夢見る蛇の都 その6
ラピータ宮殿の、石造りの通路に居並んだシュナン一行は、扉の上の壁に刻まれた、その奇妙な文字を見上げながら、しばしの間、黙って佇んでいました。
やがて、その沈黙を破るように、吟遊詩人デイスが声を発します。
「どうやら、韻を踏んだ、メッセージみたいですぜ。シュナンの旦那、意味は解りますか?」
旅のリーダーであるシュナン少年は、デイスのその言葉に、首を振ります。
「いや、さっぱり、わからない。何か意味があるとは思うんだが」
その時、彼が持つ師匠の杖が、口を挟んできました。
「この傷のような文字は、明らかに何者かによって、人為的に刻まれたものだ。おそらく時期は、パロ・メデューサ攻防戦の前後だろう。宮殿内にいる誰かー。多分、王族の一人が、後世に何らかのメッセージを伝える為に、やった事だとわしは思う」
師匠の杖は、その先端部の円板についた大きな目をグルリと動かすと、自分を持つシュナンの隣に立つメデューサの方を、横目でギロリと見ます。
メデューサ王族の最後の子孫の、その姿をー。
一方、そのメデューサ当人は、シュナンの傍らに立ちながら、扉の上の壁に刻まれた件の文字を、蛇の前髪の隙間から、じっと見つめていました。
まるで、睨みつけるように、目を吊り上げながらー。
さて、そんな事もありましたが、その後もシュナン一行は、「黄金の種子」を求めて、広大なラピータ宮殿をさまよい続けました。
しかし、残念ながら、彼らが宮殿内の部屋を一つずつ確認していっても、「黄金の種子」が納められているはずの宝物殿は見つからず、その行方はようとして知れませんでした。
そして、更にいくつもの空っぽの部屋を巡った後で、チームのリーダーであるシュナンは、ついに決断を下します。
それは、ラピータ宮殿の中央部にあたる、高い尖塔へとつながる大きな螺旋階段を、彼らが登っていた時の事です。
螺旋階段の間にいくつも存在する、広い踊り場の一つに差しかかったその時に、一行の先頭を歩くシュナン少年は、急に後ろを振り返ると、その場で立ち止まり、後に続く仲間たちに、静かな声で告げました。
「とりあえず、いったん探索をうち切ろう。みんな疲れているみたいだし。無理をさせてごめん。どこかの部屋で休んで、睡眠を取ろう。そして夜が明けたら、もう一度、よく捜してみよう。それでダメならー。残念ながら、あきらめるしかない」
前を歩くシュナンにつられて立ち止まった、旅の仲間たちは、階段の踊り場でシュナン少年を取り囲み、沈痛な表情でうなだれる、彼の姿を見つめます。
シュナン少年の傍らに立つ、メデューサが、蛇の前髪の隙間から、彼を見上げながら、言いました。
「シュナン、もっと、よく捜しましょう。あたしなら、大丈夫よ。きっと、もうすぐ見つかるわ」
メデューサは、一番体力のない自分の事を、シュナン少年が心配しているのだと、考えたのです。
少し離れた場所で、階段の踊り場の手すりに寄りかかって立っている、吟遊詩人デイスも、疲れた顔に、無理やり笑みを浮かべながら、言いました。
「あっしも、まだ大丈夫ですぜ。でも・・・まぁ、少し休んだ方が、効率はいいかも知れませんな・・・」
しかし、二人のその言葉に感謝しつつも、シュナン少年が、首を縦に振る事はありません。
「いや、これ以上探しても、恐らく無駄だろう。どこかに、隠し部屋みたいなものが、あるのかも知れないがー。とにかく今は、少し休んで頭を、リフレッシュさせよう。そうすれば、何か見落としている手かがりに、気づけるかも知れない」
その時、シュナン少年の、ちょうど正面で、階段の踊り場に立つ赤髪の少女レダが、首をかしげながら、困惑した表情で、口を挟んできました。
「でも、パロ・メデューサが陥落してから、500年以上、たってるのよ。その間、貴重な宝物が、手付かずのまま放って置かれるなんて、そっちの方が不自然だわ。誰かが、とっくの昔に、手に入れてしまったのかも。現に動かせる調度品とかは、盗まれたのか、ほとんど無くなってるみたいだしね」
レダの言う通り、ラピータ宮殿の各部屋に置かれていたはずの家具や、その他の生活用品は、きれいさっぱり消え失せており、後には、ただ風の通り抜ける、無数のがらんとした空き部屋が、虚しく残されているのみでした。
レダの隣で、階段の踊り場に立つ巨人ボボンゴも、彼女の言葉に深くうなずき、恐らくカーテンや床の絨毯まで盗まれたであろう、宮殿内の様子を改めて見回すと、大きなため息をつきます。
「レダ、言う通り、略奪されてる。何も無い、ここには」
けれど、シュナンの持つ師匠の杖は、その先端の大きな眼を光らせながら、レダたちの意見を否定し、更にメデューサ族の歴史に詳しい自分の考えを、周りにいる者たちに伝えます。
「いや、もしそうなら、メデューサ族の宝を手に入れたという話が、どこかに伝わっているはず。だがそんな話は、金輪際聞いたことが無い。それにわしの研究によると、メデューサ族の宝物殿の扉を開けれるのは、王の直系の子孫だけに、限られるはずなのだ。だからメデューサを、ここに連れて来れば、きっと何かが解るだろうと思ったのだがー」
師匠の杖は、先端の円板についた大きな眼をギロリと動かすと、自分を手に持つシュナン少年の隣で、心配そうに彼に寄り添うメデューサの方に、すばやく視線を走らせます。
そして、どこか探るような声で、彼女に聞きました。
「メデューサは、何か、聞いていないか?先祖代々の、言い伝えとか。宝物殿が何処にあり、一体どうすれば、そこに行けるのとかー」
師匠の杖の言葉に、プルプルと首を振る、メデューサ。
シュナンの隣で、階段の踊り場に立つ彼女は、隣にいるその少年が持つ奇妙な杖の問いに、蛇で覆われた顔をうつ向かせつつ、答えます。
「ごめん、わからないわ。「黄金の種子」の事だって、シュナンに会って、初めて知ったくらいだし。きっとわたしの一族は、昔の事は、あまり振り返らないようにしていたのかも知れない。今さら、過去の栄光を、取り戻せる訳じゃないしね」
メデューサの言葉に師匠の杖が押し黙ると、その杖を持つシュナン少年は、階段の踊り場に立つ仲間たちの方に改めて向き直り、心配そうに自分を見ている彼らに対して、ゆっくりとした口調で告げました。
「それじゃ、みんな、近くの部屋で、とりあえず休もう。もう、真夜中過ぎだしね。本当に長い間、お疲れ様。ゆっくり寝て、夜が明ければ、事態が好転すると信じよう。正直、僕も疲れたよ・・・」
こうしてシュナン一行は、いったん宮殿内の探索を打ち切って、近くにある部屋で就寝し、心身の疲れを癒す事になりました。
まず、シュナンたちは、今まで居た階段の踊り場から、螺旋階段を使って、一つ上の階に移動しました。
それから、上の階の通路に居並んだ、多くの部屋の中から、一番大きな部屋を選び、その部屋の前で立ち止まると、観音開きの扉を開けて、室内に入りました。
偶然にも、その高い天井を持つ大きな部屋は、かつてメデューサ王が、執務室として使っていた部屋であり、往時は豪奢な王座やテーブルを始めとして、様々な家具や備品が、室内に配置されていたのですが、今では、そのなめらかな石で出来た床上には何も無く、ただただ広いだけの、殺風景な空き部屋と化していました。
シュナンたちは、その部屋に入ると、疲れを癒すため、早速、寝る準備を始めました。
手始めに吟遊詩人デイスが、隠し持っていた魔法のエコバックを、ゆったりとしたマントの下から取り出すと、それを部屋の床にポンと置きました。
更にそこから、人数分の毛布と寝袋を次々と出して、部屋の硬い石床の上に、どんどんと並べます。
寝床の準備ができると、シュナンとその仲間たちは、各々が、床に敷き詰めた毛布の上に置かれた、寝袋の中に入り、大きな部屋の中心部付近で、雑魚寝をするみたいに、身を寄せ合って横たわります。
するとしばらくすると、シュナンたちがその部屋に入った時にパッと灯り、中を歩き回っていた時には明るかった照明が、スーッと暗くなり、ちょうど寝やすいぐらいの明るさに落ち着きました。
これはラピータ宮殿全体に張り巡らされた、対人センサーが動作したからであり、メデューサ族の超技術がなせる技でした。
よほど、疲れが溜まっていたのでしょう。
程良い暗さの部屋の中で雑魚寝をする、シュナン一行の面々は、たちまち、深い眠りの中に落ちて行きます。
吟遊詩人デイスなどは、真っ先に眠りに落ち、大いびきをかき始めています。
しかしー。
何故か、メデューサだけは、なかなか眠りにつく事が出来ませんでした。
彼女は、石床に敷かれた毛布の上で、寝袋にすっぽりとくるまりながら横たわっており、すぐ隣では同じく寝袋に入ったシュナン少年が、スースーと寝息を立てています。
メデューサは、シュナンのすぐ横で寝袋に入って寝ており、そこから少しだけ顔を出して、隣で眠る少年の顔に見入っていました。
互いに寝袋に入りながら並んで横になっている、すぐ隣に眠る少年の寝顔は、部屋の薄暗さもあいまってか、ひどく疲れているように見えます。
(シュナン、可哀想にー。あんなに、みんなの為に、頑張って来たのに)
メデューサは、今日は結局、「黄金の種子」を見つけられず、シュナンの努力が報われなかった事が、悔しくてなりませんでした。
(夜が明けたら、きっと「黄金の種子」が、見つかりますように。シュナンの夢が、叶いますようにー)
メデューサはそう祈ると、隣で寝袋にくるまるシュナンの顔を、ジッと見つめます。
それから自身も、首までくるまっている寝袋の内側に、蛇の髪で覆われた顔を深くうずめ、静かに眼を閉じます。
すると、大きな部屋の中央付近で一緒に雑魚寝をしている、他の仲間たちと同じく、メデューサも、また、深い眠りの中に、引き込まれていきます。
そうー。
まるで、眠れる蛇のようにー。
[続く]




