夢見る蛇の都 その10
さて、そんな風に、徐々に移り変わる、宝物殿内の景色に目を馳せながら、金銀財宝で出来た、道無き道の上を歩いていたメデューサですが、やがて彼女の前に、広大な宝物殿の中心部に屹立する、奇妙な黒い塔がその姿を現します。
その細長い塔は、真っ黒な外観をしており、どうやら特殊な金属で、作られているようでした。
メデューサは、その塔の事が何故か気になり、ゆっくりと、それが立っている方向へと歩き出します。
その時でした。
<< 王よ、お待ちしておりました >>
なんと幽体離脱して、宮殿内を移動していたメデューサを、宝物殿があるこの場所まで導いた、例の頭の中に響く不思議な声が、再びどこからか聞こえて来たのです。
それは先ほどまでとは違って、漠然とした呼びかけではなく、ハッキリとした言葉として、彼女の頭脳に伝わりました。
<< 王よ、夢見る蛇の王よ。どうか、望みをおっしゃって下さい。この場所は、あなたの夢をかなえる為だけに存在しています。あなたの夢は、ここで全てかなえられる。世界さえ、あなたのものー >>
頭の中に響く声に驚いたメデューサは、思わず歩くその足を止めると、声がした方向に、蛇で覆われた顔を振り向かせます。
どうやらその声は、メデューサが歩み寄ろうとしていた、宝物で埋め尽くされた部屋の中にポツンと屹立する、奇妙な黒い塔の方から、聞こえてくるようでした。
そうー。
宝物殿の中央で、宝物の山に埋もれながら屹立する、そののっぺりとした外観の黒い塔は、実は集積回路によって造られた人工物であり、メデューサ族がこの場所の管理をさせる為に設置した、人工頭脳を搭載した機械仕掛けの塔だったのです。
メデューサ族の正統な王位継承者である、ラーナ・メデューサが、このラピータ宮殿に戻って来た事を感知したその塔は、彼女に向けてテレパシーを発して、この宝物殿に来るように誘導したのでした。
そして、その声に感応したメデューサは、王の一族しか入る事の出来ないこの場所に、幽体離脱という特殊な手段を用いて、たどり着いたのです。
再び頭に響くその声を聞いたメデューサは、宝物を踏みしめながら歩いていた足を、ピタリと止めます。
それから、彼女の正面にそびえ立つ、声を発する奇妙な黒い塔を、蛇の前髪の隙間から、疑問と驚きの入り混じった目で、恐る恐る見上げます。
<< 王よ、あなたが欲するものは何ですか?ここには、世界中の宝物が、集められています。あなたの望むものを、おっしゃって下さい。全ては、あなたのものー >>
すると、その声を聞いたメデューサは、眼前に立つ黒い塔を、蛇の前髪の隙間から、キッと睨みつけます。
更に、足元に積まれた宝物たちを強く踏みつけて、両足を踏ん張ると、怒鳴りつけるような口調で、目の前にそびえ立つ黒い塔に向かって叫びます。
「黄金の種子!!わたしが、欲しいのは黄金の種子よっ!!他のものは、要らないわっ!!!」
その時、メデューサの脳裏に浮かんでいたのは、今も遠く離れた部屋で、仲間たちと共に疲れ切って眠りにつく、シュナン少年の淋しげな寝姿でした。
失意の中で眠る、シュナン少年のためにメデューサは、ありったけの勇気を奮い起こして、大声で叫び、「黄金の種子」を、手に入れようとします。
「わたしは欲しいものを、もう持ってる!!でも今度は、わたしの大切な人の夢を、かなえてあげたいの!!だから、お願いっ!わたしに「黄金の種子」をー」
メデューサの声が届いたのか、宝物殿の中に屹立する黒い塔は、ブンブンと音を立てて震え始めます。
そしてー。
ゴゴゴーッという音と共に、メデューサがいる宝物殿は、その全体が鳴動し、広大な床全体にうず高く積まれた金銀財宝の山々も、まるで地震が起こったかのように、大きく波打ちます。
「きゃあっ!!」
足元の宝の山が、宝物殿の鳴動に合わせて、波がうねるように崩れ始め、驚いて悲鳴を上げる、メデューサ。
元々、うず高く積まれた金銀財宝の山々の上を、足元を気にしながら歩いていた彼女ですが、その宝の山で出来た不安定な足場が崩れ始めると、とても立ってはいられず、その場で四つん這いになって、うずくまります。
四つん這いとなった彼女が、おびえながら周りの状況を確認すると、全体が揺れ動く宝物殿の中心に屹立する、黒い塔の足元付近で、床を埋め尽くしている宝の山が、渦を巻くように、大きくうごめいているのが目に入りました。
やがて、その渦を巻くように、大きく波立つ金銀財宝の山々の、ぐるぐるとした動きの中心部から、光に包まれた何かが飛び出ると、空中に向かって、ゆっくりと浮かび上がって来ました。
揺れ動く宝の山の上に、這いつくばるメデューサが見上げる中、その光に包まれた物体は、渦巻く金銀財宝の間から宙に浮かび上がると、宝物殿の高い天井付近にまで上昇し、やがて空中の一点で停止します。
メデューサは、宝物殿の天井の近くまで浮き上がった、その光に包まれた物体を、蛇の前髪の隙間から、目をこらして見上げます。
よく見ると、光に包まれたそれは、どうやら両手に載るくらいの大きさの、何かが中にいっぱいに詰まった、麻製の袋のようでした。
「あれは・・・黄金の種子!!!」
上空に星のように浮かぶ、その口元を紐で茶巾結びにした、麻製の袋を見上げながら、大声で叫ぶ、メデューサ。
その瞬間でしたー。
ガラガラガラーッ!!!
宙空を見上げるメデューサの目が、宝物殿の天井近くに浮かぶ「黄金の種子」を、はっきりととらえたその瞬間に、彼女が四つん這いになってへばりついていた宝の山が、大きく波打ち音を立てて崩れ落ちました。
「きゃああぁーっ!!!」
崩れ落ちる宝の山に、足を取られて、身体を押し流される、メデューサ。
悲鳴を上げた、その瞬間に、彼女の眼前に崩れた金銀財宝が押し寄せ、その視界は、真っ暗な闇に包まれます。
それと同時に彼女は気を失い、その意識もまた、深い闇の底に落ちていきます。
気を失う前の一瞬に、宝物殿の管理者である黒い塔が放つ、ブーンという鳴動音が、宝物たちの崩れ落ちる音とあいまって、少女の耳に低く響きました。
「はっ!!」
その瞬間、メデューサは、寝袋の中で、目を覚ましました。
彼女はゴソゴソ身体を動かすと、寝袋から首を少しだけ出して、周りの状況を確認します。
彼女は大きな部屋の中で、石造りの床の上に寝ており、寝袋にすっぽりと身体を入れていました。
周りを見回すと、他の仲間たちも、毛布にくるまったり、メデューサと同じく寝袋の中に入ったりして、石の床の上で、横になって寝ています。
そこはシュナン一行が、ラピータ宮殿を捜索した後に、彼らが寝所として選んだ広い空き部屋であり、メデューサが幽体離脱して、そこを抜け出す前には、仲間たちと共に、雑魚寝をしていた場所でした。
つまりはメデューサの身体は、夜に就寝してから、今までの間、寝袋に入ったまま、そこから一歩も動いていない状態だったのです。
確かに夜中に部屋を抜け出して、宝物殿を探しに行ったはずなのに、これは一体どういう事なのでしょう。
もっとも昨夜の彼女は、幽体離脱をしていた為に、精神と肉体とが切り離された状態であり、生身の身体の方は、ずっと寝ていたままだったという可能性はありました。
しかしメデューサは、寝袋から半身を出して、床にうつ伏せになりながら、もっと現実的な、もう一つの可能性に思い当たります。
「夢だったのかしら?全部ー」
そう、彼女は、夜の間にこの部屋から抜け出した事や、宝物殿で、「黄金の種子」を見つけ出すまでの記憶は、すべて自分の願望が見せた夢であり、実際の自分は一晩中、部屋の中で、ただ、夢を見ながら、寝ていただけなのだと考えたのでした。
「そうよね・・・。あんな、とんでもない場所、現実にあるわけ無いわよね。本当・・・夢の中以外は」
寝袋の中で反転しながら、思わずため息をつく、メデューサ。
その時、彼女は寝返りしながら、お尻のあたりに、なにやら違和感を感じます。
どうやら自分の身体と、入っている寝袋の内側の布地との間に、何かが挟まっているみたいです。
メデューサは横になって、頭上に伸ばしていた両腕を、再び寝袋の中に突っ込むと、お尻のあたりをまさぐって、違和感の原因である、その丸っこいゴワゴワした何かを、ひっ掴み、外に取り出します。
そして、件の物体を外に取り出したメデューサは、その正体を目の当たりにすると、寝袋の中に半身を突っ込んだまま、思わず床から跳ね起きました。
「こ、これってー」
彼女が寝袋から取り出して、今は震える両手で持っている、その地味な色をした、袋状の物体ー。
それは、宝物殿で彼女が見た、メデューサ族の至宝である、「黄金の種子」の種籾が中に詰まっている、口元を茶巾結びにした、両手サイズの大きさの麻袋だったのです。
[続く]




