いました。
「こんな時間まで、何、フラフラしてるのよ、この不良娘。シュナンたちが買ってきた、荷物の整理もしないで。第一、あなた、今日は食事当番でしょう?そろそろ準備に取り掛からないと、夕食の時間に間に合わないわよ」
道の真ん中で蛇娘と向かい合い、彼女を見下ろしながら、矢継ぎ早に、小姑のような文句を言う、ペガサスの少女レダ。
「ご、ごめんなさい。帰ったら、すぐに取り掛かるから」
そんなレダに、素直に謝るメデューサ。
しかしその時、小道の上でメデューサと向かい合っているレダが、蛇娘の胸に光るネックレスの存在に気づきます。
そして、ちょっと驚いた口調で、尋ねてきました。
「そのネックレス、どうしたの?あんた、そんな物持ってなかったよね?」
レダの質問に戸惑いながらも、メデューサは正直に答えます。
「これ・・・。あの・・・シュナンに、もらったの。あたしレダと違って、宝石とか持ってないから・・・」
メデューサの言葉を聞いたレダは、一瞬、明らかに顔をひきつらせましたが、すぐにその顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべました。
それから、メデューサの胸に光るネックレスを、意味ありげに見下ろしながら、両手を後ろ手に組み、ちょっと甘えるみたいな口調で言いました。
「へぇー、そうなんだ。素敵なネックレスね、メデューサ。手にとって、近くで見てみたいわ。ちょっと、あたしに貸してみて」
[続く]




