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アルテミスの森の魔女 その5

 シュナンとデイスの二人は、人間の村に入ると、周りの様子を慎重に確かめながら、物資を調達できる市場や商店を捜して、村内を見て回りました。

あちこちに建っている民家や旅籠、そして酒屋などの、様々な建物の間を通り抜けながら、物資の調達できる場所を捜していた二人ですが、しばらく歩いていると、やがて彼らは、村の中心部にある広場のような場所に出ました。

そこでは広いスペースに、数多くの商店が軒を連ね、また様々な露天商も、ひしめき合いながら店を出しており、どうやら大きな村市場が、開かれているようでした。

天気も良いせいか、そこは買い物や商売をする大勢の人で、賑わっていました。

また、あちこちに人溜まりも出来ており、村人たちの社交場にも、なっているみたいです。

目的地にたどり着いたシュナンとデイスは、早速、魔法のエコバックを手に、食料や生活用品、それに日用雑貨など、旅に必要な品物の買い出しを始めました。

広場に店を出している大勢の商人たちは、旅人姿で彼らの間をウロウロする、シュナンたちに、引っ切り無しに声をかけてきます。


「安いよ、安いよーっ!そこの、目隠しした兄ちゃん、ちょっと寄ってってー!!」


「よっ!白マントの吟遊詩人の旦那!!いい出物がありますぜっ!」


「家では、餓鬼が三人、腹をすかせて、待ってるんですぅー。助けると思ってー」


そんな商人たちの、積極的なアピールに戸惑う、シュナン少年。

しかし彼と共に、市場の人混みの中を歩くデイスは、落ち着き払った声で、隣にいる魔法使いの少年に、助言します。


「いちいち相手にしてたら、キリがありませんぜ。商人との交渉は、あっしに任せて下さい」


周りの、活気に満ちた雰囲気に、圧倒されながらも、デイスの言葉にうなずく、シュナン少年。

彼は、師匠の杖を片手に持ち、デイスの後ろに付き従うように、市場の人混みの中を歩きます。

デイスは場慣れしているのか、堂々と商人たちと交渉し、必要な品物をどんどん購入して、魔法のエコバックに、次々と詰め込んでいきます。

魔術師ムスカルが制作した、その魔法のエコバックは、いくら物を入れてもいっぱいにはならず、またその重さも変わらないという、不思議な特徴がありました。

シュナンを引き連れ、飄々と買い物を続けるデイスの後ろ姿を見て、シュナンの持つ師匠の杖が、感心したように声を発します。


「大したものだ。世渡り上手というかー。詩を作るより、こっちの方が、向いている気がするな。シュナン、お前は少し、融通が効かない所があるから、見習うといい」


「確かに、そうですねー」


目隠しをした顔を、素直にうなずかせるシュナン。

こんな風に、大勢の人々で賑わう村市場を連れ立って歩き、買い物を続けていた二人ですが、やがてシュナン少年は、ある露天商の店の前で、急に足を止めました。

その露天商は、主に女性用の装身具を売っているらしく、彼がその前に座る、ビロードが掛けられたテーブルの上には、様々なアクセサリーが、所狭しと並べられています。

シュナンが、自分の店の前に足を止めたのに気付いた、その露天商は、満面の笑顔で声をかけてきます。


「いや、うちの店に気づかれるとは、お目が高い。うちは、こんな露天商ですが、扱っている品物は、都の宝石店にも、引けはとりませんぞ。どうか、よく見て下さい」


露天商の男は、笑みを浮かべて両手を広げ、自分がその前に座る、テーブルの上に載せられた数々の装飾品を、自慢します。

シュナンは、ビロードのかけられたテーブルの上に載っている、それらの品々の中でも、特に綺麗な青い宝石の付いたネックレスに、心惹かれている様子でした

シュナンと共に、その店の前で立ち止まり、隣から覗き込んでいた吟遊詩人デイスが、あごに手を当てながら、わけ知り顔で言いました。


「ふむ、トルク石のネックレスですな。造りは粗いですが、原産地の近くだけあって、石の大きさは中々のものです」


シュナンが手に持ち、そこから視覚情報を得ている師匠の杖も、そのネックレスに付けられた値札を見て、感心したように呟きます。


「値段も、中々に良心的だな。都で同じものを買おうと思ったら、この10倍はするだろう。欲しいのかね、シュナン。だが、これはどう見ても、婦人用だぞ」


目隠しをした顔を、ちょっと赤らめて、うなずく、シュナン少年。


「わかってます。実はその・・・メデューサに、買っていってやろうかと、思ったんです。でも、やっぱりやめときます。贅沢ですしね」


シュナンが初めて出会った時から、ずっとメデューサは、黒っぽい地味な服を着ており、装飾品のたぐいは、いっさい持っていないようでした。

けれどもシュナン少年は、首や腕に宝石付きの装身具を巻いているレダの方を、ときおりチラチラ見ているメデューサの視線に、たまに気づく事がありました。

だからメデューサも、本当は、なにか身に付けるアクセサリーが欲しいのではないかと、シュナンは考えたのでした。

そんな風に思っていたシュナンですが、一方でやはり、必需品でないものに、高価なお金を出す事に、旅のリーダーとして、躊躇する気持ちもありました。

吟遊詩人デイスは、隣に立つ少年の、そんな様子を、目を細めながら見つめていましたが、やがてニヤリと笑って言いました。


「遠慮するこたあ、有りませんぜ、シュナンの旦那。欲しいなら、買っちまいなさい。たまに贅沢するのは、全然、悪い事じゃないですぜ。それにきっと、あの娘も喜びますぜ」


そう言うとデイスは、シュナンに軽くウインクをします。

どうやら吟遊詩人には、シュナン少年の気持ちは、お見通しの様です。


「ああ、うん・・・。そうだね」


吟遊詩人に背中を後押しされたシュナンは、結局、そのネックレスを、メデューサの為に買う事にしました。

露天商の男に、その事を伝えると、懐から自分用の財布を出して、代金を支払うシュナン。

露天商の男は、満面の笑顔を浮かべながら代金を受け取ると、手元にあった件のネックレスを、包み紙で綺麗に包装してから、シュナンに手渡しました。

そして、その商品を渡す時に、親切心からか、シュナン少年に対して、ある助言をしました。


「あなた方、この村に来る途中に、大きな森の前を通ったでしょう。あの森の奥には、恐ろしい魔女が棲んでるんです。だから、うかつに近寄らない方が、いいですよ」


シュナンはその言葉を聞いて、村に来る途中に通り過ぎた、森への脇道に立つ、大きな木に掲げられた案内板の事を、思い出しました。

確かにその看板には、森の奥に魔女が住む家があって、そこでは、薬などが売られている旨を知らせる、文言などが、記されていました。

しかし、その案内板の文章を見る限りでは、その森に住む魔女が、男の言うように危険な存在だとは、とても思えません。


「確かに、この村に来る途中に、森の中に住む魔女の家への、案内板は見たよ。どうやら森の奥で、店を構えて、村人相手の商売をしているみたいだったけど・・・」


そんなシュナン少年の発言に対し、商品を並べたテーブルの前に座る、露天商の男は、深刻な表情で首を振ります。


「いやいや、騙されちゃ、いけませんよ。看板に騙されて、ほいほい、その家に行ったりしたら、命はありませんよ。なにせ、あの森に棲みついている魔女の名前は、マンスリー・グランドーラといって、かつてはあちこちの国を荒らし回ったという、札付きの凶悪な大魔女なんですから」


「えっ」


男の座るテーブルの前に立つ、シュナン少年の目隠しをした顔に、驚愕の表情が拡がります。

彼には男が言った、凶悪な魔女だという、その名前に、確かに聞き覚えがありました。

大魔女マンスリー・グランドーラ。

それはシュナンの師匠であるレプカールの、さらに師にあたる大魔法使いであり、不世出の大魔女と呼ばれる人物でした。

もちろん、シュナンにとっても、師匠筋にあたります。

そんな人物が、こんな辺境の地で、村人たちに嫌われながら、ひっそりと住んでいるとはー。

シュナンは思わず、手にした師匠の杖の方へ、顔を向けます。

しかし、魔術師レプカールの魂が封じられた、師匠の杖は、シュナンの手に握られながら沈黙を貫き、戸惑いの表情を見せる弟子や、その隣に立つ吟遊詩人に対して、言葉を発する事はありませんでした。


[続く]


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