夢見る蛇の都 その16
ペルセウス13世が率いる西の都の軍勢は、パロ・メデューサの都市部を席巻し、間もなく、シュナン一行がいるラピータ宮殿の足元に、到達しようとしていました。
シュナンとメデューサは、ラピータ宮殿の一画にある高い塔のてっぺん付近に造られた、皿状の床が屋外にせり出して出来た、バルコニーの様になっている場所から、その光景を見下ろしていました。
半円形になっている、そのバルコニーの外縁に沿って設けられた、白っぽい石造りの欄干の側に、メデューサと共に並び立つシュナン少年は、手にした師匠の杖に切迫した声で尋ねます。
「師匠、どういう事です?なぜ、陛下の軍勢が?」
しかし、師匠の杖は、シュナン少年の眼としての役割は果たしていたものの、彼の質問には答えず、何故か沈黙し続けています。
止むを得ずシュナン少年は、隣にいるメデューサの方に振り向くと、慌てた声で彼女に呼びかけます。
「こんな所で、高みの見物をしている場合じゃない。下に降りて、他のみんなと合流しよう」
シュナンの言葉にうなずく、メデューサ。
二人は、高い塔からせり出した。バルコニーのような場所を後にすると、壁に空いた四角い出入り口から塔の中に戻り、この場所に来る時とは真逆に、塔の内部に設けられた螺旋階段を駆け下りて、仲間たちがいる階下へと急ぎます。
彼らが階段を駆け下りている、その間にも、ペルセウス王の軍勢は、ラピータ宮殿を、徐々に包囲しつつありました。
シュナンとメデューサは、ラピータ宮殿の一階部分にあたる、多くの柱で支えられた、吹き抜けのフロントみたいになっている大広間で、仲間たちと再会しました。
そこは高い土台の上に築かれた、ラピータ宮殿の本体部分の最下層であり、宮殿への出入り口にあたる場所でした。
その吹き抜けになっている広い空間には、宮殿の上階や、宮殿内の他の施設へと繋がる、螺旋階段や通路が数多く設置されており、宮殿内のどこへ行くにも、まずはいったん、そこを通過する造りになっていました。
シュナンとメデューサが、宮殿の西側に立つ高い塔から、その大広間へと、いくつもの階段を降りて到着すると、すでにそこには、寝所として使った上階の部屋を出て下まで降りて来た、他の仲間たちの姿がありました。
彼らは、寝所として使っていた大きな部屋で休んでいたのですが、ラピータ宮殿が軍隊に包囲されつつある事に気づくと、あわてて部屋を飛び出て、外部との出入り口になっている、この吹き抜けの一階部分にまで降りて来たのです。
数多くの円柱に支えられた、その吹き抜けになっている大広間に、全員集合したシュナン一行は、互いに困惑の表情を浮かべながら、顔を見合わせました。
「どういう事?何なの、あの軍勢は?どうやら、わたしたちを、包囲しようとしているみたいだけどー」
ペガサスの少女レダが、胸元で腕を組みながら、疑問の声を発します。
「わからないけど、危険な奴ら、敵意、感じる」
大広間の床の上で、どっしりと立つ巨人ボボンゴも、その丸太の様な首をひねって、考え込んでいます。
「旗印からすると、どうやら、西の都を支配する、ペルセウス王の軍勢ですぜ。だったら、シュナンの旦那の、お仲間じゃないんですかね?」
不安げな様子で、シュナン少年に尋ねる、吟遊詩人デイス。
そんな仲間たちに対して、彼らのリーダーであるシュナン少年は、語気を強めた口調で、指示を出します。
「確かに、ペルセウス陛下の軍勢だが、どうやら僕たちにとっては、あまり友好的な相手ではないようだ。危害を加えられる恐れがある。とにかく、ここにいても仕方がない。宮殿の外に出て、状況を確認しよう」
シュナン少年の言葉に、一斉にうなずく、旅の仲間たち。
しかし、ただ一人、メデューサだけは、物言いたげな態度で、シュナン少年ににじり寄ります。
そして、蛇の前髪の隙間から、彼を見上げると、か細い声で、何かを伝えようとします。
「シュ、シュナン、あたし、あなたに言わなきゃならない事がー」
メデューサは、服のポケットにひそませた「黄金の種子」の事を、彼に言おうとしたのです。
しかしー。
「メデューサ、個人的な事は、二人きりの時に、ゆっくりと話そう。今は、この危機を、何とか乗り切らねばー」
メデューサが、先ほど二人で話し合っていた、自分たちの将来についての話を、もう一度、話そうとしていると勘違いしたのでしょうか。
シュナン少年は、彼女の言葉を制すると共に、くるりと踵を返すと、外に出て周囲の状況を確認するため、宮殿の出入り口に向かって、歩き始めます。
仲間たちも、すぐに彼の後に続き、宮殿の外に出るために、吹き抜けの大広間の、出入り口付近に並び立つ、円柱の柱群に向かって歩き出します。
メデューサは出鼻をくじかれて、一瞬、宮殿の床の上で身を固まらせましたが、大きくため息をつくと、宮殿の外に向かう、シュナン少年の背中を、小走りで追いかけます。
こうしてメデューサが、シュナン少年に自分から、「黄金の種子」を手渡す機会は、再び、そして永久に失われてしまったのです。
宮殿の玄関口といえる、その広間に集結したシュナン一行は、状況を確認するために、いったん、宮殿の外に出る事にしました。
彼らが、吹き抜けの一階部分から、宮殿の外に出ると、そこは、ラピータ宮殿を足元から支える、巨大な土台の上であり、その場所からは、宮殿を取り囲む、大きな堀の様子が、一望出来ました。
宮殿の外に出て、それを支える、巨大な塔のような土台の上に立つシュナン一行は、周囲をぐるりと取り囲む、広く深い堀の様子を見て驚愕します。
なんと、すでにその堀の中は、ペルセウス王の率いる大軍勢によって、立錐の余地もなく、びっしりと埋め尽くされていたのです。
ラピータ宮殿の門前に立つ、シュナン一行は、いわば、宮殿を支える土台という、陸の孤島の上で、波打つ兵士たちの、大軍勢に取り囲まれた、漂流者みたいなものでした。
間も無く、その兵士たちの大波は、高所に立つ、たった五人の彼らに、容赦なく、襲いかかろうとしていました。
そして、そのシュナン一行の立つ、ラピータ宮殿を支える高い土台を、ぐるりと包囲する、堀の中にひしめく、かの軍勢の中で、最も目立つのは、軍の主力である精強な騎馬隊ではなく、三階建ての建物くらいの高さをもつ、巨大なロボットでした。
「魔神兵」と呼ばれる、その巨大な機械人形は、魔術師レプカールが、内部に乗り組んで操縦しており、見かけとは違い、繊細な動きも可能で、堀の外縁部に設けられた階段を器用に下って、堀の中に降り立ちました。
そして同じく、堀の中に降りた他の兵たちと共に、シュナンたちがその上に立つ、宮殿を支える高い土台の周りを、ぐるりと包囲したのです。
高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿の門前から、眼下の堀の中にひしめく軍勢を見下ろしていた、シュナン一行ですが、その中の一人である、ペガサスの少女レダが、足元の方を指差しながら叫びます。
「何、あの、馬鹿でっかいの!?生き物じゃないわよね?機械!機械なのっ!?」
「魔神兵」を指差す、彼女に対して、側に立つシュナン少年が答えます。
「魔神兵だ・・・。完成していたのか。師匠から、話だけは聞いていたけど・・・」
シュナン少年は、手にした師匠の杖をチラリと見ましたが、相変わらず杖は何も答えません。
その時、眼下にひしめく大軍勢の中から、よく通る声でシュナン少年に呼びかける、一人の人物がいました。
「久しぶりだな、シュナンドリック。朕を見下ろすようになるとは、しばらく見ぬうちに、ずいぶんと偉くなったものよ」
シュナン少年が驚いて声のする方を、杖をかざして確認すると、どうやらその声は、眼下にひしめく軍勢の間に屹立する、レダが指差した魔神兵の、すぐ近くから、聞こえてくるようでした。
魔神兵のすぐ隣には、精強な騎馬兵に周りを囲まれた、ひときわ立派な軍馬に乗った、黄金の兜と鎧で身を固めた、一人の人物がいました。
その人物は、多数の兵に護られながら馬に乗り、ラピータ宮殿の高い土台の上から、自分たちを見下ろしているシュナン一行を、涼しい目で見返しています。
一方の、シュナン少年は、ラピータ宮殿の玄関口を背にして、宮殿を支える高い土台の上に立ち、仲間たちと共に、その眼下の堀の中にひしめく兵士たちの様子を、厳しい表情で見下ろしていました。
しかし、その兵士たちの間から声を発した、件の人物の正体に気づき、その顔をこわばらせます。
「へ、陛下・・・」
そう、配下の軍勢や、レプカールの乗る巨大ロボットと共に、高い土台に支えられた宮殿の前に立つシュナン一行を、ぐるりと包囲する、その馬上の人物こそ、伝説の英雄ペルセウスの直系の子孫である、西の都の支配者、ペルセウス13世王だったのです。
[続く]




