夢見る蛇の都 その3
こうしてメデューサ王の住処であったラピータ宮殿に行くために、巨大なパロ・メデューサの中を歩き続けるシュナン一行でしたが、そうやって都市内を捜索している間にも、何度か、彼らを驚かせる出来事がありました。
まず、彼らが驚いたのは、都市の中を歩いているうちに、区画整理された道路ごとに立っている、石柱のような細い柱が、ぼうっと光り始めた事でした。
さらにそれに合わせるように、都市にひしめく様々な高層の建物の外壁も、ぼうっと光り始めました。
すると、先ほどまで夕闇に覆われていたパロ・メデューサは、都市全体がすっぽりと柔らかい光に包まれ。あたり一帯は、まるで昼間のように明るい状態になったのです。
そろそろ日が落ちて、野宿する先を捜そうと思っていたシュナン一行は、この事態に度肝を抜かれます。
かれらは、上空の暗い空を見上げて、どこに太陽が出ているのか、しばらくの間、キョロキョロと探していました。
やがてシュナンの持つ師匠の杖が、先端の円板についた大きな目を興味深げに光らせると、周りにいる仲間たちに、説明し始めます。
「これは、照明装置だな。長い間、使われていなかったようだが、我々がこの都市に足を踏み入れたのに反応して、明かりがついたのだろう。やはり、メデューサ族の科学力は大したものだ」
しかしその時、杖を持つシュナンと、肩を並べて歩いていたメデューサが、発光する建物群を指差して、言いました。
「でも、中で、火が灯ってるわけじゃないよね。全然、熱くないし。一体、どういう仕組みなんだろ」
首をかしげるメデューサに対して、師匠の杖が、面倒臭そうに答えます
「簡単に言うと、雷が光る原理を、応用しているのだよ。不安定な状態の粒子を、帯電させてー。・・・まぁ、こんな事を、お前に言っても仕方がないか」
何となく、馬鹿にされたみたいに感じたのか、メデューサは、シュナンが持つ、その杖に、食ってかかります。
「なによっ!教えてくれたって、いいでしょ!?あたし、あんたの、そういうインテリぶった所が、大嫌いっ!!」
メデューサの言葉に、シュナンが持つ師匠の杖も、すかさず反応し、言い返します。
「そのうち暇が出来たら、じっくりと教えてやろう。ただし今は、お前のような、小学校しか出ていない小娘に、ゆっくりと付き合っている暇が無いのでなー」
「何だとぉーっ!!!」
学歴コンプレックスを刺激され、思わず激昂する、メデューサ。
パルス・メデューサの舗装された街路を、一緒に移動しながら、にらみ合う、メデューサと、シュナン少年の持つ師匠の杖。
両者の間で板挟みになったシュナン少年は、目隠しをした、その顔に、困惑しきった表情を浮かべています。
そしてそんな彼らの背後には、少し距離を取りながらついて来る、他の仲間たちが歩いており、杖と口喧嘩をするメデューサの様子を、呆れ顔で眺めています。
「まったく、あの二人(?)全然、仲良くならないわね。元々の相性が、悪いのかしら」
呆れ顔でつぶやくレダに対して、彼女の隣を大股で歩くボボンゴは、肩をすくめながら言いました。
「多分、シュナン、取り合ってる。嫁、姑みたいなもの。レダと同じ」
その言葉を聞いたレダは、隣で歩くボボンゴを横目で睨みつけながら。ほおをプウっとふくらませます。
「一緒にしないでよ」
しかしその時、彼らの背後で、つまり一行の最後尾で歩く吟遊詩人デイスが、前で歩くレダとボボンゴの二人に向けて、ポソリと呟きました。
「でも、あっしはやっぱり、あの杖は、どうも信用出来ないですぜ。仲間には、違いないですがー。なんか、裏がある気がしますぜ」
こうして五人(と一本)の旅の仲間たちは、夜なお明るい広大なパロ・メデューサの街路を、わいわい喋りながら一緒に歩いていたのですが、都市の中心部に近づくにつれて、彼らの口数は、だんだんと少なくなっていきました。
何故なら、中心部に近づくにつれて、この大都市を襲った恐るべき戦争による、大きな被害のありさまが、徐々に、明らかになっていったからでした。
市内のあちこちに、倒壊した大きな建物の残骸が散らばっており、整理された都市の区画には、いくつもの巨大なクレーター状の穴があいています。
恐らく、万を超える人間が死んだに違いない、その惨状を見て、ブロック状に舗装された都市の道路を歩くシュナン一行は、一斉に押し黙ってしまいました。
やがて、そのシュナン一行の一人である、ペガサスの少女レダは、悲しげに首を振りながら、声を発します。
彼女の視線の先には、かつてはたくさんの建物が屹立していたであろう場所に空いた、黒々としたクレーター状の穴がかいま見えます。
「まさしく、ティタノマキア( ギリシャ神話における神々と巨人族の戦争 )の再来ね。あたしたちペガサス族の先祖も、族長だったレスフィーナ様を初めとして、このパロ・メデューサの戦いで、そのほとんどが討ち死にしたと言われているわ。戦いの後で生き残った小数の子供たちが、メデューサ族の生き残りと共に、辺境の地に落ち延びて、あたし達の村をつくったの」
彼女の隣を歩く巨人ボボンゴも、この都市のあちこちに残っている戦いの傷跡を見て、かつてこの場所で行われた大戦争に巻き込まれたであろう、数多くの一般市民の犠牲に思いをはせたのか、その強面の顔を悲しみで曇らせています。
そして一行の先頭を、メデューサと共に並んで歩くシュナン少年もまた、今や、無人の地と化している、大都市に深く刻まれた、戦争の傷跡に心を痛めており、自分が手に持つ師匠の杖に、暗い声で聞きました。
「どうやら神々は、人間相手に、恐ろしい力を使ったようですね。隕石群でも、降らせたんでしょうか?」
市内のあちこちに空いている、すり鉢状のクレーターの方に注意を向けながら質問する弟子に対して、師匠の杖は、その先端部についた大きな目を光らせながら答えます。
「恐らく、ゼウス神の権能である、雷が使われたのだろう。メデューサ族を討伐するため、神託を下した女神アルテミスは、ゼウスの娘だし、攻撃軍の主力だった初代ペルセウス王も、ゼウスとは何らかのつながりがあったと言われている。多少の、援護射撃をしたとしても、なんら不思議ではない」
師匠の杖の言葉に、深いため息をつく、シュナン。
「神々の王であるゼウスが相手では、メデューサやレダのご先祖たちが敗れ去ったのも、仕方がありませんね。そういえばあの大神は、今はどこで、どうしてるんでしょうか?ここ何百年かの間は、地上に姿を見せたという話を、聞きませんが・・・」
するとシュナンが手に持つ師匠の杖は少し考え込むみたいに黙り込むと杖の先端部の円板についた大きな目をパチパチと点滅させました。
それから弟子のその質問にゆっくりとした口調で答えます。
「さあな・・・。わしにも詳しいことは分からんが、何でも、彼はかなり昔に、神々の本来の住処である時空の彼方へと、他の神たちと共に、立ち去ってしまったという話だ。自分たちの創り出した人類の、あまりの愚かさに、とうとう嫌気がさして、この地上から去ったという説もある。真偽のほどは、分からんがね」
その時、シュナンの隣で道路を歩くメデューサが、ポツリと呟きました。
彼女は、神々との戦いによって深く傷ついたパロ・メデューサの街並みを、蛇の前髪の隙間から目をこらして見つめており、そこに住んでいたであろう人々の、悲しい運命に思いをはせていました。
「神様たちかー。あの連中も、たいがいだとは思うけどね」
そんな風に、到着した時の高揚感は何処へやら、パロ・メデューサの無人の市街地を、戦いの傷跡を目の当たりにしながら、どこか重苦しい気持ちで歩くシュナン一行でしたが、それでも彼らは、徐々に目的地である、都市の中心部に建つ大きな宮殿へと、近づきつつありました。
別名「天空の城」と呼ばれる、その宮殿は、正式名は「ラピータ宮殿」といい、広大なパロ・メデューサのちょうど中心にあたる部分に建てられており、代々のメデューサ王がそこに住まい、多くの臣下たちと共に政治を行っていたのです。
その権力は、パロ・メデューサのみにとどまらず、地中海全土に及んでいました。
そしてラピータ宮殿には、様々な宝物が各地から集まり、シュナンたちが捜し求める「黄金の種子」もその一つであり、今も、ラピータ宮殿の宝物殿の中に、他の宝物と共に収められているはずでした。
シュナン一行が、筏でこの地にたどり着き、パロ・メデューサに足を踏み入れてから、何時間たったでしょうか。
時刻はすでに真夜中近くになっており、それにも関わらず、パロ・メデューサの街中は、不思議な技術によって、まるで昼間のような明るさが保たれており、シュナンたちは暗闇に足を取られる事もなく、ひたすら目的地であるラピータ宮殿を目指して、歩き続けていました。
そして街路の道沿いにそびえる、大きなドーム型の構造物に、高い塔のような建物が横倒しになってめりこんでいる、見るからに危険な場所を越えると、ついにラピータ宮殿は、その威容を、シュナンたちの前に現したのです。
道沿いに建造されたその巨大ドームに、道路の反対側に立つ高い塔が横倒しになって出来た、アーチ状の空間を、用心深くぐり抜けるシュナン一行。
するとその先に、まるで突然出現したかのように、ラピータ宮殿の威容が、いきなり、彼らの目に飛び込んで来たのでした。
広大な敷地内に建つその宮殿は、いくつもの塔を組み合わせたような、多層的な建築様式で作られており、その巨大さと優美さで、見る者を圧倒していました。
シュナンたちも、宮殿の前を走る街路の上に、しばらくの間、無言で立ち尽くし、その目の前にそびえ立つ宮殿の、巨大な威容に、目を見張っていました。
そして、そんな彼らを、更に驚かせたのは、ラピータ宮殿の外観に関する、一つの際立った特徴でした。
なんと、その宮殿は、「天空の城」という別称の通り、地上から離れ、空中に、ふわりと浮かんでいるように見えたのです。
[続く]




