アルテミスの森の魔女 その41
シュナン一行を、背中に建っている家の中に乗せた、巨大な移動用の魔物「家獣」は、鬱蒼としたアルテミスの森のただ中を、その長い脚で踏み分ける様にして、昼夜休まず歩き続け、道なき道を、一路、東の方角へと進みます。
やがて、その広大な森林地帯の周りを取り巻く景色にも、少しずつ変化が見え始め、「家獣」の進行方向に、巨大な山々が連なる山脈が、徐々にその威容を表し始めていました。
その山脈は、メデューサの祖先が大帝国を築いた、地中海の南端付近の沿岸部へと、地続きになっており、それは、いよいよ、シュナン一行の旅が、終着点へと近づいている事を示していました。
つまりシュナンたちを、その背に立つ家の中に乗せた「家獣」は、あと少しで難所であるアルテミスの森を踏破し、彼らの最終目的地である、メデューサ族の古き都「パロ・メデューサ」へと通じる、行く手険しき山岳地帯の外縁部に、ようやくたどり着こうとしていたのです。
そんなある日、アルテミスの森の木々の間を、その長い脚で踏み分ける様に進む、「家獣」の背の上には、巨獣の背中に建っている家を囲む、柵の付近に立つ、一人の少女ー。
我らがヒロイン、ラーナ・メデューサの姿がありました。
時刻は夕方、淡い黄昏の光が、あたり一帯を照らし出しています。
シュナン一行は、毎日決まった時間に、家の外に見張り番を立てる事にしており、今日はメデューサが、その当番だったのです。
その為、メデューサは、巨獣の背中に立つ家を木の柵で取り囲んで出来た、ベランダの様になっている場所に、ただ一人、佇み、蛇の前髪の隙間から、辺り一帯を見回しながら、周囲の警戒に当たっていたのです。
メデューサは、「家獣」の広い背中に立つ家の周りを囲む様に仕切った、柵の近くにおり、その柵に内側から掴まりながら、そこから見える周囲の遠景に、目を馳せていました。
柵に掴まった、メデューサの蛇に覆われた顔に、夕日の光が当たり、蛇の髪の毛の隙間から覗く彼女の瞳に、暁に輝く森の木々の緑が、まぶしく映ります。
そんな風に、移動する巨大な魔物「家獣」の背中の上で、一人で見張り番をしていたメデューサですが、そんな彼女に、背後から近づく、一つの人影がありました。
背後に人の気配を感じたメデューサが、身体の前の柵を両手で握りしめたまま、肩越しに、後ろを振り返ります。
するとそこには、「家獣」の背に立つ家から出て、自分の方に向かって近づいて来る、シュナン少年の姿がありました。
「シュナンー」
メデューサは、家の中で、他の仲間たちと共に休んでいたシュナンが、外に出て来た事に、少し驚きます。
自分に向かって歩いてくるシュナンに対して、戸惑いの表情を、蛇の前髪の下で浮かべるメデューサ。
一方、シュナン少年は、魔獣のなだらかな背の上を、杖を構えながらゆっくりと歩み、その目隠しをした顔には、ほのかに笑みを浮かべています。
そして、魔獣の背中を仕切るみたいに、ぐるりと円状に設けられた柵に、身体をあずける、メデューサに向かって、一歩一歩近づいて行きます。
何故か、メデューサは、自分に近づいてくる少年に対して、いつもとは違う、雰囲気を感じとっていました。
でも、それが一体何を意味するのか、現時点のメデューサには、分かりませんでした。
シュナンは、柵の近くにいるメデューサの元にたどり着くと、自分も杖を持っていない方の手で、柵の横木に内側から掴まり、彼女の隣に並びました。
黄昏の光の中、ゆっくりと森の中を移動する魔獣の背中の上で、その背を仕切る柵の手前に二人で居並び、しばし無言で、黄昏の景色を見つめる、メデューサとシュナン。
「家獣」が移動すると共に、二人が見る景色も、ゆっくりと移り変わって行きます。
巨獣の背に設けられた落下防止用の柵の手前で、肩を寄せ合って立つ二人は、それからしばらくの間、徐々に変化する、その黄昏の景色を、一緒に眺めていました。
けれど、やがて、そんな気恥ずかしさを含んだ、奇妙な沈黙を破るように、メデューサが、隣に立つシュナンに話しかけます。
「どうしたの、シュナン?「家獣」の背に立つ、家の中で、みんなと一緒に休んでればいいのに。あたしなら、一人で大丈夫だから。大病を患って、間もないんだから、無理はしないでー」
実はシュナンは、以前にも、メデューサが見張り番に立つ度に、心配して様子を見に来ており、今回もそのパターンではないかと、蛇娘は思ったのでした。
しかし、彼女の隣で、「家獣」の背に設けられた柵の内側に立つシュナン少年は、隣にいる蛇娘の心配げな言葉に、軽く首を振ります。
そして、杖を持っていない方の手で、握っている柵の横木を、更に強く握りしめて言いました。
「いや・・・。実は、君と二人きりで、話したいと思ったんだ。その・・・君には謝りたい事もあるし」
シュナンの隣で、柵に掴まりながら、首をかしげるメデューサ。
チビ助の彼女は、両手を頭上に伸ばし、柵の横木にぶら下がる様にして、掴まっています。
「一体、何の事、シュナン?病気の事なら、仕方ないじゃない。なりたくて、なったわけじゃ無いんだからー」
しかしシュナンは、メデューサの慰めの言葉をも拒否するように、目隠しをした、その顔をうつ向かせ、柵の横木を握る手に、更に力をこめます。
「いや、ああなったのは、僕の心が弱いせいだ。君とボボンゴの事が、どうしても気になってー。あんなつまらない事で、君たちを疑ってー。ちょっと考えれば、分かるはずなのに。僕は・・・自分が恥ずかしい」
ますます、その首を、不思議そうにかしげる、メデューサ。
実は以前、落ち込んだメデューサを慰めるために、巨人ボボンゴが、彼女を抱きすくめるような行動をした事があり、シュナン少年は、偶然、その現場を目撃していたのです。
シュナンはその際に、強いショックを受け、それが彼が病気となった遠因だったのでした。
けれどメデューサは、その後に色々あった為、ボボンゴとの一件はころっと忘れており、ましてやその件が、シュナン少年の病気と関係があるなどとは。全く考えておらず、つゆ知らぬ事でした。
シュナンの態度を不審に思ったメデューサは、柵の横木にぶら下がるように掴まるのをやめて、柵の近くで直立の姿勢になると、隣に立つシュナンの方へ向き直りました。
「ボボンゴが何っ?本当に、何を言ってるか、分からないわ。ちゃんと説明して、シュナン」
その時、シュナンが、柵を持っていない方の手で持つ、師匠の杖が声を発します。
「そんなに、気にする事はないさ。我が弟子シュナンよ。マンスリー師匠が、言っていたぞ。人間には良くある事だとな」
そんな師匠の言葉に、シュナン少年は、一瞬、その自分が手にする杖の方に、顔を向けましたが、すぐに首を激しく振って言いました。
「いいえ、師匠。これは、僕の心の弱さです。僕の未熟な心のー。でも、おかげで分かりました。僕の本当の気持ちがー。僕が本当はどうしたいのかを」
そう言うとシュナンは、隣にいて、こちらを見つめているメデューサの方に、自分も向き直ると、「家獣」の背中に設けられた柵の前で、彼女と正対します。
夕日の光が降りそそぐ中、魔獣の背中を仕切る落下防止用の柵の手前で、横向きとなって正対する、シュナンとメデューサ。
メデューサは、自分と真正面に向き合うシュナン少年の、目隠しをした顔からのぞく、真剣な表情に、思わず息を飲みます。
そんなメデューサに対して、シュナン少年は、目隠しをした顔を赤らめながら、緊張にうわずった声で告げましたー。
「メデューサ、僕は、この旅が無事に終わったら、今度は、人生の長い旅路を、君と一緒に歩みたい。そう、死のその瞬間までー。君が好きだ。僕と結婚して欲しい」
「ーっ!」
メデューサの心臓が、一瞬、その鼓動を止めました。
[続く]




