アルテミスの森の魔女 その39
その後もしばらく、マンスリーの家で寝泊まりし、「魔女のお店」の営業の様子を見定めていたシュナンたちですが、お店の経営が順調に軌道に乗ったのを確認すると、いよいよ老魔女の元を辞し、再び旅へと出立する事にしました。
お店の営業時間前の早朝に、自宅と店舗を兼ねた「魔女のお店」の玄関先に居並んで、玄関の扉を背にして立つマンスリーと向かい合い、彼女に別れを告げるシュナンと彼の仲間たち。
ちなみに玄関先でシュナンたちと向かい合う、マンスリーの側には、チキやペガサス族の少女たちも立っており、旅立つ一行を、老魔女と一緒に見送ろうとしていました。
まず一行を代表してシュナンが、家の扉口を背にして立つマンスリーに対し、深々とその頭を下げます。
「本当にお世話になりました、マンスリー様。僕の命が助かったのは、貴女のおかげです。もし首尾よく「黄金の種子」を手に入れて、無事に帰還する事が出来たら、必ずまた、お礼をする為に会いに来ます」
魔女の家を背にして立つマンスリーは、自分の前で深々と頭を下げる少年の姿を見ると、その目を細めて言いました。
「こちらこそ、お礼を言わせてもらうよ。シュナンドリック、あんたと会うのは初めてだったけど、わたしの弟子筋の中では、最も優秀かもしれないね。特に心がー。あんたはこれから生涯で、最大の試練に立ち向かう事になるだろうが、それを乗り越えられるよう祈ってるよ。心からねー」
大師匠にあたる魔女の、その言葉にシュナン少年は、更に深く頭を下げます。
するとその時、彼の持つ師匠の杖が、声を発しました。
「ありがとうございました、師匠。本来なら破門されたわたしは、師匠の前に立つ事も、許されない身。それなのに、何も言わずに、弟子のシュナンを助けていただけるとはー。感謝の言葉もありません」
マンスリーは、その不思議な喋る杖を一べつすると、今度は、少し厳しさを込めた声で言いました。
「なるべく、シュナンの力になっておやり、レプカール。迷ったけど、言の葉の杖の仕組みについては、シュナンたちには言ってないよ。お前が、シュナンの味方である限りは、伝える必要は無いしね」
「ありがとうございます・・・。師匠」
そう言うと、そのまま黙り込む師匠の杖。
すると今度は、シュナン少年の両隣に立って、魔女の家の玄関先でマンスリーたちと向かい合う、シュナン一行の他の三人の仲間たちが、次々と眼前に立つマンスリーに、別れの言葉をかけます。
「それじゃ、おばあさん、元気でね。この辺りも冬は冷え込むから、気をつけるのよ。ウチの子たちを、よろしく」
ペガサス族の族長にして、赤髪ポニテの少女レダが、いつも通りの明るい口調で、老魔女に別れを告げました。
「色々ありましたが、終わり良ければ、全て良しですぜっ!!あっ、それから「冥土服」は、ちゃんとクリーニングに出さないと、生地が痛みますぜっ!気をつけてくだせえっ!!」
飄々とした態度で別れを惜しみ、最後の助言を伝える、吟遊詩人デイス。
「あの・・・おばあさん。あたし、必ずまた会いに来るから・・・。だから・・・あの」
どうやらメデューサは、マンスリーとの別れの刻をむかえ、うまく言葉が出てこないようでした。
蛇の髪の毛で覆われた髪をうつ向かせ、口をパクパクさせています。
彼らの前に後ろ手を組んで立つマンスリーは、そんな三者三様の惜別の言葉を、目を細めながら聞いています。
そして短い間でしたが、縁を結び、今また自分の元から去ろうとしている、異形の旅人たちをぐるりと見回し、その顔を目に焼き付けると、ちょっと顔を下向き加減にしてから、しみじみと声を発します。
「こちらこそ、ありがとうね。レダ、デイス、そしてメデューサ。村人たちと、うまく和解できたのも、あんたらのおかげだよ。正直、あんた達がいなかったら、どうなっていたかわからないよ。本当にありがとう。「老いては子に従え」とは、まさしくこのことかね。ああ、それからメデューサ」
魔女マンスリーは、自分の前に居並ぶシュナン一行に、お礼を言うと、最後に、蛇の前髪の下で瞳をうるませる、顔を伏せたメデューサの方に、目をやります。
それからマンスリーは、何故か、自身の利き手の指から、青い宝石のついた指輪を抜き取ると、目の前に立つメデューサに、それを差し出しました。
目の前に指輪を差し出されたメデューサは、蛇の髪の毛の隙間から覗く、その瞳を、大きく見開かせ、更に戸惑いの表情を、その顔に浮かべます。
「おばあさん・・・。これ・・・」
戸惑いながら自分を見上げる、メデューサに対し、魔女マンスリーは、微笑みを浮かべながら、その蛇で覆われた顔を、見つめ返します。
そして、自らが指から外した、その古い指輪を、メデューサの、おずおずと出した手のひらの上に、そっと載せました。
「これは、サムシング・オールドと呼ばれる習慣でね。結婚前の娘に、年上の誰かー。主に母親などが、使い古した何かを、その娘に送るんだよ。そうすれば、その娘は、必ず幸せになれるという言い伝えがあってね。お前には、母親がもういないらしいから、わたしが代わりに送るとしよう。その指輪は、お前が結婚する時に、身につけるといい」
意外な贈り物に驚き、手の上に載せられた指輪を、蛇の前髪の隙間から、じっと見つめるメデューサ。
そんなメデューサに対し、マンスリーは片目をつむって軽くウインクすると、ちょっとお茶目な口調で、蛇娘に告げました。
「勝負だね、メデューサ。あたしとあんた、どちらが、より幸せになれるのかー。まぁ、勝負の結果は、あんたがわたしと同じ、白髪頭の老女になるまでは、分からないだろうけどね」
その言葉を聞いたメデューサは、渡された指輪を両手で包み込んでから、自身の胸にギュッと押し当てました。
「おばあさん、わたしー」
感極まった様子のメデューサの姿を、目を細めながら見つめ、何度も首をうなずかせる、魔女マンスリー。
そんな二人の様子を、彼らの周りにいる仲間たちー。
シュナンとレダとデイス、それにチキやペガサスの少女たちは、微笑みながら暖かな目で、じっと見守っていました。
そんなこんなで、魔女のお店の玄関先で向かい合って、しばし別れを惜しんでいた両者ですが、いつまでも旅立ちの刻を、引き延ばす訳にはいきません。
後ろ髪を引かれるような思いを振り払うようにシュナン一行は、マンスリーたちに最後の一礼をすると、長い間、世話になった、魔女の家の前から旅立って行きます。
まずレダが衣服を脱いでペガサスに変身すると、メデューサとデイスを背中に乗せて、その大きな翼を羽ばたかせ、魔女の家の庭先から空中へと飛び立ちます。
次にそれを後追いするように、杖を携えたシュナンも、魔法力で自分の身体を浮遊させ、同じく魔女の家の前から空に向かって、矢のように飛び去ります。
やがて空中に飛翔した、彼らの後ろ姿は、青空の向こうへと、溶け込むように消えて行きました。
そしてその去りゆく姿を、マンスリーたちは、魔女のお店の玄関先から空を見上げ、手を振りながら、見送っていました。
伝説の大魔女マンスリー・グランドーラは、彼らの姿が空の向こうへ消えた後も、振り続けていた手を降ろさず、片手を天に突き上げたまま、去りゆく友人たちに、最後の別れの言葉を贈ります。
「汝らの、旅の行く末に、神の祝福があらん事を」
彼女と一緒に、魔女のお店の玄関口に立って、シュナンたちを見送っていた、チキやペガサスの少女たちも、空に向かって片手を真っ直ぐに伸ばすと、魔女のその言葉に和しました。
[続く]




